LOGINいいな、と、そう思った。きっと、私たちは皆、新しい生き方を手にするのだ。番外1:手紙琴音はゆっくりと目を開いた。麻酔の効き目が薄れ、体の中に、見知らぬ、だが久しく感じていなかった活力が、静かに流れ始めているのを感じた。彼女は、ベッドサイドの棚の上に、真っ白な封筒が置かれているのに気づいた。琴音の胸がすとんと沈み、それでいて何かで満たされたような気もした。彼女は慎重にその手紙を開いた。紙はとても薄く、そこに並ぶ文字は清楚で、少し歪んでいる。書き手の弱り切った様子が、ありありと伝わってきた。【琴音へこの文字を読んでいる頃、私はきっと水蒸気のように、陽の光の中へ溶けて消えているのだろう。琴音が私の代わりに、この世界の日の出と日没を見続けてくれるなんて、いいね。私たちが出会ったタイミングは、決して良いとは言えなかったが、琴音との不思議な絆は、私の最後の日々において、何よりも大切な記憶になった。琴音は、沈黙の中にいる私を理解してくれる人が、まだこの世にいるのだと教えてくれたの。だから、どうかこれを贈り物や、重荷だと思わないで。ただ、ひとりの友人のわがままだと思ってほしい。琴音と一緒に、すべての美しさを経験したいと願った、ただのわがままだ。琴音を大切にしてくれる人を愛し、しなやかで輝く琴音として生きてください。琴音は私ではない。琴音は、琴音なのだ。ただこれからは、あなたの一息一息の中に、この世界へ向けた私のささやかな祝福が、そっと混じることになる。私よりも勇敢に、私よりも思いきり生きてください。別の次元から、琴音を応援している人より】琴音の指先が、そっと手紙の文字をなぞった。涙が音もなく頬を伝ったが、その表情には安らぎの微笑が浮かんでいる。彼女は手紙を胸元に軽く押し当てた。そこでは、まるで二つの心臓が共鳴しているかのようだ。ひとつは力強く、ひとつは懐かしく優しい。彼女は窓の外を見つめ、心の中でそっと呟いた。「うん、約束する」同じ頃、萌恵もまた手紙を開いている。そこには、小さな絵が描かれている。手紙の最後には、手をつないだ二人の小さな人が、雲の上を飛んでいる絵があり、背の高いほうの胸には、光る太陽が描かれている。【大好きな萌恵へこの手紙を読んだとき、お姉さんは萌恵のそばで蝶々になっ
私は小さく言った。「何もしなくていい」彼は椅子に崩れるように座り、肩をわずかに震わせている。指の隙間から無理やり絞り出すような声だ。「残された時間だけでも、せめて俺に看病させてくれ……贖罪だと思って……」私は目を閉じた。「必要ない」病室に沈黙が広がり、自分のかすかな心音だけが聞こえる。彼が何か言っていた気もするけれど、よく分からなかった。ただ、急に強い眠気が押し寄せてきた。日を追うごとに、疲れは深くなる。私はそのまま、ゆっくりと眠りに落ちた。彼がそこに残っているのか、出ていったのかも、分からないままに。……意識は覚醒と混濁のあいだを漂い、命が指先から少しずつ零れ落ちていくのが感じられる。今日は彼がいつもより早く来た。ベッド脇に座り、私の手を握っている。その手はとても温かく、その温もりが、昔、私の冷たい手を自分のポケットに入れてくれた少年の姿を思い出させた。彼の声は低くかすれ、一言一言を苦しそうに押し出した。「医者が……もう、この二日くらいだって……」私の指が、彼の掌の中でわずかに動いた。それが精一杯の返事だった。彼が私の手を自分の頬に当てると、私はひんやりとした湿り気を感じた。彼はこう慰めた。「怖がらなくていい……俺が、ここにいる」怖くないと伝えたかったが、目を開ける力すら残っていない。心の中で、そっと思う。怖がる時間は、とっくに終わっている。今は、ただ疲れているだけだ。「初めて海を見に行ったの、覚えてるか?裸足で砂浜を走って、波でドレスが濡れて……あんなに楽しそうに笑ってた……」彼の声が詰まり、深く息を吸う音が聞こえた。「ごめん……本当にごめん……俺が、君を失くした……」熱い涙が一粒、私の手の甲に落ちた。心の中で、私はため息をついた。泣かないで、真吾。もう私たちの間に、誰が誰に借りがあるかなんて、分からない。ドアが静かに開き、キャスターの転がる音がした。時間だ、と分かった。看護師の声はとても静かだ。「手術室へ移動します」彼は反射的に私の手を強く握りしめ、少し痛いほどだ。だがすぐに、壊れてしまうのを恐れるように、慌てて力を緩めた。彼は私の耳元に顔を寄せ、息だけの声で、最後の懇願を口にした。「来世は……来世は、俺が君を探しに行く。いいか?」私は心の中で、かす
私は迷うことなく、うなずいた。彼女は外へ出てバリカンを借り、戻ってきた時、手には木の櫛も持っている。窓から差し込む陽光が、彼女の全身を淡い金色に染めている。「子どもの頃、よくおばあちゃんの髪をとかしてあげたの」と、彼女はバリカンを調整しながら、静かに言った。「そのあと病気になって……髪を剃ったのも、私だった」私は目を閉じ、櫛の歯が頭皮をやさしくなぞる感触を受け取った。彼女の手つきはとても慣れている。まるで、ある神聖な儀式を執り行っているかのようだ。「痛い?」と、彼女が尋ねた。「痛くない」バリカンが低く唸り、ひんやりとした金属が頭皮に当たって動き出した。髪がさらさらと落ちていくのが分かった。まるで秋の葉が枝を離れるように。「あの夜、あなたが言ったこと、ずっと考えてたの」と、彼女はふいに口を開いたが、手は止めなかった。「もし自由に、こんな代償が必要なら、私は受け入れる。でもそれは犠牲じゃない……『受け継ぐ』ことなの」私は目を閉じたまま、口元をわずかに緩めた。言葉にしなくても、私たちは同じ決断を理解している。「終わったよ」と、彼女はバリカンを切り、柔らかなタオルで私の頭皮と首元をそっと拭いた。鏡を持ってきたが、私は受け取らなかった。「見なくていい」と、私は笑って言った。「これでいいの」彼女は私を見つめ、目元を赤くしながらも、やさしい笑みを浮かべた。「うん、すごくさっぱりしてる」私は手を伸ばし、つるりとした頭皮に触れた。不思議なほどの軽さが、胸に広がっていく。降ろしたのは髪だけじゃない。重かった過去そのものだ。「ありがとう」と、私は言った。「ありがとうを言うのは、私のほう」と、彼女は私の手を握った。「あなたが私にくれた、すべてに」私たちは見つめ合い、微笑んだ。この瞬間から、私たちの命は、別のかたちで深く結びついていく。それを、二人とも分かっている。思い返せば、琴音と萌恵が同時に、適合成功の知らせを受け取った。私の血液型は二人と適合し、琴音とはHLAが奇跡的に6座完全一致だった。起こり得る確率の低い出来事が、本当に現実になったのだ。神様に感謝する。私は今、願いのすぐそばにいる。……それからしばらく時が過ぎ、私は自分の身体が日に日に弱っていくのを感じた。彼がドアを開け
琴音の姿がドア口に現れた。上着を羽織り、手にはお湯を二杯持っている。私が起きているのを見ると、彼女は意外そうな様子はなく、無言のまま入ってきて、一杯をベッドサイドに置いた。「眠れないの?」と、彼女は低く問いかけ、ベッド脇の椅子に腰を下ろし、体を小さく丸めた。その姿は、温もりを求める子どものようだ。月明かりが、彼女のほっそりした横顔を縁取っている。「うん」と、私は星空から視線を戻し、彼女を見た。「あなたは?透析のあと、つらい?」彼女は首を振り、そして小さくうなずいた。膝を抱え、視線は定まらないままだ。「どこが、って言えないんだけど……ただ、胸がざわざわしてて……一人でいるのが、ちょっと怖くて」沈黙が落ちた。だが、気まずくはない。死の影の下では、昼間の強がりや仮面はすべて色あせた。夜になると、本当の気持ちが浮かび上がるのだ。「ねえ、知ってる?」と、彼女がふいに口を開いた。声はとても静かだ。「私、あなたの好みを、ちゃんと調べてたの」私はわずかに息をのんだ。「どんな本が好きで、どんな色の花が好きで、コーヒーに砂糖をいくつ入れるかまで……全部調べた」と、彼女は自嘲気味に笑った。「あなたよりうまくやれば、彼の関心を全部もらえるって思ってた」月明かりに照らされた彼女の青白い顔は、ひどく脆く見えた。「でも、あとになって分かったの」と、その声がわずかに震えている。「彼は、私がペニシリンにアレルギーがあることも、透析の時間も覚えてる。でも、私が一人で病院にいるのを怖がってるなんて、知らなかった。まるで、あなたの食べられないものは全部知ってるのに、あなたが夜に悪夢を見ることは、知らなかったみたいに」私は胸の奥が、何かに強く打たれたような気がした。「私たち、彼の中では……ただの『世話をされるべき患者』でしかなかったの」と、彼女の涙が、音もなくこぼれ落ちた。その言葉は鍵のように、私の心の奥にある鎖を、そっとこじ開けた。張りつめていた隔たりが、この静かな夜の中で、溶けていくようだ。私は彼女に手を差し出した。彼女の手は冷たく、そっと私の掌に重ねられた。「もし……あくまで、もしだけど」と、絡めた指先を見つめながら、私は静かに、はっきりと言った。「私たちのどちらか一人が、本当の意味で自由になって、まだ見たことのない世界を
医者と看護師が一斉に病室へなだれ込み、白いカーテンが引かれた。私は薬瓶を強く握りしめ、カーテンの向こうからの指示の声を聞きながら、同時に、心の中で何かが砕け散る音を聞いている。その瞬間、私はひそかに一つの決意を固めた。私はこれまで神の存在など信じてこなかった。だが今は、天に向かって最後の願いを叶えてほしいと祈っている。その時、真吾が魔法瓶を提げながら入ってきた。目の前の光景に、彼は入口で立ち尽くした。カーテンの向こう側は、張り詰めた空気に包まれている。そしてこちら側では、私が震える手で薬瓶を開けようとしているが、蓋はびくともしない。真吾は矢のように駆け寄り、薬瓶を奪い取って蓋を開け、二錠取り出すと、慌ただしく水を注いでくれた。彼は水と薬を私の口元に差し出し、震える声で言った。「薬を……早く、飲んで」私は彼の手を借りて錠剤を飲み込み、呼吸は少しだけ落ち着いた。真吾は、カーテンの向こう側で繰り広げられる一刻を争う気配を背に感じながら、視線を私の青白い顔へと移した。ガシャン。彼の手から突然、コップが滑り落ち、床に叩きつけられて砕け散った。その音で我に返ったかのように、彼は何かを悟り、目を赤くして床に崩れ落ち、私の手を両手で包み込んだ。「ちゃんと治療しよう……よくなる……きっとよくなるから。俺がずっとそばにいる……なあ、いいだろ?」ぼんやりと、私たちにも確かに幸せな過去があったことを思い出した。真吾の十八歳の誕生日に、私は、両手を合わせてケーキに向かい、笑いながら願い事をする彼を見ている。「俺の願いは、君とずっと一緒にいることだ」その時の私は慌てて彼の口を塞いだ。「願い事は口に出しちゃだめ。叶わなくなるから」真吾は相変わらずの笑顔で、穏やかに言った。「これが一番欲しい願いなんだ。きっと叶うよ」たぶん、口に出してしまったから、すべてが変わってしまったのだろう。胸の奥に、細かく、そして遅れてやってきた痛みが広がった。だがそれは、目の前のこの人のためではない。何もかもを捧げていた、かつての自分と、あの温かな時間のためだと、私は知っている。私は小さく息をついた。「もう、あまり時間は残っていないの。全部、過ぎたことよ。前を向こう」彼は涙を拭いきれないまま、切羽詰まった声で言った。「間違ってた……本当に分か
彼は本当に立ち去ったわけではない。病室の外に張り付く影のような存在になったのだと、私はわかっている。治療に向かうときも、庭で日向ぼっこをしているときも、遠くから注がれるあの視線を感じることがあった。ただ、私は残された静かな時間を味わいながら、あえて見ないふりをした。……病院で、私は琴音と顔を合わせることがあり、時折言葉を交わすようになった。やがて彼女は、私の病室の場所が、彼女がよく通う治療室の近くだということを知った。その日、午後の陽射しが差し込み、病室は明るく照らされ、空気の中には細かな埃が漂っている。萌恵はついさっきまで心臓の痛みに耐えていたらしく、弱った子猫のように、そっと私のベッドのそばまで移動し、静かに私を見ている。私は彼女に微笑みかけようとしたそのとき、ドアの方から柔らかなノックの音がした。私たちは同時に振り向いた。そこに立っているのは琴音で、ある小さな紙袋を手にし、どこか遠慮がちな笑みを浮かべている。「邪魔かな?」と、その声はとても軽く、静けさを壊さないよう気遣っているかのようだ。私は首を横に振った。萌恵は、その見慣れない、きれいな顔を興味深そうに眺めている。琴音は中に入り、まず私に視線を向け、それから萌恵へと柔らかく目を移した。「来る途中で買ったの。少しなら食べられるかなと思って」と、彼女は紙袋をそっとベッドサイドの棚に置いた。中には、つやつやと洗われた青いスモモがいくつか入っている。そして何かを思い出したように、彼女はさらにポケットから包装のきれいなフルーツキャンディーを取り出し、腰をかがめて萌恵と目線を合わせ、差し出した。「これは、勇ましいお姫様に。いいかな?」萌恵の頬に、ほんのりと赤みが差した。キャンディーと私を交互に見て、私が微笑んでうなずくのを確認すると、小さな手を伸ばして受け取った。「ありがとう、琴音姉さん」琴音は、萌恵が自分の名前を知っていることに少し驚いたようで、問いかけるように私を見た。私は小さな声で説明した。「萌恵は私の仲間だし、よくおしゃべりしているの」琴音は納得したようにうなずき、椅子を一つ引き寄せ、私と萌恵のベッドのそばに自然と腰を下ろした。三人で、小さな輪ができた。しばらく、陽射しが私たちの間を静かに流れ、空気は穏やかだ。やがて、沈黙を破ったの