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第443話

Author: 十一
「直ったよ」

「じゃあ、今夜も夜ランしますか?」

「うん……一緒に行くか?」

「ぜひ~」

軽いやり取りのあと、二人はそれぞれの部屋に戻り、トレーニングウェアに着替えた。

そして再び合流すると、並んで階段を下り、軽やかに走り出す。

夕陽はすでに沈み、空の色はゆっくりと深まってゆく。夜の帳が静かに大地を包み込む。

一周走り終えた頃には、月が高く昇り、その光がはっきりと冴え始めていた。点々と浮かぶ星も、ちらちらと瞬きを始めている。

三周目に差しかかると、凛が息を切らしながら立ち止まった。「せ……先生。ここでちょっと休みます。気にせずに続けてください」

陽一も足を止め、肩で息をしながら彼女に視線を向けた。「大丈夫か?」

凛は全身汗でびっしょりになり、頬もほんのり赤く染まっていた。「疲れたってほどじゃないけど……ただ暑くてたまらないんです」

髪の根元はすっかり汗で濡れ、頬を伝った汗がぽたりとこぼれ、スポーツTシャツの布地に染み込んでいく。

「じゃあ、もう走るのはやめて、ちょっと歩こうか」陽一がそう言うと、

凛は照れくさそうに鼻先をそっと触れた。

ふたりは並木道をゆっくり進んでいく。しばらく歩くと、B大学の正門にたどり着いた。陽一は近くのコンビニに立ち寄り、ミネラルウォーターを二本買って戻ってきた。一本のキャップを開けてから、もう一本を凛に差し出す。

「ありがとうございます」凛が小さく礼を言う。

そのまま正門を抜け、さらに半周まわって裏門へと歩を進めた。

裏門から少し中に入ったところには、誰でも使えるオープンなバスケットコートがあった。

ふたりがその脇を通りかかったちょうどその時、ひとつのバスケットボールが凛の頭上めがけて飛んできた。

彼女はすぐに気づいて、身を引こうとしたが――

その前に陽一が素早く反応し、凛の腕をぐいと引いて自分の背後にかばい、もう片方の手でボールを見事にキャッチした。

「ピィーッ!」コートのほうから口笛が響く。

「ナイスキャッチ、兄ちゃん!」

陽一は今日、白いバスケットウェアを着ていて、その姿はまるで現役の大学生のように若々しかった。

「こっち、あと一人足りなくてさ。どう?一緒にやらない?」

陽一はボールをやりたくてうずうずしていたが、先に凛の方を見て軽く目で問いかけた。

凛はうなずいた。「先生、行ってき
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