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第479話

Author: 十一
前列を見渡すと――そこにいたのは、まるで二人の父親や母親と同じ年代の、おじさんおばさんたちばかりだった。

「え、えっ……どういうこと?」彼氏も混乱し、思わず口を滑らせた。

「なんでおじいちゃんおばあちゃんばっかりなんだ?」

……この一言が、火に油を注ぐ。

「おじいちゃんおばあちゃんがどうしたってのよ!?文句あるの?!」

彼氏はあわてて言い訳した。「いやいや……その、こんな年齢でまだタレントを追っかけしてるなんて思わなかったっていうか……」

「私たちはアイドルとかじゃなくて小説が大好きなの!何か問題でも?」

「そうだよ!」

彼氏は唖然としてつぶやいた。「敏子先生って、こんなに幅広い層に人気があるんだ……」

その言葉に、近くにいたファンの一人が鼻を鳴らした。「ふん、私たちはもう十年前から敏子先生の読者よ。途中で結婚して子どももできて、仕事に追われてネットではあんまり騒がないけど、ランキング操作とか投票合戦とか、そういう若者のノリはやらない代わりに、ちゃんと毎回、お金出して本を買ってるの」

「そうそう、ただちょっと忙しくてあまりネットで投稿しないだけで、死んだわけじゃないからね!」

驚いたように、女の子が辺りを見渡す。老若男女入り混じった、本好きの海。

そのとき、司会者が舞台に登壇し、場内がすっと静まる。挨拶が終わると、盛大な拍手の中で、ついに敏子が登場した。

「わあ——」

「敏子先生って、こんな美人だったんだ!?」

「うそ……めっちゃ綺麗……!」

「マジかよ……俺を漏らすほど怖がらせたあの小説を書いたのが、この美人先生?ギャップが……ギャップがやばすぎる!!」

敏子は昨日買った黒いワンピースを身にまとい、腰には白いスカーフを結んでいた。歩を進めるたびに、その白い紗が裾とともにふわりと揺れて、彼女の持つ気品がよりいっそう引き立っていた。

「こんにちは、敏子です。今日ここで皆さんとお会いできて、とても嬉しいです……」

そう言って敏子は深々と頭を下げた。

誠実さは、いつだって最強の武器だ。

たちまち、会場は雷鳴のような拍手に包まれた。

凛は人混みの中に立ち、舞台の上で輝く母の姿を見つめながら、自然と笑みがこぼれた。

質疑応答の時間が終わると、誰もが待ち望んでいたサイン会の時間がやってきた。

人々が一斉に詰めかけ、凛も人の波に押さ
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