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第3話

Penulis: 青ノ序
面接会場に着いた綾は、思わず気が引けてしまった。

念花グループは多くの傘下企業を抱えている。綾が面接を受けるのは、グループの主力事業であるバイオ・インテリジェント・メカニクス関連の部署だ。

卒業後もずっとこの業界に注目し、勉強を続け、国際的な学術雑誌に論文を発表したこともある。しかし、やはり実務経験はなかった。

湊の世話で5年も家にこもっていたせいで、社会から完全に孤立していたのだ。

親友の後藤明里(ごとう あかり)の紹介がなければ、面接の機会すら得られなかっただろう。

面接では、担当者が履歴書に目を通した後、いくつか専門的な質問をした。

綾は我ながらうまく答えられたと思った。でも、面接官は相変わらず気にも留めないという表情を崩さない。

「中野さん、あなたの専門知識が豊富なことは間違いありません。しかし、5年間のブランクがあり、実務経験がまったくないのでは、当社のニーズを満たすのは難しいでしょう。なにしろエリートを求めていますので」

「チャンスをいただけませんか。1ヶ月の試用期間で結構です。その間の給料は要りません」

綾は簡単にあきらめたくなかった。長い目でキャリアを考えれば、念花グループは最高の選択肢なのだ。

「中野さん、うちの会社で無給でも働きたいという人は大勢いるんですよ。あなたの総合的な条件が、彼らより優れているとは言えませんね」

面接官は履歴書を置いた。彼から見れば、目の前の女性はせいぜい見た目がいいだけのガリ勉だ。その実力は念花の求めるレベルには程遠い。

「面接は以上です。本日はお越しいただき、ありがとうございました」

面接官の冷たい背中を見ながら、綾は肩をすくめ、部屋を退出するしかなかった。

少し落ち込んだけれど、気落ちしてはいなかった。

念花は業界トップの会社だ。入れなくても当たり前だ。

明里が言っていた。就職活動はまず一番いい会社から始めて、ダメだったら次を考えればいい、と。

【明里、念花とはご縁がなかったみたい、泣】

エレベーターの中で明里にラインを送った綾は、うつむいて外に出た。その時、隣の来賓専用エレベーターに、目を引く金茶色の髪が一瞬映ったのが見えた。

思わずそちらを見たが、すでにドアは閉まっていた。

気のせいだと思った綾は、上の空で外へ向かった。履歴書のコピーを落としたことにも気づかなかった。

後から気づいて探しに戻った時には、もうなくなっていた。

家に帰ると、まるで違う場所に来てしまったのかと疑った。

床には様々なおもちゃが山積みになり、内装も様変わりしていた。壁には凪の絵が何枚も飾られ、シンプルな雰囲気から派手すぎる芸術風に変わっていた。

家というより、こだわりの強いオーナーが経営する、おしゃれな託児所のようだった。

会社に行っているはずの湊が、海斗と積み木で遊んでいる。凪は壁に色彩豊かな油絵を掛けていた。

綾は一瞬呆然とした。もしかしたら、これこそが本当の家の姿なのかもしれない。モデルルームのように整然としているのではなく、住む人の痕跡が至る所に残っている。

綾はおもちゃの山をよけ、書斎へ急いだ。新しい履歴書を印刷し直し、次の会社の面接に備えるためだ。

「どうした?就活、失敗か?」

湊が綾を見上げ、まるで結果を予期していたかのように、からかうような笑みを浮かべた。

「一度失敗しただけよ」

綾の口調は意地を張っているようで、少しも悲しんでいるようには聞こえなかった。

「俺の秘書に楽なポストを用意させた。明日から俺と一緒に会社に来い」

「いらないよ。仕事は自分で見つけるから」

湊は持っていた積み木を投げ捨て、顔を曇らせた。「綾、お前は俺に頼ればいいんだ」

「湊」

凪は甘えるように言うと、湊の隣に座り、ごく自然に彼に腕を絡ませた。

「綾は子供じゃないんだから。彼女にも選ぶ権利はあるわ」

凪は綾の方を見て、優しく微笑んだ。「綾、私にできることがあったら何でも言ってね。会社を経営してる友達も多いから」

綾はその油絵に目をやった。まだ赤ん坊の海斗を抱く凪の姿が描かれている。

母と子は、まるでこの家の主であるかのように堂々と壁に飾られ、鮮やかで目を引いた。

「それなら、他人の家に住んでないで、自分の仕事を探したらどう?」

棘のある言葉に、凪の顔はみるみるうちに険しくなった。

「綾、二度とそのようなことを言うな」

湊の口調は荒々しいとまではいかないが、それでも叱責の色は明らかだった。

綾はハンドバッグの持ち手を強く握りしめた。瞳には自嘲の色が浮かび、胸の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。

その時、幸子が裏口から入ってきて、リビングの気まずい雰囲気を破った。

「奥様、あのお花はどこに置きましょうか?」

綾が幸子の指差す方を見ると、庭の芝生の上に大小さまざまな植木鉢が並べられていた。

「ずっとサンルームに置いてあったはずだけど、どうして外に出したの?」

幸子はちらりと凪に目をやり、不機嫌そうに黙り込んだ。

「凪がアトリエを欲しがっていてね。あのガラス張りの部屋が一番いいんだ」

湊が言い終わるか終わらないかのうちに、凪が大げさな声をあげた。

「まあ!あそこのガラスの部屋は日当たりがいいって言っただけなのに。まさかあなたの花のサンルームだったなんて。返した方がいい?

湊が悪いのよ。はっきり言ってくれなかったから、そのまま私のアトリエにしちゃったじゃない」

湊は平然と言った。「あの花は屋外でも育てられる。花壇をいくつか作ればいいだけだ」

「もういいわ」綾は幸子に向き直った。「誰かにあげて。もう要らないから」

とっくに居候生活は終わったと思っていたのに。今この瞬間、まだ終わっていなかったのだと悟った。

この中野家で、自分はまるでこの花たちのようだ。サンルーム一つ守れず、おとなしく与えられた場所にいるしかない。

「そんな!あのお花は全部、奥様が丹精込めてお世話されていたのに」

「これから仕事をするから、世話をする時間もなくなるわ」

幸子でさえ、綾がどれだけ花を大切にしているか知っているのに、湊はまったく気にかけていなかった。

凪が現れなければ、綾は過去5年間の自分の人生が、どれほど無価値だったかに気づきもしなかっただろう。

綾は花を見ないように自分に言い聞かせ、大股でエレベーターに乗り込んだ。

けれど、エレベーターは視界が広く、ガラスに映る自分の姿越しに、芝生に置かれた花々が見えた。それはちょうど、心臓のあたりで咲き誇っていた。

湊はエレベーターから視線を外し、幸子に命じた。「とりあえず取っておいて、きれいな花壇を作らせろ。それから、専門の庭師も雇って世話をさせろ」

湊は綾の瞳に宿る悔しさと未練を見て取っていた。思わず、ふっと笑みがこぼれる。

あのおとなしかった子が、今では自分にすねるようになったんだな、と。

たかが、いくつかの植木鉢。そんなことで腹を立てるなんて。

――

綾はパソコンの前に座っても集中できなかった。頭の中には、あの遠い日の面影が何度も浮かんでくる。

履歴書を修正するはずが、いつの間にかA4用紙に絵を描き始めていた。

金茶色の癖っ毛に、澄んだ青い瞳。少年らしい姿が紙の上に現れた。

シュッ。

突然、ドアから水の筋が飛んできてキーボードにかかり、紙を濡らした。

綾は慌ててパソコンの電源を落とし、A4用紙を数冊の本の下に押し込んだ。

海斗が水鉄砲を構えて飛び込んできた。「バンバン!撃ち殺してやる!」

水しぶきが飛び散り、書類や蔵書、そして綾の服まで濡らしていく。

綾は海斗を制した。「ここで遊んじゃだめ」

「うるさい!」

海斗は水鉄砲を持ち上げ、綾の目に狙いを定めて水をかけた。

綾は身をかわし、海斗の襟首をつかむと、水鉄砲をひったくってゴミ箱に投げ入れた。

海斗は口を開けて泣きわめいた。「うわーん!悪いやつ!殺してやる!」

綾はうるさくて頭が割れそうになり、真顔で厳しく警告した。「家の中で水鉄砲で遊ばないで。わかった?」

「ここは僕の家だ!遊ぶんだ、遊ぶんだもん!うわーん!」

海斗は足をばたつかせ、力いっぱい綾を蹴りつけた。

綾が彼をドアの外へ引きずり出そうとすると、海斗は彼女の腕にしがみつき、手の甲に思いきり噛みついた。

「痛っ!」

綾は痛みに息を呑み、思わず手を離してしまった。

海斗はちゃんと立っておらず、不意に手を離されたせいで、どしんと床に尻もちをついた。

「うわーん!」

海斗は床に寝転がり、転げ回りながら泣きじゃくった。

泣き声が下の階に届き、凪が慌てて上がってきて海斗を抱き上げた。

「海斗、どうしたの?」

海斗はさらに大声で泣いた。「中野おばさんが僕を突き飛ばしたんだ!頭が痛いよ……」

「どういうことだ?」

湊は眉をひそめ、綾の青ざめた顔に目を向けた。その視線が彼女の手に移り、かすかな血の色を捉える。

だが、はっきりと見る前に、凪が湊の視界を遮った。

「湊、海斗を病院に連れて行かないと」

「行こう」

湊は泣き叫ぶ海斗を抱き上げ、3人は階下へ降りていった。

泣き声はすぐに遠ざかった。綾は手の上の血と歯形を見つめ、痛みで涙がこみ上げてきた。

その様子を見た幸子は、顔を真っ白にして言った。「まあ、大変です!病院に行かないと!」

綾は「ぷっ」と吹き出した。もし離婚したら、幸子はついてきてくれるだろうか。

「大丈夫。河野さんに手当てしてもらうから」

幸子は不満げに呟いた。「旦那様もひどいですね。病院に行くのに、奥様を連れて行こうともしないなんて」

まったく気にしていないと言えば嘘になる。綾は心に寂しさを感じていた。

それは好きという気持ちとは違う。また一つ、自分の「家」を失うことへの寂しさだった。

綾の持ち物は少ない。湊はその一つだった。

湊は一緒に育った兄で、5年連れ添った夫。そして、「あの人」を除けば、綾の人生で最も大切な存在だった。

その淡い寂しさは、すぐに喜びにかき消された。傷の手当てをしてもらっている最中、綾のスマホに新しいメールが届いたのだ。

【中野さん。この度は採用おめでとうございます。明日午前10時に、弊社人事部までお越しください】

送信元は念花グループ人事部だった。

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もう幸子と結婚しろ(?)
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