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第5話

Auteur: 匿名
「航空宇宙分野の研究プロジェクトに参加することになったの。しばらくA市を離れる。研究期間によっては、数年は戻らないかもしれない」

それを聞いた途端、直人は露骨に不満をあらわにした。

「A市を離れるって?そんな大事なこと、どうして俺に相談もせず決めたんだ!」

あまりの身勝手さに、呆れて言葉も出なかった。

「じゃあ、あなたは?玲奈に付き添って、二人きりで何日も過ごしていたとき、私に相談した?直人、人にあれこれ言う前に、まず自分のしたことを振り返ったら?」

私の決意が固いと悟ったのか、直人はすぐに声を和らげた。

「紗季、まだ俺に怒ってるんだろ?分かった、もう全部話すよ。今回のリサイタルで、お前との交際を公表するつもりだったんだ。俺は本気で、この先もずっとお前と一緒にいたいと思ってる。だから戻ってきてくれないか?俺のそばに――」

「戻らない。私は研究に参加して、自分の夢を追うから」

直人が言い終える前にきっぱりと遮り、そのまま電話を切った。

通話を終えると、胸の奥にさまざまな思いが込み上げてきた。

直人は将来を期待されている若手ピアニストだった。

容姿にも恵まれ、今後は演奏活動の幅を広げることも考えている。

今はまさに、知名度が上がり始めた大切な時期だった。

そんなときに恋人の存在を公表すれば、活動に影響が出るかもしれない。

私も直人の将来を思い、人目を避ける関係を受け入れてきた。

それでもいつか、私たちの関係を堂々と公にし、周囲から祝福される日が来ればいいと、何度も夢見たことがある。

けれど、もう昔とは違う。

今の私には、そんな日を待ち望む気持ちは残っていなかった。

「大丈夫?」

一部始終をそばで見ていた拓海が、遠慮がちに声をかけてきた。

その声で我に返り、私は答えた。

「大丈夫」

「つらいなら、肩くらい貸すよ」

「ふふ、本当に大丈夫。そこまで落ち込んでないから」

拓海の言葉に思わず笑みがこぼれ、さっきまで沈んでいた気分も少し軽くなった。

けれど、その夜ベッドに入ると、どうしても余計なことを考えてしまった。直人と過ごした日々が次々とよみがえり、やはり心のどこかに、割り切れない思いが残っていた。

何度も寝返りを打っていると、突然スマホが鳴った。

画面を見ると、直人からだった。

出るつもりはなかったが、一度切れた直後、すぐにまた着信が入った。

逃げ続けるより、きちんと話をしたほうがいい。

そう思い、私は通話ボタンを押した。

けれど、次の瞬間に聞こえてきた声で、全身の血が凍りついた。

「きゃっ……直人くん、何するの……だめ……」

「直人くん……」

そのあとに続いたのは、耳を覆いたくなるような生々しい物音だった。

もうこれ以上は聞いていられず、私は怒りに任せて電話を切った。

しばらく天井を見つめたまま、呆然としていた。やがてもう一度スマホを手に取り、直人へ短いメッセージを送った。

【別れましょう】

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