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第269話

作者: 白川 露
「明日、時間ある?」

真帆は口元を緩めて笑った。その笑顔は甘く、まるで恋人を誘うみたいで、少し照れくさそうで、それでいてどこか待ちきれないようだった。「レストラン予約したの。明日の夜、一緒にご飯食べない?プレゼントも用意したの」

もし一雄が真帆をそこまで大切に思っていなかったら、そこまで好きじゃなかったら、普段は何でも見抜く彼なら、きっと何かがおかしいと気づけたはずだった。

昨日まで真帆は彼を避け、離れようとして、境界線を引こうとしていたのに。

たった一晩で何事もなかったみたいに元に戻り、以前と変わらない態度を取っている。

けれど、人というのは時々、当事者になると見えなくなる。

一雄はただ、真帆が自分を信じてくれたのだと思った。自分なら浩一郎の件をうまく処理できると信じてくれたのだと思い込み、その違和感を見落とした。

そしてそれが、彼をもう一度、もっと深い苦しみへ引き込むことになる。

一雄は笑って頷いた。だが、その食事が、この日の決断が、どれだけ自身を後悔させることになるのか、この時の彼はまだ知らない。

直哉と香澄は会社を出た。外へ出た瞬間、香澄は大きく伸びをした。

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