LOGIN「もう信じないわ。自分がしたことの責任、自分で取ってもらわないと」優奈がなおも何か言おうとした時、景がドアを開けて入ってきた。ダークグレーのスーツをまとった彼は、背筋を伸ばし、冷ややかな表情を浮かべていた。絃葉へ向けた鋭い瞳には、募りに募った思いがあふれている。だが優奈へ視線を移した瞬間、その目は刃物のように冷たくなった。今にも彼女を八つ裂きにしたいとでもいうようだった。優奈は反射的に二歩後ずさりし、必死に懇願した。「景......私たちは長い間一緒に仕事をしてきたでしょう?少なくとも友人ではあったはずよ。お願い、絃葉に私を許すよう言ってよ!これからは一生、どんなことでも下僕になって働くから......!」景は無表情のまま歩み寄り、絃葉の腰を抱いた。「絃葉を陥れた時、一度でも彼女を許してやろうと思ったのか?」続いて絃葉へ告げる。「絃葉、これ以上この女に付き合う必要はない」その口調には迷いがなかった。「連れていかせろ。あとは予定どおり処分すればいい。君がどんな決断をしても、俺は支持する」景が片手を上げると、護衛たちがすぐに歩み寄った。優奈は恐怖のあまり泣き叫んだが、たちまち口を塞がれ、病院のベッドへ縛りつけられた。そして患者に見せかけた状態で、病室の外へ運び出された。病室は再び静寂に包まれた。絃葉は、男たちの手慣れた動きと、抵抗する優奈へ容赦なく拳が振るわれる様子を見て、以前ネットニュースで目にした事件を思い出した。思わず身震いする。「これで本当にいいのかな......あんな場所へ送られたら、たとえ生きて出られたとしても、心を失った抜け殻になってしまう」絃葉は恐ろしさを拭いきれず、思わず目を閉じた。「残酷な人間には、断固とした手段で対処しなければならない」景は彼女の手を強く握り、もう片方の手で顎をそっと持ち上げた。「そうしなければ、反撃してきた時、相手は君よりはるかに残酷な手を使う。だから絃葉、自分を責める必要はないよ。彼女は何度も君を傷つけようとした。そして君はすでに十分すぎるほど情けをかけた。今回のことは、すべて彼女の自業自得だ」絃葉は軽くうなずき、彼の胸へ身を寄せた。「うん......そうだね」景は彼女の全身をくまなく見つめた。どこにも怪我がないことを確認
優奈は顔を青くし、信じられないという目で絃葉をにらんだ。「どうして......どうして私だと分かった」絃葉は冷笑した。「秘密はいつか必ず漏れるものよ。ホテルで何者かに狙われていると気づいた時、真っ先に思い浮かんだのがあなたの顔だったからね」優奈はゆっくりと顔を上げ、陰険な目を向けた。「だから何?いつも善良な人間を演じるのが好きだったのに、今日はどうしたの?これだけ大勢を使って私を罠にはめて、いったい何をするつもり?」絃葉は冷気を帯びた穏やかな声で答えた。「あなたが私にしたことを、そのまま返すだけよ。もう何度もあなたに機会を与えた。以前、私と悠が雪山で道に迷った件も、あなたの仕業だったでしょう?」優奈の目に、かすかな動揺がよぎった。「言いがかりはやめて!」「事実かどうかは、自分が一番よく分かっているでしょう」絃葉は冷たく言い放った。「今回はもう容赦しないわ。拓海、大河、この女を現地の組織へ引き渡して。生きて出られるかどうかは、本人の運次第よ」優奈の顔から血の気が消え、声が震え始めた。「あなた......わ、私を売るつもり?そんなの犯罪よ!楠原家があなたを許すはずがないわ!」絃葉は振り返り、彼女を見下ろした。「いいえ。TN国へ来たのはあなた自身の意思。あなたと接触した人間も、全員現地の人間よ。この件と私に、何の関係もないわ」優奈は完全に絶望した。全身を震わせながらその場へひざまずき、何度も額を床へ擦りつける。「ご、ごめんなさい......本当に反省してる!お願い、今回だけは許して。もうこんなことしないから。これからは遠く離れて、絶対に近づかないから......お願いします......」絃葉は、少しの憐れみも浮かべずに彼女を見下ろした。「私はこれまで、誰に対しても寛容に接し、必ず逃げ道を残してきた。でもあなたは何度も、私の越えてはならない一線を踏みにじった。もし事前に警戒し、独自の情報網からあなたの計画をつかんでいなければ、私は今頃、遺体すら見つからない状態になっていたかもしれない。私は今まで、一度もあなたを傷つけていない。それなのに、あなたは私を追い詰め、命まで奪おうとした。どうしても理解できないの。高校時代、確かに私の成績はあなたよりよかった。でも、あなたも決して悪くなかっ
絃葉が西尾グループの海城における全事業を率いるようになって以来、景は、彼女が短期間で急速に成長し、以前にも増して成熟した有能な経営者になっていくのを感じていた。しかし、一人の女性があまりに早く成長し、何でも一人でこなせるようになることが、必ずしもよいとは限らない。これでは、夫である自分の存在意義がまるでないように思えてしまう。「急いでくれ」景は眉間を揉み、再び命じた。佳樹は振り返り、何とも言えない表情で彼を見た。「社長、私も調べましたが、すべて奥様の計画どおりに進んでいます。正直なところ、社長が行っても、あまり手伝えることはないかと」景の苛立ちは、さらに強くなった。「黙れ」佳樹は黙って、口にチャックをする仕草をした。それ以上は何も言えなかった。――優奈は飛行機を降りると、すぐにタクシーで病院へ向かった。病院の正面玄関では、拓海が手下の一人を待たせていた。優奈は意気揚々と病院へ足を踏み入れ、尊大な態度で尋ねた。「まだ生きているでしょうね?」「ご安心ください、楠原様。意識ははっきりしています」優奈は口元をわずかに上げた。「それならいいわ」サングラスを押し上げ、大股で廊下の突き当たりにある病室へ向かうと、勢いよくドアを開けた。病院のベッドでは、絃葉が青ざめた顔で横たわり、全身に何本ものチューブをつながれている。その姿を目にし、優奈の得意げな笑みはいっそう深くなった。手下に外で待つよう命じると、サングラスを外し、凶悪な笑みを浮かべながら絃葉へ近づいた。絃葉は目を閉じたまま、病室内のすべての物音をはっきりと聞いていた。優奈は近づくなり彼女の顎を乱暴につかみ、頬を何度か叩いた。「絃葉、まさか自分がこんな目に遭うとは思わなかったでしょう?」優奈は病室を見回すと、ますます愉快そうに声を上げて笑った。「ずいぶん有能だったはずなのに、今はどうしたの?まな板の上の魚みたいに、ベッドで転がっているだけじゃない」冷笑を浮かべながら身を屈め、絃葉の耳元へ顔を寄せる。その声には、どす黒い悪意が満ちていた。「自分が勝ったとでも思っていたのかしら?今の自分の姿を見てみなさい。落ちぶれた野良犬以下よ。景がこんな姿を見たら、あなたを選んだことを後悔するでしょうね」指で絃葉の青ざめた顔をなぞ
飛行機が着陸するなり、景は疫病から逃げるかのように、振り返りもせず混雑した人波をかき分け、足早にVIP専用通路へ入っていった。佳樹は息を切らしながらあとを追い、ようやく彼に追いついた。「待ってくださいよ、社長......!何かに追われてるんですか?いくら何でも速すぎますよ」佳樹は肩で息をしながら文句を言った。景はまだ恐ろしさが残っているようにネクタイを緩め、低い声で答えた。「厄介なモノに絡まれた」佳樹は言葉を失った。「......」景はスマホを取り出し、すぐに絃葉へ電話をかけた。「今、空港に着いた。どこにいる?現在地を送ってくれ。すぐに向かう」病院のベッドに横たわっていた絃葉は、困ったように笑った。「急がなくていいよ。まずホテルで少し休んで。私、今ちょうど大きな仕掛けを進めているところだから」景はわずかに眉を寄せた。「どんな仕掛けだ?俺にも言えないのか?」絃葉はスマホに表示された優奈のフライト情報を見て、胸が大きく跳ねた。「......景、もしかして飛行機で楠原に会った?」景はすぐに察した。「ああ、会ったが......まさか、君が仕掛けている相手というのは楠原優奈なのか?」絃葉の心臓は、喉元までせり上がるほど緊張した。「彼女に何も言ってないよね?私のことは話してない?」彼女がこれほど緊張しているのを見て、景は、その計画が間違いなく優奈に関係していると確信した。声を低くして答える。「ほとんど話していない。途中で席まで替えた。安心しろ。既婚者としての節度はきちんと守った」その言葉に絃葉は吹き出し、張り詰めていた気持ちが一気に緩んだ。「それならよかった。あの人がTN国で人を雇って、私を殺そうとしたの。でも、その計画には気づいてる」景の胸が一瞬にして締めつけられた。「何だと?大丈夫なのか?病院にいるということは、まさか怪我をしたのか?」絃葉は慌てて説明した。「違う違う。これにはわけが......」仕方なく、計画の全容を簡潔に景へ伝えた。そこでようやく景は、優奈が今回TN国へ来ること自体が、絃葉の周到に仕掛けた罠の一部なのだと理解した。すべてを聞き終えると、景はさらに深く眉を寄せた。「なぜ事前に俺へ話さなかった?どうして一人で決めたんだ?」自分を
「今から君のところへ行く。待っていてくれ」絃葉が止めるより早く、景は通話を切ってしまった。絃葉は困ったように笑った。このまま来させなければ、きっと向こうで心配のあまり耐えられなくなるだろう。そう思い、彼の好きにさせることにした。ちょうどいい。彼が来れば、今回の芝居も見せてあげられる。――景は佳樹に、一番早い便を予約させた。しかしファーストクラスはすでに満席で、エコノミークラスしか取れなかった。今回は目立たないよう、同行させたのも佳樹一人だけだった。座席に腰を下ろすと、隣に座る女性が長い間、彼の顔を見つめていた。やがて女性は突然サングラスを外し、驚きと喜びの入り交じった声を上げる。「もしかして、景?」そこで景は初めて、隣にいるのが優奈だと気づいた。わずか数か月会わなかっただけなのに、彼女はひどくやつれ、以前より一回りも老けて見えた。すぐに分からなかったのも無理はない。景は淡々と視線を外し、目の前に置かれていた雑誌を手に取ってページをめくった。「君か」優奈は彼のすぐ隣に座り、その近さに、長らく静まっていた胸の鼓動が再び速くなっていくのを感じた。しかし景は顔すら上げず、まるで彼女が存在しないかのように振る舞っていた。長い指でページをめくるその姿からは、人を寄せつけない冷気が漂っている。それでも優奈は気にする様子もなく、かえって少し身を寄せ、わざと優しい声で話しかけた。「景もTN国へ行くの?出張?」景は依然として沈黙したままだった。ただ、ページをめくる指先に少し力がこもった。声を聞いた前の席の佳樹が振り返り、優奈と目が合うと、仕方なく礼儀正しく会釈した。そしてすぐに前を向き、胸の内で嫌な予感を覚えた。どうしてこの女は、どこまでもつきまとってくるのだろう。いくら話しかけても無視され続け、優奈の胸に苛立ちが込み上げた。しかし考え直した瞬間、ある疑念が浮かぶ。景がこのタイミングでTN国へ向かうということは、まさか絃葉に会いに行くのだろうか。絃葉が重傷を負ったことを、すでに知っている?いや、そんなはずはない。絃葉はガレスの支配下にあり、情報が外部へ漏れることなど絶対にない。それに景の表情は、あまりにも平静だった。事情を知っているようには見えない。
電話を切ると、優奈は興奮した様子で部屋の中を歩き回った。「豪、早く荷造りを手伝って!あの女が息を引き取るところを、この目で見届けるのよ!」狂気じみた彼女の様子を見て、豪はためらいがちに言った。「優奈、もう一度確認したほうがよくないか?ガレスさんと直接話したほうが――」「うるさいわね!」優奈は鋭い声で遮った。「写真まで送られてきたのに、嘘のはずがないでしょう?怖いなら、あなたは国内に残ればいいわ!ガレスさんは忙しい人なの。人が一人や二人死ぬ程度のことに、本人が直接関わるはずがないでしょう。何度も連絡したら、しつこいと思われるだけよ!」彼女は待ちきれない様子で荷物をまとめ始めた。その頭の中には、病院のベッドで瀕死となった絃葉を、思う存分いたぶる光景がすでに浮かんでいた。荷造りを終えると、優奈は豪とともに直ちに空港へ向かい、TN国行きの便を待った。――その頃。TN国にある私立病院の特別病室では、絃葉が冷静な表情で拓海を見ていた。「すべて手配できた?写真は送ったの?何か疑われていない?」拓海は微笑んだ。「ご安心ください。カルテも診断書も、顔中を血まみれにした写真も、一式すべて彼女のスマホへ送りました。彼女、まったく疑っていませんでしたよ。最短の便を予約して、こちらへ来るそうです」絃葉は何かを思い出し、さらに尋ねた。「ガレスのほうは?送り込んでいる者から、何か連絡はあった?」「ご安心ください。病院の内外は、すべてこちらの人間で固めています。ガレス側には偽の情報を流してありますので、今のところ、連中は西尾社長の襲撃に成功したと思い込んでいます。しばらく次の行動には出ないでしょう」絃葉は顔についた特殊メイクを拭き取り、冷たい笑みを浮かべた。「よくやったわ。楠原が到着したら、自分の仕掛けた罠に落ちるとはどういうことか、じっくり味わわせてあげましょう」そう言い終えた直後、スマホから特別に設定していたビデオ通話の着信音が鳴った。画面へ目を落とすと、絃葉の口元には自然と優しい笑みが浮かんだ。最近の景は、以前にも増して彼女から離れたがらず、ほぼ2時間おきに居場所を確認してくる。他人の前では冷徹で強い築山グループの社長も、彼女の前では甘えん坊な少年のようだった。絃葉は拓海に少し待つよう合図
凪杜は深く息を吸い、胸の中の重苦しさを押し殺してから、絃葉の隣に横になった。「会社がどんどん大きくなって、俺もますます忙しくなった。君に構う時間すら取れなくなって......」声は低く、どこか作られたような優しさを帯びている。「絃葉、何か欲しいものはあるか?何でもいい。何か罪滅ぼしをさせてくれ」家、車、宝石、バッグ――普通の女性が欲しがるものは、だいたいそのあたりだろう。けれど、それらは絃葉にとって生まれた時から当たり前にあるものだった。何一つ、欲しいとは思わない。彼女が欲しかったのは、ただ一つ――彼の心。なのに、その心はとっくに別の誰かに与えられていた。
凪杜は彼女の視線を避け、再び口調を和らげた。「子どもが何をわかる。いちいち気にするな」その言葉に滲む無意識の肩入れは、まるで強烈な平手打ちのように絃葉の頬を打った。これまで何度、その偏りに気づかないふりをしてきたのだろう。――今になって、自分の鈍さが情けない。彼女はため息のように、かすかな声で言った。「......正直に答えて、凪杜。あなた、まだ私を愛しているの?」その瞬間、凪杜の胸が大きく揺れた。彼は彼女を強く抱き寄せ、顎を彼女の髪に押し当てる。「もちろんだよ!」声は即座に返ってきた。「また変なこと考えてるのか?俺が絃葉のことを、ずっと愛してるに決
家の寝室に戻ると――絃葉は、全身の骨の隙間にまで冷気が染み込むような感覚に襲われ、立っているのもやっとだった。残されたわずかな力を振り絞り、震える手で長らく封じていた引き出しの鍵を回す。引き出しが開いた瞬間、中に詰め込まれていた「記憶」が一気に溢れ出した。ハート型の小石。色あせたポストカード。古いレコード。凪杜が不器用に磨いた銀のチェーン――そして、リボンで束ねられた手紙の束。かつて彼が彼女に書いた「ラブレター」だった。どれも、かつては宝物のように大切にしていたもの。だが、数日前に自分の目で見たすべてが、それらの思い出を虚しく、安っぽいものへと変えて
「......?」絃葉はぼんやりとした目で顔を上げる。視界の中には、端正な顔立ちでスーツを着た若い男が立っていた。その背後には、長身で引き締まった体格の男。スーツを羽織り、帽子の影で顔は見えないが、圧倒的な存在感を放っている。――ただ者じゃない。絃葉は周囲を見回す。自分は隅にしゃがみ込んでいたつもりだったのに、気づけば駐車場の入り口にいた。「すみません......」反射的に謝って立ち上がり、道を譲ろうとしたその時、強い立ちくらみが襲い、身体がぐらりと傾いた。倒れかけた彼女を、力強い腕が素早く受け止め、そのまま抱きとめる。目を開けようとするが、激しい眩