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第4話

Author: 妖精魔女
暁は、星音の異変にまったく気づいていなかった。

彼女の頬に薬を塗り終えると、救急箱を片付け、そのまま2階へ向かう。

「シャワーを浴びてくる。お前も準備して上がってこい」

星音は返事をせず、手元のスマホを操作して、先ほどの投稿を静かに削除した。

顔からスッと表情が抜け落ちる。再び自分の指輪を冷ややかに見下ろすと、ためらいもなく外し、ジュエリーボックスにしまい込んだ。

どういうことかと暁を問い詰める気力すら、もはや残っていなかった。

どうせ問い詰めたところで、返ってくる答えは分かりきっているのだ。

――星音が月城家に、そして莉愛に借りがあるから。

「静真の霊を慰めるためだ」と言われれば、星音が手にするものはすべて、当然のごとく莉愛にも与えられるのだと。

この数年間、どれほど腹が立っても、どれほど惨めな思いをしても、その言葉を持ち出されるたび、星音は呪いをかけられたように口を閉ざすしかなかった。

星音は一人、ソファに力なく座っていた。

いつもならテレビのくだらない笑い声が気を紛らわせてくれるのに、今は暁が電源を切ってしまったせいで、リビングには無機質な静寂だけが重く沈んでいる。

静まり返った空間は、容赦なく星音の心を掻き乱す。

否応なしに、静真の記憶を呼び起こすのだ。

鷹司家と月城家は代々親交が深く、暁と静真は親友同士だった。静真の妹である莉愛は星音と同い年で、暁たちより三つ年下だ。4人は幼なじみとして共に育った。

星音は執事の娘だったが、父親の天海誠(あまみ まこと)から目の中に入れても痛くないほど溺愛され、何不自由なく育てられた。鷹司家の総執事ともなれば報酬は破格で、誠の月給は一般のサラリーマンの年収に匹敵するほどだった。

そのため、星音は幼い頃からお金に苦労した経験が一切なかった。

彼女は幼い頃から、暁とは喧嘩ばかりしていた。鷹司家の人々は皆、気性の荒い跡取り息子の暁に腫れ物でも触るように接していたが、星音だけは少しも物怖じせず、毎日のように言い合った。幼い暁が生まれて初めて悔し泣きをしたのも、星音との喧嘩が原因だった。

もっとも、大人になった今の暁は、決してその事実を認めようとしないが。

やがて星音は、鷹司家によく遊びに来ていた月城家の兄妹とも打ち解けていった。

静真は、どこまでも優しい人だった。

名家の御曹司でありながら少しも驕ったところがなく、いつも穏やかな空気をまとっていた。話しかけるときは目尻を下げて柔らかく微笑み、星音のことも実の妹のように可愛がってくれた。

星音も静真のことを兄のように慕っていた。

子供の頃の莉愛と星音は、親友と呼べるほどではなかったが、憎まれ口を叩き合いながらも決して嫌いなわけではない、悪友のような間柄だった。

莉愛が自分に向ける敵意が、目に見えて色濃くなっていったのは、いつからだっただろうか。

おそらく、高校に入学してからのことだ。

星音と莉愛が高校に入学した年、暁と静真は高校を卒業した。二人は彼らの卒業パーティーにこっそり忍び込んだのだが、莉愛は道中ずっと上の空で、ガチガチに緊張していた。

星音が呆れて尋ねた。「何をそんなにビビってるの?見つかっても、せいぜい静真に怒られるくらいでしょ。でも静真は優しいから、本気で叱ったりしないわよ。もし暁が何か言ってきたら、私が言い返してやるから」

すると莉愛は、思いがけないことを口にした。

「私、今日……告白するの」

「告白って……誰に?」

「暁に」莉愛は顔を真っ赤に染めて打ち明けた。「私、小さい頃からずっと暁のことが好きだったの」

星音は、その場に釘付けになった。

あの時の感情をどう言葉にすればいいのか、今でも分からない。ただ、胸の奥にズシリと冷たい鉛を落とされたように重く、息苦しかった。

莉愛には傷ついてほしくない。けれど、同時に得体の知れない悲しさが込み上げてくる。もし莉愛の告白が成功して、暁が彼女のものになってしまったら――そう想像しただけで、胸が張り裂けそうだった。

その時初めて、星音は気づいた。自分が暁に抱いている感情は、静真に対するそれとはまったく違うものなのだと。

莉愛はラブレターを胸に抱きしめて暁を探しに行き、残された星音は一人、ソファの隅で鬱々と座り込んでいた。

やがて戻ってきた莉愛は、涙で顔をぐしゃぐしゃにし、真っ赤な目で星音を睨みつけて叫んだ。「星音、あんたなんかもう絶交よ!大嫌い!」

星音は訳が分からず、飛び出して暁を探し出し、莉愛に一体何を言ったのかと問い詰めた。

「莉愛が俺に何を言いに来たか、知ってて言ってるのか?」暁は不機嫌そうに眉をひそめた。

星音もむきになって反論した。「何言われたかは知らないけど、あの子を傷つけるような言い方しちゃダメでしょ!」

莉愛を必死にかばおうとする星音を見て、暁は顔を真っ赤にして激怒した。そして、吐き捨てるように言った。「……星音、お前は本当に大バカだ!」

幼い頃から、喧嘩のたびに「バカ」とは数え切れないほど言われてきた。だが、あの時の暁だけは、本気で怒っているようだった。

理不尽な態度に星音も腹を立てた。莉愛と暁の間に何があったのか、星音には知る由もない。ただ結果として、莉愛からは絶交を突きつけられ、暁とは口もきかない冷戦状態に陥ってしまったのだ。

そんな時、静真が彼女の元を訪ねてきて、困ったように微笑んだ。

「星音、身勝手なお願いだってことは分かってる。でも、莉愛は僕の妹で、小さい頃から家族に甘やかされて育ったわがままなところがあるんだ。どうか、あの子を嫌いにならないでやってほしい」

星音はうつむいて答えた。「私、なんで急に無視されるようになったのか、本当に分からないの……暁も同じよ」

静真はしばらく黙ってから、言った。「莉愛が暁に告白したんだ」

「それは知ってるわ」

「暁は、好きなのは君だと言ったんだよ」

星音は息をのみ、バッと顔を上げた。何度もまばたきをして、信じられないというように静真を見つめる。

静真はいつもと変わらず穏やかに微笑み、驚きと気恥ずかしさで固まっている星音の頭を、優しく撫でた。その手はとても温かかった。

「星音、君はまだ子供だ。だから僕と約束してほしい。どんなことがあっても、君が高校を卒業するまでは、暁とこのことについて答えを出そうとしないでくれ。

暁も僕に約束してくれたんだ。君が卒業するまでは、絶対に君を困らせるような真似はしないってね」

星音の頬は、ゆっくりと熱を帯びて赤く染まっていった。

15歳の誕生日の夜、星音は日記にこう綴った。

【世界がパッと色づいて、いっせいに花が咲き乱れるって、きっとこんな気持ちなんだ。私の心にも突然、数えきれないほどの花が咲いた。その花の一つひとつに、あの人の名前が刻まれている】

しかし、星音が高校を卒業する頃には、暁はすでに海外へ留学してしまっていた。彼から電話がかかってきて、どこの大学を受験するのかと聞かれたことがある。

星音は意地を張って答えた。「絶対に、A国の大学には行かないわ」

暁はしばらく沈黙した後、言った。「俺は来年には帰る」

星音はすかさず言い返した。「あなたがいつ帰ってこようと、私には関係ないわ」

「本当にどうでもいいんだな?」

「ええ、そうよ」

「……星音、お前は本当に大バカだな」

そう吐き捨てて、暁は一方的に電話を切ってしまった。

星音は腹を立て、LINEで怒りのスタンプと文句を立て続けに連投した。だが、メッセージは一つも送信されなかった。

暁はまたしても、彼女のアカウントをブロックしたのだ。

彼と喧嘩する時はいつもこうだった。自分だけ言いたいことを言った後、さっさとLINEをブロックして、星音から怒りのぶつけ所を奪ってしまう。そして2、3日して星音の怒りが収まっただろう頃を見計らって、しれっとブロックを解除する。

世間からは、冷徹で気高く、隙のない鷹司家の御曹司として恐れられている暁も、星音の前ではこんなにも幼稚で、憎たらしいほど子供っぽかったのだ。

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