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第3話

Author: タマタツ
その様子を見た野々花は、顔色をさっと強張らせ、反射的に前へ出ようとした。

「それは――」

「そうだ!」

凪杜はまっすぐ絃葉のそばへ歩み寄り、花束とギフトボックスを彼女の手に押しつけた。

「プレゼントは先に持って帰ってくれ。俺も後で帰るから」

野々花はなおも何か言おうとしたが、凪杜に視線で制され、言葉を飲み込んだ。

彼が明らかに彼女を早く帰らせようとしているのは、誰の目にも明らかだった。

絃葉は袖の中で指をぎゅっと握りしめる。

凪杜の顔を見つめ、何か言おうとしたが、結局は飲み込んだ。

「......わかった。じゃあ、家で待ってるね」

――

会社の外。

堪えていた涙がついに決壊し、熱いまま頬を伝って、手の甲に落ちた。

冷たく、刺すようだった。

深く息を吸い、感情を整えると、彼女はすぐにスマホを取り出し、日野に電話をかけた。

「日野さん、澤木グループとの提携を一旦保留にしてって細谷さんに伝えて。でも完全に切るんじゃなくて、色よい返事はせずに繋いでおいて。今後の指示はまた連絡する」

「かしこまりました、お嬢様。今月中は何かあれば、いつでもご連絡ください」

「ええ」

通話を切ったあと、絃葉は無意識にSNSをスクロールする。

指先は冷えきっていた。

ふと画面が止まる。

黒一色のアイコン――

5年間一度も動かなかった、ほとんど忘れていたそのアカウントが、新しく投稿を更新していた。

「結婚相手募集。興味のある方はDMを」

位置情報は多磨城(たまじょう)。

彼女が長く離れていた故郷だ。

それはかつて、凪杜のために自ら断った政略結婚の相手、築山景(つきやま けい)だった。

なぜか導かれるように、彼女はその投稿を開いた。

指先が勝手に動く。

軽くスワイプした瞬間――

その投稿の下に、はっきりと「いいね」が表示された。

ピコン。

通知音が静かな廊下に鋭く響く。

黒いアイコンから、ほとんど間を置かずにメッセージが届いた。

「どうした、後悔してるのか?」

たった数文字。

いつもの傲慢さと、わずかな嘲りを含んだその言葉は、まるで頬を打つ一撃のようだった。

絃葉はその言葉を見つめ、胸が大きく揺れる。

スマホが「パタン」と音を立てて落ち、画面にひびが入った。

彼女は息を整え、しゃがんでそれを拾い上げる。

袖で乱暴に涙を拭うと、その目は一瞬で鋭く澄み切ったものへと変わった。

再びチャットを開き、素早く打ち込む。

「政略結婚。利益のみ、感情は不要。問題なければ、来月多磨城に戻ります」

ほとんど即座に返信が来た。

「いいだろう」

絃葉は思わず驚く。

「理由は聞かないの?」

返事は相変わらず簡潔だった。

「結婚してから、ゆっくり話せばいい」

「......」

こんなにも冷淡で、こんなにも......あっさりしているなんて。

もしかして彼は、噂どおり恋愛対象が男性で、結婚は純粋に家の利益のためだけなのだろうか。

数秒の戸惑いのあと、絃葉はすぐに受け入れた。

むしろ、その方が都合がいい。

どうせ凪杜を離れたあとは、彼女も利益だけを求める「形だけの妻」になるつもりだったのだから。

それで祖父が安心するなら、それでいい。

スマホをしまい、車に戻ろうとしたその時――

凪杜と野々花が、那乃葉の手を引いて会社から出てくるのが見えた。

三人で並ぶその姿は、まるで本物の家族のように温かく、楽しげだった。

その光景に、鋭い刃が胸に突き刺さる。

気づけば彼女は車を降り、無意識のまま彼らの後をつけていた。

たどり着いたのは、ファミリー向けのレストランだった。

彼らの背後の席に腰を下ろすと、すぐに聞き慣れた声が耳に届く。

「ごめん、野々花。絃葉が突然来るとは思わなかった。嫌な思いさせたな」

野々花の声は甘く柔らかい。

「大丈夫、もう慣れてるから。それより絃葉さん、放っておいたら怒るんじゃない?帰らなくていいの?」

「怒っても問題ない。きっとすぐ機嫌が直る」

凪杜はあっさりと答えた。

「今日は君が主役なんだから、ちゃんと二人に付き合わないと。プレゼントは持って行かれたけど、代わりに、この俺がずっと身につけてたこのブレスレットをやるよ」

「やったー!パパ大好き!」

那乃葉がすぐに歓声を上げる。

「ママ見た?パパの中では、ママが一番なんだよ!」

「こら、変なこと言わないの。特に絃葉さんの前では注意するのよ」

野々花は軽く娘をたしなめながらも、無意識に手を差し出す。

「でも凪杜、これ......絃葉さんが苦労してやっとお寺で買ったものよね。もし知られたら、彼女、きっと傷つくよ」

――それを、野々花に?

絃葉の胸が強く揺れ、思わず席の隙間からそっと覗き見る。

艶やかに光るブレスレットが、凪杜の手から外され、野々花の手首へとつけられた。

その瞬間、心臓に銃弾が撃ち込まれたかのように、胸が激しく痛んだ。

「俺はいつもそばにいられない。だからこれで君たちを守ってほしい。絃葉の方には失くしたって言っとく」

野々花は反射的に首を振る。

「私に渡したら、凪杜は?」

凪杜の声は低く、しかし重く落ちる。

「絃葉はよく寺に行くだろ。頼めばまた買ってくれるさ。それより今は、野々花の方が大事だ」

野々花の声は、溶けるように甘かった。

「ありがとう......凪杜は優しいね」

凪杜は感情を込めて母娘を抱き寄せる。

「俺たちは夫婦だ。君と那乃葉に、最高のものをやりたい。でもこれだけは覚えておけ――俺がやるものは、絶対に絃葉に見せるな」

野々花の目に一瞬だけ影が差したが、すぐに従順な笑みに戻る。

「うん。わかってるよ。絶対に言わないから」

――

絃葉はその場に固まったまま座っていた。

顔から血の気が完全に失われている。

格子越しに見える三人は、寄り添い、笑い合い、まぶしいほどに「幸せ」だった。

涙が今にもこぼれそうになる。

これ以上、もう聞けなかった。

彼女は勢いよく立ち上がり、店を飛び出した。

胸元のダイヤのブローチを乱暴に引きちぎり、そのままゴミ箱へ叩き込む。

鋭い縁が指を切り、血が滴り落ちた。

その時、スマホが震える。

凪杜からのメッセージだった。

【ごめん、会社のシステムにトラブルが出て、今夜は徹夜になる。先に寝てて】

あの母娘と過ごすくせに、徹夜だと嘘をつく。

絃葉はまつげを震わせながら、指を震わせて返信する。

【わかった。無理しないでね】

珍しく追及しない彼女に、凪杜は安堵したのか、すぐに返信が来た。

【ありがとう、絃葉。愛してる】

絃葉はスマホを握りしめたまま、最後に一度だけ振り返った。

ガラス越しに見えたのは――

凪杜が素早くスマホをポケットにしまい、那乃葉の前で野々花の頬にキスをする姿だった。

その無遠慮な親密さが、まるで平手打ちのように彼女を打ち据える。

激しい吐き気が込み上げる。

彼女はゴミ箱に寄りかかり、何度も吐いた。

ようやく落ち着いたその時――

頭上から、冷たい声が落ちてきた。

「お嬢さん、もう吐き終わりましたか?うちの主人の通り道を、ずいぶん長く塞いでいますが」

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