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第10話

Auteur: ショコラビス
「深司、もう私に関わらないで。

私はもう、知也と結婚したの」

ちょうど私たちは市役所を出てきたところだった。結婚届を提出し、夫婦として正式に受理されたばかりだ。

昨夜の宴が終わったあと、知也はあの日――私が酔いつぶれて記憶をなくした夜――に口走った言葉を教えてくれた。

「知也、どうして『女に興味がない』なんて嘘をついたの?」

「そう言わなければ、君のそばに居続けられなかったからだよ……あの頃の君は深司しか見てなかった。もし僕が『ずっと君が好きだった』なんて告げていたら、きっと君は僕を拒絶して、縁を切っていただろう」

胸が熱くなり、思わず涙がにじむ。

「だから……こんなに長い間、ずっと待っていてくれたの?私を誤解させたまま、自分だけを傷つけて……

私と深司が幸せそうにしてるのを見て、どれほど辛かったか……」

その痛みは、私にもよく分かる。だって、私も同じように歩んできたから。

ふと、幼い頃の記憶がよみがえる。孤児院に入ったばかりの五歳の私。知也は十歳だった。

私はPTSDに苛まれ、悪夢に追い詰められて眠ることすらできなかった。そんな私の隣に、いつも彼がいた。

絵を描くことを教えてくれて、髪をきれいに編んでくれて、少しずつ心の傷を癒やしてくれた。

やがて彼は里親に引き取られていったけれど、それでも度々私を訪ねてきて、自分の小遣いをはたいて美味しいものを食べさせてくれたり、可愛いドレスを買ってくれたりした。

学校に通うための学費まで、彼が負担してくれた。

それなのに、大学に入ってから私は深司を好きになった。

その喜びを知也に伝えた時、彼は何も言わなかった。ただ翌日、酒の飲みすぎで胃から出血して倒れた。

そして言ったのだ。

「僕は女が好きじゃないから。だから安心して、これからも友達として何でも話してほしい」

私は――その言葉を信じてしまった。

深司の嘘は、最後に私を傷つけた。

けれど知也の嘘は、彼自身を傷つけ続けていた。

今度は私の方から彼に口づける。

そしてベッドの上で彼を押し倒し、囁く。

「契約しない?どちらかが離婚したら、自分で命を絶つって」

「……やるさ!」

――後日。

父は私たちのために、信じられないほど豪華な結婚式を挙げてくれる。街じゅうの大型ビジョンには、三日間にわたって私たちの幸せそうな写真が映し出され続
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