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第486話

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月子はすぐに手を引っ込めた。「髪が乾いています。結構長い時間、私バスルームにいたみたいですね」

隼人はじっと彼女を見ていた。

「……もう少し映画を見てから寝ましょう」月子は彼から1メートルほど離れたソファに座った。

リビングの照明は柔らかく、眠気を誘うのにちょうどいい。

寝ることは、今晩に限って妙にセンシティブな話題だ。

月子と隼人はただ恋人の振りをしているだけなのだ。恋愛感情がないのだから、同じ部屋で一夜を過ごすことは、最初から分かっていたはずのこと。普通に話し合えばいいだけだ。

しかし、どうしても口に出せない、妙な空気が漂っていた。

どちらから切り出しても、悶悶とするような、不思議な雰囲気なのだ。

月子は、この居心地の悪さをじっくり味わってから、ようやく気が付いた。これは、もしかして気まずい雰囲気……っていうやつ?

月子は黙り込んだ。

気まずい?

どうして気まずいんだろう。

月子は、本当はもっと気軽に振る舞えるはずなのに、今はそれができない。喉が締め付けられるようで、自分からは言い出せない。恥ずかしい……そう、きっと恥ずかしいんだ。

恥ずかしいからこそ、これは気まずい雰囲気なんだ、と確信した。気まずい雰囲気は、普段の冷静さを失わせる。

今となっては、隼人の髪に触れたことを後悔していた。あのふわふわした感触を確かめてみたかったばかりに……

しかし、このままではいけない。

隼人は言った。「俺はソファで寝る」

月子は尋ねた。「もう眠いですか?」

二人は同時に口を開き、そして同時に黙り込んだ。

恐ろしいほどの静寂が訪れた。

誰も言葉を発しない。

ああ、もう。どうにかなりそう。

月子は穴があったら入りたい気分だった。

この気まずさは、隼人の自分への過剰なまでの心配りから来ているのだと、月子は分かっていた。

しかし、自分の考えが正しいのか、それとも単なる思い込みで勘違いしているだけなのか、確信が持てないでいた。

長年、独身を通してきた隼人が、そう簡単に人を好きになるだろうか?

月子は、普段は何も知らないふりをすることにしたが、でも、こういう状況になると、どうしても動揺してしまう。自分の心をコントロールすることなんて、誰にできるだろう?

本当に、どうにもならない雰囲気だ。

月子は、もう何も話したくなかった。ただ、すべてを
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