Share

第217話

Author: 青山米子
いつかは必ず、自らの行いの代償を支払わなければならないのだ。

優花が逮捕されたという知らせは、すぐに一葉のもとへ届いた。藤堂弁護士から、優花には最低でも懲役十年を求刑できると聞いた時。

一葉は、手にしたグラスを彼に向かって軽く掲げた。

気分が良かったこともあり、彼女はつい、杯を重ねてしまった。

家路につく頃には、足取りもおぼつかないほどだった。

家の玄関まで辿り着き、寒風の中に佇む言吾の姿を目にした瞬間、昂っていた一葉の心は、すっと冷めていった。

確かに、彼は全財産を一葉に譲渡した。

だが、それでも、もう二度と彼の顔など見たくないというのが、彼女の偽らざる本心だった。

特に、こんな時に顔を合わせるなど、最悪だった。

彼を無視して、そのまま階段を上がろうとした、その時。

言吾が、彼女を呼び止めた。

「優花が、捕まった」

一葉は足を止め、振り返ると冷笑を浮かべた。「……なに?まさか、あなたのかわいい妹を見逃してくれって、頼みにでも来たのかしら」

その瞳に宿る剥き出しの軽蔑が、言吾の心を鋭く刺した。

自分が彼女の心の中で、一体どれほどのろくでなしだと思われているのかを。この期に及んで、まだ優花のために命乞いに来たと、本気で思わせてしまうほどに。その事実が、彼を打ちのめした。

「違う……俺は、お前に謝りに来たんだ、一葉。

すまなかった、俺が……」

だが、彼が言い終える前に、一葉がその言葉を遮った。「もう謝らないで。あなたを許すつもりはないし、謝罪の言葉も聞きたくない」

「前にも言ったはずよ。本当に申し訳ないと思うなら、二度と私の前に現れないで」

そう言って、彼女は真剣な眼差しで彼を射抜いた。「深水言吾。……私は、本気で、もう二度とあなたに会いたくないの!」

なおも何かを言おうとしていた言吾は、その言葉に、さっと顔を青ざめさせた。

あれほど大きく屈強だったはずの身体が、今にも崩れ落ちそうに揺れている。

まるで、風が吹いただけでも倒れてしまいそうなほどに。

一葉はもう彼に構うことなく、そのまま階段を上がっていった。

……

言吾が決して助けてくれないと悟った優花は、最後の頼みの綱として、一葉の母である今日子に泣きついた。

その結果、翌朝早く、一葉は自宅の玄関で今日子に行く手を阻まれた。

「優愛!なんて酷い子なの!自分の妹を刑務
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第303話

    加えて、自分が事故に遭った際、偶然にも彼女と友人が同じ島で休暇を過ごしていたという事実。ありえない、と理性が囁く。だが、慎也は本能に突き動かされるように、あの問いを口にしていた。道中からずっと続いていた彼の不機嫌な空気は、自分の問いを無視されたことへの苛立ちなのだと、一葉はばかり思っていた。だからこそ、彼の口から飛び出したあまりに唐突な質問に、彼女は完全に虚を突かれた。なぜ彼がそんなことを知っているのだろう。疑問が頭をもたげる。それでも、一葉は反射的に「はい」と答えようとしていた。あの島で、確かに見知らぬ誰かを助けたのだから。しかし、その短い一言が唇からこぼれ出る前に、慎也の携帯電話が鋭い着信音を立てた。電話に出た彼の表情は、瞬時に険しさを増す。よほど緊急の要件なのだろう。「別の者を迎えによこす」とだけ早口で告げると、彼は一葉が何かを言う間もなく、慌ただしく車に乗り込み去っていった。取り残された一葉は、多忙な彼にこれ以上迷惑はかけられないと、「迎えは不要です、自分の運転手を呼びますから」という趣旨のメッセージを送った。慎也からの返信はない。代わりに電話をかけてきたのは、旭だった。「姉さん、家のことで急用ができたんだ。すぐ戻るから、待ってて!」一方的にそれだけ言うと、電話は性急に切られた。慎也と旭、二人が同時にこれほど慌てて帰っていく。おそらく、彼らの家族に何か大変なことが起きたに違いない。一葉は、何か自分にできることはないかと、すぐに二人に電話をかけ直した。だが、旭の携帯はずっと話し中で、慎也の番号も同様だった。ふと、冷静になる。自分の今の力や立場で、あの桐生慎也の助けになれることなどあるのだろうか。きっと、この緊急事態に水を差さず、彼らの時間を奪わないことこそが、自分にできる唯一の、そして最大の助けなのだろう。一葉は、それ以上電話をかけるのをやめた。一人になった彼女は、踵を返し、病院へと向かうことにした。恩師である桐山教授の見舞いだ。彼の潔白は証明された。だが……誰よりも目をかけ、信頼していた二人の愛弟子からの裏切りは、彼の心身を深く、静かに蝕んでいた。一度損なわれた気力は、まるで山が崩れるように一気に彼を衰弱させ、その回復は、細い糸をたぐるように遅々として進まないのだった。一

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第302話

    記憶の回復を止められないのなら、方法は一つしかない。あの元妻に、永遠に消えてもらうだけだ!慎也と交わした約束など、あってないようなものだ。そもそも、自分が直接手を下すわけではない。慎也が嗅ぎつけ、自分に辿り着くことなど万に一つもないだろう。万が一、慎也が真相を突き止めたとして、それがどうしたというのか。紫苑は心の中で冷たく笑った。あの女が死んでしまえば、それで終わりだ。死んだ女一人のために、あの桐生慎也が本気で獅子堂家に楯突いてくるとは到底思えない。それに、あの男には自分に命を救われた借りがあるのだから。紫苑がそんな恐ろしい決意を固め、一葉の命を永遠に奪い去る算段を始めていることなど、言吾は知る由もなかった。彼はその時、自室でパソコンのスクリーンを凝視していた。インターネットで、自らの過去……「青山一葉」に関する情報を漁っていたのだ。記憶を失っているはずの自分が、これほど本能的に彼女に惹かれる。それは、かつての自分がどれほど深く彼女を愛していたかの証に違いない。言吾はそう確信していた。しかし、彼女の態度はどうだ。まるで自分を汚物でも見るかのように拒絶している。二人の間に、何か決定的な、許されざる出来事があったに違いない。何としても彼女の心を取り戻さなければならない。言吾がインターネットで余計な情報を目にし、自らの正体に気づくことのないよう、獅子堂家は彼の使うネットワークに厳重な監視体制と制限を敷いていた。だが、彼らは知らなかった。深水言吾が、優れた経営者であると同時に、天才的なコンピュータ技術者でもあるということを。獅子堂家が誇る鉄壁のファイアウォールなど、彼にとっては赤子の手をひねるより簡単なことだった。……ふと、隣に座る慎也の纏う気配が、張り詰めた糸のように変化したのを一葉は感じ取った。先ほどの問いに答えなかったことで、彼が気分を害したのだろうか。一葉は本能的にそう察した。その底知れない闇を思わせる強大な気配に、彼女は思わず身震いする。しかし、一葉は結局、何も言わなかった。やがて、二人は患者の家へと到着した。車椅子に座る少年は、まだ十七、八歳といったところだろうか。彼の両親は一葉を見るなりひどく感激した様子で、まるで救いの神でも見るかのように彼女を見つめている。この光景を

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第301話

    獅子堂家……「烈さん、あなたの大好物のナマコのスープよ。さあ、召し上がって」紫苑は、運んできたスープを言吾の前にことりと置いた。言吾はそれに一瞥もくれず、無機質な声で返す。「君は妊婦なんだ。ゆっくり休んでいろ。使用人がいるのだから、俺の世話などする必要はない」「妊娠していても、適度な運動は必要なのよ。こんなことまでしなくなったら、私、何をしていいかわからなくなってしまうわ。自分が何もできない、役立たずになったみたいで……」紫苑は力なく微笑み、そっと自身の腹部を慈しむように撫でた。「お医者様も、母親の気分がすぐれないと、お腹の子の発育に障るとおっしゃっていたわ」自分に催眠をかけ、洗脳しようとする彼女たちの行為を、言吾は到底受け入れられずにいた。まともな人間のすることではない――そう心の内で断じている。だが、目の前にいるのはか弱い妊婦であり、本来なら「義姉さん」と敬うべき、兄の妻なのだ。言吾はそれ以上、きつい言葉を続けることができなかった。この状況で、そうするべきではないと理性も告げている。彼はぐっと言葉を飲み込み、固く唇を結んだ。「烈さん、さあ温かいうちに。冷めてしまったら風味が落ちてしまうわ」紫苑は、目の前のナマコのスープを飲むよう、言吾に優しく促した。一刻も早くこのスープを飲み干し、彼女に目の前から消えてほしい。言吾は、ただそれだけを考えていた。彼は目の前の椀を手に取ると、中身を一息に呷った。言吾が空になった椀を置くまで、紫苑は静かにその様子を見つめていた。ふと、彼女は目を伏せる。その長い睫毛の下で、瞳に凍てつくように険しい光が閃いた。烈は、ナマコのスープが大好物などではない。むしろ、この世で最も厭うものの一つだった。昨夜、催眠術師は言吾の記憶に、烈が抱いていたその強烈な嫌悪感を植え付けたはずだった。もし、言吾が本当に催眠にかかり、「烈」の記憶が正しく上書きされていたのなら、彼はこのスープに口をつけることすらしなかったはずだ。ましてや、一息に飲み干すなど、断じてあり得ない。それなのに、彼は飲んだ。迷いなく一気に飲み干した。それはつまり、催眠など全く効いていないという、揺るがぬ証拠。彼は……おそらく、とうの昔に自分たちが何をしようとしているのかに気づき、ずっと騙し続けていたのだ!そういえば、昨夜

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第300話

    「ほう……」慎也はただ一言、そう意味深に呟くと、すぐに「では、我々は急ぎますので」と話を切り上げた。まだ何か言いたげだった凛は、悔しそうに地団駄を踏むしかなかった。ようやく巡り会えた憧れの慎也様と、交わせた言葉はたったこれだけ。そればかりか、先ほどの品のない罵り声を聞かれてしまったかもしれない。慎也の心の中の自分のイメージが損なわれた。そう思うほど、凛の一葉に対する憎しみは、黒く、激しく燃え上がった。あいつが大人しくあの書類にサインさえしていれば、こんなことにはならなかったのに、と。車内に、静かな時間が流れる。一葉が、これから診るという患者のカルテについて慎也に尋ねようとした、まさにその時だった。唐突に、彼が口を開いた。「あんた、言吾に教えたのか。自分が獅子堂烈ではなく、深水言吾だ、と」一葉は一瞬息を呑み、次いで驚愕に目を見開いた。なぜ、彼がそれを知っているのか。まさか、あの仕事部屋に監視カメラでも仕掛けていたというの?あそこで言吾と話していた時、部屋には二人きりだったはずだ!一葉の思考を見透かしたように、慎也は鼻で笑った。「あんたの顔には、考えていることが全部書いてある。監視カメラなんぞ、仕掛ける必要もない」「……」一葉は言葉に詰まった。桐生慎也とは、本当に恐ろしい男だ。この若さでトップに君臨し、その地位を揺るぎないものにしている。それには確かな理由があるのだと、一葉は改めて思い知らされた。不意に、沈黙が破られる。「それほど、あいつが好きなのか。あれほどあんたを傷つけた男を、それでも許せるのか。あいつが少しでも苦しむのが、我慢ならないと」その問いに、どう答えるべきか。今の自分が、言吾に対してどのような感情を抱いているのか、一葉自身にも分からなかった。だから、彼女は黙っていることしかできなかった。一葉が答えあぐねているのを見て、慎也はそれ以上は追及しなかった。ただ、静かに告げる。「以前、俺が言ったことを覚えておけ。獅子堂の人間は、誰も彼も一筋縄ではいかん」その言葉を口にして、慎也は内心、少しばかり後悔していた。彼は生来、情の薄い男だ。他人の事情に首を突っ込むことなど、これまで一切なかった。目の前で誰かが死のうとも、その亡骸を跨いで先へ進むだけの男。たしかに青山一葉

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第299話

    「わたくしが誰か分かったのなら、理解できるはずよ。このわたくしこそが、深水家の正当な後継者!深水家の会社……つまり、あんたが持っているあの二つの会社は、すべてこのわたくしのものなの!今すぐわたくしに会社を返しなさい。さもなければ、どうなっても知らないわよ!」凛は獅子堂家令嬢という立場ではあるが、家は極端な男尊女卑。たとえ取り違えがなかったとしても、彼女の手に渡る財産はごく僅かだった。ましてや、今は血の繋がりすらないのだ。だからこそ、自分が生まれた時に深水言吾という男と取り違えられたと聞かされると、凛はすぐにその男の身辺を調査した。そして深水家が相当な資産家であることを突き止めると、すぐさまこうして乗り込んできたのだ。取り違えさえなければ、自分が深水家の唯一の後継者として、その富をすべて手にしていたはずなのだから。一葉は、この女は本気でどこかおかしいのではないかと感じた。「凛さん、一度ご自身で調べてみてはいかがです?私のこの二つの会社は、深水家とは一銭たりとも関係ありませんわ」「関係なくなんてないでしょう!?深水言吾は、今まで深水家に育てられてきたのでしょう?深水家が育ててやらなければ、あいつが大人になれたとでも?こんな大金を稼げたとでも言うの!?いいこと? あいつのものは深水家のもの。そして深水家のものは、このわたくしのものなのよ!さっさと会社を渡しなさい!」そのあまりに理不尽な物言いに、一葉は思わず鼻で笑ってしまった。「凛さん。お帰りの際は、そちらを左に曲がってくださいな。すぐに立派な精神病院がありますから、一度その頭を診ていただいてはいかがです?」凛はカッと頭に血が上り、顔を真っ赤にして叫んだ。「青山ッ……!わたくしがこうして穏便に話してやっているのに、それを無下にするというのなら、容赦しないわよ!」「ええ、お待ちしておりますわ」一葉はボディガードたちに目で合図し、彼女を追い出すよう促した。ボディガードに腕を掴まれながらも、凛は悪態をつくのをやめない。「青山!わたくしに渡さなければ、その会社を守り通せると思っているのなら、大間違いよ!夢でも見てるんじゃないわよ!」「今、素直にわたくしに差し出せば、機嫌次第ではした金くらいはくれてやってもいい。一生、食うに困らない程度にはね。でも、もしこのまま恩を仇で返すとい

  • 双子を産んで一ヶ月後、クズ元夫は涙に暮れた   第298話

    でも、そんなことは許されない。彼は命懸けで自分を救ってくれた。けれど、同じその彼が、自分を深く傷つけたこともまた、紛れもない事実なのだ。過去のすべての裏切りを水に流し、以前のように彼を愛する?もうあんな思いはしたくない。彼を信じるのが怖い。怖いのだ。それなのに、この腕を振り払うことができない。記憶を失くしていた頃の一葉には、到底理解できなかっただろう。どうしてあんなにも恋に溺れることができたのか、自分があれほど愚かなはずがないとさえ思っていた。でも、今なら分かる。深く愛したことのない人間には、決して分からないだろう。あれほど深く愛した人を、完全に断ち切ることがどれほど難しいことか。とりわけ、その相手が、ただ自分を傷つけるだけの男ではなかったからこそ、余計に厄介なのだ。彼もまた、かつては命を懸けるほど、ひたむきに、熱烈に、自分を愛してくれていた。「なあ、待っててくれ。この足が治ったら……獅子堂家を片付けたら……そしたら、俺たちは堂々と一緒になれるんだ!」言吾は、入ってきた時の冷酷さが嘘のように、少年のように瞳を輝かせながら一葉を見つめた。彼を見つめ返す一葉は、何と答えるべきか分からなかった。複雑な感情が渦巻く中、一葉は言吾を見送った。彼が去った後、治療器具を片付けてホテルに戻ろうとした、その時だった。カツ、カツ……若い女が、目も眩むような高さのクリスタルのハイヒールで硬質な音を立てながら、部屋に入ってきた。一葉の姿を認めると、女がちらりと視線を送る。それだけで、背後に控えていた黒服の男二人が、瞬時に一葉の両腕を押さえつけた。一葉は眉をひそめ、何かを言おうとする。だがそれより早く、女は分厚い書類の束を一葉の眼前に投げつけた。そして、心底見下しきった、女王様然とした態度で言い放った。「この書類にサインなさい。そうすれば、生かしてあげるわ」書類に目を落とした一葉は、それが株式譲渡契約書であることに気づいた。しかも、彼女が持つ二つの会社の全株式を、「獅子堂凛(ししどう りん)」という名の人物へ譲渡させる、という内容だ。あまりの理不尽さに、一葉は呆れて顔を上げた。「あなたが……獅子堂凛?」名を呼ばれた若い女――凛は、汚らわしいものを見るかのような目で一葉を睨みつけた。「あんた

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status