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第687話
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元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第709話
部屋に入るなり、隼人はボディーガードに取り押さえられている渉の姿が目に入った。こいつか……渉はもとより、恐怖で生きた心地がしていなかった。だが、隼人から突然向けられた眼差しには、さらに魂が震えるほどの衝撃を受け、彼の顔はこれ以上ないほど青ざめてしまった。静真なら、せいぜい殴られるくらいで済むだろう。でも隼人は……なんだよ、あれはまともな人間のする目つきか？あれは、まるで自分を亡き者にするような目つきじゃないか。渉は心底そのおぞましい視線に、ぞっとした。隼人の殺気だった様子を見て、静真は嘲るようにフッと笑った。その目には憎しみが渦巻いていた。「間に合わないかと思ったよ……結局、出遅れてきたじゃないか。役立たずが」隼人は静かな眼差しで静真を見つめた。その声は、嵐の前の静けさを思わせる。「この件は、お前には関係ないはずだが？」「関係あると言ったら、どうする？」静真は、また冷たく笑った。隼人は静真をじっと見つめ、この件に彼が関わっていないことを確信した。そして、言った。「こいつをこっちに渡せ」渉は、隼人が言った「こいつ」が自分だと気づくと、恐怖に顔を引きつらせて叫んだ。「社長、助けてください……」静真も渉に怒りをぶつけたいところだった。だから隼人に引き渡すわけにはいかない。「いいだろう。だが、物事には順序というものがある」渉は衝撃を受けて静真を見た。たとえ自分に非があっても、隼人と犬猿の仲である静真なら、一時的にでも自分をかばってくれるはずだ。そう思っていたのに、まさか見捨てるのか？渉は完全に絶望した。「社長、私が本当に間違っていました。もう二度としませんから、どうかお助けください……」静真は苛立った顔を曇らせ、彼を見た。「今すぐ死にたくなければ、黙れ」渉は涙を流した。これほどの精神的なプレッシャーには、とても耐えられそうになかった。静真と隼人は水と油の関係で、性格も正反対だ。しかし、こういう時ばかりは、さすが兄弟だと彼は思った。静真が嘘をついても、隼人は一目で見抜けるのだ。何より、二人とも一度キレたら、常軌を逸した残酷さだ。特に静真には心底がっかりした。自分はこれまで手柄はなくても、忠実に尽くしてきたというのに。なんでこんな仕打ちをされなきゃならない？たかが月子に薬を盛っただけで、実際彼女には何の
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第708話
「ううん」静真は、ひどく沈んだ目で月子を見つめた。そして、ふっと笑うと彼女の手を離した。「わかった、もう行けよ」その時、詩織が呼んだボディーガードが部屋に入ってきた。そして、渉の両脇を抱えて、部屋の隅へと連れて行った。月子は眉をひそめて静真を一瞥した。彼の目つき……なんだかやっぱり、この人が物分かりがよくなるというのは、あまり期待しないほうがよさそうな気がした。まあいいか。静真とまともに話せるだけで奇跡みたいなものだし。少なくとも今は、ちゃんとした元夫として振る舞ってくれている。月子はもう何も言わず、振り返ることなく部屋を出た。明日香と二人のボディーガードがその後を追う。ところが、ドアを出て数歩も歩かないうちに、月子はぴたりと足を止めた。三、四メートル先の廊下に、見過ごせないほど背の高い人影があった。明らかにこちらに向かって歩いてきていたが、ふと彼女に気づいたのか、歩くペースを落としたようだ。見間違いかと思ったけれど、その人影は本当に隼人だった。「どうして戻ってきたの？」月子は驚いて喜んだが、すぐに彼の様子がおかしいことに気づいた。隼人の瞳の奥には、見たこともないような険しい光が宿っていた。月子の姿を見て、ようやく彼の瞳にわずかな変化が生まれた。話している間に、隼人は月子の目の前まで歩み寄っていた。その目で彼女がどこか傷ついていないか確かめるように、くまなく見渡していた。それでも、彼の目から険しい光は少しも消えなかった。自分が罠にはめられたことを隼人が知って、こんなに心配してくれているのだと、月子は察した。彼を安心させようと口を開く。「大丈夫よ、私……」月子が言い終わる前に、隼人は長い腕を伸ばし、彼女をぐっと抱きしめた。男の筋肉は固くこわばっていて、抱きしめられる衝撃はまるで壁にぶつかったかのようだった。こんなに心配してくれたんだ……隼人は、まるで月子を自分の体ごと埋め込むかのように、その背中を強く抱きしめた。凄まじい力で抱きしめられ、月子は押しつぶされそうになった。数秒後、隼人はようやく彼女を離すと、彼女の両腕を掴んでその瞳を覗き込み、低い声で尋ねた。「鈴木は中に？」その声はあまりに冷たく、月子は思わず身震いした。これが隼人が怒った時の顔なのね……なんだか怖い。月子の後ろに
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第707話
渉は、月子からの電話一本で社長が自ら駆けつけるとは、夢にも思っていなかった。昔はいつも月子が社長を待っていたじゃないか。社長の言うことは絶対で、月子のことなんてずっと眼中になかった。それなのに今回の件で、社長が自ら来ただけじゃなく、詩織や一樹まで一緒だ。いつから、周りの人間は月子のことをこんなにも大事にするようになったんだ？渉は以前、静真にとっての月子の重要性を軽く見ていたせいで、余計なことを口走り彼に嫌われた。それでようやく彼女の大切さに気づき始めたけど、どうやらまだ見誤っていたらしい。彼はようやく自分の判断ミスに気が付いた。もしも……もしも社長の月子への想いが、愛と呼べるものにまでなっていたとしたら、今日の自分の行いは……渉はもう、それ以上考えることができなかった。ハッと詩織に目を向けると、彼女はもはやライバルを見るような目ではなく、もうすぐ破滅する愚か者を見るような目をしていた。その瞬間、渉の心は完全に折れた。ライバルに自分の愚かな姿をさらすことほど、辛いことがあるだろうか。詩織がどんなに軽蔑した目つきで自分の完敗を見ていたかを思うと、渉は耐えられなかった。一体どうして、自分はこんな状況にまで追い込まれてしまったんだ？渉はもう本当に耐えられなくなり、頭が真っ白になった。そして支離滅裂なことを口走り始め、月子が自分を誘惑して陥れた、とまで言い出した。月子は特に反応を示さなかったが、明日香は激怒した。「何をわけのわからないことをほざいているんだ？」詩織も、それを聞いて、渉という人間の浅ましさに改めて呆れ果てた。静真はずっと黙っていたが、やがて我慢の限界が来たのか、個室にあった灰皿を手に取り、渉の頭に叩きつけた。渉はそれでようやく目が覚めたかのように、一言も発することができなくなった。今の静真はあまりにも恐ろしく、もしもう一言でも発すれば、本当に殺されるだろうと渉は直感的に思った。本能的な恐怖に支配され、彼はそれ以上暴言を吐くことはできなかった。静真は軽く唇を歪めて言った。「謝れ」渉はまったく逆らうことができず、月子に謝った。静真が言った。「事の経緯をすべて話せ」渉は、動機から実行、そしてその後の経緯まで、すべてを洗いざらい白状した。康弘は、彼が利用するために見つけ出した、都合のいい相手
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第706話
医師は静真を知らなかったので、その気迫に腰を抜かし、今すぐ逃げ出したいと思った。「問題は月子がもう片付いた。あなたを呼んだのは、文句を言うためだろう」一樹は医師の腕を掴んで行かせなかった。「だが、この状態で会いに行くわけにはいかないだろう」静真はスマホを握りしめた。やはり、月子からの電話が良い知らせであるはずがなかったのだ。しかしその時になってようやく、静真は自分の体調の悪さに気づいた。ひどい目眩がして、確かにこんな状態で月子に会いに行くわけにはいかなかった。そこで、一同は書斎に戻った。一樹は医師の肩を押さえて落ち着かせ、静真の腕の傷を手当てさせた。静真は熱を出していたので、抗生物質と解熱剤が投与された。「本当は注射を打って、ベッドで安静にするのが一番なんですが」と医師は言った。「薬だけ処方してくれればいいです」そう言って静真は、一刻も早く月子のもとへ行きたかった。一樹は医師に、静真の言うとおりにするよう言った。どちらにせよ、後で自分が彼を見張っていなければならない。でなければ、彼は高熱で倒れてしまうかもしれないからだ。家を出る前、静真は身支度を整えた。病的な顔つきで少しやつれてはいたが、シャツとコートに着替えると、いつものように様になった。普段のような威圧感はないものの、また別の意味で近寄りがたい雰囲気をまとっていた。車の中で、詩織は渉が月子に薬を盛ったことを静真に伝えた。予想外に静真が怒って怒鳴ることはなかった。しかし、車内の空気が一瞬にして重く張り詰めたのがはっきりと分かった。詩織は息を殺し、一言も発することができなかった。しかし、自分が何かをするまでもなく、今日で渉が間違いなく終わることは明らかだった。女に薬を盛るなんてこと、社長でさえ、こんな汚い手を使ったことはないのに、渉はしたのだ。しかも相手は月子だ。正気の沙汰ではない。詩織には、渉の思考回路が全く理解できなかった。いや、男だからと考えると理解できなくもないが、ただ、渉のような品性のない男を理解する必要なんてないのだ。……月子は病院で注射を打ち、少しずつ楽になっていた。だが、薬が完全に体から抜けるまではあと数時間かかる。幸い彼女は自制心が強く、注射で症状が落ち着くと、見た目からはもう何ともないようにみえた。月子は渉を、彩乃の友人が経営するバ
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第705話
高橋は静真の名前を呼ぶと、はっと息をのんだ。この家で働き始めてから、こんなにやつれた彼を見るのは初めてだったからだ。彼は一日剃っていない髭が目立ち、口元は青ざめていた。腕には傷があるが、簡単な消毒をしただけで放置されているようだ。そのせいで赤く腫れ上がり、顔色もおかしい。きっと、傷口から菌が入って熱を出してしまったのだろう。それに、丸一日何も食べていないせいか、もともと胃が弱いんだから、体調も相当悪いはずだ。ろくに寝てもいないようで、精神状態も普通ではない。まるで高熱にうなされた後のような、ひどい憔悴ぶりだった。とにかく高橋は驚いて、心配でたまらなくなった。「静真様、すぐにお医者さんをお呼びします……」「近寄るな」静真は高橋を見ると、彼女の存在を拒絶するかのように言った。今はただ一人にしてほしくて、誰にも邪魔されたくなかったのだ。でも、そんなわけにはいかない。高橋は本気で静真を心配していたから、彼がこのまま落ち込んでいくのを見てはいられなかった。そこで、詩織のことを話してみた。「静真様、先ほど植田さんからご連絡があり、急ぎの用件だとのことです。佐藤さんもご一緒にお見えになるそうで……そのお姿では皆さんが心配なさいますから、まずはお風呂にでも入られてはいかがでしょうか」静真はそれでようやく反応を見せた。眉間にしわを寄せながら、高橋を見た。「あいつらは何をしに来るんだ？」高橋は静真の威圧感におびえ、うつむいて答えた。「植田さんは詳しいことはおっしゃっていませんでしたので、私には分かりかねます」「来るなと伝えろ」静真は疲れきったように眉間を揉んだ。今は気分が最悪で誰にも会いたくない。ただ一人にしてほしかったし、もう一言も話す気力さえなかった。「ですが……」「黙れ」静真は怒る気力もなく、そのまま書斎に入ってしまった。高橋は、彼の頑なな様子を見て、ただ焦ることしかできなかった。もし月子と離婚していなければ……静真がどんなに怒っていても、しばらくすれば機嫌を直していたはずだ。だから昔は、静真が怒っている時に近づく者はいなかった。ろくなことにならないからだ。月子を除いては。月子がいた頃、高橋はそれが当たり前だと思っていた。でも月子がこの家を出て行って同じような状況になって初めて、彼女にしかうまく収められないことがたくさんあっ
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第704話
それを聞いて詩織は一瞬耳を疑った。しかし、すぐに状況を飲み込むと、椅子から勢いよく立ち上がった。渉は……なんて馬鹿なことを。自分で自分の首を絞めるようなことをするなんて。「すぐに、社長に連絡します」詩織はこみ上げる冷笑を抑えきれなかった。「綾辻社長、少々お待ちください」月子が電話を切ると、渉は愕然としていた。まさか離婚したあと月子がこんなにも堂々と、静真に立ち向かうとは思わなかった。だけど、このことをもし社長に知られたら……渉は恐怖で瞳孔が収縮した。ようやく彼は恐ろしさを感じ、自分が甘く見ていたことに気づいたのだ。手を出してはいけない相手に手を出してしまった。それに気が付いた渉は完全に取り乱した。「月子、どうして……だめだ、だめなんだ。このことだけは絶対に社長に知られちゃいけない……月子、俺が悪かった……いや、綾辻社長、ごめん！俺が、俺が間違った。もう二度と綾辻社長の前に現れないから……お願い。どうか社長には言わないで……じゃなきゃ、俺はもう終わりだ……」過去三年間、渉が月子にいい顔をしたことなんて一度もなかった。いつも嫌味を言って、冷笑を浮かべるのが彼の常だった。まるで権力者にへつらって悪事を働く取り巻きのように、彼女につらく当たっていた。月子は静真と結婚してから、確かにおとなしくしていた。でも、人としての最低限の礼儀くらい、知っているべきじゃない？渉はあまりに人を地位で判断するし、彼女に対して不可解な悪意を向けてくる。月子はもう静真とは一切関わりたくなかった。でも、向こうからわざわざ厄介事を持ち込んできたのだ。そのうえ、薬まで使って彼女を陥れようとするなんて。本当に胸くそが悪い。月子の優しさは友人にだけ向けられるもので、こういう陰険な企みを向けてくる相手に決して容赦がないのだ。ここにきて、渉は完全に恐怖に苛まれ、必死に許しを請うようになった。だけど、月子はそんな彼に構うことなく、ただ冷たく言い放った。「何か隠してないか探してみて」その指示を受け、ボディーガードは手際が良く、すぐに渉が隠し持っていた薬を見つけ出し、それを明日香に渡した。それを見た、月子の目つきはさらに冷たくなった。「口を塞いで、トランクに詰め込んで」「はい！」「社長、この酔い覚めの薬は一時的にしか効きません」明日香は薬の名前を
