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第172話

Author: 玉酒
美穂が理解できないのを心配して、彼はさらに付け加えた。「今日の会食、すでにその中の二家族から人が来ただろ?それに志村家は陸川家と深い付き合いがあるんだ」

峯の遊び半分の笑みは消え、声色はやや冷たくなった。「柳本家の本当の狙いは陸川家だ。柳本社長が目をつけているのは、君だ」

──正確に言えば、陸川家の若奥様の座だ。

柳本家は明らかに志村家を踏み台にして和彦へ近づこうとしている。だからあの弟は食事の席でわざと顔色を変えたのだろう。きっと父親の思惑を前から知っていて、志村家を眼中に置いていなかったのだ。

さすが、外で育っただけある、というべきか。

礼儀や教養は雲泥の差だった。

そう思った時、峯の視線は自然と美穂へ向かった。彼女もまた、外で育ち後から家に迎え入れられた子供だが、とても素直で物分かりがいい。

多少気まぐれな一面はあっても、柳本家の姉弟に比べればはるかにましだった。

美穂は一瞬視線を合わせただけで彼の考えを読み取り、呆れたように白目をむき、踵を返してキッチンへ向かった。

「信じられないって顔だな」峯はすぐさま立ち上がり、後を追って両腕を組み、ドア枠に寄りかかった。「安里は今年25歳で、和彦と同じくらいの年齢だ。見た目も悪くない。家柄が多少劣っていても関係ないだろう。和彦だって再婚じゃないか。そういう相手なら十分だ」

「じゃあ美羽は?」美穂が冷蔵庫から飲むヨーグルトを取り出し、ストローを差した瞬間、彼は横取りした。

仰向けに一口飲み込みながら、峯は口ごもった。

「だから何だ?陸川家に取り入れるなら、愛人でも構わないんだよ。秦家の姉妹を見ろ、どちらも和彦のおかげでいい暮らしをしてるじゃないか。もしかしたら、柳本社長は最初から安里に愛人をやらせたいと思ってるかもしれないな」

「……」美穂はヨーグルトを奪い返し、そのままゴミ箱に投げ入れた。

峯は気にも留めず、にやにやと顔を近づけた。

「心配するな。今はまだ両親がこの件を知らないだけだ。知れば、柳本家なんてすぐに黙るさ」

「だけど安里は、鳴海のことを本気で気に入ってるみたいよ」美穂はうんざりして彼の顔を押し退け、新しく炭酸水を手に取った。「柳本家の計算は外れると思う」

「そうとは限らない」峯は眉を上げ、目の奥に狡猾な光が宿っている。

「賭けるか?安里が和彦を誘惑できるかどうか。負けた方
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