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第3話

Author: お肉食べたい
「赤ちゃんの心拍が確認できません。

ただちに緊急手術を行わなければ、出血性ショックを起こします!

すぐにご主人を呼んで同意書にサインさせてください!」

救急救命医は血まみれの手袋をはめたまま、厳しい口調で早口に言った。

冷たいストレッチャーの上に横たわり、意識が朦朧とする私の耳に、医療スタッフの慌ただしい足音とモニターの耳障りなアラーム音が響いていた。

「先生……夫は、来られません」

私は深く息を吸い込んだ。喉の奥が苦くてたまらなかった。

「私自身のサインでは……駄目ですか?」

「全身麻酔を伴う緊急手術です。配偶者かご家族の同意が絶対に必要なんですよ」

看護師がスマホを私の手に押し付けた。

「早く旦那さんに電話してください。

命に関わる事態なのに、奥さんの命より優先する用事なんてあるわけないでしょ」

私は画面に表示された見慣れた名前を見つめ、発信ボタンを押した。

呼び出し音が長く続いた後、ようやく電話が繋がった。

電話の向こうからは、優雅なバイオリンの調べと結月のくすくすという笑い声が聞こえた。

「澪、今度はまた何の真似だ?」

拓海は不機嫌そうに言い捨てた。

「マンションの下に救急車が来た時、住人のグループLINEで大騒ぎになってたぞ!

お前、俺の気を引くためだけに救急車まで呼んだのか!?」

「拓海、私、今中央病院の救急救命室にいるの」

天井の白々しい蛍光灯を見つめながら、私は自分でも驚くほど落ち着いた声で答えた。

「妊娠3ヶ月だったの。さっき大出血して……赤ちゃんはもう……

今すぐ手術が必要なの。だから、病院に来てサインしてもらわないと……」

電話の向こうはしばらく沈黙した。

その後、冷笑が漏れ聞こえた。

「澪、お前、俺を呼びつけるために妊娠なんて嘘までつくようになったのか?

前に健康診断を受けた時、医者はホルモンバランスが乱れていて妊娠しにくいって言ってたよな?

なのにお前、妊娠3ヶ月だって?

結月が救急車のサイレンに怯えてたから、とりあえずペニンシュラに連れてきて泊まってるんだ。

俺の気を引くために、今度は他人に医者のフリまでさせて俺を騙す気か?

いい加減にしろ!」

拓海からLINEに1枚の写真が送られてきた。

洗練された白い陶器の皿には黒トリュフのエッグベネディクトが盛られ、その横にはピンクの百合の花束が添えられている。

「お前にはデリバリーを頼んでおいた。お前が一番好きな海鮮料理だ」

拓海は電話越しに冷たく言い放った。

「結月が食べてるのと同じレストランで作られたものだし、配送料も俺が払った。

これで文句ないだろ?

もう病院で恥を晒すのはやめろ。

さっさと家に帰って粥を食って、部屋の掃除でもしておけ。家の中が散らかってるぞ」

ツーツーツー……

電話は一方的に切られた。

傍らにいた看護師が、怒りで顔を歪めていた。

「なんなのあの男!こんなに出血してるのに、お芝居だなんて……」

「サインさせてください」

私は目尻からこぼれ落ちた涙を拭い、医師に向かって手を伸ばした。

「私、あの人とは離婚します。

何があっても、全責任は自分で負いますから」

医師は深いため息をつき、やがて手術同意書を私に差し出した。

麻酔医が歩み寄り、冷たい液体が手の甲の点滴針から血管へと流れ込んでいった。

視界がぼやけ始めた時、私の脳裏に拓海がプロポーズしてくれた時の光景が浮かんだ。

彼は決して大きくも眩しくもない小さなダイヤの指輪を掲げ、アパートの安っぽいクッションフロアの上に片膝をついたのだ。

彼は言った。

「澪、お前の痛みも全部俺が背負う。これから先、一人で病院に行かせるような真似は絶対にしない。

もう二度と、一人ぼっちで寂しい思いなんかさせないから」

かつて永遠の愛を誓ってくれたのに、彼が口にする「公平」と幼馴染の存在の前では、紙くず以下の無価値なものでしかなかったのだ。

麻酔がゆっくりと感覚を奪っていく。

白く濁っていく意識の最後に、私はまだ一度も顔を合わせることのなかった我が子に心の中で「ごめんなさい」と深く詫びた。

私が拓海を愛したこの10年間のすべてがあの台風の夜と共に、跡形もなく消え去っていった。

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