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第4話

Author: 土方炎
「どうせこれは全部、元々は楓兄さんの物だ。楓兄さんが生きていたら、きっと咲月にあげてたさ」

その一言で、父の目に涙があふれた。

「こいつが?そんな資格あるわけないだろ!」

風を切る音と共に平手打ちが私の顔に叩きつけられた。

父の顔は鬼のように歪み、仇を殺そうとするような目で私を睨みつけている。

「楓はお前なんか助けるべきじゃなかった!なぜ死んだのがお前じゃない!」

打たれた私は、目が充血したような気がした。

血の色が網膜を覆うように広がる。私は、血に染まったスニーカーを履いて庭でシュートする十八歳の兄を見たような気がした。

すると、私はゆっくりと手を伸ばした。

「お兄ちゃん、助けて……私を連れて行って……」

私の反応を見た両親は慌てて後ろを振り向いた。

そこに兄の姿などあるはずもない。

父は私がふざけていると思ったのか、再び大きな拳を振り下ろしてきた。

一発、二発、三発……

殴れば殴るほど、父の拳が震えていった。

そばの母はうつむき、見ていられないように目をそらした。

その一瞬、両親の目にわずかな痛みが浮かんだ気がした。

だが、圧倒的に多いのはやはり憎しみだ。

一瞬のうちに、悔しさ、自責、後悔、悲しみ……

さまざまな複雑な感情が私の心を駆け巡った。

兄は自分の命を犠牲にして私を救った。こんな苦しみを望むはずがない。

だが私は、つい自分をもっと痛めつけたくなる。

耐えるというより、むしろ償いをしているのだ。

こうしていなければ、兄を死なせた罪悪感で夜通し眠れないから。

……

茶番のような誕生日パーティーの後、私は家の中で完全な透明人間となった。

ある日、颯が誰よりも早く帰宅し、電話で何か話していた。

「スニーカーは六千万で売った。六千円でそっくりなの作らせたから、小林家の馬鹿どもにはバレねぇよ。

心配すんな、小林家の高価なもんはだいたい偽物にすり替えて売った。特に、あの死人の物が一番高く売れるんだ。かなり稼がせてもらった。

バレたら全部あの厄病神のせいにすりゃいい」

家に誰もいないと思い、颯は好き放題に喋っている。

しかしそのとき、私はキッチンの隅にしゃがみ込んでいる。

最初はただ、お腹を満たすためにこっそり食べ物を盗もうとしていただけだ。

だが、偶然にもその秘密を耳にしてしまった。

私の頭の中は、あの死人の物が一番高く売れるんだという言葉で埋め尽くされている。

彼は、兄がこの世界に残したものを、すべてこっそり売り払ってしまった。

「小林颯、どうしてこんなことを……

お父さんとお母さんはあんなにあなたを大事にしてるのに、どうしてお父さんたちを騙すの……

お兄ちゃんの物を返して……返してよ……」

ちょうどその時、両親が帰宅した。

私が颯に向かって飛びかかるのを見て、両親は怒鳴り声を上げた。

「咲月!今度は何をする気だ!」

はびっくりして、足をすくわれそうになった。

それでも、私はドアの方にいる両親の元へと走り出した。

「お父さん、お母さん、小林颯は……」

言い切る前に、颯が私の髪をつかみ、後ろへ引き倒した。

「まだ俺を陥れようとするのか。お父さん、お母さん、咲月が家の物を売ってたよ。

俺が見つけたら逆ギレして俺を陥れようとしたんだ。失敗したら、逃げようとした。

咲月は楓兄さんを殺しただけじゃなく、家の財産まで狙ってるなんて、お父さんとお母さんは本当に可哀想だよ」

颯の言葉を聞いた瞬間、両親の瞳に隠していた憎悪があふれ出した。
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