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第2話

Author: 小春日和
奈津美が立ち去ると、数人が嘲笑うように言った。

「何様のつもりだろう?

黒川様と婚約できないとなったら、指輪を拾いに行くのは目に見えてるじゃない」

「そうよ。黒川様が白石さんを一番愛してるのは誰でも知ってることでしょ。

あの子なんて所詮何なの?黒川会長が気に入ってなかったら、黒川様は見向きもしないはずよ」

周りの人々は噂話に花を咲かせていた。

......

一方、ずぶ濡れになった奈津美は披露宴会場に戻っていた。

継母の三浦美香(みうら みか)は慌てて駆け寄ってきた。

「どこに行ってたの?なんでこんな姿に?

今日は奈津美の婚約パーティーよ!早く服を乾かしなさい!」

「それに、そんな地味な服装じゃダメでしょ!男性は色気のある女性の方が好きなのよ」

美香は奈津美の襟元を無理やり引っ張り、谷間が少し見えるまで開けて満足げに頷いた。

奈津美は美香の言葉など耳に入らず、会場内を見渡していた。

招待客で埋め尽くされた会場は薄暗く、多くの人々が一人の男性を取り囲んでいた。

黒いスーツに身を包んだ涼の姿があった。

彫刻のように整った冷たい表情で、深い瞳には笑みの欠片もない。

人を寄せ付けない雰囲気を纏い、高い鼻筋と薄い唇は、まるで神が創り上げた最高傑作のようだった。

「男なんてね、下半身で考える生き物なのよ。

奈津美は今日から涼の婚約者なんだから、彼を喜ばせることだけ考えなさい。

早く子供を授かって、できちゃった婚で黒川家の奥様になれば、一生お金の心配なんてないわよ!」

美香は自分が婚約するかのように興奮していた。

その言葉を聞いて、奈津美は冷ややかに笑った。

贅沢な暮らし?前世で彼女は涼に心も体も捧げた三年間の末に、結婚式当日に誘拐され、三日三晩も拷問を受けた。

誘拐された初日、奈津美は涼が助けに来てくれることを祈り続けた。

しかし涼は彼女との結婚など最初から考えていなかった。

代わりに空港へ白石綾乃を迎えに行き、本来奈津美との結婚式が行われるはずだった会場で、綾乃と指輪を交換し、永遠の愛を誓ったのだ。

奈津美は何年も待ち続けたが、結局この結婚式は涼が綾乃のために用意したものだった。

二日目、涼は奈津美の生死など気にも留めず、彼女が婚約を一方的に破棄したと公表した。誘拐されたと知りながら、綾乃との甘い時間を過ごすことしか頭になかった。

三日目、涼は身代金の支払いを拒否し、急いで綾乃と入籍を済ませ、奈津美との関係を完全に断ち切ろうとした。

その三日間は地獄そのものだった。最初の期待は完全に絶望へと変わっていった。

そして今日は涼との婚約パーティー。

しかし奈津美の服装も、化粧も、すべて綾乃と同じように仕立てられていた。

神崎市では誰もが知っていた。綾乃こそが涼の本当の愛する人で、奈津美は安っぽい代用品に過ぎないことを。

奈津美は鮮明に覚えていた。前世で、この姿で涼の前に現れた時、彼は嫌悪感を隠そうともせずに言い放った。

「下品な真似事だ。綾乃がそんな卑しい真似をするはずがない」

綾乃は白石家の一人娘で、涼の幼なじみだった。

もし後に白石家と黒川家の関係が悪化せず、白石家が黒川財閥の助けになれたなら、そして黒川会長が綾乃を嫌っていなければ、涼はとっくに綾乃を娶っていただろう。

涼が好むのは、綾乃のような清楚で上品な女性だった。

そして奈津美は偶然にも綾乃に少し似ていた。

だから美香は意図的に奈津美を綾乃のように仕立て、涼の気を引こうとしていた。

奈津美は三ヶ月もの間、涼の傍で献身的に尽くした。

神崎市中の人が、奈津美が恥知らずにも黒川家の嫁になりたがっていると噂していた。

しかし涼は完全に無視を決め込んでいた。

結局、黒川会長が奈津美を気に入ったため、涼は会長の催促で仕方なく婚約を承諾したのだ。

しかし、婚約パーティーでの屈辱、綾乃のために奈津美を見捨てたこと......

そして3年間の利用と最後の冷酷な仕打ち、これらすべてが奈津美の心を刃物で切り刻むようだった。

前世の悲惨な結末を思い出し、奈津美は今、手放したいと思った。

涼が綾乃を愛しているなら、自分は身を引くべきだ。

「お母さん、涼さんと少し話をしたいんです」

奈津美は浅い笑みを浮かべ、いつもの従順な態度で言った。美香はすぐに安心した様子を見せた。

奈津美が涼と話したいと言うのを聞いて、美香は即座に賛同した。

「そうね!そうよ!これからは家族なんだから」

美香は嬉しそうに笑いながら、奈津美の服を整えるのをやめた。

奈津美は涼の方へ歩み寄った。

涼は彼女を見向きもしなかった。

涼のボディーガードが機転を利かせて奈津美を止めた。

「滝川さん、黒川様は今お忙しいので、お会いできません」

奈津美は言った。

「涼さんに話があるんです」

「黒川様はまだお客様の対応があります。お時間がないと思います」

ボディーガードの目にも不快感が見えた。

奈津美はボディーガードの態度をすべて見透かしていた。

そうだ。今の彼女は涼にべったりの厄介者だ。

きっと涼は彼女にうんざりしているに違いない。

でなければ、ボディーガードがこんな態度を取るはずがない。

「今夜から私と涼さんは婚約者同士です。

将来の黒川夫人にそんな口の利き方をして、後のことを考えていないんですか?」

奈津美が黒川家の奥様面をするのを聞いて、ボディーガードはさらに軽蔑的な態度を取った。

「滝川さん、今夜は婚約パーティーに過ぎません。

たとえ結婚式当日だったとしても、私は指示通りに動きます。

黒川様がお時間がないとおっしゃっているのですから、お時間がないのです。

お座りになって待つことをお勧めします。私たちに面倒をかけないでください」

面倒?

つまり、涼にとって自分はただの厄介者だったということか。

「今すぐ会わせてもらいますが?」

「滝川さん、なぜ自分から恥をかきに行くんですか」

この3ヶ月間、奈津美は涼の後を追い回していた。

朝は朝食を届けても、涼は見向きもせずに捨てた。

昼は会社に顔を出しても、涼は会うことを拒否した。

夕方も涼の退社を待っていたが、涼は残業を選んで奈津美に会うのを避けた。

周りの人間には明らかだった。涼が奈津美を嫌っているということが。

奈津美だけが自分の分際をわきまえていなかった。

こんな女が、どうして未来の黒川夫人になれるというのか?

今日の婚約パーティーだって、会長の強要があってこそ開かれたものだ。

彼らにとって、白石綾乃こそが黒川家の正統な後継者の伴侶なのだ。

奈津美が黙り込むのを見て、ボディーガードは以前のように大人しく引き下がると思い込んで言った。

「このまま立ち去られないなら、力づくでも退いていただきます」

婚約パーティーの場で力づくとは、まさに奈津美の面子を地に落とすようなものだった。

普段なら、この言葉を聞いただけで奈津美は引き下がっていただろう。

しかし今回、奈津美は冷笑して言った。

「黒川家のボディーガードは、こんなにも礼儀知らずなんですね」

その言葉に、ボディーガードは一瞬固まった。

「私はまだ黒川家の人間ではありませんが、れっきとした滝川家の令嬢です。

涼本人でさえ、私にそんな口の利き方はできないはず。

一介のボディーガードが私に手を上げるなんて、黒川家も見直さないといけませんね」

ボディーガードの表情が一変した。

確かに奈津美はまだ黒川家の人間ではないが、紛れもない滝川家のお嬢様なのだ。

「滝川さん......そういう意味ではなく......」

ボディーガードは笑顔も作れず、態度も軟化せざるを得なかった。

以前の奈津美は涼の前での印象を保つため、彼らに強い言葉を投げかけることは決してなかった。

これまで奈津美は扱いやすい相手だと思っていたのに、今日の言葉遣いは驚くほど鋭かった。

「どうやら黒川家は本気で滝川家と縁を結ぶ気がないようですね。であれば、この婚約は取り消しましょう」

奈津美の言葉が終わるか終わらないかのうちに、目の前で拍手の音が響いた。

涼は先ほどからどれだけの会話を聞いていたのか分からなかったが、前に進み出てきた。

まず奈津美の空っぽの手に目をやり、その後、冷ややかな口調で言った。

「滝川奈津美、ついに本性を表したというわけか」

てっきり奈津美がプールに飛び込んで指輪を拾いに行くと思っていたが、所詮は見せかけだったということか。

本当は傲慢な令嬢なのに、この3ヶ月間、彼の前では清純な振りをしていたなんて。

先ほどの言葉で、やっと本当の姿を見せてくれたというものだ。

奈津美は目の前の涼を見つめた。今回は、涼の目に宿る嫌悪と軽蔑を見逃さなかった。

前世では、愚かにも涼に心のすべてを捧げた。

良き妻になろうと努力し、会社の仕事にも心血を注ぎ、さらには黒川会長の世話まで献身的にこなした。

それで涼の心を温められると思っていた。

しかし結局、結婚式当日に涼の敵に誘拐され、涼は二千万円の身代金さえ払おうとしなかった。

なんて滑稽なことか。

かつて黒川家の奥様になるためにあれほど努力したのに、結局は自分を感動させただけだった。

目の前の涼を見つめながら、奈津美は笑って言った。

「そうですね。もう演技はやめましょう。婚約も破棄しましょう。お互い忙しいですから」
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Comments (1)
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灼真名
回帰ものを読む度に思うのですが、やり直しよりも主人公を排除した後の相手側のその後への興味の方が出てくる。 理由があって主人公と婚約したのだから、幸せになれるとは思えないのですが。この作品では本命と入籍までしたみたいだし。 性格が悪い事は承知の上ですが、後悔する様を見たい気持ちがあります。
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