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第9話

Author: 魚骨
「恭平さん、今回は助けてくださって、それにお百度参りして無事を祈る御守を求めてきてくださって、ありがとうございます」

詩織は胸元にかけられた御守を見つめ、鼻の奥が少しツンとした。

彼女は幼い頃から貧しい家庭で育ち、金持ちに対して常に差別意識を抱いていた。自分のような人間を見下していると思っていたのだ。

幸せそうな愛華を見た時、彼女の心には、これまでに感じたことのない強烈な嫉妬が芽生えた。

なぜ愛華は生まれつき裕福で美しく、その上、命がけで彼女を愛する恭平まで手に入れているのか?

詩織は、初めて恭平に出会った時のことを思い出した。

当時、彼女の父は腎不全で入院しており、高額な医療費に息が詰まりそうだった。毎晩悪夢にうなされては夜中に目を覚ました。

「これは献血契約書だ」恭平は困窮する彼女を見つけ、手元の契約書を彼女の前に差し出した。「僕の妻は特殊な血液型で、事故に遭い輸血が必要だ。検討してくれないか」

詩織は契約書に書かれた二億円という金額を見て、断る言葉が出てこなかった。

彼女は恭平の輸血契約を受け入れたが、そんな金に動かされる自分が嫌で仕方がなかった。

詩織が授業に出れば、恭平はボディガードを連れて、公然と彼女の前に座った。

彼女がバイトに行けば、恭平はそのバイト先を買い取った。

誰かが告白しようものなら、恭平は横暴に彼女を腕の中に抱きしめた。

詩織は、これを恭平の悪趣味で、自分がみじめにうろたえる姿を見たいだけなのだと思っていた。

しかし、知らず知らずのうちに、心惹かれていた。

恭平は西園寺家の最も若い権力者として、数十社を傘下に持ち、一代で会社の株価を百倍にした男。

高潔で自制的、スキャンダルとは無縁だった。

恭平が彼女にキスをした時、詩織の心に、大胆で馬鹿げた考えが浮かんだ。

西園寺恭平の、正真正銘の妻になりたい。

婚姻届に名を連ねることができる、妻に。

利益のための策略だったはずが、生死の境で恭平が彼女を庇った時、その意味合いが変わった。

詩織は、自分が本当に彼を愛してしまったことに気づいた。

「今回の事故では君が一番重傷だった。僕たちまだ契約がある」恭平は彼女を見て微笑んだ。「契約者として、君の安全を保証する必要がある」

彼は懐からもう一つの御守を取り出した。その目には優しさが宿っていた。「愛華も最近体調が良
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