LOGIN「福田秘書、ですか?」颯は瞬時に頭をフル回転させ、美冴の側近の中に、確かに福田という名の秘書がいることを思い出した。その時点で、彼の頭の中ではすでにすべての点と点が繋がり、おおよその見当はついていた。これほど早く真相に辿り着けたのは、決して颯が超人的に鋭いからというわけではない。瑠璃子が命を狙われたという凶報を耳にしたその瞬間から、裏で糸を引いている黒幕は、十中八九、佐久間家の身内だろうと踏んでいたからだ。だが、颯はこんなトカゲの尻尾を切り落とした程度で、満足して幕引きにするつもりなど毛頭なかった。彼が蒼真から厳命されているのは、この陰謀の背後に潜む「真の黒幕」を白日の下に引きずり出すことなのだ。颯はわざとらしく顔を曇らせた。「私を馬鹿にしているのか!?福田などという、得体の知れない秘書一人の名前を信じて、これほどのリスクを伴う大仕事を引き受け、一生刑務所で臭い飯を食う覚悟を決める馬鹿がどこにいる」見え透いた嘘を見破られた傑は、まるで丸裸にされたかのように縮み上がり、ひどく惨めで怯えきった顔を見せた。「いいか、念のために言っておくが、うちの社長はそう二度も三度も情けをかけるような甘い人間じゃない。氷室グループの社長を完全に敵に回すことが、背後にいるあんたのパトロンを敵に回すよりも、マシな結末に繋がると本気で思っているのか?」傑は、ついに最後の一線で持ちこたえていた抵抗の気力すらも失った。福田という名前さえ出しておけば、相手を適当に誤魔化せるだろうという彼の目論見は、あまりにも甘すぎた。彼は完全に白旗を揚げ、深く頭を垂れた。「……小山さんを狙うよう指示を出したのは……佐久間家です」「ふん、そんなことは最初から百も承知だ」颯は冷ややかに鼻で笑い飛ばしたが、テーブルの下に隠した彼の手は、すでに録音ペンのスイッチを確実に入れていた。「私は、長年にわたって佐久間家に仕えてきた身です。私の父もかつて佐久間会長の傍で護衛を務めておりましたが、任務中に負った怪我が原因で、しばらくした後に命を落としました。その際、佐久間会長は残された私たち遺族に手厚い弔慰金を下さり、住む家をより良い場所へ移し、私の母を海都にある環境の素晴らしい療養施設に特例で入れてくださったのです。私と母は、会長を恨むどころか、その深い御恩に骨の髄まで感謝しており
「刑務所の中も、甘くはないさ」蒼唯は歯を噛みしめた。「黒幕を引っ張り出せないのが、どうしても悔しい!」その時、取調室から憔悴した顔の警察官が出てきた。二人はすぐに近寄った。「何か話しましたか?」樹が聞いた。警察官は苛立たしそうに首を振った。「話しません。背後の人物がよほどの力を持っているのでしょう、怖くて口を割れないようです。弁護士が来るまでは一切話さないと言い張っています」「こんな男に弁護士がつくなんて、どこに目がついてるのよ。節穴かしら!」蒼唯はお里が知れるのも構わず、あからさまに毒づいた。「失礼します。私は村上傑(むらかみ すぐる)の代理弁護士です」聞き覚えのある声が響いた。蒼唯と樹が同時に振り返り――目を見開いた。蒼真の秘書の、颯ではないか!なぜ急に弁護士に?頭でもおかしくなったのか?「村上さんの弁護士の方ですか?」警察官が確認した。颯はパリッとしたスーツ姿で黒いブリーフケースを提げ、いかにも敏腕弁護士といった風を装っていた。「依頼人はどちらですか?」「こちらへどうぞ」颯は警察官に連れられて中に入っていった。最初から最後まで、二人に一切目を向けなかった。まるで赤の他人であるかのように。蒼唯と樹は顔を見合わせ、声を揃えた。「やけに様になってるな」取調室の中には、傑と颯の二人だけになった。颯は弁護士として、単独面談を申請した。二人は向き合った。颯はすぐには口を開かず、薄笑いを浮かべて男を眺めていた。傑は視線を泳がせ、長い沈黙の後も口を開けなかった。「この仕事を引き受けたのは、本当に追い詰められて、他に道がなかったからでしょう」颯は眼鏡の奥の目を、すっと鋭くした。声が低く、重くなった。「でも自分のことはさておき、海都の老人ホームで暮らしているお母さんのことは、考えましたか?若いうちにお父さんを亡くして、あんたは苦労してきた。今さらこの年になって、今度は母親まで失いたいか?」「お……お前は何者だ!」傑はパニックに陥りそうになるのを必死で堪えながらも、声を荒らげた。全身が小刻みに震えていた。「……いったい誰なんだ!」「氷室グループ社長、氷室蒼真の筆頭秘書です」颯はゆったりと足を組み、涼しい顔をした。「社長があんたの身辺を洗うことなど、朝飯前ですよ」傑の体が、大き
「冗談だよ」翔吾は彩葉を抱いたまま、軽い足取りで歩き出した。唇の端の笑みが、どうしても隠しきれない。「ただ、君にその気があるなら、いつでも歓迎するよ」彩葉は真っ赤になった顔を彼の胸に埋め、もう一言も言い返せなかった。……深夜の病院の外、人影のない駐車場。高級車が静寂の夜の中に、音もなく停まっていた。窓がゆっくりと下がり、骨張った長い指を窓の外へ出し、タバコの灰を弾き落とした。その横顔――蒼真の、生気を失った蒼白な顔が、夜の闇に浮かんでいた。夜風は鋭く、冷たかった。だが、今の彼の心はそれ以上に冷え切っていた。今頃、彩葉のそばにいるのは翔吾だ。自分はとっくに、彼女の世界から弾き出されてしまった。たった三、四ヶ月で……一言声をかけることさえ許されない人間になってしまったのだ。自分たちの間で、いつの間にこんなことになっていたのか……颯が窓をノックした。蒼真は意識を現実に引き戻し、深くタバコを吸い込んでから、灰皿で揉み消した。「社長、この数日で部下に北都中の病院を調べさせましたが、奥様の輸血記録は、どこにも見当たりませんでした」颯は困り果てた顔をしていた。「もしかして、北都以外の場所で輸血されたのでしょうか。そうなると、追跡はかなり難しくなります」蒼真はしばらく考えてから、低く聞いた。「北都第三病院は?そこも見当たらなかったか?」颯は頷いた。「初日に主要な病院はすべて当たりましたが、どこにも記録はありません」蒼真は背もたれに体を預けた。胸の奥が、何とも言えない感情でざわついていた。命の恩人は、雫に決まっている。なのになぜ、彩葉との縁がそれより前から始まっていたような気がしてならないのか。彩葉に大量輸血の経験があると知った時、あの雨の夜の事故が、頭の中で不可避に結びついた。……考えすぎだ。「もう一件の方は、どうだ」蒼真は疲れた目を閉じた。眠れるはずもなかった。「医療スタッフを装った不審者が、小山さんの病室に忍び込んでいました。殺害しようとしたところを、間一髪で森田先生が食い止めました。その男は今、警察で事情聴取を受けていますが、口が固くて何も話しません」「口が固いだと?どれほど固いか見せてみろ」蒼真は半分目を細め、その瞳には薄氷のような冷酷な光が宿っていた。「あいつに
彩葉の頭の中を、考えが閃光のように走り抜けた。翔吾が挙げた症状が、雫の体に一つ一つ当てはまっていく。「何か思い当たることがあるのか?」翔吾は彼女の表情の変化を鋭く捉えた。「雫は以前から胸の息苦しさと、心臓の締め付けを訴えていたわ。でもあれは昔からじゃないの。蒼真に近づこうと動き始めた頃から、ぴったり重なるの」彩葉の目は静かに冷えていた。かつてあれほど骨の髄まで達するほどの深い傷を、今は感情を交えずに語れる。それが、もう完全に彼を手放したという証拠だった。「この五年間、蒼真は世界中の名医に診せようとしたけれど、誰も原因を見つけられなかった。発作の時はひどく苦しそうなのに、二日もすればまるで何もなかったように元に戻る。ずっとその繰り返しで……」翔吾は含みのある笑みを浮かべた。「蒼真を手放せなくさせていたわけだな」「付き添って病院を回るのは建前で、蒼真は本当に雫のことが好きだったんでしょうね。そうでなければ、あそこまで甲斐甲斐しく世話なんてできないもの。そう思わない?」翔吾の目が、かすかに深くなった。「今もまだ、気になるのか?」彩葉はさらりと笑った。澄んだ夜空の月のような、清らかな笑顔だった。「少しでも気にしていたら、私、犬のマネでもしてみせるわ」翔吾は珍しく真顔になった。「それはいけない」彩葉は無邪気に首を傾げた。「なんで?」翔吾は目を伏せ、ぼそりと呟いた。「人間と犬じゃ、種族が違うからな」彩葉の顔が、さっと赤くなった。どれだけ真面目な男でも、好きな人の前ではつい口が滑る。これは抑えようのない本能的な反応というものだ。彩葉は慌てて話を戻した。「つまり、雫の体調が不安定なのは、その薬を飲んでいることと関係があるかもしれないってこと?」翔吾はわずかに頷いた。「他に考えられる理由がない。ただ確かめるには、血液サンプルを採取して検査するしかないが」彩葉は合点がいった。「ということは、もう少なくとも五年は飲み続けていることになるわ。どんな薬にも必ず副作用があるっていうのに――蒼真の心を掴むために、自分の体を犠牲にするようなことまでやってのけたの?本当に、すごい根性ね」聖母ぶっているわけではなく、彩葉は純粋に感嘆していた。自分が雫に勝てなかったのも無理はない。こちらは心をすり減らしただけだが、あちら
「これで、小山さんの仇は取れた」彩葉は息を呑み、言葉を失った。信じられないという目で、感情を完全に押し殺したかのように落ち着き払っている翔吾の顔を見つめ、思わず彼の手を力いっぱい掴んでいた。「あなたが……その手で殺したの?」恐ろしかった。彼の口から発せられる答えを待つ間、心臓が時限爆弾のように秒を刻む鼓動が耳の奥で鳴り響いていた。彼女の頭の中は、すでに一つの決意で満たされていた。もし、本当に翔吾が自らの手を血で染めていたのなら、どうやってその事実を隠蔽し、どうやって彼を罪から守り抜くか。法律も、世間の正義も、今の彼女にとっては些末な問題でしかなかった。ただ一つだけ――どんな代償を払ってでも、翔吾を守り抜く。たとえ、自分自身のすべてを犠牲にしてでも。「俺が手を下したわけではない。安心してくれ」翔吾は、自分の身を案じて青ざめ、緊張に震える彼女の様子を見て、凍てついていた胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。彩葉は全身から安堵の溜息を漏らし、肩の力を抜いた。それでも、核心を聞かずにはいられなかった。「じゃあ……いったい誰が?」「それを教えることはできない。ただ、確実に仇は取れたとだけ理解しておいてくれ」「……わかったわ」彩葉はそれ以上の詮索は無用だと察して深く頷き、ベッドに横たわる瑠璃子の静かな寝顔を見つめた。それでも、胸の奥底で渦巻く憎悪の炎は、完全には消え去っていなかった。「それでも、まだ憎いわ。あの薄汚い畜生を八つ裂きにして細かく切り刻んでやったとしても、るりちゃんの失われた子どもは二度と戻ってこないんだもの」翔吾は長い足をゆったりと組み、深い思索に沈んだ。「見方を変えれば、この悲劇が起きなければ、小山さんは過去を断ち切り、まったく新しい人生への一歩を踏み出すことはできなかったかもしれない。光一だって、あんなにも早く自分自身の本当の気持ちに向き合うことはできなかっただろう」しばらくの間、二人は言葉を交わすことなく、静寂の中でただ座っていた。やがて翔吾がふと、口を開いた。「そうだ。あまりにも急いで南都へ向かったもので、君に一つ、重要なことを話し忘れていた」「何?」「五十嵐駿に関する、新たな秘密がもう一つ発覚したんだ」翔吾の瞳に、濃い影が落ちた。「ただ、これは五十嵐だけの秘密という
彩葉は暗くうつむいた。その瞳が、ふいに涙で潤む。「全部、私の責任よ。るりちゃんのことは私がずっと守り抜くって約束していたのに……結局、私には何一つできなかった」すぐそばに立つ翔吾は、胸を締め付けられるような痛みに、かすかに喉を詰まらせた。「そんなふうに自分を責めないでくれ、彩葉」「彩葉」、ただ名前を呼ばれただけ。だがその一言が、今この瞬間、彩葉の凍えた心の一番奥深くにまで温かく染み渡った。瑠璃子が倒れてからというもの、彩葉は休む間もなく気を張り詰め続けていた。だが、内心ではずっと震えるほど恐ろしかったのだ。足元から地面が消え去り、暗闇を落ちていくような絶望感に苛まれていた。これほどまでに狼狽し、取り乱したのは、生まれて初めての経験だった。これまでの人生、彼女は常に強くいられた。どんな困難も、一人で乗り越えてこられたはずだった。もし、この人が今ここにいてくれなかったら、自分はもう、とっくに張り詰めた糸が切れて、崩れ落ちていたかもしれない。「君はすでに十分すぎるほど頑張っている。この世に、何もかもを完璧にこなせる人間など存在しない。それで十分だ。どうか、これ以上自分を責めないでくれ」翔吾は少しだけ腰を屈めた。二人の顔が、互いの吐息が触れ合うほどの間近に近づく。「それに、俺がいる。怖がるな」彩葉の胸が、甘く細かく震えた。長い睫毛をそっと伏せる。病室の柔らかく揺れる照明の中で、翔吾の目には、彼女の潤んだ瞳や、緊張でうっすらと滲んだ汗の珠までもがはっきりと見て取れた。翔吾の喉仏が、大きく上下に動いた。湧き上がる衝動を、彼はほとんど抑えきれなくなりそうだった。「こ、この二日間のことを話してくれるって、さっき言っていたじゃない……?」彩葉は焦って話題を変えようと、慌てて紙コップを持ち上げ、白湯を一口飲んだ。翔吾は彼女の隣に静かに腰を下ろすと、ふいに彼女の手からそのコップを奪い取った。そして、彼女がたった今口をつけた場所に、ごく自然な仕草で自分の唇を重ね、残りの白湯を一口飲み干したのだ。彩葉の目が、驚きに見開かれた。「ちょっと……それ、私が今飲んだやつ……!」翔吾は悪びれもせず眉を上げ、さらにもう一口飲んでみせた。「嫌だったか?」「嫌っていうわけじゃないけど……そういう問題じゃなくて……」「ひどく喉が渇いていたし、
蒼真は左手をポケットに突っ込み、右手でワイングラスを優雅に揺らしながら、彫りの深い端正な顔立ちに一切の感情を乗せず、樹の目の前へと歩み寄った。互いの距離は、わずか一歩。蒼真は長い睫毛を伏せ、樹が身に纏っている深茶色のスーツを見下ろした。上質な生地で仕立てられ、仕立ての良さが際立つ。だが、蒼真の顔に温かみなどあるはずもない。切れ長の目がすっと細められ、瞳の奥底に薄氷のような殺気が湧き上がる。「ふん、そのスーツ、悪くないな」樹の表情が冷ややかに凍りついた。「君も、お目が高い」「だが残念なことに、お前の育ちじゃ、どんなに立派な衣装を纏ったところで、猿が人間の衣装を借りてい
瑠璃子は濡れた顔を上げ、男の澄んだ瞳と視線がぶつかり、驚きの声を上げた。「西園寺……先生!?」「遠くから見て君に似てるなと思ったけど、本当に君だったとは」樹は彼女が全身ずぶ濡れで、腰まで冷水に浸かっているのを見て、目を丸くした。「小山さん、どうして水の中に?足を滑らせて落ちたんですか?」「あたしは、その……」瑠璃子の長い睫毛が震えた。樹は冗談めかして笑った。「まさか、こんないい歳してここで水遊びしてるわけじゃないですよね?」瑠璃子は呆れたように返した。「西園寺先生の目には、あたしがそんな変わった趣味を持っているように見えますか?」「変わった趣味とまではいかないけど、
瑠璃子は子供のように泣きじゃくった。「もし、あの子があんな状況にいるって知っていたら……あたし、這ってでも彼女の元へ駆けつけたわ!あんなに苦しくて、心細い時に……誰よりも頼りたいはずの時に、いろはっちの傍に誰もいないなんて……!たった独りで、冷たい分娩台の上で……彼女がどれだけ絶望して、どれほど孤独な思いでいたか!」颯は冷や汗を拭いながら、必死に取り成そうとした。「小山さん、社長をそこまで悪く言わないでください。当時、彼もまた騙されていたのです。奥様が……そんな状態だったとは知る由もなかったのです」「嘘よ!彼さえいなければ、いろはっちの人生は輝いていたはずよ。彼があと少しで
翌日の午前、蒼真はグループ全体の会議を終えると、急いで病院へと戻った。彼は真っ先に雫の病室へ向かうのではなく、まる六年間、深い眠りにつき続けている父の元を訪れた。清英は静かにベッドに横たわっていた。髪は雪のように白く、目元と頬は深く落ちくぼんでいる。長年、高価な点滴のみで生命を繋いできた体は、かつての面影がないほどに痩せ衰えていた。「父さん、また会いに来ました」蒼真はベッドの傍らに腰を下ろし、父の枯れ木のような手を強く握りしめた。その切れ長の目が赤く滲む。「また随分とお痩せになりましたね。ですが、当時の威厳ある風格は、少しも衰えてはいません。父さんは今でも、北都の頂点に立つ