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第4話

Author: るる
京介はもう少し清華をなだめていたが、携帯電話が突然鳴った。彼は立ち上がり、電話に出ると合図して席を立った。

彼が離れていくとすぐ、清華の視線は店内の姿見を通り越し、背後でウェディングドレスを掲げている詩織に向かった。口元には嘲るような笑みが浮かんだ。

「昨日相川さんを見た時から、どうしてそんなに私と似ているのか不思議だったけど、今やっとわかったわ。

君は私の身代わりだったのね。でも忠告しておくけど、余計な考えは捨てた方がいいわよ。

だって私と京介はもうすぐ結婚するんだから」

詩織は落ち着いた声で、顔も上げずに答えた。

「ご心配なく。望月さんと男を争うつもりはありません」

清華は鼻で笑い、その言葉を信じていない様子で、なおも何か言おうとした。しかしその時、一人の店員が近づいてきた。

「望月様、ドレスとウェディングシューズはお決まりになりましたので、あとはそれに合わせたジュエリーだけです。今お選びになりますか?」

彼女は頷いた。

しかし、店員がジュエリーを全て並べても、清華は一瞥しただけで不満そうに別のものを要求した。

並べられた全てを見ても、彼女は気に入るジュエリーを見つけられなかった。

スタッフが困惑していた時、彼女の視線がふと動き、詩織の首元のネックレスに留まった。

途端に目が輝き、その口調は横暴で有無を言わせぬ響きがあった。

「相川さんが着けてるのが気に入ったわ。いくら?私に売りなさい」

詩織ははっとし、首元にかかる銀色でダイヤがちりばめられた星モチーフのネックレスに手を触れた。顔色は急に冷たくなった。

「売りません」

「私が気に入ったと言ったのよ。そのネックレスは渡してもらうわ」

まさか断られるとは思わなかったのか、清華の顔が一瞬こわばり、なんとそのまま力ずくで奪い取ろうと手を伸ばしてきた。

詩織は不意を突かれ、ネックレスは清華によっていとも簡単に引きちぎられてしまった。

首筋に走る鋭い痛みを顧みず、詩織がネックレスを奪い返そうと手を伸ばした時、チェーンはついに力に耐えきれず、二人の目の前で音を立てて二つにちぎれた。

中央の星のペンダントトップは床に落ち、砕け散ってしまった。

詩織の頭の中が真っ白になり、反射的に清華の頬に平手打ちを食らわせていた。

清華の頬に、くっきりと赤い手の跡が浮かび上がった。彼女は信じられないというように自分の頬に触れた。

「あんた、よくもぶったわね!?」

京介が戻ってきた時、目にしたのはまさにその光景だった。

彼の表情が一変し、すぐさま早足で近づき、詩織を乱暴に突き飛ばした。

「お前、何をしてるんだ!」

詩織は避けきれず床に突き倒され、額をそばにあったテーブルの角に打ち付けた。

ゴツン!

激しい痛みが襲い、額からじわりと生暖かいものが滲み出す感触がした。詩織が手を伸ばして触れると、白い指先が真っ赤に染まっていた。

彼女は顔を上げて京介を見た。息が荒くなった。しかし、自分を傷つけた張本人は今、慌ててもう一人の女性を抱きしめ、そしてその女性が涙ながらに悔しそうに訴える声を聞いていた。

「私、ただ相川秘書のネックレスが綺麗だから買いたいって言っただけなのに、うっかり壊しちゃったら、彼女が私をぶったの……」

清華が指差す方向に、京介も粉々になったネックレスの残骸を見た。

彼の表情が一瞬はっと険しくなった。だが、やがて詩織に向けられた視線には、やはり苛立ちの色が浮かんでいた。

「たかがネックレス一つじゃないか。壊れたのは気の毒だが、だからって、手を上げることはないだろう」

彼の非難は、詩織の堪忍袋の緒を切る最後の一撃となった。彼女の目はみるみる赤くなった。

彼女は答えず、ただ黙ってネックレスが落ちた場所に這うように移動し、破片を一つ一つ拾い集めた。

たかがネックレス?彼は知っているはずだ。それが、彼女の母が残してくれた唯一の形見であることを。

付き合い始めたばかりのあの冬、詩織がうっかりこのネックレスを雪の中に落としてしまった。

あの時、彼が雪を踏みしめ、ライトで照らしながら、一晩中雪の中を探してようやく見つけ出してくれたのだ。

そのせいで風邪をひき、翌日には高熱を出した。

胸を痛めた彼女が彼のそばで泣き続けた時、病気の彼の方が逆に彼女を慰めてくれたのだ。

「君が泣くのは一番つらい。

一日探すどころか、三日でも十日でも、必ず見つけ出してやるから。

だから泣かないで。これからはちゃんと着けて、二度と失くすなよ」

しかし今、彼女のネックレスが目の前で人に壊されても、彼はただ「たかがネックレスだ」と言うだけだった。

京介、初めから私を愛するつもりもなかったくせに、そもそも、一体どうして私に手を出したの?

京介は清華を抱きかかえて去っていった。独り残された詩織は、床にうずくまり、赤く腫れた目で全ての破片を拾い集めてから、ようやくよろめきながらその場を後にした。

その後、彼女は数日間休暇を取り、病院で額の傷を縫ってもらった。

そして、この数日間、京介は家に帰ってこなかった。

傷がようやく癒えた日、親友の美緒から電話がかかってきた。

「詩織、パリであなたにすごく似合いそうなイヤリングを見つけたの!

ちょうど今日帰国したから、うちに来て一緒にご飯食べない?プレゼント渡したいし!」

もうすぐ故郷へ帰る彼女は、どちらにせよ美緒には別れを告げなければならなかった。

だから詩織は断らず、簡単に身支度を整え、額の傷口を厚いファンデーションで隠し、見た目に異常がないことを確認してから家を出た。

会うなり、美緒はとても興奮しており、彼女の腕を取って家の中へと引っ張り、この間の旅行の出来事を話し始めた。

詩織は黙って聞いていた。プレゼントを受け取り、食事が終わった後、ようやく実家に戻って政略結婚するつもりであることを切り出した。

突然の話に美緒は驚いた。

「えっ、詩織、どうしてそんな急に? じゃあ、今まで付き合ってた彼氏は?」

詩織は力なく首を振った。

「……別れたの」

詩織のそんな寂しげな様子を見て、美緒は事のいきさつは分からなくとも、彼に裏切られたのだろうと察した。

彼女は怒りと不憫さで胸がいっぱいになり、すぐさま詩織を抱きしめた。

「そうよ、別れて正解よ!

そんな男、こっちから捨ててやるべきよ! 何年も付き合って周りに紹介すらしない彼氏なんて最低!

全部あいつのせいよ!あんな奴が詩織の心をズタズタにするから……

だから実家に帰って結婚するなんて決めるのね……

でも詩織、私の最高のマブダチ、北都は遠すぎるよ……

行っちゃったら、私たち、いつ会えるの?」

やがて訪れる別れを思い、二人の気分は共に沈んでいった。

しまいには、美緒は感極まって詩織に抱きつき、声を上げて泣き出してしまった。

ちょうどその時、京介が帰ってきた。そして目にしたのが、その光景だった。

彼はやれやれといった様子で言った。

「いい歳して、二人で抱き合って泣くなんてみっともない」

美緒は体を起こし、赤い目で言い返した。

「詩織が結婚で遠くへ行っちゃうのよ! 私が泣いて何が悪いの!」
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