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第5話

Penulis: 妖精魔女
星音が大学2年の時、暁はA国から帰国した。千億円規模のプロジェクトを3件も成功させた実績を引っ提げて鷹司グループを引き継ぎ、潮海市きっての若きトップとして名を轟かせた。

彼が限定モデルの高級車で大学の門前まで迎えに来た時、星音は呆れ顔で後部座席に乗り込み、彼を小言で出迎えた。

「暁、金持ちの男に囲われてるなんて変な噂を立てられたくないんだけど。こんな派手な車で来ないでよ……」

だが、言い終わるより早く腕を引かれ、星音は暁の胸の中に引き込まれた。何が起きたのか分からないまま、強引な口づけで唇を塞がれる。

星音の体は一気に熱を帯び、顔が真っ赤に染まった。

前の席にいた悠宇が察して、静かにパーティションを上げる。外界から遮断された後部座席で、二人は息もつけないほど夢中で唇を重ねた。

暁は彼女に、長く、深い口づけをした。

それが二人のファーストキスだった。

星音はすっかり混乱し、頭の中は真っ白になっていた。瞳は潤み、全身からすっかり力が抜けてしまっている。

暁が低い声で言った。「星音、このキスを何年も我慢してたんだ」

星音はぼんやりと彼を見つめ返した。それが暁からの告白だということすら、すぐには頭が追いつかなかった。

10年以上も喧嘩ばかりしてきた幼なじみが、突然、一人の「男」として迫ってきたのだ。無理もない。

しばらくして、星音はようやく言葉を絞り出した。「ふーん……あなたって、結構我慢強いのね」

暁は言葉を失った。

そしてたまらず、彼女の頬を軽くつねる。

「星音、お前ってやつは本当に大バカだ」

星音はふふっと笑い、小首をかしげた。

「私が大バカなら、その大バカを好きなあなたは何なの?」

暁もたまらず吹き出し、口角を上げた。

「ああ、俺は救いようのない大バカ野郎だ」

2億円もする限定仕様の高級車の中で、二人の「大バカ」は見つめ合い、顔を赤くして笑い合った。胸が張り裂けそうなほど、幸せだった。

星音が暁と付き合い始めた最初の1年間は、昔と変わらず、毎日のようにささいな口喧嘩を繰り返していた。

だがその大半は、暁が折れて謝ることで収まっていた。

星音は誰にも言ったことがないが、暁が目を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をするのを見ると、たまらなく愛おしくなるのだ。

その顔を見せられると、どんな怒りも跡形もなく消え去ってしまう。

そんな日々が続いた、あるお正月のこと。暁に連れられて鷹司家の本邸を訪れると、そこには莉愛と静真、そして月城家の両親が揃っていた。

両家の親たちは、暁と莉愛の縁談を進めようとしていたのだ。

その日、星音と暁は激しい口論になり、暁は「俺は何も知らなかった。お前が勝手に一人で騒ぎ立ててるだけだろ」と彼女を責めた。

星音は怒りのあまり、一人で本邸を飛び出してしまった。

静真は彼女を追って車を走らせた。

しかし、その道中で不慮の事故に見舞われ――即死だった。

訃報を聞いて病院へ駆けつけた星音は、月城夫人に激しく頬を打たれた。さらに力ずくで頭を押さえつけられ、静真の遺体の前で土下座を強いられたのだ。

彼女はまるで魂が抜け落ちたかのように、痛みも屈辱も感じず、ただ呆然とするばかりだった。

なぜこんな事態になってしまったのか、まったく理解が追いつかなかった。

月城の両親は「静真の後を追って死ね」と星音に詰め寄った。だが、そこへ駆けつけた暁が彼女を庇うように立ちはだかり、「今日から星音は俺の妻だ。彼女に手を出すなら、この俺を敵に回す覚悟をしろ」と宣言したのだ。

結局、暁は宣言通りに星音を妻に迎えた。それと同時に、月城家へ千億円規模のプロジェクトを2件譲渡し、さらに鷹司グループの株式5パーセントを差し出すことで、ようやく彼らに星音への報復を諦めさせた。

だが、事態がどう収束しようとも、星音がもう後戻りできない罪を犯した事実に変わりはなかった。

彼女は、静真を死なせてしまったという十字架を背負ったのだ。たとえ周囲の人間が暁の顔に免じて彼女を許したとしても、星音自身が自分を許すことなど到底できなかった。

しかし、そんな自責の念という罰以上に彼女の心をすり減らし、完全に壊してしまったのは、この数年間に及ぶ結婚生活そのものだった。

かつてあんなにも活発で天真爛漫だった星音が、結婚してからの3年間で、家から一歩出ることすら恐れ、社会の片隅でただ息を潜めるだけの存在へと成り果ててしまったのだ。

……

シャワーを浴び終えた暁がベッドルームに戻ると、星音はベッドに座ってスマホをいじっていた。ふと彼女の手元を見ると、あの白く細い指には、何もはめられていない。

「指輪は?」

彼は片手でタオルを持ち、髪を拭きながら尋ねた。水滴が毛先から滴り落ち、引き締まった胸や腹筋を伝って、腰に巻かれたバスタオルの中へと消えていく。

星音は画面から顔も上げず、明日香とLINEをしながら淡々と答えた。「2億円もするんだから、また腹が立った時に投げ捨てたらもったいないでしょ」

暁は不満げに眉をひそめた。

「なら、腹を立てなければいいだろう」

「それは難しいわね」星音は冷ややかに言い放った。「世の中、呆れるくらいバカが多すぎるから」

暁はしばらく彼女を見つめていたが、やがて彼女のスマホの画面をちらりと覗き込んだ。

星音はそれに気づき、画面を隠すようにスマホを自分の方へ傾けた。

だが、明日香のアイコンはうっすらと見えてしまっていた。

何しろ、真っ赤な背景に白抜きの極太文字で【金運上昇】と書かれた自己主張の激しいアイコンだ。見たくなくても目に入る。

「また明日香とグルになって、俺の悪口を言っているのか?」

星音はスマホの画面を消し、布団に潜り込んで黙り込んだ。

彼女の頭の中には、先ほど明日香が送ってきたメッセージが響いていた。

【あの莉愛って女、絶対わざとよ。あんたの周りを嗅ぎ回っては、何でも同じように真似したがるんだから。あんな女に気分を左右されちゃダメ。

あんたは好きなことを好きなだけやって、これでもかってくらい見せつけてやりなさい。そのうち悔しさで勝手に自滅するわよ!】

相変わらず口は悪いが、的を射ている。星音は思わず吹き出し、先ほどまでの沈んだ気分が少しだけ軽くなった。

すると、腰のあたりに熱を感じた。長い腕が伸びてきて彼女を力強く胸元へ引き寄せると同時に、パジャマの裾から大きな手が滑り込んできた。

星音は慌ててその手を制した。

「ちょっと、何するの!」

「夫の義務を果たしてるんだ」暁は彼女の首筋に口づけた。「この1週間、俺に会いたかったか?」

暁の熱い吐息が肌にかかり、その手が滑らかに肌を這ううちに、星音の呼吸は次第に荒くなっていった。

彼は、彼女の体を熟知している。初めて結ばれた夜、最初の痛み以外はすべて心地よかったことを、星音は鮮明に覚えていた。どうしてそんなに上手いのか、もしかして初めてじゃないのかと尋ねると、暁はこう答えた。

「実際にやったことはなくても、見たことくらいはある。この日のために何年も前から頭の中でシミュレーションしてきたんだから、がっかりさせるわけないだろ」

星音は呆れた。

「男ってやっぱり下半身で生きてるのね。ずっとそんなことばっかり考えてたなんて」

「……」暁は図星を突かれたように歯を食いしばった。「言っておくが、他の女から迫られても、俺は絶対に抱く気はないからな」

「そんなの自慢にならないわ。他の男が私を抱きたがっても、私もお断りよ」

「……」

昔から、星音は暁の前では口が達者で、決して負けを認めなかった。

いつからだろうか。彼女が暁と言い争うことをやめ、反論することにすら疲れ果ててしまったのは。

おそらく去年のことだ。暁があまりにも莉愛を特別扱いすることに耐えかねて、星音が不満を口にした時、暁は氷のように冷たい顔でこう言い放った。

「静真が死んでいなければ、俺もあそこまで彼女の世話はしない。あいつが誰の妹か、まさか忘れたわけじゃないだろうな?」

その瞬間、星音は言葉を失った。

たとえ世界中の人間が静真の死を理由に自分を責め立てたとしても、暁だけは絶対にそんなことを言わないと信じていた。

彼なら、自分のいちばん深い傷がどこにあり、何が何年も自分を苦しめ続けているのか、分かってくれているはずだった。だから何があっても、暁だけはその傷を直接えぐるような真似はしないと信じ切っていた。

だが、それは彼女のひとりよがりな幻想だった。

彼を深く信じていたからこそ、突き落とされた絶望もまた、底なしに深かったのだ。

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