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第713話

Author: 雪吹(ふぶき)ルリ
ドン。

謙はベッドから転がり落ちた。

休憩室の入口に立っている真夕は、その光景を一部始終見てしまった。ビジネス界の帝王と呼ばれる謙が、雪奈にベッドから蹴り落とされるとは。

ぷっ。

真夕はこらえきれず、吹き出してしまった。

謙は立ち上がり、まずは雪奈を冷たく一瞥し、それから真夕に視線を移した。「池本さん、何がおかしい!」

真夕は涼しい顔で返した。「ごめんなさい岩崎社長、どうしても我慢できなくて……」

謙は何も言えなかった。もういいだろ?これ以上笑ったら失礼だぞ!

雪奈は真夕に向き直った。「池本さん、今回はお手数かけることになるね」

真夕は中へ歩み寄り、雪奈に好感を抱きながら言った。「私、水原社長とは初対面なのに妙に気が合うのよ。もしよければ、名前で真夕と呼んでください」

雪奈は口元を上げた。「わかったわ、真夕」

「水原社長、手を出してください。まずは脈を診てみるね」

雪奈が手を差し出すと、真夕はその手首に指を当てた。そして、真夕の美しい眉がすぐにきゅっと寄せられた。

謙はその表情が一番見たくなかった。彼はすぐに問いただした。「どうなんだ?」

真夕「岩崎社長、水原社長は以前、毒にやられたことがあるよね?」

謙はうなずいた。「そうだ」

雪奈は答えた。「私が彩を妊娠してたときのことよ。出産の日に昏睡状態に陥って、そのまま最近まで目を覚まさなかったの。どの医者も、何の毒かわからないの」

真夕は告げた。「水原社長が盛られたのは、鬼影毒だ」

「オニカゲドク?」と、謙と雪奈は同時に驚きのあまり声を上げた。

真夕はうなずいた。「はい。それは極めて陰険で凶悪な毒だ。しかも水原社長の体に植え付けられてる。犯人は誰か、心当たりは?」

雪奈は即座に謙を見た。「聞くまでもないでしょ。あなたの幼なじみの河野小百合に決まってる!」

謙は眉をひそめた。「河野なわけがない!俺と河野は幼なじみだが、彼女は毒術なんてできない。ましてや鬼影毒なんて!」

雪奈は鼻で笑った。「はいはい、岩崎社長の心の中では河野小百合は世界一純粋で善良な女よね。岩崎家の奥様の座は私が奪ったんだし、じゃあ今すぐ彼女に返してあげるわ!」

謙の顔が暗くなった。「またそうやって騒ぐのか!」

真夕はすぐに割って入った。「岩崎社長、水原社長、喧嘩はやめてください!」

真夕には分かった。二人が
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