━︎━︎医家術・三宗名家━︎━︎
◆『六華鳳宗《ろっかほうしゅう》』 所在地‥華山《かざん》
・華蘭瑛《ホア ランイン》 23歳
六華鳳宗の開祖の末裔。六華術を持つ市医の医家。 華山の乱を起こした宋長安《そんちょうあん》に嫌悪感を抱いている。六華術以外にも、末裔にしか持てないとされる慧眼術《けいがんじゅつ》を持っている。・華遠志《ホア エンシ》 58歳
六華鳳宗の現宗主。蘭瑛の叔父である。 穏やかで物腰が柔らかく、誰からも慕われている。 六華術はもちろん、漢方薬に詳しい。・華法志《ホア ホウシ》 54歳
遠志の双子の弟である。 足が不自由である為、鳳明葯院《ほうめいやくいん》で主に薬の調合をしている。・鈴麗《リンリー》・鈴玉《リンユー》 16歳
蘭瑛が可愛がっている双子の弟子。◆『玉針経宗《ぎょくしんけいしゅう》』 所在地‥橙仙南《とうせんなん》
・玉晩正《ギョクワンジョン》 50歳
玉針経宗の現宗主。針脈《しんみゃく》や手術を得意とする。六華鳳宗とは良好な関係を築いている。・王林杏《ワンリンシー》 50歳
玉晩正の妻。薬膳茶に詳しい。蘭瑛を可愛がっている。・玉秀沁《ギョクシウチン》 30歳
玉晩正と玉林杏の一人息子。眉目秀麗で頭が良く、 明るい性格から人気者の医家である。蘭瑛の兄的存在。◆『清命長宗《せいめいちょうしゅう》』 所在地‥ 青鸞州《せいらんしゅう》管轄の函谷《かんこく》
・清雲《セイウン》 60歳
清命長宗の現宗主。病を清めたり、予防医学に力を入れている。六華鳳宗とも玉針経宗とも仲が良い。・地《ジー》先生・広《グアン》先生・元《ユエン》先生
清雲の三人の弟子。・林《リン》先生 秀綾の父
◆その他
・暁明《シャオミン》 28歳 六華鳳宗へ薬草を届けてくれる薬の行商人(情報屋) 江湖郎中《こうころうちゅう》と呼ばれる流医━︎━︎四国《よんごく》━︎━︎
◆『宋長安《そんちょうあん》』
‥雷術《らいじゅつ》(守護術、探知術、神札の術、弓術)・王永憐《ワンヨンリェン》
(字)天藍《テンラン》(号)永豪君《ヨンゴウクン》 32歳
宋武帝の息子を救って以来、宋長安の国師として宋武帝に仕えている。剣心極道《けんしんごくどう》出身の剣豪である。誰もが羨むほど眉目秀麗だが、冷酷無情で女を寄せ付けず、堅物である。雷術の他に悟心術《ごしんじゅつ》を持つ。
・林宇辰《リンウーチェン》 30歳
永憐の側近・侍従で忠実な右腕。永憐の一番弟子である。頼まれごとは何でもこなし、永憐とほぼ変わらない強さを誇る。・梅林《メイリン》 55歳
永憐の専属侍女で食事係。蘭瑛と仲良くなり、蘭瑛のことを「ランラン」呼ぶ。過去は宋武帝の母、・(号)宋武帝《そんぶてい》 (字)宋栄辰《ソンロンチェン》 35歳
宋長安の皇帝。賢耀と光明の父。優しく気前が良い。永憐をかなり慕っている。今も亡くなった紫秞妃《シユヒ》を思い、紫を好んでいる。・宋賢耀《ソンシェンヤオ》 18歳
第一皇太子殿下。母は亡き紫秞妃。 永憐に命を助けてもらった恩義があり、永憐を兄のように慕う。甘え上手で、少し幼いところがある。・泰然《タイラン》 20歳
賢耀の護衛・宋光明《ソンコウミン》 17歳
第二皇太子殿下 母は光華妃。賢耀とは異母兄弟である。男色。 賢耀を酷く嫌い、永憐にも反抗的。生まれつき術を持つことができなかった為、何もできない。・半宿《バンシュウ》 20歳
光明の護衛・光華妃《コウファヒ》 34歳
現皇后。皇帝からは光娘《コウミェン》と呼ばれている。光明を溺愛し、後の皇帝にしたいと思考を巡らせている。賢耀の存在が疎ましい。かなりの見栄っ張りで傲慢。皇帝が手に負えないほどのわがままである。・美朱妃《ミンシュウヒ》 30歳
貴妃。朱源国の温朱の娘 光華妃に忠実。光華妃と様々なことを目論む。・雹華妃《ヒョウカヒ》 23歳
淑妃。青鸞州の皇后・水華妃の妹 肌が綺麗で美しく大人しい。東宮が産まれ、美朱妃から執拗な嫌がらせを受けている。・梓林《ズーリン》 28歳
光華妃の選定した流医の娘・秀綾《シュウリン》 23歳
梓林の雑務係。梓林にいいように遣われ、梓林を憎んでいた。蘭瑛と出会い良き友人となる。 父を赤潰疫で亡くしている。・江《ジャン》先生
・金《ジン》先生 秀綾と蘭瑛と一緒に働くオカマの男性薬師◆その他
・儷杏《リーシー》 30歳
永憐がいた剣心極道の女流に所属している女剣士。 永憐と結婚したいと強く思っている。・王心悦《ワンシンユエ》 55歳
永憐の養父でもあり剣の師匠。剣門山に住んで、今も剣心極道の道長として道門を開いている。・冠月《グァンユエ》 55歳
何の術も使え剣豪であった、今は亡き伝説の男。心悦の親友だった。◆『
・(号)朱陽帝《しゅうびてい》 (字)温朱《オンシュウ》 50歳
朱陽陽の皇帝。美朱妃の父。 四国の中では最年長。女好きでいつも愛人といる。 傲慢にしているが、実は何もできない。・端栄《タンロン》 30歳
朱陽帝の側近・護衛 温厚でとても優しい。朱陽帝をよく宥めている。 剣術に長けている。・辟鹿《ピールー》 30歳
朱源国で一番最強と言われているが、名前は尻込みする鹿である。◆『橙仙南《とうせんなん》』
‥風術《ふうじゅつ》(変化術《へんげじゅつ》、香術《こうじゅつ》、砂術《さじゅつ》、弓術)・(号)橙武帝《とうぶてい》(字)橙敏俊《トウビンジュン》45歳
橙仙南の皇帝。美凛の父。 宋武帝の父、宋長帝から良くしてもらった恩義があり、宋武帝を大切にしている。・橙仙月《トウシェンユエ》 42歳
橙敏俊の妻。美凛の母。・橙美凛《トウメイリン》 18歳
とても美人で謙虚。・橙剛俊《トウガンジュン》 40歳
皇弟。兄の橙敏俊と仲が悪い。・橙美春《トウミーチュン》 33歳
橙剛俊の妻。風宇の母。・橙風宇《トウフォンユー》 16歳
永憐の元で剣術を習う。術の扱いが上手い。・南深豊《ナンシェンフォン》 30歳
(字)青狐《チンフー》現在は橙仙国の大将軍
若い頃は永憐と一緒に討伐に出ていた。 永憐の次に強いとされている為、永狐(ヨンフー)の双璧と言われている。 変化の術(女の姿になれる)、剣術、弓術、風術、香術 特に変化の術には長けている。 ◆『青鸞州《せいらんしゅう》』 ‥水術《すいじゅつ》(空術《くうじゅつ》、氷術《ひょうじゅつ》、弓術、剣術)・(号)鸞氷帝《らんひょうてい》 (字)雲鸞凰《ユンランファン》 25歳
現皇帝。先帝を亡くしたばかりで四国では最年少の皇帝である。宋武帝と永憐に忠実である。一番下の弟・青明を可愛がっている。・水華妃《スイカヒ》 24歳
宋長安の淑妃・雹華妃の姉・晶麗《ジンリー》
鸞氷帝と水華妃との間に生まれた姫・雲龍凰《ユンロンファン》 23歳
皇弟。気性が荒い。兄を独占したいが故に弟・青明を嫌う。・雲青明《ユンチンミン》 21歳
鸞凰と龍凰とは腹違いの弟。ぼんやりしている。衝撃的な事実を知ってしまった蘭瑛は、あれから永憐と顔を合わすことがてきず、六華鳳宗へ帰らせてもらえないかと、宇辰を通して宋武帝に申し出た。 事情を知った宋武帝は、至急紫王殿に来るように蘭瑛を呼び寄せ、二人で話しをすることになった。 完全に正気を失った蘭瑛を見るやいなや、宋武帝は気を利かせ、今まで見たことのない豪華な花茶を差し出した。「呼び寄せて申し訳ないな。少し外で話そうか」「……は、はい」 随分と涼しさを感じる夜に、紫王殿の庭では蛍がふわふわと光り始めた。 外のカウチに腰を下ろし、宋武帝は蛍の光を目で追いながら静かに口を開く。「いずれはきちんと話さなければならないと思っていたのだが……永憐のことで、君を酷く傷つけてしまって申し訳ない。全ては私一族の責任だ。今更許しを乞うつもりはないが、当時、剣門山に所属していた永憐が、個人的な意思で君の父上を殺した訳ではないことは、どうか分かってやって欲しい。あれは、私の父上が理不尽に下した命令だったのだ……」 宋武帝は物寂しく空を仰いだ。 その横顔がどこか永憐に似ていて、蘭瑛はふと目線を逸らし、宋武帝の言葉を待った。 「永憐とは異父兄弟なんだ。この事実を知ったのは、十年ぐらい前だろうか。あいつは幼い倅を、祝言を控えていた妻の変わりに助けてくれてな……。せめてもの思いでここに呼んだんだが、少し気になるところがあって。ほら、私と顔が少し似ているだろう? だから、あいつの出自をこっそりと調べさせたんだ。そしたら、永憐はあの伝説の剣豪・冠月と母上の間に授かった子であると知って、それはそれは驚いたよ。私は永憐を弟だと思っているんだが、あいつは、自分を物凄く卑下な人間だと思っているらしく、自分は私の配下でいいと、皇弟として自分の立場を絶対に認めようとしないんだ」 何一つ自分のことを話さない永憐に、そんな秘密があったとは誰も知る由もない。 宋武帝は飛んでいる蛍を素手でそっと掴み、蘭瑛に見せながら続けた。「そんなあいつがある日突然、君を連れてきた。色欲も断ち、女の話に一寸とも触れようとしなかったあいつがだ。不器用で言葉足らずな奴だが、君には何か思うところがあったんだろう。誰よりも君のことを考えていたからな」 それは分かる。いつだって側
美しい月夜は儚げに消え去り、夢が覚めていくように二人の元に太陽が昇る。 「蘭瑛、朝だ。起きろ」 「…んーっ。ふぁい」 蘭瑛は欠伸をしながら上体を起こす。 永憐から寝巻きを渡され、寝台から降りて衣をさっと着る。 昨晩のことは途中までしか覚えておらず、途中から疲れ果てて眠ってしまったようだ。 「昨日はすまない。加減を忘れてしまっていた…。身体は大丈夫か?」 「…はい。大丈夫ですよ。私、途中で寝てしまったみたいですね。すみま…」 「せん」と続けようとした刹那、永憐に力強く抱きしめられた。 「嫌いにならないでくれ…」 「…ど、どうしたんですか?急に。永憐様を嫌いになる訳ないでしょう」 永憐は失うのが怖いといったような、どこか不安げな顔を蘭瑛に向けた。 今日から仙術の強化稽古が始まり、しばらく会えなくなると聞かされたが、稽古が終わったらまた会う約束をし、優しく口づけを交わした。 蘭瑛は隣の部屋に戻り、身支度を整えようと、寝巻きを脱いで鏡を見た。すると、首から下の上半身のありとあらゆる場所に、口づけの印を付けられていることに驚愕した。 (あれから、たくさん口づけされたんだっけ…。どうしよう…この無数の跡。何で隠そう…) 蘭瑛はとりあえず、葯箱から包帯を取り出し首元に巻き付けた。医局のオカマ医官に何か言われるかもしれないが、適当に遇らえば問題ない。蘭瑛は冷静さを保ちながら、医局へ向かった。 医局に到着すると案の定、オカマ医官二人に詰め寄られる。 「阿蘭、どうしたのよ?!その傷!ちょっと見せてみなさい」 「一体何をやったのよ…」 「だ、大丈夫だから!本当に直ぐ治る傷だし、二人の心配には及ばないから」 江医官と金医官は、目を細めて蘭瑛を一瞥する。 「阿蘭、また誰かに何かされたんじゃなくて?」 「ったく、女の首元に傷を負わすなんて、どういう神経してんのよ!もし男だったら、男根の先にこれを差し込んでやるんだから!」 金医官は、薬草を混ぜる先の尖った太い銅の棒を光らせた。これは、永憐にされたなんて口が裂けても言えないと、蘭瑛は思わず苦笑いを浮かべる。 「本当に大丈夫だから。六華術を復活させる為に色々やっちゃって…。それで」 「それで、六華術は復活したの?」 江医官に
もう逃げられないと意を決して、蘭瑛は急いで湯浴み処へ向かい、簡単に湯浴みを済ませた。 半乾きの髪を靡かせ、急ぎ足で藍殿へ戻る。 蘭瑛は永憐の部屋の扉の前で「ふぅー」と呼吸を整え、蝋燭の光が漏れている薄暗い奥の部屋に足を踏み入れた。 中に入ると、寝台の上で腰を下ろし、長い髪を垂らした寝巻き姿の永憐が待っていた。 「来たか」 「お待たせ…しました…」 蘭瑛は固唾を飲み、恐る恐る永憐の元へ歩み寄る。 永憐は真顔で、蘭瑛に向かって一言投げかけた。 「覚悟はあるのか?」 そう言われた蘭瑛は、その場で立ち止まった━︎━︎━︎。 決して覚悟がない訳ではない。ただ理由を話さなければと蘭瑛は六華術を回復させる為に、このような事を口走ったと話した。 「ならば、術の為にしたいということか?」 「いや、そ、それだけでは…」 蘭瑛はそれ以上何も言えず俯く。 永憐は間を置いて、もう一度問うた。 「どんな理由があっても、後悔しないか?」 蘭瑛は永憐の事を心から愛している。 いずれは夫婦の契りを交わしたいとさえ思っている。 術が回復することもそうだが、一番は永憐と口づけ以上の結びつきを得たいと心のどこかでは思う。そこに迷いや後悔はない。蘭瑛は心を決めたかのようにハッと顔を上げ、自分の衣の腰紐をしゅるっと外した。 「…しません。何があっても」 そう言いながら、蘭瑛は衣を少しはだけさせ、寝台の上へ登る。 そして、足を伸ばして座っていた永憐の上に跨り、永憐の目の前で衣を完全に脱いだ。 艶やかな肌を見せられた永憐は、蘭瑛の腰にそっと手を回し、蘭瑛の顔に自ら顔を近づけた。 「本当にいいんだな?」 「…はい」 息をする暇もなく、蘭瑛の唇は瞬く間に塞がれた。 永憐は何度も優しく向きを変え、蘭瑛の乾いた唇を湿らせていく。永憐の力強い舌遣いで閉じていた口をこじ開けられ、何度も舌を絡め取られた。舌を這わせ合うたび、水が弾くような音が部屋中に響き、鼻から漏れる荒い息が熱く交わる。 露わになった胸を何度も揉まれ、永憐の細長くて力強い指先で、先の突起を何度も弄られた。 身体全体に体験した事のない電流が走り、蘭瑛は我慢できず「んんっ」と思わず声を漏らす。唇が離れ、互い
それから、今までの輝かしい穏やかな橙仙南の色は消え、朱源陽の武官たちは橙仙南の庶民たちを蔑ろに扱うようになり、逆らおうものなら直ちに打首にされるという理不尽な内乱が勃発した。 橙仙南の一部の軍は朱源陽の傘下に入る者もいたが、深豊《シェンフォン》率いる軍は主に宋武帝の配下に身を置き、永憐たちと並ぶ形で桃園の義を交わした。 朱源陽の理不尽な要求や暴力が日に日に増していくことを懸念した宋武帝は、橙仙南の難民たちを宋長安へ避難させた。宋長安に住む人々の人柄は他所者を嫌う性格ではない為、難民たちとの間には争いや弊害などは生まれず、互いを尊重しあう形で生業を保つことができた。 秋めいてきた夕暮れの下で、蜻蛉の美しい複眼が、飛び回る害虫のハエを捉える。 瞬きをしたほんの僅かの間に、ハエは蜻蛉の口元で砕かれ、もう一度瞬きをした後にはもうハエはいない。 その卓越した動体視覚と俊敏さを駆使して、獲物を一瞬にして捕える。さすが勝利の虫だ。 その様子を窓越しから見ていた宋武帝は、永憐と深豊を紫王殿に呼び出し、向かい合っていた。 何を言われるのか大体想像のつく二人は、出された茶を啜りながら宋武帝の言葉を待つ。 「蜻蛉のようにならねばならんな…」 宋武帝はぼそっと独り言を呟いた。 そして目線を二人に戻し、続ける。 「今後のことについてなんだが…。いつ、朱源陽の矢がこちらに飛んでくるか分からない。いつでもその戦火が飛び込んできてもいいように、お前たち全員が持つ仙術の強化を図って欲しい。それに伴い、宋長安管轄の剣士たちも各方面から呼び寄せることになった。お前たち二人が師範となり、全体の底上げを頼む」 永憐と深豊は、同時に頷き『御意』と返事をした。 力強い二人の返事を聞いた宋武帝は、顔を緩ませ穏やかな表情を向ける。 「お前たちが居れば、私に怖いものなどない」 「全力でお守りします」 「橙仙南を代表して私も…」 永憐の後に続けて、深豊も誠意を表すように言葉を繋げた。 一方、蘭瑛のいる医局では環境に慣れず体調を崩す橙仙南の者たちが多く、問診に追われていた。 「食欲がなくて…」 「気持ちが塞ぎがちで…」 「涙が止まら
「何故お前がここにいる?」 「おっと、これはこれは王国師殿。いやぁ〜、物凄い霊気を感じたので様子を見に来たんですよ。そしたら、あなたに出会した。何か特殊な霊気でも出されたのですか?」 目の前にいる端栄は先程会った端栄と同じだ。 しかし、感じた違和感をどうしても拭えない永憐はまた尋ねる。 「私ではない。剣先を光らせたのはお前か?」 「はて?私はそんな物騒なことはしませんよ。誰かと勘違いなさってるのでは?」 確かに感じた玄天遊鬼の霊気。今はパタリと消え、何も感じない。端栄が続ける。 「まぁ、ここは妖魔が頻繁に出没しますから気をつけてください。あなたとやり合って腕を無くしたまま朱源陽に帰るわけにはいきませんから、今日はあなたではなく、こちらの方に」 すると突然、端栄は蘭瑛に向かって瞬間移動するかのように飛び出し、永憐の隣にいた蘭瑛の身体を軽く突いた。 蘭瑛は急に眩暈を起こし、足元から崩れ落ちる。 「おい、蘭瑛!しっかりしろ!貴様!蘭瑛に何をした?!」 永憐は珍しく声を張り上げ、永冠の先を端栄へ向ける。 「彼女を抱えながら私と戦うのは無理でしょう。彼女の医術は素晴らしいと、玉針経宗の医家が言っていましたからね〜。術滅印で六華術を封じてみました。これで、あなたが今深傷を負っても彼女はあなたを救えない。気をつけてくださいね。それでは」 端栄が瞬時に消えた途端、黒い靄が周囲に広がり永憐の透き通った視界は瞬く間に遮られた。その靄から幾度となく屍が溢れ出し、永憐は意識のない蘭瑛を抱き抱え、蘭瑛が嵌めている翡翠の指輪に更なる強力な守護術をかけた。そして探知術を同時に発動し、永憐は全身に駆け巡る全神経を尖らせ永冠を振るう。何度も袍を翻しながら屍を次々と殺していくのだが…。 しばらくすると、驟雨が永憐の足元を濡らし始めた。 蘭瑛の頬にも驟雨が落ち、きめ細かい白い肌を伝って滴り落ちていく。 最後の屍を斬ろうとした刹那、突然黒い靄が消え、視界が明るくなったと同時に鋭利な刃を持つ鴛鴦鉞が永憐と蘭瑛を目掛けて飛んできた! 永憐は永冠で同時に躱したが、視界の眩しさに耐えられず、もう一発の鴛鴦鉞に気づかなかった。
永憐たちが橙剛俊の宮殿内に着くと、先に来ていた宋武帝と橙剛俊が激しく口論していた。 「兄上がこのような惨虐に見舞われたというのに、どうして平然としていられるのだ?!」 「奴は死ぬべきして死んだんだ!私には関係ない!」 橙剛俊は憤慨し眼球を赤くして捲し立てる。 宋武帝も額に青筋を浮かべて、今にも殴りかかりそうな衝動を抑えながら拳を振るわせていた。 「お前、何か企んでいるのか?!」 「はっ。何を企んでいようと私の勝手だ。あんたには関係ない。今まで散々あいつに振り回され続けたんだ!今こそ橙仙南は自由になるべきだろ!あんたこそ橙仙南を心配してる場合か?あんな奴を心配する前に、自国の心配をしたらどうだ?倅を残してきたんだろ?大丈夫なのか?」 宋武帝は遂に堪忍袋が切れ、橙剛俊の顔を思いっきり殴った。橙武帝が今までどれだけの功績を残し、橙仙南の繁栄を守ってきたか。四国会の統治を守ってくれたのも橙武帝がいたからだ。 橙剛俊は床に伏して赤く腫れ上がった頬を摩る。 「お前とは桃園の儀を結べそうにない。お前が誰かと手を組みその者たちの所へ行くのなら勝手にしろ。しかし、橙武帝を侮辱するような真似は許さない!覚えておけ!」 そう言って宋武帝は踵を返す。 すると橙剛俊は唇を震わせながら、宋武帝の背中に向かって叫んだ。 「あんたこそ、これからどうなっても知らないからな!そこにいるお前らも出て行け!」 ずっと様子を伺っていた永憐の元に宋武帝が来る。 「永憐。私は先に帰る。頃合いを見て帰ってこい」 「分かりました。私たちもここを出よう」 永憐たちは宋武帝の後に続き、救いようのない愚か者を置いて宮殿を出た。 先に帰る宋武帝に宇辰が護衛として付き添うことになり、永憐と深豊は二人を見送る。そして、歩きながら深豊が口を開いた。 「まったく、どうなっちまうんだよ…これから」 深豊は溜め息を吐きながら、門の近くにある石畳みの階段に腰を下ろす。 永憐は何も言わず、遠くを見るように目線を上げて空を仰いだ。永憐の碧色の瞳には雲の模様が浮かび、わざと一抹の不安と恋慕を掻き消しているようにも見えた。 するとそこに、橙剛俊の倅・橙風宇が一人、日傘で顔を隠す様にしてやってきた。 「兄様方にお話しがご