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Prologue 02

Auteur: 市瀬雪
last update Date de publication: 2025-09-02 10:39:42

 冴子さえこさん――この店のオーナー兼店長――は、彼は厨房のキッチンスタッフだと言った。

 元々調理専門以外のスタッフは、厨房とホールを兼任することも多いため、その時から多少ひっかかってはいたのだ。それでも冴子さんが、「〝よほどの事態こと〟がない限り、ホールには出さない」と言いきるから、ひとまずは「はいわかりました」と納得していた。この店はある意味冴子さんのワンマン経営でもあるし……。

 だけど、改めてその容姿を意識すると、何でこれでキッチン専門? とも思えてしまう。

「河原……さんだっけ。なんで厨房だけになったんだ?」

 何気なく訊ねてみたら、彼は再度びくりと肩を震わせた。

 ……いや、だから……。……何だよ、もしかして俺が怖いのか?

 心の中で呟きながらも、俺は確かめるように彼の姿を目で辿る。

 俯きがちのせいか、少々分かりづらくはあるけれど、身長だって180強の俺より少し低いくらいで、どちらかと言うと高い部類に入る。体つきだって細身ではあるものの、華奢と言うほどでもない。

 やっぱり総じて悪くない。

 いや、悪くないどころか、かなりいい方だと思う。

 ……ていうか、そんな自分とそう変わらない男に、初対面でこんなにもびくびくされてしまう俺って――…。

「ホールに出た方が、少しだけど給料もいいんだぜ。知ってるとは思うけど……」

 微妙にショックを受けながらも、何事もなかったかのように話を続ける。

 もちろん、厨房専門でも能力によって相応の評価はしてもらえるけれど、彼のように調理経験もなく、雑用から入る場合はちょっと差が出てしまうだろう。

 つーか……聞いてんのか……?

 けれども、いつまで経っても彼からの反応はない。俺はその正面に立ったまま、そっと顔を覗きこんだ。

 ……俺も案外気が短い。

 さっきの感じからして、これがこの男の〝〟かもしれないのに。

 だけど何かが妙に気になって、気長に待つということができなかった。

「あ、……あ」

「あ?」

「あ……上がり、症で」

「上がり症?」

 訊き返すと、彼はぎこちなく頷いた。

 元々の緊張によるものなのか、俺がそう言わせてしまったせいかはわからないが、その顔はみるみる真っ赤になっていった。

 上がり症か……。

 俺は心の中で反芻した。

 あれは程度にもよるけれど、結構やっかいなものだということを知っている。

 実際、親の再婚により一緒に暮らすようになった義弟おとうとが、子供の頃かなりの上がり症で、とにかく本番に弱かったのだ。弟の場合は、高校時代に始めたバンド活動により、何とか克服できたようだったが、河原さんの場合は今もそのままということなのだろう。

「あと……人、見知りで……」

「あー」

 なるほど……。

 言われてみれば、納得しかない。

 何でわざわざ確認したのかと思うほど、目の前の彼を見ていればもう疑う余地もなかった。

 何か……もったいないな。

 せっかく、こんなにもきれいな顔をしているのに。

 俺の視線に堪えきれなくなったのか、彼は逃げたいようにいっそう顔を下向けてしまった。

 俺は思わずそれを目で追った。

 俯いてしまったその頬に、長い睫が影を落としている。外界がいかいからの視線を遮るように、顔にかかる色素の薄い髪。それは印象通り細くふわふわとしていて、一部が寝癖のように跳ねているのがまた愛らしい。

 下がり気味の眉に、優しい目元。仄かに染まったままの肌が、いっそうそれをけぶるような表情に見せている。……癒やし系という言葉が頭を過ぎった。

 冴子さん店長は自他共に認める面食いだ。実は採用条件の中でもそれが一番大きいのでは――特にホールに出るスタッフは――との噂を耳にしたこともある。

 だからこそのことかもしれないが、それにしたって目を惹く容貌をしていると思った。

 ……髪、邪魔だな。

 もっとちゃんと見てみたい。

 俺は不意にそう思い立つと、くわえていた煙草を手に取った。

 その煙草を持ったままの手で、彼の片側の髪をそっと後ろに流す。無言のまま、あらわになったその顔を、再確認するようにじっと見つめた。

 ――やっぱり悪くない。

 っていうか、正直かなり好みの顔だ。

 驚いた彼の身体がぴくりと揺れる。目端の赤みが色を増す。

 動揺したのだろう唇の隙間がかすかに戦慄いて、けれどもその時の俺にはそれすら誘っているように見えてしまった。

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