登入七夕の当日、入籍を約束していた彼氏は突然、連絡がつかなくなった。 夜になって、偶然、彼の投稿が目に入った。私にだけ見えないように設定するのを忘れたらしい。 「20歳から28歳まで。俺たちの青春は、今日、ひとつの答えにたどり着いた」 添えられていたのは、ウェディングフォトと、婚姻届受理証明書の写真。 ウェディングフォトの中で、見知らぬ女の子が彼の肩に寄り添い、やわらかく笑っていた。 怒りに任せてコメント欄を開いた。問い詰める言葉を打ち込もうとして、指が止まる。親友の書き込みが目に入ったから。 「いろいろあったけど、やっとまた一緒になれたね。二人ともおめでとう!」 胸が締めつけられて、震える指で親友に電話をかけた。 長い沈黙のあと、彼女はようやく口を開いた。 「うん。あの二人、付き合ってもう8年になる。みんな知ってたよ。 わざと隠してたわけじゃないの。詩織って心が狭いから、知ったら騒ぎ立てるでしょ。そんなの、みっともないじゃん。 柚希ちゃんと旭のほうが、もともとお似合いだったの。ここまで来るの、大変だったんだから。同じ女なんだし、二人の邪魔なんてしないでよ。少しくらい優しくしてあげなって」 涙が頬を伝った。冷たい雫が落ちるたび、胸の奥が焼けるように痛み、ぽっかりと穴が開いていく。 ーー私と桐谷旭(きりや あさひ)が一緒にいた12年のうち8年間、彼はほかの女の子を愛していた。 みんな知っていた。口裏まで合わせて、私にだけ隠し続けていた。
查看更多警察は旭に一連の証拠を示し、二人には逮捕状が出ていると告げた。旭は、髪もドレスも乱れきった柚希を怒りに満ちた目で見つめ、全身を震わせていた。騙されていた。嘘をついていたのは詩織じゃない。柚希だ。お義母さんは本当に逝っていた。柚希と美月の二人に、追い詰められて。そのうえ二人はお義母さんの遺体まで盗み出し、自分たちが犯人のくせに、罪をすべて詩織になすりつけた。疑われていたあいだ、詩織はどれほど絶望していただろう。俺は最低な男だ。詩織には償いようがない。柚希と美月が警察に連行されていく。私の前を通り過ぎる時、誰よりも見た目にこだわっていた美月は泣きじゃくり、化粧もすっかり崩れていた。「詩織……ごめん。本気で私を友達だと思ってくれてたのに、くだらないプライドで、ずっと詩織に張り合ってた。柚希ちゃんに手を貸して詩織を傷つけて、私をかわいがってくれたおばさんまで死なせた。ごめん……」二人が連れていかれるのを、冷ややかに見送った。今さら謝られたって、何も戻ってこない。お母さんは、もういないのに。後悔だって、自分が刑務所に入るとわかったからにすぎない。美月。あなたなんか、もう友達でもなんでもない。サイレンの音が、少しずつ遠ざかっていく。めちゃくちゃになった式場をひと目だけ見て、帰ろうとした。警察が、母の遺体を見つけたところだった。迎えに行って、家へ連れて帰るのだ。なのに、集まった人たちが示し合わせたように、私の行く手をふさいだ。先頭に立っているのは、当然のように旭だった。後悔をにじませた目で私を見つめ、その場に片膝をついた。「ごめん、詩織。俺に人を見る目がなくて、お前を傷つけた。お義母さんを迎えに行くんだろう?俺も一緒に行く。これだけ長く一緒にいたんだ。俺はとっくに、お義母さんを自分の母親だと思ってた。行こう、お義母さんを迎えに行こう」麻里子も涙をぬぐい、諭すように言った。「旭は悪くないの。あの女がずる賢すぎて、みんな騙されたのよ。ねえ詩織ちゃん、人は心から反省すれば変われるものよ。お姉さんの言うことを聞いて、今回だけは旭を許してあげて。これからは今まで以上に、詩織ちゃんを大切にしてくれるから」ほかの友人たちも、口々に引き止めてくる。「詩織、ごめん」「詩織、柚希ち
それは、柚希が数人の女友達と集まって話している動画だった。ソファに沈み込み、缶ビールを飲みながら、柚希は何度も白目をむいていた。「美月ってほんとバカ。私に誕生日プレゼントをねだってきたんだけど、何様のつもり?あの子とつるんでるのは、藤井詩織の秘密を聞き出すためだけだもん。それに、あの子ってブスでスタイルも悪いから、隣にいると私が引き立つし。あんな子、友達でもなんでもないっての。旭くんの親友の野口って、貧乏でダサいよね。一生、人の後ろをついて回るだけのタイプ。旭くんのお姉さんも、本当に図々しいよね。もうすぐ35歳なのに結婚もしないで、実家に居座って弟にたかるなんて、完全に寄生虫じゃん!旭くんのお金は私のお金なのに、なんであの人に使われなきゃいけないの?結婚したら、すぐに追い出してやる!」……柚希は周囲の人間を、ひとり残らず陰でボロクソに言っていた。柚希の甲高い叫び声を最後に、動画は途切れた。さっきまで柚希の肩を持っていた人たちが、一人、また一人と表情を凍らせた。普段は優しくてかわいらしい柚希が、裏ではここまで違う顔を見せるとは、誰も想像していなかった。とんだ腹黒女だ。旭でさえ、信じられないとばかりに何歩も後ずさった。手にしていた花束が床に落ちる。柚希を見る目には、見知らぬ人間を前にしたような戸惑いと恐れが浮かんでいた。「柚希ちゃん……みんな、俺の親友や仲間、家族なんだぞ。どうしてあんなことが言えるんだ。お前、どうかしてる」柚希は目に涙をため、必死に首を振った。口を開きかけた瞬間、美月に床へ押し倒された。美月は柚希に馬乗りになり、怒りに任せて何度も頬を打った。ウェディングドレスまで掴んで引っ張った。「あんたを友達だと思ってたのに、よくもそんなこと!このクソ女!誰がブスでスタイルも悪いって?この猫かぶり、殺してやる!」麻里子も友人たちも、せいせいした顔で眺めていた。やがて次々に袖をまくり、加勢しようとする。このままでは死人が出る。すぐに、外で待機している警察へ合図を送った。「会場が混乱しています。容疑者二人が取っ組み合いになっています。すぐに来てください」ほどなくして、警察官たちがドアを蹴破って入り、この茶番を止めた。柚希と美月は、そろって手錠をかけられた。旭が怪訝そうに尋
あの日以来、旭は一度も私を見に来なかった。旭が送ってくるはずだった治療費も、柚希に止められた。お金がなくなって、私は特別室から個室へ、さらに大部屋へと移された。大部屋は騒がしく、ろくに体を休められなかった。治療の選択肢も限られ、体はなかなか回復しなかった。1か月後、手元の最後のお金も尽きて、退院するしかなかった。胸に残った、蛇のようにうねる赤黒い傷跡を撫でると、抑えきれない憎しみに飲み込まれそうになった。退院して最初にしたことは、警察署へ行って被害届を出すことだった。「母の遺体が盗まれました。被害届を出したいです」警察の動きは速かった。一日もかからずに、病院の防犯カメラ映像から、遺体が運び出された経路を割り出した。少し調べれば、すぐにわかる真実だった。それなのに旭は、柚希の言葉を鵜呑みにした。笑ってしまう。防犯カメラの映像をたどった結果、母の遺体は柚希と美月が運び出したとわかった。警察はさらに、二人の購入履歴を洗った。柚希はメルカリで、中古の冷凍庫を一台買っていた。母の遺体は、その冷凍庫に入れられている可能性が高い。警察はそう見ていた。「藤井さん、ただちに現場へ向かいます。必ず被疑者を検挙して、お母様のご遺体をお返しします」私は拳を固く握りしめた。爪が肉に食い込んだ。刑務所に入るだけでは、柚希には生ぬるすぎる。柚希がインスタで自慢していた最高級の結婚式場の写真を見て、口元に冷たい笑みを浮かべた。人生でいちばん輝くはずの瞬間に、どん底へ叩き落としてやる。「刑事さん。今すぐ動くと、かえって勘づかれてしまうと思います。柚希の結婚式は3日後です。当日は美月も出席します。二人とも必ず会場に現れます。同時に逮捕するなら、その日がいちばん確実だと思います」しばらく話し合った末、警察も私の提案を受け入れた。「わかりました。3日後、逮捕に踏み切ります」3日後。会場は、錦城市屈指の結婚式場、ホテルシエル。旭が全館を貸し切っていた。会場は花で埋め尽くされ、シャンデリアの光までかすんでいた。旭は和牛や伊勢海老をふんだんに使った豪華なフルコースを、何百人もの招待客に振る舞っていた。誰もが、旭は若い妻に夢中なのだと言った。私はインカムの位置を直し、警察に現在地を伝えてから、ゆっくりと
病院長に謝り、旭は硬い表情のまま電話を切った。彼はまだしゃくり上げている柚希を胸に抱き、失望をあらわにした目で私を見た。「詩織。お前が、こんな人間だったなんてな。どうしてそこまで卑怯になれるんだ。お義母さんに死んだふりをさせて、柚希ちゃんに罪をなすりつけるなんて!死んだふりなんてやらせて、本当にバチが当たってお義母さんが死んだらどうする!」柚希が横目で私を見て、勝ち誇った笑みを口の端に浮かべた。親友だった美月も腕を組んで、得意げな顔をしている。この瞬間、柚希と言い争うことも、旭に信じてもらうことも、どうでもよくなっていた。母の遺体はどこへ消えたのか。知りたいのは、それだけだった。母の主治医の安藤先生は、医者として誠実で、人柄も信頼できる。柚希や美月に買収されるはずがない。その安藤先生が母の死を断言した以上、母は本当に逝ったのだ。なのに、病院に遺体がない。憎しみを込めて、美月と柚希を睨みつけた。立ち上がる力さえ残っていたなら、今すぐ二人を道連れにしていた。亡くなった人まで、この女たちは利用する。母の遺体を盗んだのは、絶対にこの二人だ。お母さんを返して。枕元の木製のティッシュケースを掴み、低く唸りながら柚希に投げつけた。「このクソ女!お母さんはもう死んでるのよ。私に罪を着せるために、遺体まで踏みにじるの?あんたこそバチが当たればいい!お母さんを返してよ!」ケースが柚希の額に当たる寸前、旭はとっさに手を伸ばし、手の甲で受け止めた。木製のケースは硬く、角も鋭かった。旭の手の甲が、みるみる腫れ上がった。彼は柚希の前に立ちはだかり、私を見据えた。その目から、かつてのやさしさは消えていた。「もういい!詩織、ここまで来てまだ柚希ちゃんを陥れるのか。俺がお前を信じるとでも思ってるのか。長い付き合いだったから、柚希ちゃんを傷つけたことは今回は警察に通報しない。次に同じことをしたら、必ず刑務所に入れる。お義母さんの治療費は、これからも毎月きちんと振り込む。もう二度と会わない。俺の妻を悲しませたくないからな」柚希が少し不満そうに、ぼそりと言った。「旭くん、お仕事すごく大変なのに。私、知らない人の治療費まで負担してほしくないなあ」美月も横から言い添える。「旭、柚希ちゃん