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十年の偽りを断ち、最高の愛を

十年の偽りを断ち、最高の愛を

Oleh:  ばら肉Tamat
Bahasa: Japanese
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結婚式当日、新郎である周防謹一(すおう きんいち)は、幼馴染の佐藤静香(さとう しずか)と二人きりで、離島旅行へと旅立った。 それと同時に、私――池田音葉(いけだ おとは)に届いたのは、最高級ホテルのカップル限定プランの決済通知だった。 集まった親族や友人たちからは、困惑と嘲笑の言葉が浴びせられる。 そんな私に、謹一は冷淡に言い放った。 「結婚式なんてただの儀式だ。お前一人でも進められるだろう」 それだけ言うと、彼は一方的に電話を切った。 父は怒りのあまり心臓発作で倒れて入院し、急ぎの手術費用が必要になった。 それなのに、謹一は私たちの共通口座から金を引き出し、静香のためにロマンチックな花火を打ち上げていた。 父が意識を取り戻したその瞬間、私は親の勧める見合い相手と入籍することを決意した。

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Bab 1

第1話

結婚式当日、新郎である周防謹一(すおう きんいち)は、幼馴染の佐藤静香(さとう しずか)と二人きりで、離島旅行へと旅立った。

それと同時に、私――池田音葉(いけだ おとは)に届いたのは、最高級ホテルのカップル限定プランの決済通知だった。

集まった親族や友人たちからは、困惑と嘲笑の言葉が浴びせられる。

そんな私に、謹一は冷淡に言い放った。

「結婚式なんてただの儀式だ。お前一人でも進められるだろう」

それだけ言うと、彼は一方的に電話を切った。

父は怒りのあまり心臓発作で倒れて入院し、急ぎの手術費用が必要になった。

それなのに、謹一は私たちの共通口座から金を引き出し、静香のためにロマンチックな花火を打ち上げていた。

父が意識を取り戻したその瞬間、私は親の勧める見合い相手と入籍することを決意した。

……

父はあの結婚式で命を落としかけた。だから、父と母からこの願いを切り出されたとき、私は微塵の迷いもなく頷いた。

一度も会ったことのない見合い相手が私の連絡先を追加した。

簡単な自己紹介を済ませると、トントン拍子に挙式の日取りが決まった。

両親は心底ほっとした様子で私を見つめている。

母は涙を拭い、私の手を握りしめて言った。「謹一とは十年も一緒だったのに、結婚式当日にあんな仕打ちをするなんて……

彼があなたのことをどれほどぞんざいに扱っているか、これ以上ないほど思い知らされたわ。今まで無理強いはしたくなかったけれど、でも今は……」

「お母さん、わかっているわ」

「そう……なら、式は早めに済ませましょう。謹一が戻ってきて、また余計な揉め事を起こす前にね」

こうして、私は見合い相手と今週の日曜日に挙式し、その足で入籍する約束をした。

式までの四日間、両親は私に謹一と過ごした十年間の荷物をすべて整理させ、一刻も早くあの家を引き払うよう促した。

病院から戻ると、マンションの玄関先には宅配便が山積みになっていた。

すべてあの離島から送られてきた特産品だ。

マンゴー、ココナッツ、そして大量の海鮮。

謹一の電話は相変わらず繋がらないが、SNSの投稿だけは絶え間なく更新されている。

チャット画面は、私が「式が始まる時間なのに、どうしてまだ来ないの?」と送った問いに対し、彼が島の位置情報だけを送りつけてきたところで止まったままだ。

私は彼のトークルームのピン留めを外し、十年も使い続けていたペアアイコンを別のものに変えた。

すると間もなく、彼から【?】とだけメッセージが届く。

私が無視を決め込んでいると、すぐにボイスメッセージが送られてきた。

「また何をごねてるんだ?アイコンを変えて当てつけのつもりか?お前が変えるなら俺も変える。どうせこんな古臭いアイコン、もう飽き飽きしてたんだ」

彼は宣言通り、すぐに新しいアイコンに変えた。

それから数分もしないうちに、静香もアイコンを更新した。

お揃いのペアアイコンだった。

もう、こんな風に互いを削り合うだけの不毛な駆け引きに付き合う気力なんて、これっぽっちも残っていない。

【わかった】

私はただこの一言だけ返した。

タイムラインのトップに固定していた結婚写真を削除した。

アプリを閉じようとしたその時、謹一の新しい投稿が目に飛び込んできた。

彼は静香と二人でクルーザーに乗り、島の絶景を満喫していた。ビキニ姿の静香は、愛おしそうに彼の胸に寄り添っている。

画面から溢れんばかりの親密さが、嫌というほど私に突きつけられる。それなのに、彼の投稿に添えられた言葉は相変わらず「親友」だった。

【静香は、永遠の親友】

――十年連れ添った恋人を式場に一人置き去りにしてまで、失恋してわずか二日の静香を慰めるために島へ飛ぶ……そんな「親友」がどこにいるの。

以前の私なら、こんな投稿を見れば逆上して謹一を問い詰めていただろう。

そして彼に疎ましがられれば、一晩中眠れずに泣き明かし、何度も彼に「ごめんなさい」と謝り続けていたはずだ。

私が傷つき、嫉妬することを知りながら、謹一は何度も私の限界を試し、自分の意のままに動く操り人形にしようと私を飼い慣らしていた。

今回の結婚式の一件は、その仕上げだったに違いない。

けれど、彼は決定的なことを見誤っている。飼い慣らすための前提条件は、私がまだ彼を愛していることだということを。

彼はその後も、静香との親密な写真を次々と投稿した。中には頬にキスをしているものまであったが、今の私にはもはや一瞥する価値さえ感じられない。

私は、見合い相手と結婚式の打ち合わせを進めていた。

彼はとても物腰が柔らかく、私の提案にはすべて同意し、さらに私のあやふやな考えを補完するようなアイデアまで提案してくれた。

驚いたのは、彼が私の新しいアイコンを一部トリミングして、自分のアイコンに設定してくれたことだ。

正直に言って、その瞬間、私は嬉しかった。

謹一からのメッセージさえ目に入らなければ、もっと嬉しかったんだろう。

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第1話
結婚式当日、新郎である周防謹一(すおう きんいち)は、幼馴染の佐藤静香(さとう しずか)と二人きりで、離島旅行へと旅立った。それと同時に、私――池田音葉(いけだ おとは)に届いたのは、最高級ホテルのカップル限定プランの決済通知だった。集まった親族や友人たちからは、困惑と嘲笑の言葉が浴びせられる。そんな私に、謹一は冷淡に言い放った。「結婚式なんてただの儀式だ。お前一人でも進められるだろう」それだけ言うと、彼は一方的に電話を切った。父は怒りのあまり心臓発作で倒れて入院し、急ぎの手術費用が必要になった。それなのに、謹一は私たちの共通口座から金を引き出し、静香のためにロマンチックな花火を打ち上げていた。父が意識を取り戻したその瞬間、私は親の勧める見合い相手と入籍することを決意した。……父はあの結婚式で命を落としかけた。だから、父と母からこの願いを切り出されたとき、私は微塵の迷いもなく頷いた。一度も会ったことのない見合い相手が私の連絡先を追加した。簡単な自己紹介を済ませると、トントン拍子に挙式の日取りが決まった。両親は心底ほっとした様子で私を見つめている。母は涙を拭い、私の手を握りしめて言った。「謹一とは十年も一緒だったのに、結婚式当日にあんな仕打ちをするなんて……彼があなたのことをどれほどぞんざいに扱っているか、これ以上ないほど思い知らされたわ。今まで無理強いはしたくなかったけれど、でも今は……」「お母さん、わかっているわ」「そう……なら、式は早めに済ませましょう。謹一が戻ってきて、また余計な揉め事を起こす前にね」こうして、私は見合い相手と今週の日曜日に挙式し、その足で入籍する約束をした。式までの四日間、両親は私に謹一と過ごした十年間の荷物をすべて整理させ、一刻も早くあの家を引き払うよう促した。病院から戻ると、マンションの玄関先には宅配便が山積みになっていた。すべてあの離島から送られてきた特産品だ。マンゴー、ココナッツ、そして大量の海鮮。謹一の電話は相変わらず繋がらないが、SNSの投稿だけは絶え間なく更新されている。チャット画面は、私が「式が始まる時間なのに、どうしてまだ来ないの?」と送った問いに対し、彼が島の位置情報だけを送りつけてきたところで止まったままだ。私は彼のトーク
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第2話
【まだ怒ってるのか?色々送ってやっただろ。食べ物や飲み物、それにコスメも】【俺と静香のペアアイコン見たか?今頃一人で泣いてるんだろ?】【意地を張るからこうなるんだ。一言『ごめんなさい』って言えば、アイコンを戻してやってもいいぞ】いつもの言い草だ。どちらに非があろうと、彼の口にかかれば最後にはすべて私のせいにされる。彼は昔からそうだった。私が「自分の都合のいいように私を操ろうとしてる」と抗議しても、彼は「事実を言っているだけだ。俺がいつそんなことをした」と平然と言い張る。今、この愛という名の檻から出て客観的に眺めてみれば、私はただ、自分がどこまで彼の理不尽に耐え、言いなりになるかを試されるための道具に過ぎなかったのだと痛いほど分かった。返信をしないでいると、彼は私が黙って非を認めたと思い込んだらしい。新しいペアアイコンの候補を送ってきた。【静香がこれ可愛いって言ってるから、これにしようぜ。俺が男の方で、お前は犬の方な】飼い主がパグを引き連れているカートゥーン調のアイコン。どこが可愛いのか、私にはさっぱり分からない。彼は私の返事も待たず、さっさと自分のアイコンをそれに変えていた。【静香に使わせてあげて。私は好きじゃないから】【後悔するなよ!】彼は不満げに【!】を送ってきた。二人は本当にアイコンを揃え、さらにSNSに投稿した。私をタグ付けまでして。【彼女が変えていいって言うから、言う通りにしたよ】そんなわざとらしいコメントを添えた。私は彼の通知をオフにし、スマホの電源を切ると、淡々と荷造りを始める。一晩かけて自分の持ち物をすべてまとめ、家中にあった私たちの写真はすべて切り刻んでゴミ箱に放り込んだ。これまで彼からもらったプレゼントも、一つとして持っていかない。あの家を後にしようとしたとき、近所の人に呼び止められた。「あら、新婚旅行に行ってたんじゃなかったの?旦那さんが毎日写真をアップしてるけど、男の人の加工って本当に加減が分からないわよね。あなた、写真だと誰だか分からないくらい別人になっちゃってて」私は首を横に振った。「あれ、私じゃないんです。結婚もしていませんし、今は独身ですから」近所の人は不思議そうに頷いていた。車を出そうとしたとき、謹一がまるで放り出した結婚式を思い出し
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第3話
あの日以来、私は結婚式の準備に取り掛かろうとしていた。けれど、見合い相手の彼がすでにすべてを完璧に整えてくれていた。挙式の前日、両親同士の正式な顔合わせが行われた。父はまだ体調が優れなかったため、私と母の二人で会場へと向かった。広々としたホテルのロビー。ロングコートを颯爽と羽織った一人の男性が、穏やかな微笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってきた。「やあ、音葉さん、おはよう。僕、江藤陽斗(えとう はると)だ」「池田音葉です。よろしくお願いします」彼に案内されて個室の扉を開けた瞬間、私はその場に立ち尽くした。陽斗の実家が、両親の長年のビジネスパートナーで、バイオ研究企業を経営しているとは聞いていた。けれど、まさか目の前に座っているのが、大学院時代の指導教官だった江藤悦子(えとう えつこ)教授と、その夫の江藤大翔(えとう ひろと)だなんて、夢にも思わなかった。院生時代、悦子先生とは親子ほど年齢が離れているにもかかわらず、不思議と気が合って親友のような間柄だった。数十歳の年の差なんて微塵も感じさせないほど、私たちはあらゆる話題で意気投合していた。そういえばあの頃、一度だけ陽斗に会ったことがあった。悦子先生に頼まれて陽斗にお弁当を届けに行った際、彼はマスク姿で黒いリュックを背負っていた。「どうも」と短い挨拶を交わしただけで、彼の顔をよく見る暇もなかった。あの時はすぐに謹一から「静香の荷物運びを手伝え」と電話で呼び出され、追い立てられるようにその場を去ったのだ。今、ようやく彼の姿をはっきりと捉えることができた。謹一とは正反対のタイプだ。何より、彼には謹一にはない大人の落ち着きがあった。彼は余計な口を挟まず、終始穏やかに私たちの話に耳を傾けていた。私たちが出した条件を、彼らは二つ返事で快諾してくれた。悦子先生にいたっては、私たちの挙式のために海外出張の予定まで先延ばしにしてくれたほどだ。悦子先生は私の手を優しく握り、温かい眼差しを向けた。「今度の式は、すべて音葉の思い通りに進めて。陽斗も、あなたの決断を全面的に尊重すると言っているわ。私と夫も、同じ気持ちよ」「ありがとうございます……」思わず口をついた感謝の言葉に、悦子先生は少しだけ眉をひそめた。「他人行儀ね。お礼なんていらないわ」それから悦子先生は、親同士で
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第4話
私の事情をよく知る友人たちは、阿吽の呼吸で彼の電話を無視したし、話題にすら出そうとしなかった。両親の喜びようといったらなかった。二人が陽斗に満足しているのは一目瞭然だったし、謹一の時とはまさに雲泥の差だ。今着ているこのウェディングドレスだって、陽斗が短期間で誂えてくれたフルオーダー。あのサイズも合わずにだらしなく余っていたウェディングドレスとは、比べるのも失礼なくらい、何もかもが違っていた。謹一はあの時、「お前のために特注したんだ」と私に言った。私はそれを信じて、馬鹿みたいに感動した。けれど後になって知った。あれは、静香のサイズに合わせて作られたものだったって。私は静香ほど背も高くないし、骨格も華奢だ。私があれを着ると、まるで大人の服を無理やり着せられた子供みたいで、本当に不格好だった。謹一はそんな私を見ても、罪悪感なんて微塵も感じていないようだった。自分が何か間違ったことをしたなんて、これっぽっちも思っていない。惨めさに耐えている私にひたすらスマホを向け、あざ笑うように写真を撮っては、静香に愚痴をこぼしていた。「見てよこれ、ウケるんだけど。ドレスが今にもずり落ちそうだよな。君が試着した時はあんなに綺麗だったのに、こいつが着ると台無しだ」彼はそう言って、静香がそのドレスを試着した時の写真をわざわざ見せてきた。そこに写る静香は、まるで本物の天使のようだった。いつも「写真は苦手だ」と言い訳していたはずの謹一が、静香のことだけは息を呑むほど格別に美しく撮っていたのだ。彼女はドレスを完璧に着こなし、私よりずっと様になっていた。それを引き合いに、謹一は私の体型を「まな板」だと嘲笑った。「俺が拾ってやらなきゃ、お前なんて一生独身だったんだぞ」とまで言い放った。今の私には、私のために誂えられた世界に一着だけのドレスがある。それに身を包み、ゆっくりと陽斗の元へ歩いていくと、彼の瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。正式に会った回数なんて、まだ片手で数えるほどだっていうのに、彼はまるでもうずっと昔から私を待っていてくれた……そんな気がした。「誓います」私が迷いなく誓いの言葉を口にすると、彼は涙をこぼしながら私を見つめた。指輪を交換しようとした、その時だった。披露宴会場の扉が乱暴に開き、謹一が現れた。
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第5話
「よくも俺を殴ったな!」「ええ。殴っちゃいけない理由でもあるの?」謹一は信じられないといった顔で私を凝視している。まるで自分が悲劇の主人公にでもなったかのような、今にも崩れ落ちそうな表情だ。その目に涙を溜め、私の手を握りしめて訴えかけてくる。「怒ってるなら、ちゃんと話し合えばいいだろ。こんなことして……俺がどれだけ傷つくか、分かってるのか?」――傷つく?これまで何年も、彼が静香と無神経にベタベタするたびに、私がどれだけ傷ついてきたか。その時、彼は一度だって「話し合おう」なんて言ってくれただろうか。二人の歪な友情の中で「お邪魔虫」を演じるのをやめた途端、これほどまでに被害者面をされるなんて。……本当に、理解に苦しむ。静香は、まるで私が大罪でも犯したかのような顔で謹一に寄り添い、私をなじり始めた。「謹一は少しでも早く帰ろうと何度もフライトを早めて、夜も寝ないであなたのためのプレゼントを一生懸命選んでたのよ!彼がこれほど尽くしてくれている時に他の男と式を挙げるなんて、彼に申し訳ないと思わないの?」――プレゼント?あのマンゴーにココナッツ、海鮮、それに化粧品のこと?私は静香を見て、鼻で笑った。「私たちの問題に首を突っ込まないで。黙っててくれる?」すると静香は、捨てられた子犬のような弱々しい目で謹一を見つめた。「謹一……ごめんなさい。私はただ、あなたが可哀想で……でも、まさか音葉にここまで恨まれているなんて思わなかったの」そうやって彼女は、すべての非が私にあるかのように印象操作をする。謹一の瞳には、私への怨念と不満がはっきりと宿った。彼は、私の肩を乱暴に突き飛ばした。「静香のどこが間違ってるんだよ!彼女は俺の親友だ。俺たちのことに口出しして何が悪い!」謹一をじっと見つめながら、私はただ、底知れない虚脱感に包まれていた。自嘲気味に浮かべた笑みには、もう何の力もこもっていなかった。「……私、マンゴーもココナッツも海鮮も、全部アレルギーなの。知らなかった?それにあの化粧品も、私が普段使ってるものじゃない。全部、静香が好きなブランドでしょ。私の好みなんて、最初から眼中にないのね」謹一の顔に、一瞬だけ動揺が走る。「……それは、ついど忘れしただけで。わざとじゃないだろ。そんな細かいこと、いちいち完
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第6話
新居に着いて車を降りると、玄関には色鮮やかな花束と、私を歓迎するウェルカムボードが飾られていた。驚いたのは、部屋の内装やインテリアが私の昔からの好みと寸分違わず同じだったことだ。陽斗はエスパーか何かなのかと思うくらい、私のすべてを知り尽くしている。どうしてここまで私のことを理解してくれているのか、不思議でならなかった。家の中では両家の親が手料理を並べて待っていて、お祝いのケーキまで用意してくれていた。最後まで楽しく食事を終えられたけれど、かつて謹一を彼の実家に連れて行った時の、あの息が詰まるような気まずさは微塵もなかった。あの頃の私は、一言発するたびに謹一の顔色を伺い、彼が機嫌を損ねていないかビクビクしてばかりいた。彼はいつも「お前の親は俺を嫌っている」「俺を見下している」という被害妄想を口にしていた。どこでそう感じたのか私にはさっぱり分からなかったけれど、彼を刺激しないよう、私は親に「彼は繊細だから言葉に気をつけて」とあらかじめ釘を刺していたのだ。そのせいで両親も気を使いすぎてしまい、冗談の一つも言えない。食事の時間はいつも重苦しい空気に包まれていた。けれど今日は、みんなが心から笑い合っていた。私の緊張もすっかり解けて、ただただ和やかな時間が流れていた。陽斗は私の反応を常に気遣ってくれて、話題も私が興味のあることばかりを選んでくれた。食事の後、二人で片付けを終えると、両親たちはそれぞれの家へと帰っていった。急に静まり返ったリビングは、どこか少し広すぎて寂しい感じがする。私の愛猫がトコトコと部屋を歩き回り始めたけれど、陽斗が近づいてもパニックになって逃げ出す様子がない。それが不思議で仕方がなかった。私は猫を抱き上げ、陽斗に尋ねた。「陽斗って、普段から猫を飼ってたりするの?」「いや、飼ってないけど……どうして急にそんなことを?」私は苦笑しながら、これまでのことを話した。「この子、周防謹一が来るといつも怯えて逃げ回ってたから。だから、この子と彼が同じところにいることなんてまずなかったの。佐藤静香が遊びに来た時なんて、猫のほうが牙を剥いて飛びかかることさえあったくらい」そのせいで、謹一からは何度も「この猫を誰かに譲れ」としつこく迫られていた。私が頑なに拒み続けていたら、彼は私の留守を見計らって勝手
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第7話
私の激しい動揺を察したのか、陽斗は手際よくカットしたフルーツと、私の大好物であるショートケーキを運んできてくれた。「ひとまず、何か食べて落ち着いて。そんなに腹を立てたら体に障るから」私が監視カメラの映像を消そうとしたその時、画面の中の静香が、リビングに置いてあった私のパソコンを手に取るのが見えた。何かがおかしい。彼女は三十分もの間、食い入るように画面を眺め、しまいには自分のスマホで何度も画面を撮影して、満足げに去っていったのだ。「周防謹一のこと、信じていたのに……猫を愛せないまでも、まさか虐待までするなんて思いもしなかった」話している最中も、スマホの通知音がひっきりなしに鳴り響いていた。「こんな時間に誰だろう」と不思議に思いながら画面を覗き込むと、SNSの通知欄がとんでもないことになっていた。普段から動画を投稿してはいたけれど、これほどの反響はかつて一度もなかった。「もしかして、ついにバズった……」そんな淡い期待に胸を躍らせながら、何が起きているのか確かめようと、通知欄のコメントやDMをそっと開いてみた。だが、そこには溢れんばかりの罵詈雑言が並んでいた。それだけじゃない。コメント欄には私の本名や住所といった個人情報が特定され、無惨に晒し上げられていた。さらに、陽斗の情報までもが引きずり出され、彼のアカウントにも誹謗中傷のコメントが殺到している。せっかくの新婚初夜だというのに、二人の電話は一刻も休まることがなかった。最初は状況が飲み込めず、つい無防備に電話に出てしまったけれど――それが間違いだった。電話の向こうから聞こえてきたのは、怒りに狂った見ず知らずのネット民の怒号だった。「クズ女!人を死に追いやっておいて、自分だけ幸せいっぱいに結婚するなんて……本当に恥を知りなさい!」「死ねばいいのに。真心を弄ぶような奴には、絶対に天罰が下るわ」次々と浴びせられる罵詈雑言。私には何が起きているのか、さっぱり分からなかった。状況がようやく掴めたのは、友人から別のSNSプラットフォームのURLが送られてきた時だった。リンクを開いた瞬間、目に飛び込んできたのは手術室での緊迫した蘇生処置を捉えた一枚の写真。そして、その傍らで今にも消えてしまいそうなほど痛々しく泣き崩れる静香の横顔だった。添えられた文章はこうだ。【一
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第8話
「興味ないわ」電話を切ったのとほぼ同時に、ネット上には例の告発動画がアップされていた。それを見た陽斗は、すぐに弁護士を手配すると言ってくれたけれど、私はそれを制した。「いいの。もっと騒がせておけばいいわ。自分たちで収拾がつかなくなるまでね」「でも、君が……」心配そうに私を見つめる陽斗に、私は微笑んで言った。「ねえ、旅行に行きましょう。新婚旅行の代わりよ」「……分かった、そうしよう」それからは早かった。すぐさまホテルと航空券を予約し、深夜のうちにスマホの番号も変えて、私たちはそのまま空港へと向かった。この旅行を通して、私と陽斗の距離は一気に縮まり、二人で夢のような時間を過ごした。SNSは一度も見なかった。連絡が取れるのは、私の両親だけだ。帰国を目前に控えたある日、久しぶりにSNSを開くと、友人たちからおびただしい数のメッセージが届いていた。そこで初めて、謹一が今回の炎上騒動を逆手に取り、なんと数百万人のフォロワーを獲得していることを知った。退院した彼は、あろうことか静香と一緒にライブ配信まで行い、アカウントには二人の「友情物語」が次々と投稿されていた。私を踏み台にしてフォロワーを荒稼ぎし、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで活動を軌道に乗せているというわけだ。一通り目を通し、静香が投稿した記事の数々も確認した。私が沈黙を守っていたせいで、世間は彼女の作り話を真実だと思い込み、どの投稿も凄まじい反響を呼んでいた。欲深い彼女のことだ、これほどバズっている投稿を自分から消すはずがない。だが、その油断こそが私への追い風となった。私は後の反撃のために、すべての投稿を保存し、完璧な証拠としてスクリーンショットに収めた。国内の空港に降り立ったのは、すっかり日が暮れた夜のことだった。投稿する内容の最終チェックを終え、陽斗と共に実家へと向かった。幸いなことに両親にこれといった実害はなかったけれど、顔を合わせるなり、私のことを案じていたことが痛いほど伝わってきた。「周防謹一のことは、昔はただの世間知らずだと思っていたが、まさかここまで性根が腐っていたとはな……このまま放っておいたら、お前たちのこれからの生活に障るんじゃないか?一度、裏で話し合って和解したほうがいいんじゃないか?」父は怒りと不安を隠せない様子でそう言っ
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第9話
「もう過ぎたことだよ。ただ、あの時のショックがあまりに大きすぎたんだ。まさか旅行から帰ってきたら、自分の婚約者が別の男と結婚しているなんて……思いもしなかったから」彼が被害者面を強調すると、すかさず静香が追い打ちをかけた。「彼はあなたにそんなにたくさんのものを買ってくれたのに……旅行から戻った彼が目にしたのは、別の男と愛を誓うあなたの姿だった。そんな残酷な仕打ちを受けて、まともでいられるはずがないじゃない!」乾いた音が響き、私は静香の頬を思い切りひっぱたいた。「何をするんだ!」「逆ギレかよ!」周囲の野次馬たちが一斉に色めき立ち、私を非難する声が上がる。「静香が寄り添っていなかったら、謹一は今頃死んでいたんだぞ」「人殺しも同然だ!」私は、その中でも一番大きな声を上げていた男を冷ややかに見据えた。「私が彼女を叩いたのには、それ相応の理由があるの。外野がとやかく言わないでくれる?」静香は頬を押さえながら、憎しみに満ちた視線で私を睨みつけてくる。私は構わず、謹一に告げた。「周防謹一、これが最後のチャンスよ。今すぐ私に謝罪して、ネット上に正式な謝罪文を出しなさい。そうすれば、せめてもの情けでこれ以上は追い詰めない。もし拒否するなら、もう容赦はしないわよ」私の言葉を聞いても、謹一は余裕の表情を崩さなかった。世論は完全に味方につけたし、今さら決定的な証拠など出てくるはずがないと、完全に高を括っているのだ。事件からこれほど月日が流れていることも、彼の慢心に拍車をかけていた。彼は「これ以上、恥をさらすのはやめろ」と、さも私を諭すような口ぶりで、静香もそれに同調した。その揺るぎない自信が、あまりに滑稽で笑いが込み上げてきた。私は無言でプロジェクターを起動した。それと同時に、謹一がライブ配信に使っていたスマホのも、そのスクリーンを真正面から捉えた。大画面に最初に映し出されたのは、静香が猫を激しく折檻する場面だった。一幕ごとに映し出されるその光景は、目を覆いたくなるほど凄惨で、会場の空気は一瞬で凍りついた。ここで私は、あらかじめ連れてきていた愛猫を抱き上げた。彼らに勘づかれて対策を練られないよう、今まで隠しておいた。今はちょうどいいタイミングだ。普段はとても人懐っこいこの子が、静香の姿を認めるなり、狂ったように鳴き声を
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第10話
謹一は、ここでようやく事態の深刻さを飲み込んだようだった。何か言い訳をしようと口を濁らせてはいるが、言葉が出てこない。それもそのはず、今回の騒動はすべて、彼が静香と結託して仕組んだことなのだから。静香は彼にこう吹き込んだ。「音葉を徹底的に追い詰めれば、今の男との結婚を諦めて、あなたの元に泣きついてくるはずだ」と。謹一はその浅はかな提案を鵜呑みにした。たとえ私の元に戻ったとしても、世間に晒し者にされた私の人生が、修復不可能なほど台無しになることなど、これっぽっちも考えなかったのだ。その時、私は確信した。謹一という男は、結局のところ、自分という中心点から一歩も外に出られない、極めて独善的な人間に過ぎない。自分の手中にあったはずのものが思い通りにならなくなれば、彼は途端に平静を失う。そして、なりふり構わず、再びそれを支配下に置こうと足掻くのだ。だが、今の私は、彼がどう足掻こうとも二度と制御できない存在へと変わっていた。ライブ配信が続くなか、警察が会場に踏み込み、二人を連行していった。私はスマホの向こう側にいる、これまで無責任な噂で私を傷つけてきた者たちに向けて言い放った。「彼の末路は、そのままあなたたちの未来よ。これまで心ないデマを広め、私を叩いてきたひとりひとりに、必ず相応の報いを受けてもらうから」私は有言実行した。腕利きの法律事務所と契約し、誹謗中傷に加担した者たちを片っ端から提訴した。謹一と静香が収監された後、謹一から何度も面会の申し入れがあったが、私は一度もそれに応じることはなかった。私の誕生日当日、陽斗はずっと落ち着かない様子でそわそわしていた。私は用意していた必要書類をすべて揃えて彼の前に立ち、微笑みながら切り出した。「そういえば、まだ籍を入れてなかったわね……今から、役所に行かない?」その瞬間、彼の顔が一気に輝いた。急いで支度を整えると、彼は自らハンドルを握り、私を連れて入籍の手続きへと向かった。無事に受理された後、私は用意していた内祝いの品を友人たちに配って回った。陽斗は終始、穏やかな眼差しで私を見守っていた。ふと、その視線に覚えがあることに気づく。記憶を辿り、ようやく思い出した。あの日、たった一人で結婚式場に取り残された時、参列者席のどこかに、これと同じ眼差しがあった。
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