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親友に式も婚約者も奪われた私の逆襲

親友に式も婚約者も奪われた私の逆襲

By:  涼木Completed
Language: Japanese
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10年前、相良茉莉(さがaら まり)は安っぽいチュールのワンピースを着て、路地裏でチンピラたちとつるんでいた。 誰もが、あの子には近づくなと言った。 それでも私・は家族全員の冷たい視線に耐え、たばこの火を押しつけられた痕だらけの彼女の手を取った。 英単語を教え、一流ブランドの服の着こなしを教え、ワイングラスを優雅に持つ方法まで教えた。 自分の交友関係にも迎え入れ、財界の御曹司、九条朔間(くじょう さくま)とのデートにさえ、わざわざ彼女の席を用意した。 初めは茉莉を見下していた人たちも、やがて、逆境の中で気丈に咲く棘のあるバラのようだと褒めるようになった。 ところが結婚式の前夜、兄のパソコンを借りてファイルをコピーしていた私は、偶然、自分だけが入っていない家族のグループチャットを開いてしまった。 グループ名は【茉莉を守る会】 母がこう書き込んでいた。 【茉莉は妊娠してるのよ。明日の式、本当に挙げるつもり?】 兄の神谷聡介(かみや そうすけ)が返信していた。 【式を挙げたら、もう後戻りできないぞ。本当に茉莉を犠牲にするのか?】 私だけを愛すると誓ったはずの婚約者も、すぐに返信した。 【実は今日の午後、茉莉と婚姻届を出してきた。明日の式は、澪への償いだと思ってる。結婚式は澪のために挙げる。でも、戸籍上の妻になるのも、俺が愛しているのも茉莉だ】 画面に並ぶ言葉を見つめながら、全身から熱が失われていった。 いつの間にか、彼らは固い絆で結ばれた家族になっていた。 部外者だったのは、私――神谷澪(かみや みお)だけだった。

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Chapter 1

第1話

「澪、オープニングムービーのファイルをコピーするだけで、まだかかるのか?」

書斎の外から、兄の穏やかな声がした。

私は画面に残る残酷なやり取りを凝視していた。指先は冷え切って痺れ、息をするたびに体の内側を引き裂かれるような痛みが走った。

カーソルは「茉莉を守る会」というグループ名の上で止まっていた。

自分の歯がかすかにかち合う音まで聞こえた。

「もう終わる」

どうにか平静を装って答え、USBメモリを抜くと、パソコンに残った閲覧履歴を消した。

書斎を出ると、リビングは暖かな色の照明に包まれていた。

朔間はソファに座り、銀色のナイフで丁寧にりんごの皮をむいていた。

茉莉は母の肩にもたれ、温かいミルクの入ったカップを両手で包みながら、目を潤ませて笑っていた。

聡介は切ったばかりのさくらんぼを皿に盛ってキッチンから出てくると、茉莉の前に置いた。

「澪、こっちに来いよ。見ろよ、朔間さんがこんなにきれいにむいてくれたんだ。皮が一度も切れてない」

茉莉は顔を上げて私を見た。その目に一瞬だけ動揺が走ったが、すぐにいつもの無垢な表情を取り繕った。

落ち着かない様子で立ち上がり、朔間の手からりんごを受け取ろうとした。

「朔間さん、自分でやりますよ。澪さんも見てますから……」

朔間は優しくその手をかわし、皮をむいたりんごを一口大に切った。芯を取り除き、ピックを刺して茉莉に渡した。

「最近、食欲がないんだろ。少しでもフルーツを食べたほうがいい。澪も気にしないよな?」

彼が私を見上げた。7年もの間、愛し続けてきたその目には、後ろめたさなど微塵もない優しさが浮かんでいた。

私はその場から動かず、ローテーブルに置かれた挙式の進行表に目をやった。

「食欲がないって、どこか悪いの?」

広いリビングに響いた自分の声は、わずかに掠れていた。

茉莉の手が大きく震え、りんごが一切れ、カーペットに落ちた。

母はすぐにティッシュで拭く、いたわるように茉莉の手の甲を軽く叩いた。

「大したことじゃないわ。あなたたちの式の準備で忙しくしてたから、疲れが出ただけよ」

聡介は眉を寄せ、どこか咎めるような目を私に向けた。

「茉莉はもともと体が弱いんだ。明日はやることが多いし、ブライズメイドも務める。今日はゆっくり休ませてやれよ」

黙って彼らを見ていると、あまりにも滑稽で笑いたくなった。

妊娠しているブライズメイド。

そのブライズメイドと、すでに婚姻届を出した花婿。

そして他人と結託し、実の娘を欺く母と兄。

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第1話
「澪、オープニングムービーのファイルをコピーするだけで、まだかかるのか?」書斎の外から、兄の穏やかな声がした。私は画面に残る残酷なやり取りを凝視していた。指先は冷え切って痺れ、息をするたびに体の内側を引き裂かれるような痛みが走った。カーソルは「茉莉を守る会」というグループ名の上で止まっていた。自分の歯がかすかにかち合う音まで聞こえた。「もう終わる」どうにか平静を装って答え、USBメモリを抜くと、パソコンに残った閲覧履歴を消した。書斎を出ると、リビングは暖かな色の照明に包まれていた。朔間はソファに座り、銀色のナイフで丁寧にりんごの皮をむいていた。茉莉は母の肩にもたれ、温かいミルクの入ったカップを両手で包みながら、目を潤ませて笑っていた。聡介は切ったばかりのさくらんぼを皿に盛ってキッチンから出てくると、茉莉の前に置いた。「澪、こっちに来いよ。見ろよ、朔間さんがこんなにきれいにむいてくれたんだ。皮が一度も切れてない」茉莉は顔を上げて私を見た。その目に一瞬だけ動揺が走ったが、すぐにいつもの無垢な表情を取り繕った。落ち着かない様子で立ち上がり、朔間の手からりんごを受け取ろうとした。「朔間さん、自分でやりますよ。澪さんも見てますから……」朔間は優しくその手をかわし、皮をむいたりんごを一口大に切った。芯を取り除き、ピックを刺して茉莉に渡した。「最近、食欲がないんだろ。少しでもフルーツを食べたほうがいい。澪も気にしないよな?」彼が私を見上げた。7年もの間、愛し続けてきたその目には、後ろめたさなど微塵もない優しさが浮かんでいた。私はその場から動かず、ローテーブルに置かれた挙式の進行表に目をやった。「食欲がないって、どこか悪いの?」広いリビングに響いた自分の声は、わずかに掠れていた。茉莉の手が大きく震え、りんごが一切れ、カーペットに落ちた。母はすぐにティッシュで拭く、いたわるように茉莉の手の甲を軽く叩いた。「大したことじゃないわ。あなたたちの式の準備で忙しくしてたから、疲れが出ただけよ」聡介は眉を寄せ、どこか咎めるような目を私に向けた。「茉莉はもともと体が弱いんだ。明日はやることが多いし、ブライズメイドも務める。今日はゆっくり休ませてやれよ」黙って彼らを見ていると、あまりにも滑稽で笑
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第2話
「そんなに疲れてるなら、明日のブライズメイドはなしにしよう」ソファの前まで歩き、USBメモリをローテーブルに放ると、乾いた音がした。茉莉の顔からさっと血の気が引き、前触れもなく大粒の涙がこぼれ落ちた。「澪さん、私に怒ってるんですか?私が要領悪くて、何の役にも立てないのは分かってます。でも、澪さんの花嫁姿を、この目で見届けたいんです」一歩近づき、私の袖をつかもうとする。私は反射的に身を引き、その手を避けた。一瞬、空気が凍りついた。朔間の優しい表情が強張った。立ち上がって茉莉を背後にかばい、私の肩にそっと手を置いた。「澪、明日は俺たちの晴れの日だ。こんなことで意地を張るなよ。茉莉はお前の式のために、何日もろくに寝ずに準備してきた。ただ、そばで見届けたいだけだ」かつては、その大きく温かな手に触れられるだけで、何より心が安らいだ。今は服越しに触れられているだけなのに、毒蛇が肌を這っているように感じた。「私が、意地を張ってるって?」朔間をまっすぐ見つめ、その目に少しでも罪悪感がないか探した。けれど、何もなかった。彼はまるで、聞き分けのない子どもでも見るように私を見ていた。聡介が近づき、茉莉をソファに座らせると、険しい顔を私に向けた。「澪、さっきから何が言いたいんだ?茉莉は足が棒になるまで、お前のドレス選びに付き合ったんだぞ。それを一言でなしにするなんて、茉莉を何だと思ってる?」実の兄が茉莉の涙を見ただけで私を睨みつけている。胃が激しく縮むように痛んだ。何だと思っているのか。親友だと思っていた。家族同然だと思っていた。では、彼女にとって私は何だったのだろう。いつでも取って代われる、滑稽な存在だったのか。「分かった。じゃあ、予定どおりでいい」胃の痛みをこらえ、冷え切った笑みを浮かべた。玄関へ向かい、コートハンガーに掛けてあったコートを手に取った。母が立ち上がり、苛立ちを滲ませた声で言った。「こんな時間に、今度はどこへ行くの?明日は朝5時から支度なのよ。これ以上、余計な手間をかけさせないで」ドアノブを握ったまま、振り返らずに答えた。「明日使うベールを取りに行ってくる。みんなは先に休んで」「澪、俺も行く。外は雨だ」背後から朔間の優しい声がした。彼は車のキーを手に取り、大股で
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第3話
試着してみたかった?私の予備のドレスを着て、朔間と婚姻届を出しに行くためだったのだろう。「分かりました。ありがとうございます」電話を切り、川沿いの空き地に車を停めた。冷たい雨がフロントガラスを打ち続けた。かつて、いかにも柄が悪く、口を開けば下品な言葉ばかりだった茉莉を、少しずつまともな生活に戻していったのは私だった。チンピラに絡まれたときは、彼女の前に立ってかばった。ナイフとフォークの使い方を知らず、周囲から笑われたときは、手を添えて何度も教えた。今や彼女は上品に振る舞うことも、無垢を装うことも、私の人生を奪うことも覚えていた。突然スマホの画面が光り、茉莉からのLINEが表示された。【澪さん、朔間さんを取られたって怒ってるんですか?ごめんなさい。明日はおとなしくしています。絶対に澪さんを怒らせません】画面越しでも、健気な被害者を演じる彼女の顔が目に浮かんだ。返信せず、スマホを助手席に放った。翌朝早くから、新婦の控室は慌ただしい空気に包まれていた。ヘアメイクのスタッフたちに囲まれ、念入りに支度を整えられていた。茉莉は淡い金色のドレスをまとい、部屋の隅に静かに座っていた。顔色は確かに悪く、ときおり口元を押さえては眉を寄せていた。母はホットミルクの入ったカップを手に部屋へ入ってくると、私の前を通り過ぎ、まっすぐ茉莉のもとへ向かった。「茉莉、温かいうちに少し飲みなさい。今日は一日中付き添うのよ。体は大丈夫なの?」茉莉は恐縮した様子でカップを受け取り、また目を潤ませた。「ありがとうございます。私は大丈夫です。澪さんが幸せな花嫁になれるなら、少しくらい無理をしても平気です」ヘアメイクの女性が笑顔で応じた。「神谷様はお幸せですね。こんなに優しい親友がいて、婚約者様にも大切にされて」鏡に映る、華やかに着飾った自分を見つめた。まるでひどく滑稽な道化師だった。聡介がドアを開け、ベルベットのジュエリーボックスを手にして入ってきた。私の背後で箱を開くと、中には眩いダイヤモンドのネックレスが収められていた。「朔間さんが、お前のドレスに合わせてフランスから取り寄せたそうだ」聡介はネックレスを取り出したが、私には渡さず、そのまま茉莉のもとへ歩いていった。「茉莉、首元が寂しいな。今日はこれを
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第4話
その目に隠されていたのは、以前なら私だけに注がれていた気遣いと深い愛情だった。父が私の手を朔間に託したとき、彼の手のひらは冷たい汗で濡れていた。「澪、今日は本当にきれいだ」優しく見つめながら、小声で囁いた。その完璧な笑顔を見ても、心は少しも動かなかった。ただ司式者の進行に合わせ、機械的に振る舞った。「九条朔間様。あなたは神谷澪様を妻とし、健やかなときも病めるときも、豊かなときも苦しいときも、愛し、支え、尊重し、生涯誠実であることを誓いますか?」司式者のよく通る声がチャペルに響いた。朔間が口を開き、答えようとした、そのときだった。「うっ……」背後から、吐き気を必死にこらえるような、低いうめき声が聞こえた。茉莉は口を押さえ、青ざめた顔でよろめくように後ずさると、膝から力が抜け、その場に座り込んだ。「茉莉!」朔間の穏やかな表情が一瞬で消えた。私の手を乱暴に振りほどき、一瞬もためらわず壇上を駆け下りると、茉莉を抱き起こした。「茉莉、どうした?どこか苦しいのか?」声には隠しようのない動揺が滲み、慌てた手つきで額の汗を拭っていた。チャペルは水を打ったように静まり返った。参列者の視線が私と二人の間を行き来し、やがてひそひそと話す声が広がっていった。母と聡介もすぐに駆け寄り、茉莉を取り囲んだ。「早く、救急車を呼んで!茉莉は……」母は取り乱し、危うく妊娠のことを口にしかけた。聡介は朔間の襟元をつかみ、怒鳴った。「何をぼんやりしてるんだ!早く控室へ運べ!」我に返った朔間は茉莉を抱き上げ、大股でチャペルを出ていった。高価なドレスの裾が、バージンロードの上を無造作に引きずられていった。壇上の司式者は気まずそうにマイクを握ったまま、困惑した顔で私を見ていた。重いウエディングドレスをまとった私は、一人きりで照明の下に取り残され、この場で最も滑稽な存在になった。父は怒りで顔を強張らせたが、私はその腕を引き止めた。「お父さん、私が見てくる」ドレスの裾を持ち上げ、静かに壇上を下りると、控室へ向かった。涙も、取り乱す声も出なかった。心が死ぬとは、きっとこういうことなのだろう。控室の扉を開けると、中は騒然としていた。茉莉はソファにもたれ、弱々しく息をしながら、目尻に涙を浮か
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第5話
朔間の顔にさまざまな感情が浮かんでは消えた。一歩近づき、いつもの優しさで丸め込もうとした。「澪、どこでそんな話を聞いたんだ?今日は俺たちの結婚式だ。くだらない噂に振り回されて、いつまでも意地を張るなよ」どこまでも白を切る姿を見ていると、吐き気がした。「くだらない噂?」冷たい目を向けた。「今日の午後、茉莉と区役所に婚姻届を出しに行ったことも、ただの噂なの?」控室は息苦しいほどの静寂に包まれた。茉莉は突然泣き崩れた。ソファからずり落ちるように床に降り、そのまま私の前で膝をついた。「澪さん、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」私のドレスの裾をきつくつかみ、高価なレースを涙で濡らした。「あの夜は二人とも酔っていて、本当に一度きりの過ちだったんです。私なんかが朔間さんにふさわしくないことは分かっています。ただ、誰にも言わずにこの子を産みたかっただけで、二人の結婚式を壊すつもりなんてありませんでした」まるで自分こそ深く傷つけられたかのように、息もまともにできないほど泣きじゃくった。「朔間さんが、一人で産婦人科に行く私を放っておけないって、どうしても責任を取ると言ったんです。澪さん、私を叩いても、罵っても構いません。それで気が済むなら……」朔間は見るに堪えないというように茉莉を抱き起こし、胸元に抱き寄せてかばった。私に向けた目には、なぜか非難の色さえ浮かんでいた。「澪、そこまで知ってるなら、もう隠さない」深く息を吸うと、開き直ったような口調で続けた。「茉莉のお腹にいるのは、俺の子だ。お前は強いし、どんなことでも一人で解決できる。でも茉莉は違う。こいつには俺しかいないんだ」そこで言葉を切り、声を和らげた。また、情けを施すような優しさで私を操ろうとしていた。「さっきの式で、形だけは整った。周りから見れば、お前はこれまでどおり九条家の妻だ。戸籍上の妻が茉莉だと、お前が言わなければ誰にも分からない。これからは三人で家族として暮らしていけばいいだろ?」家族。これほど恥知らずな話を、彼はまるで筋の通った提案のように口にした。聡介と母を見ると、二人はそろって目をそらした。聡介が眉を寄せて言った。「澪、もうこうなった以上、仕方ないだろ。九条家だって、自分たちの血を引く子どもを認知せずに放っておくわけにはい
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第6話
「でも、茉莉。これだけは覚えておいて」わずかに身を屈め、彼女だけに聞こえる声で告げた。「人から奪ったものは、いつか必ず返すことになる」誰の顔も二度と見ず、背を向けて控室を出た。廊下を吹き抜ける冷たい風が、頬に残った涙を乾かしていった。この瞬間から、私は彼らとの縁をすべて断った。「澪!」背後から朔間の焦った声がしたが、振り返らなかった。……チャペルを出た私は、そのまま自分名義のマンションへ戻った。神谷家や九条家の物には一切手をつけず、自分の投資で得た預金と、数日分の着替えだけを持ち出した。スマホは絶え間なく震えていた。朔間、聡介、母からの着信。それどころか、茉莉からは長々とした謝罪のメッセージまで届いていた。全員の連絡先をブロックし、SIMカードを抜いてごみ箱に捨てた。がらんとした部屋を見渡して深く息を吸い、連絡先に「久世さん」と登録してある番号に電話をかけた。呼び出し音が一度鳴っただけでつながり、低く、どこか余裕を感じさせる男の声が聞こえた。「神谷さん、ようやく俺に電話する気になった?」「久世さん。前に、蒼風キャピタルの代表取締役の座を、私のために空けてあると言ったわね」窓の前に立ち、眼下を絶え間なく行き交う車を眺めた。声は自分でも驚くほど静かだった。「今も、その話は有効?」電話の向こうで小さな笑い声がした。「もちろん。ただ、今日は九条朔間との結婚式だったはずだろ。どうした?九条家じゃ、君ほどの人材を受け止めきれなかったか?」久世晃臣(くぜ あきおみ)は久世家の後継者でありながら、財界でもめったに表に出ない人物だった。久世家の家柄は、九条家をはるかにしのいでいた。そしてこの2年間、投資の世界で私と互角に渡り合ってきた唯一のライバルであり、理解者でもあった。「式はやめた。結婚より、仕事で稼ぐほうが面白そうだから」淡々と答えると、晃臣はすぐに言った。「明朝8時、久世グループ本社の最上階にある会議室で待ってる。就任に向けたプレゼン、楽しみにしてるよ」電話を切り、窓の外に広がる夜景を見つめながら、冷たい笑みを浮かべた。朔間は、私が彼と神谷家を離れれば何も残らず、最後には泣きついて戻ると考えているのだろう。九条グループがここ数年上げてきた華々しい投資収益の半分以
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第7話
けれど、外見だけを取り繕っても、身についた品格までは偽れない。その日の午後、私は財界人が集うチャリティーガラに出席した。帰国後、蒼風キャピタルを率いる立場として公の場に姿を見せるのは、これが初めてだった。会場へ足を踏み入れた瞬間、何人もの見覚えのある顔が目に入った。朔間は仕立てのいい黒いスーツを着て、着飾った茉莉と腕を組んでいた。少し離れたところでは、聡介と母がグラスを手に招待客と談笑していた。私を見た途端、朔間の持つグラスが大きく揺れ、赤ワインが袖口にこぼれた。彼は取り乱したように茉莉の腕を振りほどき、大股でこちらへ歩いてきた。「澪?どうして……どうしてここにいる?」声には、抑えきれない喜びと驚きが入り交じっていた。私はまるで見知らぬ相手を見るように彼を見つめ、礼儀正しく距離を取った。「九条さん。私たち、そんなふうに名前で呼び合う間柄でしたか?」朔間はその場で足を止め、差し出しかけた手を所在なげに宙に浮かせた。周囲からは、すでに好奇心に満ちた視線がいくつも向けられていた。彼は目に浮かんだ動揺を抑え込み、何事もなかったかのように、以前と同じ穏やかな口調に戻った。「澪、もう意地を張るな。この1か月、どこへ行ってたんだ?ずっと捜してた。腹を立ててるにしても、そろそろ気は済んだだろ」私の手首をつかもうと、一歩近づいた。「一緒に帰ろう」私は冷ややかに身をかわした。「九条さん、節度をわきまえてください。既婚者がこんな場所でほかの女性につきまとうなんて、奥様がお気の毒ですよ」「奥様」という言葉を聞いた瞬間、朔間の顔が引きつった。そこへ茉莉がドレスの裾を持ち上げ、慌ただしく駆け寄ってきた。今日はひどく華やかな、ウエストを絞ったドレスを着ていた。わずかに膨らんだ腹部を隠すつもりだったのだろうが、かえって全体が重たく見えた。「澪さん!やっと会ってくれたんですね!」目を潤ませ、またか弱い被害者を演じ始めた。私の腕に手を絡めようとする。「この1か月、どこにいたんですか?朔間さんは毎日澪さんを捜して、食事も喉を通らなかったんです。全部私が悪かったんですから、早く戻ってきてください。私は何も望みません。九条家の片隅に置いてもらえるだけでいいんです」実に巧妙な言い方だった。表向きは自分を
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第8話
バッグから金の箔押しが施された名刺を取り出し、指先でつまんで彼の前に差し出した。「私は今日、あなたの補佐をするために来たわけではありません」朔間は名刺に目を落とし、肩書きを読んだ瞬間、目を見開いた。「蒼風キャピタル、代表取締役?」息をのみ、声を震わせた。そこへ、このチャリティーガラの主催者である晃臣がシャンパンを手に、悠然と歩いてきた。ごく自然に私の隣に立つと、探るような目を朔間に向けた。「九条社長、うちの神谷社長にずいぶん熱心に話しかけているようですが、何か仕事のご相談ですか?」朔間は晃臣を睨み、次に私を見た。その顔からは、すっかり血の気が引いていた。聡介と母もようやくこちらの騒ぎに気づき、足早に近づいてきた。「澪?1か月も電話に出ないで。私がどれだけ心配したと思ってるの!」母は私をつかもうとしたが、晃臣の後ろにいたボディガードに遮られた。それを見た聡介は怒りを露わにした。「澪、何だその態度は!男のために家にも帰らず、今度は久世家に取り入ったのか?神谷家の名をどこまで汚せば気が済む!」当然のように私を責める、かつて家族だった人たちを見つめた。心に残っていた最後の温もりまで消えていった。「神谷家?聡介、忘れたの?私はもう、神谷家の株をすべて売ったのよ」驚愕する顔を冷ややかに見返した。「これから神谷家がどうなろうと、私には関係ない。そんなに茉莉が好きなら、彼女に神谷家のために働いてもらえばいいでしょう」聡介の顔から一瞬で血の気が引いた。信じられないというように目を見開き、声を上ずらせた。「何だって?株を売った?誰に売ったんだ!」神谷家はこのところ深刻な資金難に陥り、私が以前築いた基盤によって、かろうじて持ちこたえていた。あの株が競合他社の手に渡れば、神谷家には致命傷となる。取り乱す聡介を見ていると、胸がすく思いだった。「いちばん高い値をつけた相手よ」何でもないことのようにショールを整えた。「神谷家の後始末は、あなたたちが大切にしている茉莉に任せればいい。何でもできる子なんでしょう?九条夫人の座まで手に入れたくらいだもの」朔間の隣に立つ茉莉は、聡介以上に顔色を悪くしていた。この1か月、九条家では何不自由なく暮らしていたものの、あの世界の夫人たちは誰一人、彼女を相手
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第9話
朔間は勢いよく彼女を振り返り、驚きと疑念に満ちた目で見た。「澪、何を言ってる?茉莉が妊娠を偽るはずがない」小さく笑い、バッグから書類を取り出して朔間の胸元に投げつけた。「自分で読めばいい。茉莉に買収された医師の供述書と、送金記録よ。朔間、あなたは弱い人を守っているつもりだった。でも実際は、嘘で身を固めた女にいいように操られていただけ」朔間は震える手で書類を拾い上げた。読み進めるにつれ、顔からみるみる血の気が引いていった。そして茉莉を振り返り、凍りつくような目で睨んだ。「ここに書いてあることは、全部本当なのか?」茉莉は怯えてその場に膝をつき、朔間の脚にすがりついて泣いた。「朔間さん、話を聞いてください!あなたを愛しすぎて、失うのが怖かったから、こんなことをしてしまったんです。でも今は本当に妊娠しています。今度は嘘じゃありません!」醜態をさらす二人を見ているうちに、心底うんざりした。「あとは二人で好きなだけ話して。私の靴まで汚さないでね」背を向け、晃臣に小さくうなずいた。「久世社長、行きましょう」晃臣は小さく笑い、グラスのシャンパンを飲み干すと、さりげなく私を先へ促した。背後から、朔間の怒鳴り声と茉莉の泣き叫ぶ声が聞こえた。私は一度も振り返らなかった。ガラが終わり、ホテルの正面玄関を出たところで、黒い高級車が目の前に停まった。窓が下がり、疲れ切った朔間の顔が現れた。かなり前から、ここで待っていたらしい。「澪、少し話せないか?」以前のような自信も尊大さもなく、声に滲んでいるのは深い焦りだけだった。足を止め、冷たく見返した。「私たちに、今さら話すことがある?」朔間は車を降りた。夜風に髪を乱され、どこかひどく取り乱したような姿だった。私の前まで来ると、目を赤くし、後悔と懇願を滲ませた。「澪、俺が悪かった。本当に悪かった」手を伸ばしたが、私の後ろにいたボディガードに遮られた。朔間は力なく両手を下ろした。「あの書類を読んですぐに調べさせた。茉莉は……本当に俺を騙してた」声はひどく掠れていた。「あのときは、完全に思い込まされてたんだ。茉莉が本当にかわいそうだと思った。お前は強いから、俺の事情も分かってくれると……」「朔間」感情を交えず、その言葉を遮った。
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第10話
驚愕に見開かれたその目を見返し、私は冷たく笑った。「朔間。あなたが私から奪ったものは、相応の代償とともに返してもらう」それ以上は相手にせず、少し離れた場所に停まる晃臣の車へ向かった。それから数か月、財界は大きく揺れた。私が率いる蒼風キャピタルは、九条グループの市場シェアを次々と奪っていった。東部再開発プロジェクトもこちらが先に押さえ、九条グループの多額の先行投資はすべて無駄になった。さらに、これまで九条家に圧力をかけられてきた複数の企業と手を組み、九条グループ株を大規模に空売りした。株価は急落し、時価総額は半分近くまで落ち込んだ。九条グループの会長は激怒し、朔間をすべての役職から解任して取締役会からも追放した。神谷家も、私の支援を失ったことで資金繰りが完全に行き詰まった。聡介は穴を埋めようと闇金にまで手を出し、とうとう取り立て屋が自宅に押しかけるようになった。母はその衝撃で心臓発作を起こし、入院した。かつて栄華を誇った神谷家と九条家は、今や財界の笑いものだった。ある午後、会議を終えてオフィスへ戻ると、受付から電話が入った。「神谷社長、1階に女性がお二人いらしています。お母様とご友人だとおっしゃっていますが」わずかに眉を上げた。「警備を呼んで、外へ出して」「ですが……」受付の女性はためらってから続けた。「お若いほうがロビーで土下座をしています。面会していただけなければ、ここで死ぬと……」冷たく笑った。「好きにさせて。ただし、うちのロビーの外でね」電話を切り、窓辺まで歩いた。はるか下に見える小さな人影に目を向ける。茉莉。あなたが報いを受けるのは、まだこれからよ。ブラインド越しに、階下で繰り広げられる茶番を冷ややかに見下ろした。警備スタッフは容赦なく、床に膝をついた茉莉を外へ引きずっていった。母はそばで取り乱し、体格のいいスタッフたちを押しのけようとしていた。茉莉の腹部は、誰の目にも分かるほど膨らんでいた。回転ドアの枠にしがみつき、なりふり構わず叫んだ。「神谷澪!出てきて!こんなのひどすぎる!」視線を戻してデスクの椅子に座り、新たな買収案件の資料を開いた。30分もしないうちに、知らない番号から聡介の電話がかかってきた。出た途端、怒りに任せた声が耳に突き刺
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