登入「すまない、おかしなことを言った」
どう切り抜けようか悩んでいると、レイの方から頭を下げた。 「い、いえ! そんな……。滅相もない」 「実は私も、アーロ様やアリア様にはよく思われていないのだ。よかったら、また話そう」 レイは颯爽と立ち去る。 「不思議な方……」 騎士団の連中は自分達がいるからヘルシャフトは平和なのだと驕り高ぶり、メイドや他の使用人を見下す節がある。過去に何度か、性的奉仕をするように言われたことがある。 ルベルはその度に安物のペンを片手で折り、「力加減を知りませんの」と笑って追い払っていた。そのおかげか、最近は奉仕をしろと迫られることはない。 どうせ騎士団長も、女を性処理道具としか見ていないのだろうと思っていたが、レイは意外にも紳士的だった。 「はやく終わらせないと……」 ルベルは我に返り、急いで掃除を終わらせた。仕事は掃除だけではない。バケツの水を捨てると、びしょ濡れのメイド服を着替え、仕事に戻った。 夜、ルベルはワインをアーロの寝室に運ぶ。ルーとして働くようになってから毎日、この仕事をさせられる。アーロ達なりの当てつけで、気にしては負けだと分かってはいるが、この仕事が1番苦痛だ。ふたりにワインを運ばなくて済むのなら、薪割りでも喜んで引き受けるだろう。
「失礼します。ワインをお持ちしました」 「入れ」 ベッドの上では、明らかに事後のふたりが、裸同然の格好で寄り添っている。こんな格好で寄り添うのも、当てつけの一環だろう。アーロは自他共に認める美男子だ。そのため、各国の姫や王女から言い寄られていた。そのせいで自己肯定感が異様に高く、「俺と結婚して抱かれたかったんだろうけど、残念だったな」とルベルを笑うのだ。
ルベルは気にする素振りなど見せず、いつものようにサイドテーブルにワインを置く。 「どうぞごゆっくり」 「待て」 「どうかなさいましたか?」 これまで何百回もワインを運んできたが、こうして呼び止められるのは初めてだ。正直、嫌な予感しかしない。ふたりが悪意に満ちた笑みを浮かべているのが、なによりの証拠だ。「来月から社交シーズンに入る。もちろん、俺が主催のパーティーもある。お前は給仕をしろ」
ルベルは驚きのあまり目を見開く。そんなルベルを、ふたりはニヤニヤしながら見る。ルベルがメイドとして働くようになって3年の月日が経つ。 当然、その間にも社交シーズンは何回も来た。だがアーロは、シーズンが来る度にルベルを地下に閉じ込めていたのだ。 「お前を見られると面倒だ」 そう言っていたのに、どういう風の吹き回しなのだろう? というより、どういう企みなのだろう? 「お言葉ですが、私の正体を知られたら、厄介なのでは?」 ルベルが遠慮がちに言うと、ふたりは声を上げて笑う。 「正体だと? お前が何者だっていうんだ?」 「そうよ。あなたはただのメイド。それ以上でも、それ以下でもないわ。それとも、それ以下にしてやろうかしら?」 嘲笑うふたりの声で、ルベルは悟った。彼らは公の場にあえてルベルを引っ張り出し、残酷な死を告げるつもりだ。 誰かがルベルに気づけば、他人の空似のメイドだと言う。気づかなければ、ルベル王女は皆に忘れられたという事実を突きつけることができる。 (どこまでも卑怯な人達……!)「それだけだ。もう下がれ」
「はい……」
ルベルは一礼してふたりの部屋を出る。
「失礼します。っと、後でにしたほうがいいか?」 部屋に入り、ルベルの姿を確認すると、アッシュは気まずそうな顔をする。「いや、いい。報告を」「了解。奴らはアーロ王子にそそのかされたようだ。赤髪のメイドを追い詰めたら、爵位と屋敷と初期費用の800万Gをやると言われたらしい」「そういうことか」 ベルメリオは報告を聞き、ため息をつく。 騎士達は、元は貴族や王族の人間。さぞ裕福な暮らしをしていたのだろう。そんな彼らからすれば、騎士としての生活はあまりにも質素で惨めなものだ。 貴族としての威厳や暮らしを取り戻せるだけでなく、自分を騎士団に押し込んだ両親や兄がいない生活を送れるとしたら、彼らにとって、それ以上幸福なことはないだろう。 「800万Gとは、随分安いな」 ベルメリオは吐き捨てるように言う。800万Gは庶民からしたら何年掛けて貯金してもお目にかかれない額ではあるが、貴族からしたら泡銭だ。生活水準が下がった騎士には大金に写ったのだろうが、当時の金銭感覚を思い出してすぐに破綻するのがオチだ。「団長、そのメイドは何者なんだ?」 アッシュの視線はベルメリオからルベルに移る。自分の正体やベルメリオとの関係が見透かされたような気がして、思わず目をそらす。「お前が知る必要はない」 ベルメリオはルベルをかばうように、彼女の前に立つ。「相変わらず、秘密主義か」 アッシュは肩をすくめて苦笑する。「奴らの処分は?」「北に遠征だ」 アッシュは一瞬目を見開くが、力なく笑ってうなずく。「了解。準備させておく」 アッシュが出ていくと、ベルメリオは仮面を取り、心配そうにルベルの顔を覗き込んだ。「俺はそろそろ戻らないといけないが、大丈夫か?」「えぇ、かなり落ち着いてきたわ」「そうか。だが、無理はするな。今日は休め」「いいえ、働かせて。なにかしてたほうが、気が紛れるもの」「……分かった。だが無理はするな」「はい」 ベルメリオ
「前々からデカい胸だと思ってたんだ」「やっと拝めるぜ」「あ……あ……」 ルベルは恐怖のあまり、意味をなさない言葉を発することしかできない。 男はわざとゆっくり、服を切り裂いていく。短剣は徐々に上へと上がっていく。首元の生地が切れたのとほぼ同時に、ドアが乱暴に開けられた。「チッ、他のサボりか?」「混ざってもいいからこのことは、って、あなた方は!」 男達はどよめく。男達が視界を塞いでいるため、ルベルには誰が入ってきたのか分からない。(助けて……。ベル……) 助けを求めたくても、恐怖で声が出ない。ルベルは心の中で愛しい名を呼ぶ。「随分ふざけた真似をしてくれたな」 氷よりも冷たい声に、男達は凍りつき、ルベルは希望を抱く。その声は、ルベルが何よりも聞きたかった声だ。「だ、団長! 団長は騙されてるんです! コイツは、ぎゃっ!」 ひとりが吹き飛ばされ、顔を押さえながら床の上でのたうち回る。「いぎゃっ! は、鼻が!」 男が吹き飛ばされたことによって、ようやく視界が開けた。仮面をつけたベルメリオが部屋に入ってきて、他の男を蹴り飛ばす。 その後ろで副団長のアッシュと、フライパンを構えたセキナが立っていた。「よくもルーを! この恩知らず共が!」 セキナはフライパンを振り回し、騎士達を睨みつける。「ルーを頼む」「やりすぎんなよ。って言っても、無駄か」 アッシュは肩を竦めると、拘束されたままのルベルを抱き上げて部屋を出る。怒りで顔を真っ赤にしたセキナは、フライパンを振り上げながら部屋に入っていく。 部屋からは怒号や悲鳴、何かを叩くような鈍い音がする。「間一髪ってとこかな」 アッシュは少し離れたところでルベルをおろすと、手足の拘束を解いてくれた。「あ、ありがとう、ございます……」「いいって。さてと、団長を止めてくるか。このままじゃ、冗談抜きで死人が出る」 アッシュはコートを脱いでルベルに羽織らせると、奥の部屋に戻っていった。 物々しい音が止み、すぐにベルメリオが部屋から出てきて、ルベルを抱きしめる。「危険な目に遭わせてすまない。俺の部屋に行こう」「はい……」 未だに緊張状態のルベルは、返事をするのがやっとだった。 ルベルはベルメリオに抱き上げられ、彼の部屋に連れて行かれる。ベルメリオは鍵を締めて仮面を取り、ルベルを抱きしめる。
「い、いや! 辞めてください! 私はスパイなんかじゃありません!」 自分がスパイなど、冤罪もいいところだ。朝から晩まで彼らの世話をするのに忙しかったルベルに、そんな暇などこれっぽっちもない。 「はっ、嘘つけ。汚らわしい赤髪が。お前が毎晩団長の部屋に行ってるのは知ってんだよ」 「どうせ色仕掛けして、団長を誑かしてんだろ?」 「だったら、俺等の相手くらい余裕だよな? 毎日鍛錬鍛錬で、ストレスも性欲も溜まりまくってんだ。発散させろよ」 男達の手がルベルに伸ばされる。彼らは息を荒げながら、ルベルの太ももを撫で回したり、服の上から胸を揉んだりした。瞬間、ゾワリと悪寒が走り、吐き気が込み上げてくる。 「いや、いやあああっ! やめてぇ! 誰かぁ!」 恐怖と嫌悪感で気が狂いそうになりながら必死にもがくが、鍛え抜かれた男達に、か弱い乙女が敵うわけがない。ルベルがいくら暴れても、男達に掴まれた手足はびくともしない。 男達は下卑た笑みでルベルを見下ろし、手を止めようとしない。 「へへ、いいねぇ。その悲鳴。そそるぜ」 「ウブなフリまでしてくれるなんて、サービス満点だな」 「それでこそ犯しがいがあるってモンだぜ」 「けどよぉ、ずっと足押さえてんのもめんどくせぇな」 「なら、これ使わせてもらおうぜ」 ひとりがルベルが持っていた箒を手に取り、ニヤリと笑う。男達は彼の意図を瞬時に理解し、下卑た笑みを濃くする。 性知識もほとんどないルベルだけが理解できず、未知なる恐怖に震えた。 「そいつはいい」 「俺は右をやる」 「じゃあ俺は左だな」 「な、なに? 何をするの……? お願い、やめて……」 男達は箒の柄にルベルの足首を縛り付け、足を閉じられないように固定してしまった。 「こんな格好いや! やめてってば! 私はスパイじゃありません!」 「おうおう、泣け泣け。お前が泣くほど興奮する」 「そろそろその邪魔なメイド服を剥いじまうか」 ひとりが短剣を取り出し、鞘をルベルの顔の横に放り投げた。耳元で響く重たい音が、ルベルの恐怖を増幅する。 「じっとしてろよ? お前も痛い思いはしたくないだろ?」 銀色の刃が鈍い光を放ちながら、ルベルの胸元に近づく。他の男達が胸部の服を引き上げ、切りやすいようにする。 ルベルは震えながら短剣を見つめることしかできな
数日後の朝、雲一つない青空が広がっていた。物干し竿の下で、ルベルとセキナは空を見上げる。「いい天気だ! やっぱり青空はいいねぇ」「えぇ、そうですね。ですが……」 下を見てふたりはため息をつく。足元には大量の洗濯物がある。ここ3日、ずっと雨が降り続けていたせいで、洗濯物が溜まってしまった。 宿舎の隣には小屋がある。以前騎士団の数が増え、宿舎に入り切らなかったため、急遽作った小屋だ。 雨の日はそこに室内干しをして、床にぐしゃぐしゃにした古紙を並べていたが、2日かけてようやく1日分の洗濯物が乾くという有り様だった。つまり、ふたりの足元には2日分の洗濯物がある。「こりゃ、ふたりがかりでやっても、飯を作る時間までに終わりそうにないね……。悪いんだけど、ルーは朝食が終わったら、布団を干してくれるかい? 私は洗濯物を干してから、すぐ合流するから」「分かりました」 セキナの言う通り、ふたりでひとつの仕事を片付けるよりも、分担したほうがはやく終わりそうだ。ルベルは素直にうなずく。「決まりだね。それじゃ、やれるだけやって、今日も美味い飯作るよ」「はい!」 ふたりは干せるだけの洗濯物を干すと、朝食を作る。味付けの仕方を教わったルベルは、ひとりでスープを作れるようになっていた。おかげで作業時間が以前より短くなっている。短時間ではあるが、お茶をする時間を作れるようになった。 今日はどう頑張っても、お茶はお預けだろうが……。 騎士達に朝食を振る舞うと、自分達も急いで詰め込み、食器を洗う。休む暇もなくセキナは外に、ルベルは5階に向かった。 雨が続いた後は、すべての布団を干さなくてはならない。全部は無理でも、セキナが合流する前にできるだけたくさんの布団を干しておきたい。 部屋に入ると、部屋には男性特有の汗臭さが籠もっていた。ルベルは顔をしかめながらも窓を全開にし、布団を干していく。掃き掃除をし、次の部屋へ。それをひたすら繰り返していく。 なんとか5階の布団干しと掃除を終えると、4階の奥の部屋に入る
「可愛いヤツめ」「もう、茶化さないで。そういうこと、言われ慣れてないの」「何を言う。あの頃は誰もがお前を愛し、憧れていただろう」 彼の言う「あの頃」は、王女だった時のことをさす。ルベルは当時のことを思い出した。 社交パーティに出れば、多くの王子や貴族がルベルをダンスに誘っていた。だがそれは、ルベル自身を見ていたわけではない。そんなことは、彼らの目を見ればすぐに分かった。「何人もの王子や公爵から、求婚されていただろう」「あれは……、国益のための求婚であって、私に気があったからじゃないもの……」 あれらの求婚を愛されていた証と言うのは、抵抗があった。国益が重要なのは重々承知だが、国益ありきでは純愛とは呼べない気がしたからだ。「やれやれ、男心というものが分かってないようだ」「え?」「今では女性を蝶よ花よと扱えと言われているが、俺達の両親の時代は、男尊女卑が当たり前だった。そんな厳格な父の前で、恋にうつつを抜かしていると悟られるのが嫌で、あくまでも国益のためということにしているに過ぎない。もちろん、本当に国益のためにと考えている王子や貴族もいるがな」「そういうものなの?」 ルベルは自分の両親のことを思い出す。ふたりは見ているこっちが恥ずかしくなるくらい仲が良く、普段から互いを褒め、移動する時は常に腕を組んでいる。どちらかが体調を崩すと、熱心に看病をしていた。 王族きってのおしどり夫婦と言われる両親は稀なのだと、よく聞かされていたものだ。「そういうものだ。息子はいつだって、厳格な父には逆らえない生き物だからな」 そう言ってベルメリオは寂しそうに笑う。「レイ様?」 ルベルが名前を呼ぶと、ベルメリオをルベルを抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。「ルベル、名前で呼んでくれ。騎士団長としてではなく、本当の名前を……」 甘く切ない囁きが、ルベルの心と鼓膜を震わせる。「ベル……」「あぁ、心地いい…&hellip
それからは、ルベルにとって甘い日々が続いた。仕事はハードだったが、少しずつ慣れてきて、効率よくこなせるようになってきた。 苦戦していた布団干しも、今ではコツを掴んで楽にできる。 最近はセキナに具材の切り方を教わっている。と言っても、ルベルは初心者なので、野菜はセキナが皮むきや芽を取ったものだが。 具材のカットを任されるようになる頃には、アーロやアリアのことなど、思い出しもしなかった。それだけ宿舎での日々が充実している。「カットだけでも、してもらえると助かるよ。おかげで余裕が出来てきた」「微々たるものですが、お役に立ててよかったです」「何言ってるんだい。ひとりでやる時より、だいぶ楽だよ。ルーがカットしてくれてる間に、他の料理を作れるからね」 皮むきを終えたセキナは、別の作業台に行って他の料理を作り始める。(いつか、私も1品くらい任せてもらえるようになるといいな……) そのためには、包丁に慣れなくてはならない。ルベルは少しでもはやくセキナに恩返しできるように、不器用な手つきで野菜をカットし続ける。(少しは、成長した、かな……?) 野菜を切り終えると、ボウルにまとめた野菜を見る。以前はサイズにバラつきがありすぎて、セキナに笑われていた。均一とは言えないが、その頃に比べれば、サイズの差は減ってきたように思う。「上手にカット出来たね。じゃあ、それをあの鍋に入れておくれ」「分かりました」 ボウルの野菜を指定された鍋に入れていく。鍋には既に、3分の2ほどの水が入っていた。どうやらこの野菜はスープ用だったらしい。「スープの味付けを教えるから、見ておくんだよ」「はい!」 料理を教えてもらえるのが嬉しくて、元気よく返事をする。セキナはそんなルベルを微笑ましく見守りながら、スープの作り方を教えた。 夜になると、ルベルはベルメリオの部屋に行く。「待っていたぞ」 ベルメリオはルベルを招き入れると、仮面を外して彼女を抱き上げる。そのままベッドに座り、ルベルを膝の上に乗せた。「ここの暮らしはどうだ?」「皆さん本当によくしてくれて、天国みたいだわ。この髪も、誰もからかってこないし」 ルベルは自分の髪に触れる。セキナに言われてからは、毎日ポニーテールにして仕事をしている。最初はまた差別されたり、からかわれたりするのではないかと思ったが、誰もそんなこと