共有

第2話

作者: 葉山みぎわ
個室のドアを押し開けた瞬間、きらきら光る紙吹雪が顔いっぱいに降りかかってきた。

色とりどりの紙片の隙間から、旭があの女の子を抱き寄せ、夢中で唇を重ねているのが見えた。

見慣れた友人たちは一斉にスマホを向け、キスを交わす二人を撮っている。

幸せそうな空気は、私が現れた瞬間に砕け散った。

私を見て、その場の全員が息を呑んだ。

みんな慌てて視線を逸らす。誰一人、私と目を合わせようとしない。

女の子が旭を見上げて、不思議そうに聞いた。

「旭くん、この人もお友達なの?どうしてこの人が来たら、みんな黙っちゃったの?」

「柚希ちゃん、この人はーー」

旭の言葉を遮り、早瀬柚希(はやせ ゆずき)をまっすぐ見据えた。

「私は、旭の恋人です。

二人が付き合って8年になることは知っています。でも、私と旭は12年です。

信じられないなら、アルバムに残っている動画をお見せします」

アルバムを開く。12年分の思い出が、そのまま全員の前にさらされた。

共通テスト前の壮行会。生徒代表としてスピーチを終えた旭が、その場で私に告白した。

「俺の夢は帝都大(ていとだい)だけじゃない。もう一つは、藤井詩織(ふじい しおり)だ」

大学の芝生の上。手を繋いで歩いていた旭が突然片膝をつき、小さなダイヤの指輪を私の薬指にはめた。

40万円の指輪は、婚約指輪として特別高価なものではない。けれど、お金に余裕のない学生だった旭が、子どもの頃から貯めてきた全財産だった。

「いつか、もっと大きなダイヤの指輪を買ってやるからな」

狭いアパートの一室。酔った旭が私を抱きしめ、子どもみたいに泣きじゃくっていた。無理やり私にカメラを回させて、レンズの前で誓う。

「俺が一生、詩織を幸せにする。

何があっても、愛するのは詩織だけだ」

会社の上場記念パーティー。集まった友人たちが私と旭を取り囲み、次々とはやし立てた。

「なあ、バカ旭。そろそろ俺たちの詩織姫を、ちゃんと嫁にもらえよ!」

旭はカメラを見ていなかった。その目には、私しか映っていなかった。

「ああ。新居はもう買ってある。今、内装をやってるところだ。詩織の30歳の誕生日に、俺たちは籍を入れる」

今日が、その30歳の誕生日だった。

私の誕生日。籍を入れるはずだったその日に、彼はまる一日姿を消した。

ほかの女の子と、婚姻届を出しに行くために。

最後の動画が終わる。

広い個室が、呼吸の音さえ耳につくほど静まり返った。

ここにいるのは、私の親友や、長年付き合ってきた友人たちだ。

この恋の証人であり、一人残らず裏切り者だった。

動画を見終えた柚希の目が、赤くなっていた。

旭は王子様のように前へ出ると、柚希を背中にかばい、覚悟を決めた顔で私を見た。

「詩織、もうやめてくれ。

悪いのは全部、俺一人だ。お前への気持ちを捨てきれないまま、どうしようもなく柚希ちゃんを愛してしまった。お前は何も悪くない。柚希ちゃんは、なおさらだ。

責めるなら俺だけにしろ。柚希ちゃんに当たるな」

柚希が旭の背中から、そっと半身をのぞかせた。

勇気を振り絞るように私を見つめる。その顔には、選ばれた女の余裕がにじんでいた。

「こんなことがあれば、誰だって取り乱します。詩織さんのお気持ちは、よくわかります。

ですが、どんな事情があっても、もう婚姻届を出しました。私たちは夫婦です。何があっても、二人で向き合わなければいけません。

旭くんは責任感のある、いい人です。ご要望があれば何でも言ってください。できるかぎり、金銭的な補償はさせていただきます」

金銭的な補償?

12年分の想いを、お金で片づけられると思っているの?

声を荒げようとした私より先に、私の親友、小森美月(こもり みつき)が二度咳払いをして、口を開いた。

「詩織、もういい加減にして。だいたい柚希ちゃんも旭も悪くないじゃん。恋愛は早い者勝ちじゃないでしょ。

親友だからこそ言ってるの。今ここで引けば、全部丸く収まるし、詩織だって手切れ金をもらえる。これ以上騒いだら、この先誰が詩織と結婚してくれると思うの?」

美月を呆然と見つめた。喉が詰まり、ひと言も出てこない。

続いて、旭の姉や、私もよく知る友人たちが口を開いた。

「詩織ちゃんもいい子よ。でも、柚希ちゃんはもっといい子なの。昔なら、二人とも弟のお嫁さんにできたのにね。でも、今はそういうわけにはいかないでしょう。旭だって、どちらか一人を選ぶしかないの……」

「詩織さん、社長が柚希ちゃんをどれだけ愛しているか、見ていればわかりますよ。じゃなきゃ、詩織さんじゃなくて柚希ちゃんと結婚するわけないでしょう。ここまで来たら、もう諦めたほうがいいんじゃないですか」

旭と柚希はぴったりと寄り添い、ほかの全員がその背後に並んだ。私の前に、隙間ひとつない壁ができあがる。

壁の外にいるのは、私一人だった。

水を絞りきったスポンジのように、体から力が抜けていった。もう抗う力も残っていない。

薬指から、もう輝きを失った指輪を抜く。それをそっとテーブルの上に置いた。

それと一緒に、12年分の青春も、恋も、友情も、全部まとめて返した。

「わかった。

これで終わり」

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