登入冷やされた濡れタオルが、熱を持って痛む頬にそっと当てられた。ひんやりとした感覚が広がり、火照っていた皮膚が少しずつ鎮まっていく。
セラが、ほうっと息をついて目をあけると、目の前にリタの心配そうな顔がある。
「あまりにもひどすぎます! 実の娘の頬を、あんな力任せに打ち据えるなんて……!」
白亜宮の応接間で、ソファに座るセラの隣で手当てをしてくれているリタは、眉を釣り上げ、カンカンに怒っているようだった。声には激しい憤りが籠もっていても、セラの顔に触れるその手つきは、壊れ物を扱うように優しい。
セラは、隣で手当てをしてくれるリタ、傍らに立つレオン、そして目の前に座るジェイドを見つめた。胸の奥から、申し訳なさがこみ上げてくる。
「……ごめんなさい。私の家族が、着いて早々……こんな騒ぎを起こ
まだ夜の残り香が漂う、ほの暗い早朝。 セラは、自身の身体がふわりと浮き上がる不思議な浮遊感に包まれて、まぶたを開けた。「……あ……」 かすれた小さな声を漏らすと、セラをその大きな腕でしっかりと抱きかかえていた人物が、甘く低い声でささやく。「起こしてしまったね。まだ寝ていていいよ、セラ」 ジェイドだった。 彼の胸に顔を寄せると、昨夜のなまめかしい記憶が一気によみがえる。 いつの間にか、眠ってしまったんだわ。 まどろみの中で、ひどく優しく、頭をなでられたような気もする。 全身に残る心地良いようなだるさと、身体の奥にかすかにくすぶる痺れのような痛みが、昨夜あったことが夢ではなかったのだと教えていた。 ジェイドはセラを優しく抱きかかえたまま、部屋の隅へと歩みを進めた。彼が壁の装飾の一部に手を触れると、カチリと小さな金属音が響き、壁の一部がひらいて、その奥に通路が現れる。 いくつかの窓がある、細い廊下だった。 常には開かれないのか、すこしこもったような空気がある。「ジェイド……ここは……?」 ジェイドは愛おしそうに目を細め、セラの額にそっと唇を寄せた。「わたしときみの部屋をつなぐ、隠し通路だよ。きみの部屋は、わたしの妻となる者のために用意された部屋だ。人目を気にせずいつでも自由に行き来できるようになっている」「人目を気にせず?」「夜に妻の部屋へしのんでゆく夫の姿を、使用人たちの目
セラは、目の前で太陽が弾けたのかと思った。 視界がチカチカと眩い光で明滅し、一瞬、自分の置かれている状況すら分からなくなるほどの衝撃が、全身を駆け抜けていた。 今のは、なに……? ほんの少し前まで、ジェイドの太くて長い指が、自分の内側へ深く差し入れられ、はじめはゆっくりと、慣れてくると激しく出し入れされていた。その滑らかな動きが、セラの内側を擦るたびに、背筋をゾクゾクと未知の快感が駆け上がり、息は激しく荒くなった。 自分でも制御できない熱に突き動かされ、腰が勝手にどうにかしてほしそうに、救いを求めるように動いていた。 なにを、求めているんだろう。 でも、何かが欲しい。 ジェイドの指先が、お腹の裏側のあたりを、とん、とん、と刺激するたび、身体の内側がきゅっと収縮する感覚があった。 苦しい? 気持ちいい? この苦しさから開放してほしい。 ここから出してほしい。 どこから? 自分でも分からない。 どんどん熱の波に追い立てられるようにして余裕がなくなり、何も考えられなくなったセラは、縋りつくようにぎゅっとジェイドの逞しい腕を掴んでいた。 もう、だめ——。 そう思った瞬間、セラの身体は己の意思とは無関係に反り返り、びくりと大きく反応した。内側から脈打つように連続して、痙攣するような感覚。視界が白くチカチカと明滅し、一瞬、すべてが遠のいていく。息もできない。 何度か、甘い余韻を残しながら、びくり、と身体が震える。 内側から熱くなった息を大きく吐き出しながら、セラはぐったりとベッドに身を沈めた。 とろり、あたたかいものが自分の内側からあふれる感覚が
壊したい。 傷つけたい。 呪いがもたらす歪みが、心を支配する。 その濁った熱を押し留めているのは、ジェイドの目の前に横たわる、愛らしい女性の存在だ。「……セラ……」 ベッドの上、乱れたドレスの隙間から覗く白い肌。 ジェイドはその姿に、ごくりと喉を鳴らした。 見上げてくるセラの瞳には恐怖はない。 真っ直ぐな瞳がある。 熱を孕んだ瞳に見える。 己の願望が、そう錯覚させているのだろうか。 何をされても怖くないと、身も心もすべてを委ねてくるような様子に、ジェイドの中の欲望が高ぶる。 傷つけたくない。 いや、傷つけたい。 汚してしまいたい。 泣かせてしまいたい。 いいや、大切にしたい。 破壊衝動と欲望が理性を殺してゆく。ジェイドの内にある熱が、異常なほど高まっていった。 ジェイドは、溢れ出てくる感情を押し殺そうと、セラの柔らかい唇を何度も貪った。噛みついて、吸い上げる。彼女の熱い吐息まで舐め取ろうと、貪欲に求める。 セラが「ん……っ」と小さく甘い声を漏らすたび、ジェイドの背筋をゾクゾクとした快感が駆け抜けた。下腹部にも、強い反応がある。 破れかけたドレスの生地を滑り落とし、彼女の華奢な肩から胸元へと手を進める。 隠されていたやわらかな胸のふくらみが露わになると、ジェイドはその美しい肌に直接触れ、慈しむように撫であげた。「あ……ん…&helli
呪いの暴走を引き起こしていたガラス質の塊は、焦げ付くような不快な匂いをまき散らしながらドロドロに溶け落ち、ジェイドを苛んでいた恐ろしい苦痛は去ったかのように見えた。 溶け残った黒い残骸は、レオンが慎重に部屋の外へと運び出していった。 万が一にも再び魔力が暴走した際の危険を考慮し、今はジェイドとセラの周囲には誰一人として近づけないよう、厳重に遠ざけられている。 レオンに渡された小さな笛があるから、何事かあれば、呼ぶことが出来るが、いまは、セラとジェイドふたりきりだった。 完全に日が暮れ、夜の深い闇が部屋を包み込んでいた。 いつもなら、すでに魔獣の姿へと変貌している時間。 しかし、どういった影響でか、いまのジェイドは人間の姿を保っていた。 本来ならば喜ばしいことだ。 けれど、セラはその様子をとても喜ぶ気にはなれなかった。 ジェイドの様子が、明らかにおかしい。「……セラ、部屋へ戻れ」 低い声で吐き捨てるように言ったジェイドは、どこかイライラと落ち着かない様子だった。眉間には深い皺が刻まれ、その瞳には依然として怪しい赤の輝きがある。 見るからに、呪いの魔力が、ジェイドの精神に何らかの悪影響を及ぼしている。「いいえ。今夜は側にいます」「駄目だ」「ここにいます」「いいから、出ていくんだ!」 ジェイドが珍しく強い調子で声を荒げた。 だが、その直後、彼はハッと息を呑み、己の粗暴な言動を酷く後悔したように硬直した。苦痛を押し殺すように強く唇を噛み締め、拳
舞踏会の会場を離れ、馬車を飛ばし、セラとジェイドは白亜宮へと戻った。 不穏な瘴気の影響がある会場から離れさえすれば、呪いの魔力の嵐も去り、ジェイドの苦しみも少しは落ち着くだろうとセラは考えていた。 しかし、馬車が白亜宮の門をくぐった瞬間に、ジェイドが再び苦しみはじめる。「っ……、く……っ!」「ジェイド……⁉ しっかり、ジェイド!」 ジェイドの喉から苦しげな声が漏れ出た。 セラが必死で両腕を回し、呪いの魔力を引き受けても、ジェイドの身体は苦しみに苛まれ続けている。ほんのわずかでも、セラが集中力を途切れさせると、彼の身体の一部が、魔獣の肉体へと歪に膨れ上がろうとするようだった。 痛みがあるのか、ジェイドの顔はひどく青ざめ、額には汗が滲み出ていた。 セラに触れるジェイドの手が、小刻みに震えている。 どうして……。 舞踏会の会場を離れたのに……。 セラはジェイドの首筋に顔を埋め、彼の身体から溢れ出す瘴気を必死に吸い上げながら、神経を研ぎ澄ませた。 そして、ハッと息を呑む。 ここにも——白亜宮にも、舞踏会の会場で感じたものと同じ、外側からの妙な気配が満ちていた。 セラは、ジェイドを支えながら、ジェイドの部屋へともどった。 レオンもジェイドをささえて一緒に移動しながら、瘴気にあてられないよう、使用人たちを遠ざけさせる。 そうしながらも、セラは外側の魔力の気配をたどった。 瘴気を自分の中に引き寄せるとき、ふれたかす
カイル王子とのダンスの最中、セラはふとステップを踏みながら不穏な気配を感じ取った。 なにかしら……。 ステップを踏むたび、かすかな違和感が腕や足の皮膚を掠める。 魔力の感触だ。 しかも、これまでに何度も触れてきたものと似た気配。 セラはダンスを続けながら、第一王子専用の観覧席へと視線を向けた。 ……えっ? カイル王子と踊り始める前には、会場を見下ろすように広く開かれていたはずの豪華なベルベットの幕が、今は重々しく降ろされていた。ジェイドの姿は見えない。 胸騒ぎ。 お股がかゆくなってから黙り込んでしまったカイル王子から意識を切り替えて、セラは己の皮膚を掠めていく微小な魔力に集中した。 広い大広間には、無数の貴族たちが持つ複雑な魔力の流れが渦巻いている。魔力の高い人間であれば、その気配のようなものを自然と周囲に撒き散らしてしまうこともあるのかもしれない。 集中しようとするほど、会場に満ちる過剰な情報を集めてしまう。 目的の気配が霞む。 不意に、右腕の表面にツンと不快な気配が当たった。 セラはその瞬間を逃さず、魔力を吸い寄せるように己の内側へと引き込んだ。 身体に取り込んで、確信する。 これは、あのローゼンタール家の暗く冷たい地下室で触れたものと、完全に同質のものだ。つまり、ジェイドの身体の内側からあふれ出し、彼を苦しめ続けているあの呪い——瘴気そのものだった。 どうして……ここに、あの瘴気が……?







