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第15話

Auteur: 枝枝
悠太は医師の言葉がまるで耳に入っていないかのように、ただこう言った。「そんなことはどうでもいい。最高の薬を、最も高価な医療機器を、何でも使って欲しい。とにかく、俺は彼女に生きていて欲しいんだ」

医師は途方に暮れ、ため息をつきながら承諾するしかなかった。

悠太は手を伸ばし、玲奈の額の前髪をかき上げ、指先で優しく彼女の顔を撫でた。

「玲奈、俺たちが初めて会ったのは鈴木家の古い屋敷だったね。覚えている?

その時、お前は赤いワンピースを着ていて、まるで漫画から飛び出してきたように可愛いかった。

世の中にこんなに綺麗で可愛い女の子がいるとは思いもしなかった。その時から、大きくなったら必ず玲奈と結婚しようと決めたんだ。

玲奈、俺はお前が好きだ。小さい頃からずっと、本当に好きだった......」

悠太の声が詰まった。

彼のような男は、普段なら血を流しても涙は流さないのに、この頃は玲奈のベッドの傍で何度も思い切り涙を流していた。

その時、携帯が鳴った。助手からの電話だった。

「悠太様、ご指示通り、奥様の両親の合葬をさせていただきました。それで......」

「今日、お参りに行く」

この頃、悠太は心身ともに疲れ果てており、竜一の葬儀の手配は助手に任せるしかなかった。

そして今日は、竜一の初七日だった。

彼は必ずお参りに行かないといけない。

外は雨が降り始めた。

悠太は墓園で跪き、雨水が髪の先から流れ落ち、黒いスーツがどんどん濡れていった。

目の前に並ぶ二つの墓石には、玲奈の両親の写真が飾られていた。

「義父さん、義母さん......」

悠太の声はひどくかすれていた。「会いに来ました」

写真の中の玲奈の両親は、いつものように優しい笑顔を見せていた。

だが悠太は、彼らがきっと自分を許してくれないことを、心の底から知っていた。なぜなら、彼は二人の大切な娘を、ちゃんと守ってあげられなかったからだ。

「医者は、無理に彼女を生かし続けても、ただの抜け殻だと言っています。彼女はとっくに意識を失っていました......でも、俺には手放すことができませんでした。手放すことなんてできません......

もし義父さん、義母さんだったら、どう選択しますか?」

一言一言を口にするたびに、悠太の心は激しく痛んだ。

膝の感覚はとっくに麻痺していたのに、彼は微動だに
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