第5話

その日は、何も悪い兆しなんてなかった。

空は雲ひとつない青空で、太陽はまぶしいほどに輝き、街の景色もいつも通りだった。

チャペルに着くと、すでに大勢の人が集まっていた。父に最後の別れを告げるため、こんなにも多くの人が訪れてくれたのだ。

周囲を見渡し、すべてが予定通りに整っているのを確認して、私は少しだけ安心した。葬儀の準備を手伝ってくれた人はほとんどいなかった。結局すべてを背負ったのは私だった。

それでも文句なんてなかった。これが父へのせめてもの恩返しだと思ったからだ。食べるものを与えてくれ、服を買ってくれ、家を与えてくれた――父は、私を育ててくれたのだから。

式が始まる時間が近づき、ほとんどの人が席に着いた。私はあえて家族とは別の場所に座った。エマの隣に座るなんて、考えただけで胸が締めつけられたからだ。

「ママ、どうしてここに座るの？おばあちゃんのところに行かなくていいの？」

ノアが不思議そうに、家族がいる場所を指さす。

もちろん、私たちが離れて座っていることに違和感を覚えている人もいた。でもそんなこと、もうどうでもいい。家族から完全に受け入れられていないのは、周知の事実だから。

「もうみんな座ってるから、動くと迷惑になるでしょ？」

そう嘘をついた。

ノアは少し納得がいかない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。そのとき、隣に誰かが座る気配がして、私は思わず体を硬直させた。

彼の気配と香水は、忘れようにも忘れられない――ローワンだ。なぜ彼がここに座るの？エマの隣にいればいいのに。むしろ、そちらの方が私の気持ちは楽だったはずだ。

......まるで皮肉のようだ。いや、私自身が皮肉っぽいのだろう。怒りと悲しみと、そして苦い嫉妬が、胸の中を渦巻いていた。

「パパ！」ノアが小声で叫んだ。その声に、周囲の人がこちらを振り向く。

私は彼らを睨みつけ、すぐに目をそらさせた。

「ママ、パパの隣に座ってもいい？」

「いいわよ」

ノアのおかげで、私はローワンの隣から逃れることができた。小さなことだけど、それだけで心が少し軽くなった。

さりげなく動きながら、彼と席を入れ替える。その瞬間、少し緊張が和らぐのを感じた。

「誰もがいつかはこの世を去る日が来る。その時、あなたはどんな人生を残していくのか？誰かの心を動かし、何かを変えることができたのか？それとも後悔だけを残して去るのか？」

牧師の言葉が静かに響いた。

ふと、考えてしまう。もし私が今死んだら、誰が私の葬儀に来てくれるのだろう。私のことを心から悲しむ人なんて、いるのだろうか？......いないだろう。むしろ、祝杯でも挙げるのかもしれない。私の死を悲しんでくれるのは、きっとノアだけ。それが現実だった。

なんて孤独な人生だろう。友達なんて一人もいない。私自身が心を閉ざしてきたせいでもある。でも仕方ない。完璧なエマの影に隠れ続けて、私はずっと「誰にも愛されない存在」だと感じてきたのだから。

美しさも、頭の良さも、愛される力も――すべてがエマの方が上だった。今でも、私は彼女の影に隠れたままだ。誰も私の痛みや苦しみに気づかない。エマの悲しみは、私のものよりも大きく、彼女の幸せはいつだって私より優先される。私はただ、残り物の愛情を拾い集めるだけだ。

「ママ」

ノアの声で我に返った。

気がつくと、式は終わり、みんなが席を立ち始めていた。

「アヴァ、大丈夫か？」

ローワンの低い声が耳に届く。その声に、私は小さく震えた。

彼を見たくなかった。話したくもなかった。でもノアの共同親権がある以上、彼との関係は続いていく。

肩をすくめて立ち上がる。彼の方を見ようとはしなかった。それが失礼だとわかっていても、エマを見つめていた彼の表情を思い出すと、どうしても顔を上げられなかった。

「ノア、行くわよ」

ノアが勢いよく立ち上がり、私たちは玄関へと歩き出した。外に出ると、弔問客の波に押し寄せられた。皆、口々に哀悼の意を述べてくれる。その中で同僚の姿を見つけ、軽く手を振った。

まだ父を埋葬してもいないのに、すでに心身ともに疲れ果てていた。

「ようやく姿を現したのね」

背後からエマの冷たい声が聞こえた。

振り返ると、彼女が立っていた。泣き腫らした顔に真っ赤な目、それでもどこか神々しい美しさをまとっている。

思わずため息が漏れる。今は本当に彼女と向き合う気力なんてない。

「今はやめて、エマ。まずは父を埋葬させて」

彼女は薄く笑うと、私にだけ聞こえる声でそっと囁いた。

「埋葬はしてあげるわ。でも言っておくけど、私はここに残るわよ。何年も前にあなたが奪ったもの――家族も、そして本来私のものだったあの人も――すべて取り返すつもりだから」

そう言い放ち、エマは身を翻して牧師の声に従い、墓地の方へ向かった。

ノアはエマの去りゆく背中と私の顔を交互に見つめていたが、何も言わなかった。彼女の言葉に心は乱れたが、驚きはしなかった。

彼女が分かっていないのは、彼女が「取り返す」と言うものは最初から私のものではなかったということだ。彼女が言う「家族」は、もともと彼女を尊敬していた。そしてローワンも――彼はずっと、そして今でもエマのものだ。

胸が押しつぶされるような痛みを必死で飲み込みながら、私はノアを連れて父の眠る場所へ向かった。

少し離れた場所から、母とエマ、そしてトラヴィスが寄り添う姿を見つめる。彼らの姿はまるで一つの塊のようで、それに比べて私はただそこにいるだけの赤の他人に思えた。家族の埋葬に参列しているというよりも、どこかの通りすがりの見知らぬ人のような気分だった。

「土に帰るものは土に――」

牧師の声が響き渡り、父の棺がゆっくりと地中に降ろされていく。

棺が土で覆われていく間、母は父に戻ってきてほしいと泣き叫び続けていた。エマとトラヴィスは母を抱きしめながら静かに涙を流している。

私はノアをそっと抱きしめ、彼が肩を震わせて泣くのを慰めた。その姿を見ていると、私の目にも自然と涙が溢れてきた。でも、ここで泣いてしまったら、ノアを支えることができない。今、彼には私が必要なのだ。私は涙を拭い、彼のために強くいなければならないと決意した。

再び人々が集まり、弔問の言葉をかけてくる。それにぼんやりと機械的に答えているうちに、まるで自分がそこにいるのかどうかも分からなくなった。気がつけば、ほとんどの人がすでに散り散りになっていた。

「ママ、あそこにおじいちゃんとおばあちゃんがいるよ」

ノアがローワンの両親を指差しながら、私の腕を引っ張る。

ローワンは双子の兄弟ガブリエルと一緒に、両親と立っていた。

私は気まずさを感じながらも、ローワンが彼らに挨拶する様子を見守るだけだった。彼らは私をちらっと見るだけで、何も言わない。私が彼らの息子にふさわしい存在ではないことを、お互い分かっているからだろう。

「一緒にお菓子食べてきていい？」ノアがそう聞いてきたので、私は頷いた。

ノアは何時間も食べていなかった。お腹が空いているのだろう。彼がその場を離れると、私たちは微妙な沈黙の中に取り残された。

そしてローワンの視線は、ノアがいなくなった途端にエマへと向かい、それ以降まったく外れることはなかった。彼女は私たちから少し離れた場所に立っていた。

その場を離れようとした瞬間、タイヤの激しい音が響き渡った。すべてが一瞬の出来事だった。

銃を持った男たちが車から降りてきて、無差別に発砲を始めた。銃声が響く中、ローワンがエマの方へ飛び込み、彼女をかばった。

私はその場に立ち尽くし、呆然とその光景を見つめていた。彼が彼女を守るために自分の体を差し出す姿を見て、心の中で何かが砕け散る音がした。

「危ない！」

防弾チョッキを着た男が叫び、私を押しのけた。

しかし、もう遅かった。何かが私の肌を刺し、その衝撃で地面に倒れ込んだ。息が詰まり、呼吸ができなくなる感覚に襲われた。

「誰か救急車を！」

男が私のそばに膝をつき、傷口を押さえてくれた。

混乱と痛みで何が何だか分からなかった。私は「大丈夫」と言おうとしたが、自分のドレスに広がる血と彼の手に付着する血が目に入った。私は昔から血を見るのが大嫌いだった。

「ノア......」私はそう囁いた。

それが最後の思いとなり、意識は闇に包まれていった。