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第119話

Author: 玉酒
動作はゆったりとしていて、まるで周囲の喧噪がすべて、数珠が回るリズムの外に隔てられているかのようだった。

今の華子の態度では、離婚を切り出すのは和彦自身でなければならない。

彼女は待てる。ただ、和彦と秦家の姉妹が待てるかどうかは分からない。

……

バルコニー。

和彦は籐編みの椅子に気ままに腰かけ、相変わらず怠惰な様子を見せていた。だが午後の陽射しが彼の整った眉目に落ちても温かさを加えることはなく、かえって薄情で冷淡な色をまとわせていた。

彼は視線を上げ、目の前で衣服の裾をきつく握りしめている莉々を見やり、三年もの間大切に育ててきた人間が、どうして今のように打算でいっぱいの姿に変わったのか理解できずにいた。

指先で肘掛けを軽く叩き、しばし沈黙した後、低い声で言った。「なぜ嘘をついた?」

「嘘なんてついてない!」

莉々は勢いよく顔を上げ、きっぱりと否定した。

声には虚勢の響きが混じっていた。

和彦は言葉を返せず、ただその深い眼差しでじっと彼女を見つめ、瞳の奥の動揺を見透かそうとしていた。

その視線に射抜かれ、莉々の喉は強く詰まり、目に涙が滲み始めた。それでも唇を噛みしめ、言い訳を拒んだ。

――自分は間違っていない。

もし美羽が突然帰国しなければ、和彦は今までと同じように自分を甘やかし、大事にし、どんな要求も受け入れてくれたはずだ。

だが今はどうだ。

彼の目には、自分も美穂と同じように、取るに足らない存在になってしまった。

その様子を見て、和彦は微かにため息を漏らし、結局は彼女がまだ若いことを思って、辛抱強く諭した。

「お前も分かっているはずだ。その子が本当は誰の子なのかを」

莉々の体が震え、愕然とした瞳が大きく見開かれた。

――彼が知っている!

彼は知ってしまったのだ!

その反応を見て、和彦はもう何も言わず、立ち上がると彼女の頭を軽く撫で、低く囁いた。

「よく考えろ。こんな手で人を陥れたことをお前の姉さんに知られたら、彼女が悲しむぞ」

そう言い残し、大股でバルコニーを去っていった。

足音は次第に遠ざかった。

あまりにも早く立ち去ったせいで、彼は莉々の顔に瞬時に浮かんだ陰鬱な色を見逃した。

彼女は自分の平らな腹を凝視し、指先をぎゅっと握りしめた。

瞳の底に渦巻く憎悪は、今にも彼女自身を呑み込まんばかりだった。

……
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