結婚を約束していた彼に浮気され、泣きながら電話をかけたのは、ずっと大切に思ってきた幼馴染だった。弁護士になった彼は婚約破棄だからと、私の恋愛トラブルを解決していく。失恋から始まる恋の物語。
View Moreー 「侑斗(ゆうと)、助けて。
彼が浮気していて、問い詰めたら別れようって言ったの。 あんなに好きだって言ってたのに。」雪村 華(ゆきむらはな)は電話をかけた瞬間、自分でも驚くほど声が震えているのに気づいた。
こんな時はどうしても会いたい気持ちを抑えきれず、結局また坂下侑斗(さかしたゆうと)に連絡してしまった。
ー 「今回はどんな男?
相変わらず見る目がないね。」ー 「わかっているわ、侑斗の言いたいことは。
でも、今回は本当にピンチなの。約束していたのに、今更結婚できないって…。
私はどうしたらいいの?」ー 「何それ?
わかった、とりあえず今から行くから、待ってて。」ー 「うん、ありがとう。」
私はその声で少し落ち着く。
侑斗はいつもそうだ。 私が困れば手を差し伸べてくれる。 だから、どうしていいかわからなくなると、彼に頼ってしまうのだ。私は恋人ができると彼中心の生活になって、侑斗への連絡は途切れがちだ。
けれど、結局失恋すると、再び彼に泣きついていた。彼は幼馴染だから、私のことを手に取るようにわかっていて、呆れたように話しても、見捨てることなく電車を乗り継ぎ、駆けつけてくれる。
「来てくれて、ありがとう。」
泣き腫らした顔で笑おうとすると、彼はすぐに私を抱きしめてくれた。
体の芯から、ようやく安堵が広がる。「大変だったな。」
彼の腕の中で何度も頷いた。
彼氏がいる間は、侑斗でさえ部屋には入れなかった。
だから、こうして彼を迎え入れるのは、もう恋が終わってしまった証でもある。 私は、好きな人を不安にさせるようなことだけは、絶対にしたくなかったから。しばらくするとようやく落ち着き、話し出す。
「今日ね、琴音(ことね)から彼が、女性と住んでいるって聞いたの。
そんなはずはないと思ったけど、心配でマンションに行ってみたら、女性と二人で腕を組んで出て来たの。」
「酷いな。」
「そうなの。
私が声をかけたら、最初はバツが悪そうにしていたのに、だんだん浮気はしたけど、お前のせいだから仕方ない。 もう女として見れないとか言い出して。それでも私は彼のことが好きだし、諦めたくないって言ったら、もう新しい女性と住んでいるし、お前とは別れるって。」
「浮気男の言いそうなことだ。
色々言ってくる華のこと、面倒だと思ったんだろ。」「でも、私達は結婚の約束もしているし、こんなのおかしいって言ったら、一緒にいた女性が、浮気されるのは私の魅力がないからだと笑うの。
酷すぎるでしょ?」「華の存在を知りながら一緒にいるなら、その女もグルだな。」
「そうだよね。
悔しいけれど、こうなった以上、彼の言う通り別れるしかないのかなぁ。」「結婚すると華に言いながら、他の女と住んでるようじゃうまくいくはずがないって、華はもうわかっているよな?」
「うん。
でも、結婚式場どうしよう? もう予約しちゃったんだよ。」「えっ、俺そんな話聞いてない。」
「ふふ、内緒にしておいて、急に結婚式の招待状送って、驚かせようと思ったんだ。
でも、ダメになっちゃった…。」「そっか、残念だったな。」
私の頭の中ではすでに、驚きながらも喜んでくれる侑斗が浮かんでいたのに、こんな悲しい報告して、慰めてもらうことになるなんて考えてもいなかった。
「結婚式場の予約なしにしなきゃ。
もしかして、取りやめにするとキャンセル料がかかるの?」「契約の内容と式の何日前かによるけれど、かかるかもしれない。
いつからキャンセル料が発生するとか、規約があるはず。」「そうなんだ?
まさか取りやめになると思っていなかったから、そんなところ見もしなかった。」「普通はそんなもんだよ。
式場何て言うところ? 調べてみてあげるよ。」侑斗が早速、スマホを取り出し調べ始める。
「150万だな。」
「そんなに!?」
その数字が耳に入った瞬間、胸が凍る。
私の失恋が、ただ悲しみだけでなく現実的な問題に変わる。でも、こうなったのは彼のせいだから、彼に払わせるべきだと思った私は、SNSで連絡を入れた。
そして、返事が来ると、画面を見つめて顔を歪める。「どうした?」
「私も悪いから、半分払えって言ってきてる。
結婚できないのに、お金だけ払わないといけないの? そんなの酷いよ。」付き合っている間、一度も私の悪いところを直してほしいと言わなかったのに、いざ問題が持ち上がるとこんなことを言い出すなんて。
女性がいることで豹変してしまった彼を思うと、胸が締め付けられ涙ぐむ。
「大丈夫、俺がその男に払わせてやるよ。
だってこれは、れっきとした婚約破棄だから。 華が泣き寝入りする必要はないさ。」「本当?
そんなことができるの?」問い返すと、彼は冷静に説明し出す。
「できる。
ただそうするためには色々条件があって、その男が式場に一緒に行ってた証拠とか、結婚を約束していたことを証明する必要がある。それと、その男が新しい女といるなら結婚詐欺に値する。
探偵を使って二股の証拠を取って、そいつに式場のキャンセル料を払わせるけどいいか?」具体的で頼もしい言葉を告げる彼は、弁護士になっていた。
「うん。
よくわからないけれど、私は侑斗のことだけはいつでも信じてる。 だから、お願いするわ。」彼の言葉で笑顔を戻す。
だって彼は、私が世界で一番信用してる人だから。「じゃあ、後は俺に任せて。
華はお金の心配しないでいいよ。」「ありがとう、助かる。
そちらはお願いするとして、侑斗はビールでいい? この後、時間あるよね?」「ああ。」
私はソファから立ち上がると、ビールを冷蔵庫から出し、侑斗に渡した。
「とりあえず飲んでて。」
「ありがとう。」
「おつまみどうしようかなぁ。
ポテト揚げるから、先に煎餅食べてて。」「面倒だからいいよ、煎餅だけで。」
「いいの、すぐ揚がるから。
だって、侑斗好きでしょ? ビールとポテト。」私は煎餅をテーブルに置くと、キッチンへ向かい、すぐにポテトを揚げ出した。
せっかく侑斗が部屋に駆けつけてくれたのだ。
せめて、彼の好きな物を作ってもてなそうと思った。よく考えたら、格好もTシャツに短パンで、髪もとりあえず結んでいるだけだった。
私は缶酎ハイを片手に、皿に盛ったポテトをテーブルへ置く。
「さっ、できたよ。」
隣に座り笑いかけると、彼はビールを片手にこちらを見つめていた。
ピンクのグロスだけを塗った口元は、かろうじて彼に向けたおしゃれだった。
侑斗といると、悲しんでいた心が落ち着き、冷静になると、ほぼノーメイクでいたことが恥ずかしい。
「華は変わらないな。」
「えっ、今はあんまり見ないで、すっぴん恥ずかしい。」
「俺しかいないもの、いいだろ。」
「そっか。
まぁ、いいか、温かい内にポテト食べよ。」そうして二人で、近況を話しながら、晩酌をする。
私はこの時間がたまらなく大好き。 この飾らない日常。 これを子供の頃から求めていた。でも、私とは違い、彼はいつも忙しい。
子供の頃は勉強を頑張っていたし、その後は司法試験、今は弁護士としての仕事。だから、本当はもっと一緒にいたいけど、彼に迷惑をかけたくないから、自分から連絡するのはどうしても彼に頼りたい時だけと、決めていた。
侑斗はただの幼馴染だと思っているだろうけれど、私は違う。
いつか彼の恋人になりたい。 何度も諦めようと思っているのに、こんな時は彼への想いが溢れ出す。きっと私のことなんて侑斗は何とも思っていないから、さっさと違う人と結ばれてこの想いをなくするべきなのに、失恋すると振り出しに戻るように、心の奥底に押し込めた彼への憧れが消えないのだった。
長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか
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