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第4話

Author: タマタツ
「......?」

絃葉はぼんやりとした目で顔を上げる。

視界の中には、端正な顔立ちでスーツを着た若い男が立っていた。

その背後には、長身で引き締まった体格の男。

スーツを羽織り、帽子の影で顔は見えないが、圧倒的な存在感を放っている。

――ただ者じゃない。

絃葉は周囲を見回す。

自分は隅にしゃがみ込んでいたつもりだったのに、気づけば駐車場の入り口にいた。

「すみません......」

反射的に謝って立ち上がり、道を譲ろうとしたその時、強い立ちくらみが襲い、身体がぐらりと傾いた。

倒れかけた彼女を、力強い腕が素早く受け止め、そのまま抱きとめる。

目を開けようとするが、激しい眩暈が意識を一気に闇へ引きずり込んだ。

「え、どうして急に......」

「病院に連れていけ」

男は彼女を一度は秘書に預けようとした。

だがその時、風が彼女の乱れた髪を払い、顔が露わになる。

その清らかで整った顔立ちを見て、男の瞳がわずかに揺れ、抱く腕に力がこもる。

そして彼は自ら彼女を抱え直し、車へと歩み出した。

「会食はキャンセルだ。彼女を病院へ」

――

絃葉は重度の貧血を抱えており、体調を崩すとすぐに気を失ってしまう。

意識が朦朧としたまま目覚めた時、身体が清潔で軽くなっているのを感じた。

消毒液の匂いが漂う。

目を開けようとしても、全身に力が入らない。

その時耳元に、聞き慣れた声が突然入り込んできた。

鋭い針のように、心臓を貫く声。

「凪杜......」

野々花の声は、わざと低く抑えられていた。

「ねえ......今のうちに、子宮を摘出しちゃえば?」

一拍置いて、さらに柔らかく囁く。

「目が覚めたら、命を守るためだったって説明すればいいじゃない......」

絃葉は思わず指を握りしめた。

目を閉じたまま、息を潜めて耳を澄ませる。

凪杜の声は相変わらず穏やかで、大きな動揺は感じられない。

「それはだめだ、野々花。絃葉にとって......残酷すぎる」

「残酷?」

野々花の声はすぐに涙を含んだものへ変わる。

「でもこの人、すぐ妊娠しようとするじゃない。このままで本当に大丈夫かな......

那乃葉もどんどん大きくなるし、お腹の子ももうすぐ生まれる......もし彼女に自分の子どもができたら、あの子たちを本当に受け入れると思う?絶対無理に決まってるよ」

「彼女は重度の貧血だ。そもそも出産に向いていない」

凪杜の声には、すべてを掌握しているかのような確信があった。

「俺が一番わかっているから、心配するな」

「でも......毎回そんな『都合よく』流産させられるわけじゃないでしょ?もし次、ちゃんと育ったらどうするの?」

野々花は涙声で問い詰める。

「ねえ凪杜、那乃葉はその時になったらどうしたらいいの?いつまでも私の子どもたちを、日陰の存在のままにするつもり?」

「彼女は妊娠できない」

凪杜の声は、冷たく、無慈悲だった。

「毎晩飲んでいるビタミン剤、全部避妊薬にすり替えてあるから」

その言葉が脳を激しく揺さぶり――

絃葉は目を見開き、右手の窓際にいる二人を睨みつけた。

だが、二人はまったく気づいていない。

野々花は凪杜の胸に身を預ける。

「さすが凪杜!愛してるよ」

凪杜は自然に彼女の額へ口づけた。

「ああ。俺と野々花こそ、本当の家族なんだから、このくらいは当然だ」

その光景を見た瞬間、絃葉の顔から血の気が引いた。

起き上がって問い詰めようとしたが、再び激しい眩暈に襲われ、そのまま意識を失った。

――

搬送が早かったため、三日後には退院することができた。

迎えに来たのは、凪杜、野々花、そして娘の那乃葉。

那乃葉は小鳥のように軽やかに駆け寄り、大きな白いバラの花束を抱えて絃葉に飛びついた。

「絃葉お義母さん!退院おめでとう!すっごく心配したんだよ!」

絃葉は視線を落とし、淡々と答える。

「そうなの?」

那乃葉は顔を上げ、目を輝かせる。

「ほんとだよ!毎晩お星さまにお願いしてたの。絃葉お義母さんが早く元気になりますようにって!」

野々花はゆったりとベッドの横に腰を下ろし、昔と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。

「それは本気よ。この子、絃葉さんにすごく懐いていてね、ずっと『おうちに行きたい』って言ってるの。完全に回復するまで、一緒に住みたいんですって」

絃葉は袖の中で指を強く握りしめる。

爪が掌に食い込みそうだった。

「そうなの?那乃葉、うちに来たいの?」

「うん!」

那乃葉は嬉しそうに跳ねた。

「ママと一緒に住むの。那乃葉が歌ってあげる!それにママの料理すっごく美味しいよ!毎日そばにいて、いっぱい面倒見るから、元気になろうね」

指の関節が白くなるほど力が入る。

胸の中で辛うじて支えていたものが、一気に崩れ落ちそうになる。

絃葉は顔を上げ、ずっと黙っていた凪杜を見る。

「凪杜はどう思う?」

凪杜は一歩近づき、温かい手で彼女の手を包み込む。

「せっかく円藤が気遣ってくれてるんだし、那乃葉もこんなに君を慕ってる。いいんじゃないか?ちょうど俺も仕事が忙しいし」

絃葉はわずかに口元を歪めた。

声は空気の中に軽く落ちる。

「そう......凪杜がいいなら......」

爪は深く肉に食い込んでいた。

――もう、どうでもいい。

残りは、あと二十五日だけ。

家も、男も、会社も全部あげる。

野々花。

その「贈り物」を受け止めきれるか、楽しみにしているよ。

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