LOGIN私の名前は夏川清花(なつかわ きよか)。 親友の高坂夕愛(こうさか ゆあ)は、それまでに19人の男と付き合っていたが、なぜか相手は毎回ろくでもない男ばかりだった。 そのせいで心に深い傷を負い、一度は自ら命を絶とうとしたことさえあった。 相手を見極めるため、私は夕愛のお見合いにも付き添った。 そのため、恋人の伊藤京也(いとう きょうや)との旅行までキャンセルした。 それを知った京也は、眉をひそめた。 「お前、夕愛に構いすぎだろ。家にまで連れてきて、見合いにまで付き合って……そこまで面倒見る必要あるか? あいつ、すぐ人にべったりするし、プライベートなことまで何でも話すだろ。あんな調子じゃ、誰だって付き合いきれないだろ」 私は珍しく、京也に腹を立てた。 「夕愛は私の幼馴染みなの。それに、私たちの結婚式でブライズメイドをするのも前から楽しみにしてるんだし。旅行ならまた今度行けばいいでしょ。 夕愛は今もまだ病気なのよ。私がそばについていてあげなきゃ」 そんなある日、妊婦健診を終えて病院から帰った私は、京也を驚かせようとドアを開けた。 すると、裸のまま同じベッドに横たわる2人の姿が目に飛び込んできた。
View More目が合うと、京也は驚いたように目を見開いた。そのあとすぐ、まるでずっと探していた人をようやく見つけたように、嬉しそうな顔をした。その顔を見た途端、思わず眉間にしわが寄った。あれだけ冷たく私を切り捨て、何もかも奪っておいて、今さら何をそんなに喜んでいるのだろう。会議中も、京也はほとんど私から目を離さなかった。そればかりか、周囲の反対を押し切って、共同プロジェクトの責任者に私を指名した。会議が終わると、京也は人目も気にせず、足早にこちらへ歩いてきた。そして、昔と変わらない調子で、妙に優しく話しかけてきた。「清花、久しぶり。元気にしてたか?」私はとっさに身を引いた。自分でも驚くほど、冷たい声が出た。「伊藤さん、私たちはもう何の関係もありません。今後は『清花』ではなく、『夏川』と呼んでください」京也は一瞬、面食らったように黙り込んだ。まさか私にここまで突き放されるとは思っていなかったのだろう。けれど、すぐに勝手に納得したような顔で口を開いた。「清花、まだ俺のこと忘れられてないんだろ?もう意地張るのやめろよ。ほんとは後悔してるんだろ?」あまりの思い込みに、呆れて言葉も出なかった。そんなことを言えば、私の気が変わるとでも思っているのだろうか。裏切られたことも、あれだけ傷つけられたことも、簡単に許せるはずがない。これ以上まともに相手をする気にもなれず、私は京也の横を通り過ぎながら言った。「伊藤さん、勝手に決めつけないでください。私はもう、あなたに未練なんてありません」これで話は終わったと思っていた。ところがその夜、家に帰ると、建物の前に京也がいた。しかも、少し離れたところには夕愛まで立っていた。2人の姿を見た瞬間、私は迷わずスマホを取り出し、警察に電話をかけようとした。それを見た夕愛が慌てて駆け寄ってきて、いきなり私に抱きついた。「清花、ずっと会いたかった……ほんとにごめん。私が悪かった」懐かしいはずの声も、抱きつかれた感触も、今の私には気持ち悪いだけだった。私はすぐに夕愛を強く押し返した。夕愛はよろけ、その場に尻もちをついた。「帰って!今すぐ帰って!これ以上ここにいるなら、本当に警察呼ぶから!」私がそう言い放つと、京也も夕愛も黙り込んだ。そこで初め
中絶を決めたその日、私は誰にも何も言わず、A国行きの航空券を取った。京也と夕愛がもうすぐ結婚すると聞いた時、心のどこかに残っていたわずかな期待も、すっかり消えた。もう、この子を産む気にはなれなかった。妊娠が分かった時は、ただ嬉しかった。京也に知らせたらどんな顔をするだろう。そう考えるだけで、胸がいっぱいになった。けれど今となっては、その時の喜びさえひどく皮肉に思えた。この子は、こんな時に私たちのもとに生まれてくるべきじゃなかったんだ。手術を受ける前、私はスマホを担当医に預けた。口を開くと、自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。「もしあとで伊藤京也という人から電話があったら、結婚式には出ないって伝えてください。あの2人の顔なんて、もう見たくもありません。思い出すだけで気分が悪くなるんです。それから……『お2人とも、どうぞお幸せに』って。それだけ伝えてください」覚悟は決めたつもりだった。それでも手術台に横たわり、頭上のライトを見つめていると、一瞬だけ迷いがよぎった。本当に、これでいいのだろうか。けれど、京也と夕愛が同じベッドにいた光景や、2人が結婚するという話を思い出した途端、その迷いも消えた。もう、考え直すつもりはなかった。手術のあともしばらく、お腹の痛みは引かなかった。まともに歩くのもつらかったのに、不思議と気持ちは軽かった。これで全部終わったんだと思うと、少しだけ楽になれた気がした。私はスーツケースを引き、そのままA国行きの飛行機に乗った。飛行機が離陸すると、窓の外の街並みは少しずつ遠ざかっていった。30年近く暮らしてきた街だった。京也と出会い、愛して、信じていた日々も、最後に裏切られた記憶も、すべてこの街にあった。遠ざかっていく街を眺めながら、もうここへ戻ることはないだろうと思った。A国に着いたばかりの頃は、何もかもが新鮮だった。気候も言葉も暮らし方も、それまでとはまるで違っていた。新しい生活に馴染むまで時間がかかると思っていたけれど、意外にも苦労することは少なかった。京也と2人でゼロから会社を立ち上げ、何年もかけて軌道に乗せてきた経験は、思っていた以上に役に立った。そこで身につけた知識や経験を生かして仕事に打ち込み、ほどなくして世界的な企業の現地法
胸の内では、とっくに不安が膨らんでいた。それでも京也は、清花ならそのうち戻ってくると、まだどこかで信じていた。清花とは10年近く一緒に過ごしてきたし、自分のことをずっと想ってくれていた。だからこそ、今は怒っていても、いつかは戻ってくると思っていた。けれど、1か月経っても清花は戻らなかった。清花からは、電話もメッセージも一度もなかった。最初は苛立っていた京也も、日が経つにつれて落ち着かなくなっていった。夜もろくに眠れず、昔2人で撮った写真を眺めては、朝まで眠れない日が続いた。やがて、ただ待っているだけではいられなくなった。京也は使えるつてを片っ端から頼り、清花が行きそうな場所を調べ、親族や友人にも連絡した。それでも、手がかりは何ひとつ見つからなかった。清花はどこを捜しても見つからず、まるでこの世から消えてしまったかのようだった。日が経つにつれ、いつか戻ってくるという思いも、少しずつ揺らいでいった。そしてある夜、誰もいない部屋で、京也はとうとう認めざるを得なくなった。10年近くそばにいた清花は、本当に自分の前からいなくなったのだ。もう会えないかもしれないと思った途端、力が抜け、京也は壁にもたれたままその場にしゃがみ込んだ。胸の奥に、どうしようもない絶望が広がっていった。それから京也は夕愛にも何も告げず、誰にも知られないよう、1人で清花の中絶手術を担当した医師を訪ねた。目は充血し、目の下には濃い隈ができていた。いつもの落ち着きはすっかり失われ、見るからにやつれていた。医師の姿を見つけるなり、京也は駆け寄ってその手首をつかんだ。「先生、お願いします。清花がどこへ行ったのか、何か知りませんか?行き先のこと、何か話してませんでしたか?」医師は顔をしかめ、京也の手を振りほどいた。それからしばらく記憶をたどるように黙っていたが、やがて口を開いた。「もうかなり前のことですから、細かいところまでは覚えていませんが……確か、手術が終わって少し落ち着いた頃に、A国へ行くと話していました。向こうなら自分を知っている人もいないし、やり直せるから、と」その言葉だけが、京也に残された唯一の手がかりだった。その日のうちに荷物をまとめ、夕愛には何でもない顔で、しばらく海外出張に行くとだけ
会場では祝杯が交わされ、京也と夕愛の周りには祝いに来た客が次々と集まっていた。2人がお似合いだと褒める声も絶えなかった。ただ、京也と清花を昔から知る友人たちは、隣に立つ夕愛を見て驚きを隠せずにいた。何人かは人目を避けて京也を呼び止め、清花はどうしたのかと尋ねた。「清花は?今日は来てないのか?」「今どこにいるんだ?」京也は口を開きかけたが、うまく言葉が出てこなかった。友人たちと目を合わせることもできず、視線をそらしたまま黙り込んだ。そこへ、普段から京也に取り入っていた招待客の1人が、気まずい空気を察して慌てて口を挟んだ。「夏川さんのほうに何かあったんじゃないですか?浮気でもして、伊藤社長に捨てられたとか」すると、それに便乗するように周りからも声が上がった。「私も前から、あの人ちょっと苦手だったんですよね」「会社でもいつも偉そうでしたし。伊藤社長がいなかったら、何もできないくせに」「高坂さんみたいに優しくて家庭的な人と比べたら、夏川さんじゃ全然相手にならないですよ」少し前なら、清花を悪く言われても、むしろ悪い気はしなかったかもしれない。けれど今は、そんな言葉が耳に入るたび、京也の苛立ちは募っていった。気づけば、ワイングラスを握る手に力が入り、次の瞬間、グラスが手の中で砕けた。ガラス片で掌が切れ、血が滲んだが、京也はすぐには痛みにも気づかなかった。鋭い音に会場が一瞬で静まり返り、招待客たちの視線が一斉に京也へ集まった。そこでようやく我に返った京也は、血の滲む手を下ろし、周囲に軽く頭を下げてその場を収めた。夕愛は、式が始まってからずっと京也の様子がおかしいことに気づいていた。ドレスの裾を持ち上げて足早に近づくと、声を落として尋ねた。「京也、清花はどうして来ないの?まだ私に怒ってるのかな?」その言葉に、さっきまで清花を悪く言っていた者たちは顔色を変え、次々と口を閉ざした。そこでようやく、清花が夕愛の親友なのだと気づいたのだ。京也は苛立ったように眉をひそめた。「知らない。朝から連絡もつかないし、どこか行ったんだろ。あいつは昔から意地っ張りだからな。今は意地になってるだけだ。気が済めば、そのうち戻ってくる」そう言ってみせたものの、その後も京也はずっと上の空だった。夕