로그인病弱な兄を救うため、広瀬時乃(ひろせ ときの)はわずか七歳にして、梶本家が運営する暗殺者訓練キャンプの門を叩いた。 九歳であらゆる武器を自在に操り、十六歳になる頃には、百人の少女たちが殺し合う訓練キャンプを、たった一人生き抜いてみせた。 その修羅場を潜り抜けた実力を買われ、時乃は梶本克樹(かじもと かつき)の前に立つ。彼の身を護る盾――「専属護衛」として。 あの日から時乃は、克樹にとって最も使い勝手の良い「懐刀」だった。 底が見えないほど複雑な梶本家の勢力争い。彼に実権を握らせるためならと、時乃はこの両手を幾度となく血に染めてきた。 昼は背中を預け合う相棒として、夜は熱を分かち合う愛人として。 時乃はこの幸福が、永遠に続くのだと疑いもしなかった。 あの日、克樹を庇って銃弾を受け、意識を失うまでは。 昏睡から目覚めた時乃の耳に飛び込んできたのは、克樹の冷え切った声だった。 「どうだ来幸(こゆき)、この賭けは俺の勝ちだ。言っただろう?多少の隙を見せたところで俺は死なない。時乃は必ず、我が身を挺して俺を救いに来るとな」
더 보기広瀬家の本邸。時乃は熱い茶を両手で包み込み、体の奥に残る冷えを追い払おうとしていた。さきほど克樹の姿を見た瞬間、兄が無残に殺された光景がフラッシュバックした。過去の記憶はあまりに鮮明で、胸の奥底に巣食う怨恨は消えそうになかった。「時乃。おじさんが、家政婦さんが苺のケーキを焼いたって言ってたけど、少し食べる?」蒼介の優しい気遣いには答えず、彼女は茶を一口啜り、ポツリと漏らした。「ねえ蒼介。私って、本当に情けないわ。兄さんを殺した張本人は彼なのに……彼を見た瞬間、体が勝手に『隠れなきゃ』って反応してしまったの。十数年もの間、毎日彼に忠誠を尽くせと刷り込まれ続けてきた。今日になっても、体はその『本能』を覚えている……かつては本気で信じていたの。彼がいる場所こそが、私の家なんだって」言葉が終わらぬうちに、時乃は蒼介に優しく抱き寄せられた。「君は悪くない。自分を責める必要なんてないんだ」彼から漂う清潔なシダーウッドの香りに包まれ、時乃の強張った体が無意識に解けていく。「これからは、おじさんと俺が君の最強の盾になる。ここが、君の家だ」温かな感情が時乃の全身に染み渡り、彼女は静かに頷いた。……三ヶ月後。時乃の体の傷は完全に癒えた。心理カウンセリングの効果もあり、彼女は徐々に心の闇から抜け出しつつあった。蒼介は毎日、彼女の心を解そうと、あの手この手で尽くしてくれた。海辺で貝殻を拾ったり、山頂で満天の星空を眺めたり、可愛い子猫を贈ってくれたり……二人の距離は、日を追うごとに縮まっていった。蒼介の献身的なサポートもあり、時乃は社会人入試に合格し、大学への進学が決まった。入学式を終え、校門を出た直後のことだった。一人の男が道の真ん中で彼女の前に立ちはだかった。「時乃……!」顔を上げると、そこにいたのは克樹だった。彼は以前とは別人のようにやつれ、目は充血し、深い隈が刻まれている。時乃は数歩後ずさり、警戒心を露わにした。「……また来たの?」この数ヶ月、梶本グループは加納家を中心とする勢力から総攻撃を受けていた。克樹は私財の半分を投げ打ち、辛うじて持ち堪えている状態だった。彼は毎日、酒と煙草で神経を麻痺させ、時乃を忘れようとした。だが、できなかった。時乃という存在は、既に
克樹は身じろぎもせず、打ち下ろされる木刀の雨をその身で受け止めた。一度たりとも、無様な悲鳴は上げなかった。控えていた護衛たちが主を守ろうと動いたが、彼は手で制した。「全員そこにいろ。動くな!」彼は痛いほど理解していた。京志郎の許しを得なければ、永遠に時乃には会えないと。絢斗を死に追いやったのも、時乃を撃ったのも自分だ。殴られることなど、物の数ではない。火の中だろうと水の中だろうと、喜んで飛び込んでやる。十数回殴打し、京志郎は息を切らせて木刀を止めた。「さっさと失せろ!お前のような畜生に、広瀬家の敷居を跨ぐ資格はない!」克樹の表情は微動だにしなかった。彼はドサッと膝をつき、泥に塗れて土下座した。「全て私の過ちです!時乃に会わせていただけるなら、どんな罰でも受けます!」京志郎は彼をじっと見下ろし、やがて木刀を投げ捨てて冷笑した。「自分で言ったんだな。俺が課す『十の試練』を乗り越えられたら、時乃に会わせてやらんこともない」克樹は迷いなく、力強く答えた。「やります」第一の試練、刃の上を歩く。第二の試練、灼熱の炭火の上に一時間立ち続ける。第三の試練、九十九発の鞭を受ける……すべての試練を終えた頃には、克樹は満身創痍となり、地面に這いつくばって虫の息だった。彼は懇願するような眼差しを向け、掠れた声で絞り出した。「広瀬さん……これで……時乃に会わせて、いただけますか?」「寝言を言うな」京志郎は鼻で笑い、足元の彼に見向きもしなかった。「兄をなぶり殺しにしたお前を、あの子が許すとでも思ったか?」ズドンッ!轟音と共に、重厚な扉が無慈悲に閉ざされた。克樹が抱いた一縷の希望は、完全に打ち砕かれた。空から冷たい雨が降り始めた。彼は泥の中に横たわり、指一本動かせない。意識が遠のく中、不意に、軽やかな足音が近づいてくるのが聞こえた。「……どうしてここにいるの?」時乃の声だ。克樹は力を振り絞って体を起こし、見上げた。夢にまで見たあの顔が、ついに目の前にあった。時乃は純白のドレスを纏い、耳元にはパールのイヤリングが揺れていた。かつての冷徹な護衛姿とはまるで違う、可憐で美しい姿。克樹の目頭が熱くなった。よろめきながら立ち上がった。「時乃……お前を迎えに来たんだ。どうして…
梶本家の別荘。来幸は三日間、闘犬場に放置されていた。全身は赤に染まり、少しでも動けば肉が裂けるような激痛が走る。彼女は涙も枯れ果て、ただ低く呻いて許しを乞うことしかできなかった。「克樹……本当にごめんなさい……許して……」克樹は冷ややかに彼女を見下ろした。「いいだろう。こいつを訓練キャンプへ放り込め。どれだけ持ちこたえられるか見ものだな」「嫌!嫌よぉッ!」来幸は絶叫した。梶本家の訓練キャンプがどれほど地獄のような場所か、彼女は熟知している。そこに行くくらいなら、まだ闘犬場の方がマシだ。「怖いか?」克樹は能面のような無表情で告げた。「時乃はわずか七歳で入所し、幾多の死線を潜り抜けて俺の前に立ったんだ。……彼女を殺したのは、お前だ」来幸は恐怖に震え、涙と血で汚れた顔を地面に擦り付けて懇願した。「私が悪かったわ!ねえ克樹、本当に反省しているの……!」克樹は目を閉じ、部下に彼女を引きずるよう命じた。「言ったはずだ。時乃が味わった苦しみは、すべてお前も味わうんだとな!」……あの日以来、克樹は完全に抜け殻のようになった。特注の氷棺を用意し、時乃と思しき遺体を保存させ、毎日その前で泥酔した。時折、いっそ死んで楽になりたいとさえ思った。そうすれば、来世で彼女に会って許しを請えるかもしれないと。彼が三度目の自殺未遂、手首を切って病院に搬送された時だ。秘書が血相を変えて病室に飛び込んできた。「社長!ひ、広瀬さんを見かけたとの情報が!」克樹は虚ろな目で、天井を見上げたまま言った。「嘘をつくな……無駄だ」秘書は一枚の新聞を彼の目の前に突きつけた。「本当です!これをご覧ください!」克樹は眉をひそめ、億劫そうに目を開けた。だが、新聞の写真を見た瞬間、弾かれたように上半身を起こした。「時乃……?」写真の中で、時乃は中年男性と並んで立ち、太陽のように明るく微笑んでいた。一目で確信した。これは、間違いなく時乃だ!「すぐにあの遺体を再鑑定に出せ!別人かどうか確認しろ!」次の瞬間、克樹は腕の点滴を引き抜き、運転手に電話をかけた。「車を出せ!今すぐ翼澤市へ向かうぞ!」……翼澤市、広瀬家。東都市から翼澤市へ向かう道中、克樹の心は狂喜に満ちていた。まさか、時乃
翼澤市。食卓を埋め尽くす豪華な料理と滋養品の数々を前に、時乃の箸は止まったままだった。加納蒼介(かのう そうすけ)に救われ、加納家に連れ帰られてから一ヶ月。彼は専門医に体を検査させただけでなく、栄養学の専門家までつけて徹底的な体調管理をしてくれた。おかげで傷の回復は順調で、体にも少しずつ健康的な丸みが戻りつつあった。「加納さん、もう食べられません」蒼介は箸で山芋を掴み、彼女の茶碗に入れた。「まだ痩せすぎだ。もう少し食べて」時乃はふと、数年前のことを思い出した。目の前にいるこの清廉で優雅な男が、まだ少年だった頃のことだ。当時、彼はまだ十代そこそこで、重傷を負って雪の中に倒れ、今にも命の灯火が消えそうだった。任務からの撤収中、時乃は彼を見つけて足を止めた。訓練キャンプの鉄則では、克樹以外の命は、たとえ自分の命であっても無価値だと教え込まれていた。だが、いつも冷徹な彼女が、自分でも制御できずに彼を救った。その瞬間、彼の姿に兄の面影が重なったからだった。その時の気まぐれな善行が巡り巡って、蒼介が海辺で彼女を救うことになった。目覚めた時、蒼介が最初に言った言葉はこうだった。「すまない、君のお兄さんを……救えなかった」絢斗の骨壷を時乃の手に渡した。「俺にできたのは、これだけだった」あの日、時乃は兄の骨壷を抱きしめ、声が枯れるまで泣き叫んだ。長年押し殺してきた感情が、ようやく出口を見つけたようだった。その後、蒼介が加納家の当主を継ぎ、かつてのような綱渡りの日々から解放されたことを知った。彼の熱心な誘いを受け、時乃は加納家に身を寄せることになった。「スープも飲んで。回復にいいから」蒼介の気遣わしげな声が、時乃を回想から引き戻した。この一ヶ月、彼の献身的な世話は、彼女にこれまで感じたことのない温もりを与えてくれた。夜中に悪夢にうなされても、彼がそばにいれば安心して眠ることができた。スープを口にし、何か言おうとした時、蒼介が一つの書類封筒をテーブルに置いた。「時乃。君に伝えておくべきことがある。実は、君は翼澤市の広瀬家が長年探し続けていた令嬢なんだ。君の父親は、片時も君とお兄さんを探すのを諦めてはいなかった」時乃はスプーンを置き、その封筒を長い間見つめた。声が震える。