Se connecter涼介がアルバムを1冊取り出した。そこには、私が昔撮影した雑誌の表紙が収められていた。私は一瞬呆然とした。ずっと探しても見つからなかったものだ。てっきり、もう失くしてしまったのだと思っていた。まさか、涼介がこっそりしまっておいてくれたなんて。朝陽がアルバムを開き、指先で写真の中の私の顔をなぞった。涙が写真の上に落ちて、小さな花のようににじんで、朝陽は慌てて、それを一生懸命拭った。「だめ、ママの顔、汚しちゃだめだ」涼介も目を赤くしていた。私はただ、冷めた目でその光景を見つめ、声もなくため息をついた。翌日、愛梨は法廷に立たされた。罪状は、私の検査報告書を改ざんした、間接殺人にあたる罪だった。愛梨は自分にもう逃げ場がないと悟った。ならばいっそと、記者たちの前で、涼介との関係を洗いざらいぶちまけた。「涼介、自分がそんなに立派な人間だとでも思ってるの?この3年間、小夜が病院に閉じ込められている間、あなたは息子と一緒に、私といろんな所を旅行して回ってたじゃない。結婚するなら私がよかったって、あなた自身の口で言ったのよ。一番小夜に申し訳ないことをしたのは、私じゃない。あなたよ!」その一言一句は、記者の手によってそのままネットに暴露された。愛梨は懲役3年の判決を受けた。涼介もまた、世間の非難の矢面に立たされた。株価は急落し、株主たちは対応に追われて右往左往した。秘書は冷や汗を拭いながら、涼介に何度も電話をかけた。だが当の本人は動じるふうもなく、顔色一つ変えずに電話を切り、ただひたすらに薔薇の花を束ねることに没頭していた。生前、私が一番好きだった品種の薔薇だった。昔、涼介とデートするたびに、私はいつも花屋の花のセンスが悪いと文句を言っていた。それで涼介は独学で花の扱いを学び、私のために綺麗な花束を作ろうとしてくれた。病院で過ごした日々、私も何度となく口にしていた。もう一度、涼介が自分の手で束ねてくれた花が欲しいと。そのたびに涼介は、困ったように笑って言うだけだった。「今は忙しいんだ。今度、包んでやるよ」私は何年も待ち続けたが、その花が届くことはなかった。私が死んで、ようやくこの花束は、私の墓前に届けられた。涼介は久しぶりで手が慣れなかったのか、薔薇の棘で手のあちこちを
まもなく、涼介は愛梨に召喚状を送りつけた。その日、玄関の扉が激しく叩かれ、涼介が扉を開けると愛梨が出てきてどさりと膝をつき、その場に崩れ落ちた。愛梨は病衣を着たままだった。おそらく病院から抜け出してきたのだろう。彼女の顔は真っ青で、身を切るように泣いていた。「涼介、私が悪かった。本当に、悪いのは私ってわかってる。4年間愛し合った仲だと思って、どうか許してくれない?」愛梨が取り出した指輪が、私の目を深く刺した。その指輪は、かつて涼介が私にくれたものと、瓜二つだった。涼介は笑いながら、これは「許しの指輪」だと言っていた。これから先、喧嘩をして涼介を怒らせてしまった時は、この指輪を取り出して見せればいい。「そうすれば、俺の機嫌はきっと直る」と。私は笑顔で頷いたものだった。なるほど、この指輪は、涼介が私だけに贈ったものではなかったのだ。愛梨も、同じものを持っていた。今、涼介の体がぴくりと震えた。愛梨はここぞとばかりに、泣きながら訴え続けた。「涼介、私は小夜の一番の親友だったのよ。あの子の死だって、私一人のせいじゃないでしょう。私を刑務所に送ったりしたら、絶対に世間の噂になるわ。どうせ小夜はもう死んでしまったんだから、このことはもう終わりにしましょうよ。これから毎年、お墓参りをして詫び続けるって約束するから」愛梨の泣き方は、真に迫っていた。だが涼介の表情は、少しずつ暗く沈んでいった。涼介は足を引き、感情のない声で言った。「召喚状を取り下げるつもりはない。法廷に立って記者の前で、好きなだけ好きに言えばいい」愛梨は泣くのをぴたりと止め、信じられないという顔で涼介を見た。「涼介、あなたの会社は今、まさに上り調子じゃない。もし悪影響が出たら、間違いなく大打撃を受けるわよ。本当に、私にそこまでさせるつもり?」涼介の口調は、あくまで軽やかだった。「ああ、好きにしろ。もともと小夜には借りがある。これはその報いだと思うことにするよ」愛梨は恥をかかされた怒りで我を忘れた。「涼介、頭がおかしくなったの?これがあなたの会社にどんな影響を及ぼすかわかってるの?何代にもわたって積み上げてきた黒木家の身代も、あなたが何年もかけて築いてきた利益も、全部大打撃を受けるのよ。それでもいいの?」
「なんでそんなこと言うのよ!この子は私の子供なのよ、堕ろさない!」涼介は愛梨を見もせず、相変わらず淡々とした口調で言った。「お前に選択肢はない。そもそもお前がこんな真似さえしなければ、別荘を買ってお前をゆっくり休ませてやれたし、俺たちの子供も健やかに育てられたはずだ」涼介はそこで言葉を止めた。だが小夜は死んでしまった。涼介の心も、彼女と一緒に逝ってしまったのだ。人間とは、つくづく不思議な生き物だ。自分の近くにいる時は、それを当たり前だと思う。失って初めて、気が狂ったように取り戻そうとする。涼介が冗談を言っているのではないと悟り、愛梨は更に取り乱した。傍らで黙り込んでいる朝陽の腕を掴み、泣きながら訴えた。「朝陽、私のこと、一番好きだったよね?お菓子もおもちゃもたくさん買ってあげるから、パパを説得してよ。本当に刑務所に入ることになったら、私、終わりなんだから」だが朝陽は、もう以前のように彼女の言いなりにはならなかった。顔にはまだ涙の跡が残ったまま、冷たい表情で愛梨の指を1本1本振りほどいた。「パパから全部聞いたよ。愛梨さんは、僕のママじゃない!愛梨さんが――ママを傷つけたんだ!絶対に許さない!」愛梨は朝陽に突き飛ばされ、そのまま床に倒れ込んだ。下腹部に、突然激しい痛みが走った。愛梨がうつむくと、下半身から血だまりが広がっているのが見えた。「嫌、嫌ぁ!」愛梨の泣き声が、フロア中に響き渡った。しばらくして、愛梨は緊急処置室へと運び込まれた。医師が困った様子で、涼介に1枚の書類を差し出した。「黒木様、実は姫川様のお腹の赤ちゃんは、まだ助かる可能性があります。本当に手術を諦められますか?」「ああ、諦める」涼介は表情を変えずに署名すると、朝陽に向かって手を差し伸べた。「行こう。ママのために、綺麗なお墓を選びに行こう」朝陽は鼻をすすりながら、その手を握った。家に帰ると、涼介の足に何か小さな薬瓶が当たり、拾い上げて見た瞬間、涼介の顔色が変わった。慢性毒だった。3年前、小夜が薬を飲んで病院に運ばれた事件以来、家中の薬はすべて金庫に厳重にしまい込んでいたはずだった。この瓶だけは、小夜がどこかに隠し持っていたのだろう。検査報告書に記されていた、体内の薬物濃
愛梨の心臓が、どくりと跳ねた。さっきの検査結果には、確かにいくつか問題があった。だが自分でもよく確かめないまま、こっそり人に頼んで書き換えさせただけだった。ただ、涼介が今でも自分を信じてくれるかどうか、試してみたかっただけだ。ついでに、小夜にも自分の立場をわきまえさせようと思っただけ。できるだけ早く、黒木家の妻の座を譲ってもらいたい――それだけだったのに。小夜を、死に追いやるつもりなんて一度もなかった。愛梨は無理やり笑みを作った。「涼介、冗談やめてよ。小夜、さっきまで元気だったじゃない。死ぬなんてありえな……」涼介は上着をめくり、中の骨壺と死亡診断書を見せつけた。それが、刃物のように愛梨の目を刺した。愛梨の胸はますます重くなり、手の震えが止まらなくなったが、必死に心の底の動揺を押し殺した。「涼介、話はいったん家に帰ってからにしましょう。病院に忘れ物をしたから、先に取りに行くわ。あなたは先に朝陽を連れて帰って、待ってて」そう言うと、愛梨はよろめくように病院へと駆け戻った。病院で目についた看護師を、無理やり呼び止めた。「お願い、黒木小夜さんのさっきの検査報告書、見せてちょうだい」看護師は事情がわからないまま、それでも言われた通りにした。何項目もの数値が基準を大きく超えているのを見て、愛梨の体がびくりと震えた。小夜は、薬を大量に飲んでいたに違いない。もし自分が小夜の報告書を書き換えていなければ、涼介はきっと異変に気づき、彼女を救えていたはずだ。自分が――自分こそが、小夜を死に追いやったのだ。愛梨は恐怖のあまり、体の震えが止まらなくなった。そうしてとうとう覚悟を決め、この報告書を消してしまおうとマウスを手に取った。その時、大きな音を立てて扉が開いた。愛梨が振り返ると、深い淵の底のように暗い目をした涼介の視線とぶつかった。「愛梨、何をするつもりだ」愛梨は慌てて画面を消した。「な……なんでもないわ。涼介、どうしてここに?」涼介は取り合わず、大股で歩み寄って愛梨を押しのけ、マウスを奪おうとすると、背後から愛梨に強く抱きつかれた。愛梨は目を赤くして、泣きながら訴えた。「涼介、お願い、そんなことしないで」涼介は冷たい表情で愛梨を振り払い、すぐさまさっきのページを
手にしていたケーキが、べしゃりと床に落ちた。何か言おうとしたが、それよりも速く電話は慌ただしく切れ、その後に届いたのは場所だけを記したショートメッセージのみだった。物音に気づいた愛梨と朝陽が、慌てて駆け寄ってきた。床に落ちたケーキを見て、朝陽が涼介を笑った。「パパ、ケーキも持てないなんて、ドジだね」その声が終わるか終わらないかのうちに、涼介の体がぐらりと傾いだ。愛梨が慌てて駆け寄り、体を支えた。「涼介、大丈夫?朝陽、早くナースコールを押して」朝陽は慌ててベッドによじ登り、ナースコールを押した。耳元でざわめく声もろくに聞こえないまま、涼介はどうにか体勢を立て直し、よろめきながら、外へと駆け出した。背後から愛梨の呼び止める声が聞こえたが、振り返らなかった。頭の中は小夜のことでいっぱいだった。病院を出ると、涼介はアクセルを踏み込み、火葬場へと車を走らせた。途中、いくつもの赤信号を突っ切ったが、気にも留めなかった。ハンドルを握る手のひらは、緊張で汗が止まらなかった。心の中で、ひたすらに祈り続けた。これは嘘だ、冗談に決まっている。小夜がへそを曲げて、誰かに頼んでこんな芝居を打たせ、自分を脅かしているだけだ。そうだ、きっとそうに違いない。小夜の病気はもう良くなっているんだ、死ぬはずがない。まだ彼女の1000個の願いも、1つも叶えていない。まだ旅行にも連れて行っていない、まだ一緒に贅沢な食事もしていない。小夜が、こんな風にあっさり死んでしまうはずがない。車が火葬場の前で急停止した。涼介は慌ただしく火葬場の中へと駆け込んだ。職員がこちらを見て、笑いながらこう言ってくれることを祈った。「これは冗談ですよ。奥様に頼まれて、みんなであなたを騙そうと仕組んだことなんです」だが今、職員はただ重々しい表情でこちらを一瞥しただけだった。そして無言のまま、白い布をかけられた遺体の前へと案内した。「黒木様、奥様はこちらにいらっしゃいます。生前のご遺志に従って火葬させていただきます。よろしければ、こちらにご署名をお願いいたします」足元に鉛でも詰まったかのように重く、涼介はやっとの思いで白い布をめくった。現れたのは、血の気の失せた小夜の顔だった。白い布が滑り落ち、それとほとんど
涼介はベッドの脇に立っていたが、その表情に同情の色はなかった。あるのはただ、失望だけだった。「小夜、検査の結果はなんともなかったんだろう。いったい何のつもりで、あんな真似をしたんだ。ちょっときつく言っただけだろう。今日は朝陽の誕生日だったのに、わざわざあいつの前で倒れたふりをして怖がらせる必要があったのか?お前がこんな風になるとわかっていたら、俺は最初から結婚なんてしなかった!」検査結果の紙が私の顔に投げつけられ、ひりひりと痛んだ。紙に書かれた数値は、これ以上ないくらい偽物だった。だが顔を上げて涼介の嫌悪に満ちた目と合った瞬間、喉まで出かかった弁解の言葉を飲み込んだ。もういい、このままでいい。同情なんていらない、憐れみもいらない。おめでとう、涼介。あなたの願いは、もうすぐ叶う。少し言葉が過ぎたと気づいたのか、涼介の口調が幾分か和らいだ。「もういい、少し一人で頭を冷やせ。俺は先に朝陽とケーキを切ってくる。あとで迎えに来るから」そう言うと、涼介は振り返りもせずに病室を出て行った。ポケットの中で、まだ渡せずにいた御守りに触れ、私は慌てて後を追った。けれど涼介が隣の病室に入っていくのが見え、大きな音を立てて扉が閉まった。反射的に前に出て扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。窓越しに、愛梨が朝陽に誕生日の帽子をかぶせているのが見えた。涼介がクラッカーの紐を引くと、パンという音とともに、朝陽は舞い散るテープの中で目を閉じ、3つの願い事を唱えた。「1つ目の願いごとは、パパのお仕事がうまくいって、パパがいつも元気でいられますように。2つ目の願いごとは、ママがもっともっと綺麗になって、ずっと若々しくいられますように。3つ目の願いごとは、ママのお腹の赤ちゃんが元気に大きくなって、みんなでずっと一緒にいられますように」ろうそくの火が吹き消された。私の心の中に残っていた最後の光も、それと一緒に消えた。スマホがピコンと無機質な音を立て、愛梨からのメッセージが画面に浮かんだ。【あなたが扉の外にいるのは知ってるわ。さっきの話も全部聞こえてたんでしょう】【正直に言うわね。3年前、あのホテル予約のメッセージを送ったのは私。今回の検査結果を書き換えたのも私】【小夜、他人の感情なんて無理強い