Compartir

第2話

Autor: 白川 露
龍司が病院に姿を現した。

そしてそのすぐ後ろには波の姿があった。

龍司は車椅子に座ってはいるものの、長年身に沁みついた名家の人間特有の気品は、少しも損なわれていない。

車椅子を押しながら、亜麻色のロングドレスに身を包む波の姿は柔らかく、か弱く見えた。

そんな二人は誰が見ても、理想のカップルだった。

「龍司……」

龍司の祖母は、孫の姿を見た途端、堰を切ったように泣き崩れた。

「見なさい、あなたが娶った嫁がどんな女か!おじいさまが亡くなったのに、彼女は一滴の涙も流さないのよ。こんな情のない女」

「おばあちゃん、そんな言い方は……」

龍司が遮る。

「今はまず、おじいちゃんを安らかに見送ることが最優先でしょ。真帆も、わざとじゃないから。責めるなら……」

龍司は言葉を切り、呆然と立ち尽くす真帆に視線を向けた。

わずかに腫れた左の頬には、くっきりと五本の指紋の跡が残っていた。

その様子に、ほんの一瞬、気づかれないほどの痛みが彼の瞳を掠めたが、次の瞬間、彼はいつものように「自分が悪い」という顔で言った。

「……俺が商談中にスマホを見なかったせいだ。真帆からの電話も、メッセージも見逃してしまった。おばあちゃん、どうしても怒りが収まらないなら、俺を殴ってくれ。おじいちゃんに申し訳ないことをしたのは、俺だ……」

その姿はあまりに誠実で、「妻を守る夫」そのものだった。

だが真帆は思った。

もし彼が何年も脚のケガを偽るようなことをしなければ、自分はこんな屈辱を受けずに済んだのではないか。

すべての元凶でありながら、彼はまるで救世主のように振る舞っている。

龍司の祖母は真帆を責め立てる一方で、血の繋がった孫の龍司を責めることはできず、ただ泣き続けるばかりだった。

その背にそっと手を添えたのは、波だった。

涙を浮かべたその横顔は、いっそう人の心を打つ。

「おばあさま……龍司の言うとおりです。おじいさまはもう旅立たれたのですから、これから鷹宮家を支えるのは、あなただけです。もしおばあさままで倒れてしまったら、おじいさまも、安心できません……」

波は、鷹宮家の養女だった。

その養親が亡くなった後は、ずっと龍司の祖母のもとで育てられ、誰よりも可愛がられてきた。

六年前、波が留学のために海外へ行くと決まった夜、龍司の祖母が一晩中泣き明かした、という話もある。

龍司の祖母は慈しむように波を見つめ、次の瞬間、真帆へ鋭い視線を向けた。

「出ていきなさい!夫もご先祖さまも祟る疫病神め!さっさと鷹宮家から消えなさい!」

罵声は止まらなかった。

さすがに聞きかねたのか、龍司は車椅子を操作し、真帆をエレベーター前まで送った。

魂が抜けたような彼女の横顔を見て、彼の胸には言葉にできない感情が渦巻いた。

「……顔、まだ痛むか?見せて」

彼が手を伸ばした瞬間、真帆は反射的に身を引いた。

龍司は一瞬動きを止めたが、深く考えはしなかった。

ただ、祖父を亡くした悲しみと、理不尽な仕打ちに傷ついているのだろうと、都合よく解釈した。

「おばあちゃんも、あれは少し言い過ぎた。でも、今はまだ悲しみの中に暮れているんだ。だから……気にしないでくれ。

家に戻ったら、使用人に氷を用意してもらって顔を冷やすといい。おばあちゃんのことは……俺から改めて話しておく。心配するな」

「……龍司」

真帆は、かすれた声で呼び止め、視線を彼の膝元へ落とした。

「あなたの脚……」

「ん?俺の脚がどうした?」

彼も彼女の視線を追い、病棟に響く泣き声の中で、何かを察したように微笑んだ。

「大丈夫だ。無理はしていないし、これ以上悪くなることもない」

そう言って、彼は何も明かそうとしなかった。

真帆は、複雑で失望した目で彼を見つめ、ちょうど到着したエレベーターに足を踏み入れた。

扉が閉じるその瞬間、それは、彼と過ごした五年間との決別のようにも思えた。

病院を出た真帆は、タクシーで別荘へ戻った。

ドアを開けた瞬間、真正面から水が飛んできた。

思わず目を閉じた彼女の耳に、子どもの甲高い笑い声が響いた。

「ははは!悪者をやっつけたぞ!僕はヒーローだ!」

「奥さま!」

使用人の小林和恵(こばやし かずえ)が悲鳴を上げ、慌ててキッチンから駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか?ほら、早く拭いてください!」

水を拭い、目を開けると、水鉄砲を構えた四、五歳ほどの男の子が立っていた。

見覚えがあった。

江口湊(えぐち みなと)、波の息子だ。

かつて真帆が、波の離婚裁判を担当していた頃、何度も顔を合わせていた。

その頃の彼は、人懐っこく「真帆お姉さん」と甘えるように自分を呼んでいた。

裁判が終わって、まだ一か月余りで、あのおとなしかった少年は、すっかり小悪魔に変わっていた。

真帆が問いただす前に、和恵が慌てて説明した。

「あの……旦那さまが……お葬式のことで手が回らないからと、しばらくこちらでお預かりするようにと……」

「ちがうもん!」湊が胸を張って言い放った。

「龍司パパが言ったんだ!僕が住みたいなら、ずっとここに住んでいいって!」

「ちょ、ちょっと坊ちゃん!」

和恵は顔色を変え、慌てて彼の口を塞ごうとしたが、力を入れるわけにもいかず、額に汗を浮かべていた。

「旦那様は、あなたのお母さまのいとこで……パパじゃなくて、おじさんと……」

湊は容赦なく和恵の手に噛みつき、大きな目で睨みつけた。

「ママが言ったんだ!龍司パパは、本当のいとこじゃないって!龍司パパが、そう呼べって言ったんだ!」

真帆は、その光景を静かに見つめていた。

説明しようとして言葉に詰まっている和恵の様子が、どこか滑稽にすら見えた。

もしあの一言がなければ、もし自分が龍司の偽りをこの目で見ていなければ、きっとまた信じていたのだろう。

だが今は違う。

長年、法曹の世界に身を置いてきた真帆は知っている。

嘘という幕が剥がれ落ちたとき、その下にあるのは、目を背けたくなるほど醜い真実。

彼女は話題を変えた。

「……もう苺にエサはあげた?」

和恵は一瞬きょとんとし、すぐに家で飼っているビション・フリーゼのことだと気づく。

「あ、はい。もうあげました。今はペットルームで遊んでいます」

真帆は軽く頷き、何も言わずに寝室へ向かった。

龍司の祖父の死は突然だったが、星嶺市屈指の名家である鷹宮家の葬儀が、簡素で済むはずもなかった。

一週間にわたり、本邸には弔問客が絶えなかった。

ただ一人、真帆だけが、本邸に足を踏み入れる資格もなかった。

龍司は「おばあちゃんの怒りがまだ収まっていないから」と言い、彼女が本邸へ行くことを止めた。

「葬儀の段取りはすべて彼と波が引き受けるから、真帆は家で湊の世話をしていればいい」と。

一見、彼女を気遣う言葉のようでいて、実際には彼女を鷹宮家から静かに排除していく行為だった。

思い返せば、これまでもそうだった。

鷹宮家の集まりには、龍司はいつも何かしら理由をつけ、真帆を欠席させてきた。

愚かだったのは、自分だ。

あの温和で知的な仮面に、これほど長い間騙され続けていたのだから。

それでも、もう構わない。

ただ一つだけ心残りがあるとすれば、生前優しくしてくれた龍司の祖父に、最後のお別れすらできなかったことだ。

葬儀が終わっても、龍司は戻ってこなかった。

だが家は決して静かではなく、一階では、毎日どたばたと騒がしい音が響き、湊は猿のように飛び回っていた。

頭が痛くなるほどだったが、真帆は干渉しなかった。

彼女には、もっと重要なことがあったのだ。

夕暮れ時、真帆は電話の着信音で目を覚ました。

龍司からだと思い、寝ぼけたまま電話を取ると、聞こえてきたのは北川知恵(きたがわちえ)の声だった。

「真帆、あなたが調べてほしいって言ってた波のことだけど、少し分かったわ」

知恵は大学時代の先輩で、現在は法律事務所のパートナーで、真帆は長年、彼女のもとで働いてきた。

「前から分かっていた情報に加えてね、彼女は当時、海外の学校に合格していたわけじゃないことが分かった。実際には鷹宮家当主がお金とコネを使って、留学という形にしたらしいの」

資料をめくる音が、受話器越しに響く。

「それに、出国前の記録が不自然なほど少ない。意図的に消されたみたい」

「彼女の元同級生の話では、在学中から素行が良くなかったらしいわ。龍司と関係があったなんて噂も……はっきりしたことは分からないけど、家の名誉のために海外へ飛ばされた可能性は高いわね」

少し間を置いて、知恵は続けて言った。

「真帆……あなた、もしかして、波と彼の関係を疑ってる?」

長年弁護士をやってきた彼女の直感は的確だった。

真帆は隠さなかった。

「……あなたは、どう思う?」

知恵は黙り込み、やがて、声を低くして言った。

「……それなら、これからどうするつもり?」

「私が一番得意なこと、忘れた?」

「あなたの得意分野なんて、それはもちろん、訴……」

そこで言葉を止め、知恵は息を呑んだ。

「……離婚、するつもり?」

真帆は答えなかったが、それが答えだった。

長年一緒に仕事をしてきた知恵でも、さすがに急だと感じたのか、慎重に言った。

「真帆……それ、六年も前の話でしょう?

決定的な証拠もないのに、感情で動くのは……」

「感情的になったんじゃない」

真帆の声は、驚くほど静かだった。

「知恵……龍司は、波の子どもに自分のことをパパと呼ばせてるの」

Continúa leyendo este libro gratis
Escanea el código para descargar la App

Último capítulo

  • 再婚先は偏執大物   第149話

    直哉は深く頷いた。「玲子さんの話では、少し前に真帆さんに殴られたせいで、今になっても体調が回復するどころか、ますます悪化しているそうで。それで……」たとえ直哉が最後まで言わなくても、一雄には察しがついた。真帆は普段から外出を控え、他人と恨みを買うような性格ではない。唯一、誰かの不興を買った出来事といえば、蓮華荘で玲子を平手打ちしたあの件だけだ。彼女以外に、こんな真似をする人間など思い当たらない。直哉が溜息をつく。「しかも、西園寺家の名義を使っているようです」西園寺家の名義?一雄は眉をひそめ、声に怒りを滲ませた。「そんな話、私は聞いていないぞ」直哉は沈黙し、さらに深く頭を下げた。これは自分の失態だ。あの件から随分と時間が経っているというのに、玲子が今さら警察に被害届を出すとは思いもしなかった。「……彼女の状態は?」一雄は掠れた声で聞いた。もはや原因を追及するつもりはなかった。「付き添いの看護師によれば、術後の経過は順調で、特に目立った不調はないとのことです」「真帆のことを言っているんだ」直哉は一瞬思考が止まったが、すぐにハッとして言葉を継いだ。「真帆さんは拘留され、現在取り調べを受けています」一雄は顔をしかめた。「彼女から電話はなかったのか?誰かを使って私を呼びに来させたりも?」直哉は事実のままに首を振った。一雄は持っていた書類をデスクに叩きつけた。パァン、という乾いた音が、直哉の心臓を直撃する。直哉の心臓が跳ね上がった時には、すでに一雄は上着を腕にかけ、足早に部屋を出ていた。思わず口を突いて出た。「一雄さん、どこへ行かれるんですか?」「警察署だ」一雄の足取りは、風を切るように鋭かった。地下駐車場から直哉が車を出す。一雄は後部座席で目を閉じ、指先で膝をリズミカルに叩いていた。一見、気だるげに寛いでいるようにも見えるが、硬く結ばれた顎のラインが、今の彼の本心を物語っている。三十分後、黒い高級車が警察署の前に滑り込んだ。直哉が車を降り、一雄のためにドアを開けようとしたその時だ。一雄の視界の隅に、エントランスの階段に立つ見覚えのある若い男の姿が映った。有名なスポーツブランドの服に身を包んだその姿は、まだ幼さの残る子供のようにも見える。一雄は瞳を細め、その男が警察官と交渉し

  • 再婚先は偏執大物   第148話

    しばらく返事がないのを見て、一雄は静かに目を伏せた。長い睫毛が、瞳の奥に宿る暗澹たる色を覆い隠す。彼はビルの下で長い間立ち尽くしていた。真帆が食事を終え、部屋に戻って明かりを灯すまで。その様子を確認してようやく、一雄は落胆した様子で背を向けた。一歩、また一歩と踏み出す足取りが、次第に重くなっていく。朝食を終えた悠人は、大学の講義があるため、真帆と知恵は彼を引き止めずに送り出した。二人は談笑しながら部屋に戻ったが、ドアを閉めた途端、知恵は真帆の腕を掴んでソファに押し倒した。まるで裁判の法廷にでも立たせるかのような、厳しい表情で彼女を見つめる。「白状しなさい。昨日、一体何があったの?」真帆の笑みが一瞬、凍りついた。すべてを見透かそうとする知恵の瞳に、心の奥で言いようのない後ろめたさを感じる。「……何があったって、別に何も」彼女は視線を泳がせながらうつむいた。「ただ、急に飲みたくなって。バーに二、三杯ひっかけに行っただけよ」「その手には乗らないわよ」知恵は全く納得せず、彼女の隣にどっかと腰を下ろした。「二、三杯?二リットルの間違いじゃないの!昨日のあんたの姿、この目で見たんだから。裁判所の前で鈴木祥子って女に会った後から、様子がおかしかったわ。あんなになるまで飲んで、家にも帰れないなんて……」今思い出しても、昨夜バーで見つけた真帆の姿は、知恵にとって心臓が止まるほど衝撃的だった。「たまたま私が星ヶ丘にいたから良かったけど、もし私がいなかったら?一人で意識を失うまで飲むなんて、どれだけ危険か分かってるの?悪い奴に目をつけられたり、拉致されたりしたらどうするつもりだったのよ!」知恵の説教は止まらない。「龍司さんと離婚した時だって、こんな酷い有様にはならなかったわ。昨日、あんなに理性を失ったのは……一体どうして?」「それは……」真帆は言葉を飲み込み、心の底で葛藤していた。知恵に話すべきかどうかではない。どこから話すべきかに迷っていた。八歳の頃から、あの男との関わりは始まった。二十年近い歳月の積み重ねを、どうして数言で説明できるだろうか。迷い続ける真帆を見て、知恵は探るように推測を口にした。「……もしかして、あの女に見せられたトレンド記事に関係があるの?」その言葉に、真帆は無意識に顔を上げた。彼女の瞳に一

  • 再婚先は偏執大物   第147話

    悠人は慌てた様子で両手をぶんぶんと振った。「真帆さんは僕と母にとって命の恩人なんです。僕、僕は……ほんの些細なことをしただけで、そんなことと同列には扱えません……」言えば言うほど声は小さくなり、耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。知恵は悠人のそんな純情そうな様子に気づき、いたずら心が芽生えてからかった。「命の恩人ねぇ……」わざと語尾を長く引きずる。その響きには、どことなく含みがあった。「それほどの恩なら……いっそ『身を捧げて報いる』くらいじゃないと、釣り合わないんじゃない?」その言葉を聞いて、悠人は顔だけでなく首筋まで真っ赤になった。「知恵さん!」思わず声を張り上げ、目を丸くする。その場に立ち尽くして狼狽える姿は、まるで初恋にたじろぐ未成年のようだった。そんな反応を見れば見るほど、知恵はもっといじめたくなる。腕を組んで歩み寄り、悠人の周りをぐるりと回って値踏みするように眺めた。「ふむ……悪くないわね。身長もルックスも、うちの真帆とお似合いじゃない。悠人、お姉さんに正直に言ってみなさい。この可愛い後輩と、世間を驚かせるような『年の差恋愛』をしてみる気はない?」その言葉に、悠人は恥ずかしさのあまり穴があったら入りたいような顔をした。「知恵、いい加減にしなさいよ。悠人くんはまだ若いのよ」真帆は知恵の軽口には慣れっこだったので、特に気に留めることもなく笑い飛ばしたが、悠人は一人で大真面目に真っ赤になっていた。「わ、若くなんてありません。もう二十歳です!」必死に弁解するが、それが余計に墓穴を掘っているようにも見える。「あ、いや、そういう意味じゃなくて……真帆さん、誤解しないでください。僕は……」その生真面目すぎて言葉に詰まる様子に、知恵はついに声を立てて笑い出した。「はいはい、分かったわよ。二人がどういうつもりだろうと、今はもっと大事なことがあるわ」「大事なこと?」真帆と悠人の声が重なった。「ご飯よ」知恵は呆れたように額に手を当てた。「一人は二日酔い明け、もう一人は一晩中寝てないのよ?お腹空かないの?」言われてみれば、二人は顔を見合わせて苦笑した。「そう言われると、確かに少し空いてきたかも……」「行きましょう、下のレストランへ」真帆が上着を羽織り、三人は連れ立ってホテルのレストランへと向かった

  • 再婚先は偏執大物   第146話

    「あなた……約束……したじゃない……」真帆は夢にうなされているのか、何度も同じ言葉を繰り返していた。悠人は慌ててティッシュを数枚取り出すと、彼女の目尻に溜まった涙をそっと拭い去った。「一体何があったんですか。夢の中でまで泣くなんて……」彼は小さく溜息をつくと、スマホを取り出し、手早くメッセージを送信した。それが終わると再び真帆のそばに屈み込み、片時も目を離さずに彼女を見つめ続けた。「分かってます。真帆さんも僕と同じ、幸せじゃない子供だったんですよね……」独り言のように呟きながら、堪えきれないといった様子で指先を伸ばし、真帆の頬にそっと触れた。「でも大丈夫です。僕たちで幸せを作ればいい。最高に美しい、誰にも邪魔させない幸せを。誰にも、邪魔なんてさせませんから……」しばらくして、悠人のスマホが短く鳴った。画面を素早く確認した彼の瞳には、その年齢には似合わない執着と複雑な光が宿っていた。翌日。真帆が目を覚ました時、外はすっかり明るくなっていた。目を開けて最初に飛び込んできたのは、ベッドの脇でコアラのように丸くなって眠っている悠人の姿だった。昨夜の記憶は曖昧だった。バーに入り、意識が途切れるまで飲み続けたことだけを覚えている。二日酔いの頭痛が神経を苛むなか、真帆がこめかみを押さえた瞬間、隣にいた悠人がパッと目を覚ました。「真帆さん、起きたんですか?」彼は眠たそうに目をこすりながら、すぐに立ち上がろうとした。「お水、飲みますよね?今、持ってきます」そう言った直後、彼は足をもつれさせてよろけた。「すみません、僕……ちょっと足が痺れちゃって……」頭をかきながら苦笑いする悠人。「真帆さん、ちょっと待っててください。すぐ戻りますから」寝ぼけているのか、部屋を出る際にドアに体をぶつけてしまい、耳から首のあたりまで真っ赤にしていた。真帆はその様子に、思わず小さく笑ってしまった。やっぱり考えすぎだったわね。悠人くんは結局、まだ卒業前の学生なんだもの。「真帆さん、お水をどうぞ」真帆がベッドから出ると、悠人が水を持って戻ってきた。一口飲み、真帆は何気なく尋ねた。「そういえば、どうしてあなたがここにいるの?」悠人はコップを枕元に置いた。「昨夜、電話を切った後、やっぱり直接お礼を言いたいと思って伺ったんです。でも真帆さ

  • 再婚先は偏執大物   第145話

    女が酒に溺れて悲しみを紛らわそうとする理由なんて、男か身内のこと以外に思いつかない。親族関係の線はない。真帆と実家の柊家の仲は冷え切っているし、彼らのために涙を流すような人ではないからだ。かといって恋愛だとしても、あの龍司と離婚した時でさえこれほど荒れはしなかった。龍司が原因とも思えないが、知恵は今の真帆にこれ以上問い詰めても無駄だと悟った。「真帆、酔っ払いすぎよ」知恵は持てる力を振り絞って彼女を抱え上げようとした。「ほら、帰るわよ」だが、泥酔した人間はひどく重い。知恵一人ではどうにもならず、結局店員の手を借りて車に乗せた。ホテルの入り口に着くと、そこには悠人が座って待っていた。酔い潰れた真帆の姿を見るなり、彼は血相を変えて駆け寄った。「知恵さん、何があったんですか?」意識を失っている真帆を慌てて支え、「真帆さん、どうしたんですか?」と狼狽える。「私にも分からないの……」道中、真帆を担ぎ続けた知恵は、すでに息も絶え絶えだった。「でも、この状態じゃ何も聞き出せないわ。目が覚めてからにしましょう。ほら、手伝って。部屋まで運ぶわよ」酔った人間の体は普段の何倍にも感じられる。知恵は死に物狂いで彼女を部屋まで連れ帰った。寝室のベッドに真帆を放り投げた時、知恵は疲労のあまり立ち上がることもできなかった。それでも真帆の辛さを思えば放っておけず、顔を拭いて着替えさせてやろうと立ち上がろうとしたが、それを悠人が制した。「……僕がやります」知恵は彼に遠慮することなく任せ、自分は真帆のために蜂蜜水を作りに行った。その間に、悠人は水を持って戻ってきた。知恵は彼の目元に疲れが見えることに気づき、親切心から声をかけた。「もう遅いし、今日は帰りなさい。真帆のことは私がついているから大丈夫よ」しかし悠人は首を振り、真帆から視線を逸らさなかった。「いえ、僕が真帆さんのそばにいます」「あなたが?」知恵は耳を疑った。その言葉に誤解を招く響きがあることに気づき、悠人は慌てて顔を赤くして弁解した。「あ、いや……知恵さんも真帆さんも、今日は裁判所で母のためにすごく頑張ってくれたじゃないですか。その上、一晩中寝ずに看病なんてしたら、体が持ちませんよ」知恵はふっと笑った。「それくらい平気よ。夜更かしには慣れてるし」「分かってま

  • 再婚先は偏執大物   第144話

    「言え」一雄の声は、もはや氷そのものだった。「真帆さんは今日、裁判所を出られた後に、鈴木祥子という女に呼び止められたようです。裁判の依頼をしたいと言われ、そのまま数人でカフェへ向かったとのことです」直哉はカフェの防犯カメラの映像をタブレットに映し出し、一雄に示した。一雄は映像を凝視した。「この女、妙だな。調べたか?」ただの世間話に偽装してはいるが、あまりにも演技が不自然で、意図が透けて見える。直哉は一瞬沈黙した後、一雄の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。「調べたところ……この女、どうやら玲子さんと繋がりがあるようです……」その名を聞いた瞬間、一雄の瞳が険しく細められた。「また彼女か……」瞳の奥にどす黒い殺意がよぎる。彼は直哉の耳元で短くいくつかの指示を与えた。直哉は深く頷き、その場を辞した。一方、知恵はバーからの電話を受け、真帆を迎えに急行していた。重低音の効いた音楽が鳴り響く店内に顔をしかめながら、ウェイトレスの案内も待たずに、ボックス席で酔い潰れている真帆の姿を捉えた。「真帆!」悲鳴のような声を上げて駆け寄る。床に転がる大量の空き瓶を見て、知恵の心臓が跳ね上がった。慌てて彼女の体を支え起こす。「何があったの?どうしてこんなになるまで飲んだのよ!」真帆は、自分がどれだけ飲んだのかさえ分からなかった。ただ、飲み続けた。普段は決して酒に強くないはずなのに、今日に限っては、どれだけ煽っても意識が遠のかない。脳裏には、あのトレンド記事の「婚約」という二文字が、呪いのようにループしていた。最後には胃が受け付けなくなり、ようやくグラスを置いたのだ。彼女は重い瞼をこじ開け、知恵の顔を見て力なく笑った。「……知恵、来てくれたのね」呂律は回らず、頭は鉛のように重い。そのまま、ガクンと知恵の肩に頭をぶつけた。知恵は不意を突かれ、ぶつかった肩に痛みが走った。しかし、彼女が真っ先に心配したのは真帆の頭だった。「もう、危ないじゃない。痛くなかった?見せて」真帆はふにゃふにゃと声を漏らし、額を知恵の体に預けたまま動こうとしない。知恵は察した。これほど飲むのは、よほどのことがあったに違いないと。けれど、真帆が言わないのなら、無理に聞き出すことはしない。彼女は真帆をソファに座らせると、二つのグラ

Más capítulos
Explora y lee buenas novelas gratis
Acceso gratuito a una gran cantidad de buenas novelas en la app GoodNovel. Descarga los libros que te gusten y léelos donde y cuando quieras.
Lee libros gratis en la app
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status