Share

第366話

Author: こふまる
「まさか桐嶋さん、藤宮さんがまだ橘夫人だった頃から想いを寄せていたんですか?」

「なるほど、桐嶋さんが長年独身を通してきた理由が分かりました。人妻に想いを馳せていたとは」

会場の出席者たちは、この意外な展開に興奮を隠せない様子で、椅子の上で身を乗り出していた。

「もしかして、離婚前から二人は既に……」

「だから桐嶋さんはあんなに早く藤宮さんを射止められたんですね!密かに関係を持っていたんじゃ……」

「まさか橘社長、不倫が原因で離婚したってこと!?すごい……!」

上流階級の面々までもが、このスキャンダラスな推測に熱を上げていた。

冬真の漆黒の瞳に、冷酷な闘志が宿る。

自分の評判を貶めたいなら、地獄に落ちる時は道連れにしてやる。

桐嶋だけが傷一つ負わずに済むとでも思っているのか。

この橘冬真の女に目を付けた報いは、神の座から引きずり落とすことだ。

春川は冬真の言葉に笑みを浮かべた。「藤宮さんによると、離婚を望んでいたのは橘社長の方だったそうですが。なぜ離婚した今になって、藤宮さんの恋愛に執着されるんですか?」

夕月の表情は終始冷静そのもので、冬真がどれほど騒ぎ立てようと、その仮面は崩れなかった。

冬真は春川を一顧だにせず、「記者ともあろう者が状況が読めないのか?桐嶋は長年私の妻を狙っていた。五年前から妻を見張っていた証拠も、確かに握っているんだがな」

「二人とも離婚されたのに、まだ『妻』とおっしゃる。ずっと結婚生活から抜け出せないのは、むしろ橘社長の方では?」春川の言葉が鋭く突き刺さる。

まるで巨大なスピーカーが体内で轟音を奏でたかのように、「ドン!」という衝撃が冬真の心臓を揺さぶり、内臓まで痛みが走った。

第三者の目は曇りがない。春川は記者として、離婚以来、取材で夕月を追い続けてきた。

会場の財界人たちが三人の関係に興じる中、唯一春川だけが表層を突き抜け、本質を見抜いていた。

冬真の瞳の奥に潜む動揺、夕月の前で虚勢を張るしかない男の本性まで。

その時、冬真のスマートフォンが震え始めた。

無視するつもりだったが、春川の言葉に追い詰められた今、その着信は窮地を脱する救いの綱となった。

画面に浮かぶ「橘凌一」の文字に、冬真の表情が強張る。

こんな時に凌一から電話とは、良い知らせのはずがない。

震える端末を、手が上手く掴めない。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第553話

    すぐに涼から返信がポップアップ表示された。【御意】夕月は唇の端を上げた。その言葉を口にする涼の声が、すぐ耳元で聞こえたような気がした。続けて、涼からもう一通メッセージが届く。【次も、夕食を届けていいだろうか】そこには、伺うような慎重さが滲んでいた。【あなたの料理、とても美味しかったわ】と夕月は褒めた。そして尋ねる。【これからの私の夕食、あなたに任せてもいいかしら】【御意!】涼から返ってきたのは、またしてもその一言だった。夕月:【桐嶋さんは、ロールプレイングがお好きなの?今のあなた、まるで騎士みたいよ】涼からの返信が画面に表示される。【君だけの騎士になろう】夕月の指先が、スマートフォンの画面の上を素早く滑った。【騎士は、主人に不埒な考えを抱いてはいけないものよ】彼女は画面に表示された、自分と涼のやり取りをじっと見つめる。まるで、いちゃついているみたいだ。夕月は口元に何とも言えない表情を浮かべた。自分が無意識のうちに惹きつけられているのを感じる。そこには涼の意図的な誘導があるのかもしれない。けれど、彼の誘導は静かに深く流れる水のように、知らず識らずのうちに染み込んでくるものだった。彼が自分に寄せる想いは、夕月も当然気づいている。それでもこの男は、微塵の攻撃性も感じさせなかった。彼はただ、夕月が今まで一度も見たことも、体験したこともない世界の扉を開けて見せてくれただけ。涼の世界に足を踏み入れるかどうかは、全て夕月の決断に委ねられている。そう、この男は、一度たりとも強引に彼女の世界へ侵入してきたことはなかった。そして今、涼が彼女の世界に存在しているのは、ひとえに彼女自身の黙認と、彼女からの積極的な招き入れによるものなのだ。涼からの返信が、画面に浮かび上がる。【俺はただ、君の意のままに動くだけだ。君のどんな望みにも従う。もし助けが必要なら、どうか一番に俺を思い出してほしい】夕月はその数行の文字の上を、何度も何度も視線でなぞった。心臓の鼓動が速くなっているのに気づき、夕月は咄嗟にスマートフォンを置いた。数回深呼吸をしてから、込み上げてくる衝動を食欲へと転化させ、弁当箱に残っていたご飯を綺麗に平らげた。深夜まで会社で残業は続いた。夕月はオフィスチェアに深くもたれかかり、天井を見上げ

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第552話

    アシスタントはぱあっと顔を輝かせた。「社長と、お兄様ってそんなに仲が良いんですね!素敵、羨ましいです!」夕月はアシスタントに微笑み返しながら、身代わりにされてしまった天野に、少し申し訳ない気持ちになった。「ええ、昔から兄とは仲が良いの。料理が好きで、すごく面倒見がいい人だから」「わあ!そんな素敵なお兄様がいらっしゃるなんて、本当に羨ましいです。では、お食事の邪魔はいたしませんので。ごゆっくりどうぞ」アシスタントが退室すると、夕月はほっと胸をなでおろした。彼女は再び弁当箱を開け、中にぎっしりと詰められた、彩り豊かなおかずを眺める。しかも、その全てが自分の好物ばかりだった。夕月は食事を始め、目の前にはスマホスタンドに立てかけられたスマートフォンが置いてある。画面には、自宅の監視カメラの映像が映し出されていた。そこで彼女は気づいた。食卓に並んでいる料理のいくつかが、自分の弁当に入っているものと同じであることに。涼と瑛優は食べるペースが速い。食事のたびに、夕月は瑛優にゆっくり食べるよう言い聞かせ、時には口に入れたら十回は噛んでから飲み込むように数えてやったこともあった。しかし涼が瑛優の面倒を見るとなると、夕月のようにそこまで細かく気を配ることはできないし、食べるペースに直接口を出すのも憚られるのだろう。夕月が顔を上げると、モニターの中では、瑛優が涼の後片付けを手伝っていた。「今日の食事、ちょっと速すぎたかな」キッチンに入ってから、涼は自分の食べるペースと瑛優の食べるペースが違うことにようやく思い至ったようだ。瑛優が自分と同時に食べ終わったということは、彼女が普段より速く食べたということになる。「だって、涼おじさんのご飯が美味しすぎるんだもん!」瑛優が甘えるように言うと、涼は愛おしそうに目を細めた。「次からは、一口ずつ大事に味わいたくなるような、君だけの特別なお皿を探してあげよう。ママがいない時こそ、ちゃんとゆっくり噛んで食べないとね」瑛優はわざとらしくぷくっと頬を膨らませてみせる。涼が自分のためを思って言ってくれているのはわかっていたが、彼と二人きりの食事だからこそ、こっそり食べるペースを上げてしまったのだ。「だって、涼おじさんのご飯、すっごく美味しいんだもん。ゆっくり食べてたら、お腹が空いて死んじゃいそう

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第551話

    男が料理をする姿など、これまでも見慣れてきた。物心ついた頃から、兄の天野がキッチンに立つ姿を見て育ったのだから。けれど、天野が料理をする一挙手一投足を、うっとりと見惚れるような気持ちで眺めたことなんて、ただの一度もなかった。どうしてこの人は、キッチンに立っているだけでこんなにも優雅なのだろう。自分がキッチンに立つときは、たとえ簡単なサラダを作るだけであっても、ボウルをかき混ぜる自分の姿に見惚れるような要素など微塵もないというのに。涼は何をしていても優雅な人だった。助手席に座って、自分のナビゲーターを務めてくれる時も。キスをする時も、その目元は、目を逸らせなくなるほど上品で──彼の背筋は、すっとまっすぐに伸びている。リビングに設置されたカメラは、ちょうどキッチンの入り口を向いていて、彼の長い脚や九頭身はあろうかという抜群のスタイルを、余すことなくフレームに収めていた。そこへ、瑛優が画面に現れ、涼のそばに寄ると、涼は出来上がった料理を瑛優に手渡す。この食事は瑛優と二人で食べるからだろう、量は少なめなのに、使っているお皿は少し大きめだ。瑛優が料理をテーブルに運ぶのを手伝うと、涼はご飯をよそってキッチンから出てきた。その時、彼が何気なく監視カメラの方向にちらりと目を向けたのを、夕月は見てしまった。その一瞥に、夕月は訳もなく後ろめたい気持ちになる。まるで自分が覗き見をしている盗人のようだ。……まさか涼は、今まさに誰かが監視カメラで自分を見ているなんて、知らないわよね?いや、そもそも自宅に成人男性がいるのだから、監視カメラで涼の一挙手一投足を見張っていたって、何の問題もないはずだ。涼は席について瑛優と一緒に食事を始める。二人のお茶碗に盛られたご飯の量は、ほとんど同じだった。瑛優はお箸を持つと、大きな口で料理を頬張り、実に美味しそうに食べている。近頃の涼の作る料理は、ますます瑛優の口に合うようになってきているようだ。モニター越しに瑛優が食事する様子を見ているだけで、夕月の胃がきゅうっと音を立てて空腹を訴えてくる。何もない胃腸がうねり、小さく反響しているのが自分でもわかった。その時、社長室のドアがノックされ、夕月はデスクのボタンを押してロックを解除した。入ってきたアシスタントが告げる。「社長、ご注文の夕食が届きました」

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第550話

    楓は唇の端を歪める。底なし沼のように昏い瞳の奥に、悪意の光がゆらりと揺れた。彼女は唇に笑みを浮かべたまま、心の中で秒数を数える。三十秒ほど経って、ようやく冬真の声が聞こえてきた。「秘書に連絡させる。海外のデザイナー何人かに、最新作のドレスを藤宮の家に送るよう手配させよう」「冬真、ありがとう。あなたって、本当に優しいのね」楓が言い終わる前に、冬真は一方的に通話を切った。楓はふうっと息を吐き、スマートフォンを握りしめる。笑みが瞳の中で弾けた。「楓ちゃん、どこ行くの」楓がくるりと背を向けて出ていこうとするのを見て、心音は声をかけた。楓はぴたりと足を止め、心音を見下ろすように振り返る。「こんなランクのドレス、私に相応しいわけないでしょ。気に入ったなら、お母さんがゆっくり選べば?どうせお父さんが買ってくださるんだし」その言葉だけを投げ捨てて、楓は去っていく。取り残された心音と、彼女を取り囲んでいた店員たちはお互いに顔を見合わせた。「なんなの、あのお嬢様……」店員たちは目配せで会話する。「うちだって、桜都じゃ指折りのハイブランドなのに!」「ご自分で予約されたんじゃなかったかしら。気に入らないなら、どうしてわざわざ……」一人の店員が、心音のほうへちらりと視線を送って、他の店員たちに合図した。「もしかして、お母様孝行だったのかもね。あのお嬢様がうちを予約したのは、お母様にウェディングドレスを着る夢を叶えさせてあげたかった、とか」「楓ちゃーん、待ってよぉ!今、冬真さんと電話してたんでしょ?ねぇ、海外からデザイナーさんを呼んで、楓ちゃんのためにオーダーメイドで作ってくれるの?心音もオーダーメイドがいい!」心音は楓に置いていかれるのが不満で、ぷうっと頬を膨らませて後を追おうとした。店員たちが慌てて彼女を引き留める。「奥様、まだこちらのドレスをお召しのままです」「早く脱がせてちょうだい!」心音は急かした。「では、こちらのドレスはいかがなさいますか?」と店員は尋ねる。「うちの楓ちゃんがもっと素敵なドレスを手に入れるんだから、こんなものいらないわ!私も最高級のじゃなきゃ嫌!」心音は甘えた声で、ふん、と軽く鼻を鳴らすと、姿見の前で着ていたドレスを乱暴に脱ぎ捨てた。そして、そのまま試着室に駆け込み、

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第549話

    楓は一瞬、言葉に詰まった。電話の向こうで、冬真が言った。「用がないなら、切るぞ」「冬真!」楓は慌てて相手を呼び止めた。「今、ウエディングドレスを選んでるの。忙しくて付き合えないのは分かってるわ。安心して、もうこれ以上迷惑はかけないから」「それを言うためだけに電話を?」受話器越しにも、冬真が今にも電話を切りたがっているのがひしひしと伝わってきた。彼女は慌てて続けた。「さっき夕月にメッセージを送ったの。そしたら彼女、『どうしてVブランドのドレスじゃないの?あなたなら橘冬真に連れられて海外まで選びに行くと思ったわ』ですって。明らかに、私が既製品のドレスを選んでるのを見て、笑いものにしてるのよ。冬真、夕月に見くびられたいの?もうすぐあなたと結婚する私が、あの子に笑われるなんて、あなただって嫌でしょ」受話器の向こうから、男の冷酷な笑い声が聞こえてきた。「安物のドレスを着るのはお前だ、私じゃない。お前がどんなボロをまとおうが、私には痛くも痒くもない。楓、私を煽るのはよせ。夕月のちょっとした一言で、私がお前との結婚に何千万、何億円も注ぎ込むとでも思ったのか?腹の中の子供が、どこの馬の骨かも分からないのにな!」冬真の声は極限まで冷え切っており、まるで無数の針が楓の耳を突き刺すようだった。激しく高鳴る心臓が、灼けるように熱い血を撒き散らす錯覚に陥る。スマートフォンを握る彼女の顔が、鬼のように歪んだ。「冬真、あなたの心の中で、私は夕月以下だっていうの?一番長くあなたのそばにいたのは、この私なのよ!」「彼女は、私の二人の子供の母親だ。お前が何だって言うんだ!」電話の向から響く冬真の怒声に、楓の鼓膜が突き破られたかのように、頭の中でキーンという耳鳴りが鳴り響いた。「楓ちゃん」心音がまた彼女を呼んだが、楓にはその声が聞こえていないようだった。彼女の瞳は漆黒で光を失い、まるで夜の底知れぬ海のように、人を飲み込もうとしている。「冬真、私、Vブランドのウエディングドレスが着たいの。汐が一番好きだったブランド。知ってるでしょ、私は女でいることなんて少しも望んでないし、花嫁になるなんて面倒なだけ。でも、ウエディングドレスを着て、愛する人と結婚するのは、汐の最大の夢だった。私、汐が生きてるうちに叶えられなかったことを、叶えてあげたいの。……手伝

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第548話

    楓は心音がウエディングドレスを着ているのを見て、うんざりしたように天を仰いだ。「お母さん、正気なの?結婚するのは私で、あなたじゃないんだけど!」楓のきつい口調を、心音は意に介さない。彼女はくるりと背を向け、姿見に映る自分自身をうっとりと眺めている。やがてサロンのスタッフが歩み寄ってくるのを見ると、心音はにこにこと笑いながら尋ねた。「ねえ、私たち二人が並んだら、どっちがお母さんでどっちが娘に見える?」スタッフは一瞬、言葉に詰まった。もちろん、自分たちが接客すべき相手が誰なのかは承知している。なにしろ楓は店に入るなり、今日自分がドレスの試着に来たこと、心音はただの付き添いであることをはっきりと告げているのだ。心音は確かに若々しい顔立ちで肌も綺麗だが、どれだけ手入れをしていても、楓との年齢差は見て取れる。先ほど心音がスタッフにドレスを取ってほしいと言った時も、てっきり娘である楓に試着させるためだと思っていた。まさか、自分で着てしまうとは。スタッフは心音に向かって、困ったように微笑んでみせた。「奥様、こちらのドレスも大変お似合いでございます。旦那様とご結婚された時、ウエディングフォトは撮られましたか?当サロンでは『サンセットプラン』というものもございまして、よろしければご覧になりますか?旦那様にもお越しいただいて、金婚式の記念に一枚いかがでしょう」スタッフから差し出されたパンフレットを、心音は受け取った。心音がスタッフと楽しそうに話し込んでいるのを見て、楓はこめかみの血管がピクピクするのを感じた。すでに夕月からのメッセージで精神的に打ちのめされているのに、スタッフたちが皆、心音の周りに集まっている状況に、血圧が急上昇していく。「お母さん!もういい加減にしてよ!」楓の声には、刺々しい怒りが含まれていた。「あなたは私のドレス選びに付き添いに来たんでしょ!主役が誰だか、はっきりさせてよね!」その言葉は、スタッフたちに、自分たちが本来誰に付き従うべきかを思い知らせるためのものでもあった。心音は唇を尖らせ、金魚のように頬をぷっくりと膨らませた。「心音がウエディングドレスを着た方が、楓ちゃんよりずっと女らしいわ。楓ちゃんはメンズコーナーで選ぶべきよ。あなたがスカートを穿いてる姿なんて、心音には想像もつかないわ。きっとものすごい

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status