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国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。
国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。
Auteur: 伊桜らな

1.千曲流日本舞踊家・千曲鳳翠

Auteur: 伊桜らな
last update Date de publication: 2025-04-15 17:23:54

 稽古着であるお気に入りである芥子色の着物を来て帯を締める。建物内にある【お稽古室・桜】という稽古部屋に入ると荷物を置いた。

「……よし、やるか」

 スマホの音楽アプリに登録してある曲【藤娘】をタップしてスピーカー機能のある機械にセットすれば、いつもと同じ三味線の音が聞こえ『津の国の――』と唄が始まり踊り始めた。

 この長唄である藤娘は、日本舞踊といえば藤娘(これ)!と言われるくらい有名な曲であり藤の花の精が娘の姿で現れて女心を踊る作品のこれは私の大好きな曲だ。

 部屋のドアが勢いよく開く。踊り始めたばかりだが、音楽を停止させる。

「百合乃、邪魔するよー」

「……慶翠(けいすい)さま、返事してないです。言ってください」

「どうせ言っても聞こえないだろ? それに慶翠とか他人行儀はやめろよ。お兄ちゃんだろ?」

 私、千曲(ちくま)鳳翠(ほうすい)改め千曲百合乃(ゆりの)は千曲流日本舞踊家の家元の娘で私自身も師範代を持っている。日本舞踊家として門下生もいてキッズ教室と初心者教室も受け持っており指導も行っている。

 そして急に現れた男性は千曲慶翠といい、同じ千曲流日本舞踊家で次期家元であり、実の兄だ。

「ここは家じゃありませんので、ケジメです。割り切ることは大切ですよ」

「堅いなぁ」

「堅くて結構です。それよりも何か用事があったのでは?」

「あ、そうそう。客だよ、客!」

 お客様?私に?

 私に尋ねて来るとは誰だろうと、入り口をみると男性が入ってきた。

「久しぶりだね、百合ちゃん」

「郁斗(ふみと)さん。お久しぶりです。今日は、どうしたんですか?」

「仕事の打ち合わせだよ。次の公演でいけばなを担当するからね」

 郁斗さんは、月森流華道家であり現在の家元で雅名を月森(つきもり)耀壱(よういち)という。祖母同士が友人で小さい頃から月森流華道を一緒に稽古させてもらっていたので幼なじみのような存在だ。

 彼は昨年朝ドラの華道監修をしてからイケメン華道家家元として一躍有名となり雑誌や特集番組に出演依頼もたくさん来ているらしいし、SNSでは『国宝級イケメン華道家』とも言われているくらいに顔が整っているし、声も甘い蜂蜜のようで目が合うだけで好きになっちゃうくらいに麗しく綺麗な青年だ。

「それに妃菜乃(ひなの)のお墓参りをしてきたから」

「そうなんですね」

 彼は懐かしむような、悲しそうな表情を見せる。彼が言う妃菜乃とは私の姉で、二人は婚約者同士で想いあっていた。とても仲良しで、二人を見るのが好きだった。

 だけど、姉が病気になった。それから一年足らずで亡くなった。姉と婚約していたけど、会うことも話すことも減っていたのでお葬式で久しぶりだった。

 以前と同じ、私に笑いかけてくれて嬉しかった。

ちゃんと話したのは学生ぶりで、婚約前だったなぁと思い出す。

『久しぶりだね、百合ちゃんは妃菜乃に本当に……そっくりだ』

 ……彼には似てるなんて言われたくなかった。

 確かに私は姉にそっくりで瓜二つだと言われている。だけどそれだけだ、私は姉には敵わない。天才肌で努力しなくてもなんでもこなす姉とは違い、私は努力しなくては何もできない。大好きな日本舞踊だって姉が一日でマスターしていくのに私は茶道も華道もすぐにはできない。だから、学生の頃はよく言われていた。

『顔はそっくりでもね、家元の娘なのに習得するのに時間がかかるんじゃ』

『妃菜乃さんは優秀な家元の娘なのに百合乃さんの方は“優”にはなれても“秀”にはなれないわよね。家元の娘なのに凡人というか』

 周りの人から言われていたのは慣れているし、もう秀になれないことは諦めもついている。姉にはなれないことも分かるし分かりきっている。

「――百合ちゃん?」

 名前を呼ばれ、いつの間にか覗き込まれていたらしくハッとした。

「すみません、少し考えごとをしてました。……郁斗さんのいけばな楽しみにしてます」

「ありがとう。俺も百合ちゃんの公演楽しみにしてるよ」

 そう言うと、次の仕事があるらしく郁斗さんは部屋から出て行った。

 私は、一時停止していた音楽を再生にしてまた踊り出した。

  ***

 それから一週間後、千曲流日本舞踊春季公演会の日を迎えた。公演会は午前の部と午後の部で分かれていて朝十時から始まる。午前の部の最初はキッズ教室の子たちと初心者教室の人だからまだまだ時間があるので私は案内係としてせっせと働いている。

「百合乃さん」

 後ろから声を掛けられて、振り向くとそこには和服を着ている郁斗さんがいた。

「あっ、おはようございます。月森さん、本日は素敵ないけばなをありがとうございます」

「気に入ってもらえてよかったよ。こちらこそ自由にやらせてくれたから楽しかったよ」

 このホールの入場口の手前にある華は郁斗さんの持参した織部焼きの深い緑の花瓶にコバンモチやスカシユリ、モンステラの花を使い華やかすぎず控えめすぎずの程よいコバンモチの葉が生き生きとした彼らしい生け花で素晴らしかった。

「あ、そうだ。百合ちゃんにこれ、いつもの」

「ありがとうございます。嬉しいです!」

 彼にもらったのは、いけばなのスケッチだ。画家ではないのに綺麗な絵だから貰えるのは嬉しい。

「こんなスケッチなら、いくらでもあげるよ。……あと、これも皆さんで食べて」

「えっ、ありがとうございます。喜びます」

 郁斗さんは、差し入れでお土産用の紙袋を私に渡す。その中は私の大好きな和菓子メーカーのえび煎餅だ。

「百合ちゃん、好きでしょ? そうだ、昼って時間ある?」

「昼ですか? 私、最後なので余裕があるので時間はたっぷりと」

「じゃあ、一緒に食べていいかな?」

「大丈夫です。ぜひ」

「良かった、じゃあ楽しみにしてるね」

 入場開始のアナウンスが流れたため、郁斗さんは午前の部も見るらしくホールへ入って行った。

 私は案内係をして席がほぼ埋まると、アルバイトスタッフさんに後はお願いして裏へと向かった。

 裏には始まるのを今かと待つキッズ教室の子たちが緊張した表情をしていた。初めて舞台に立つ子が多いし、緊張するのは当たり前だ。

「おはようございます!」

 緊張を和らげるためにみんなに挨拶をすれば「鳳翠先生、おはようございます!」と挨拶してくれた。全員の表情を見ると、さっきよりはほぐれたようで安心していると彼らの順番が来て舞台へと出て行った。

 舞台袖から見ながらお稽古の時のことを思い出して感極まって泣きそうになりながら舞台を見た。

 午前の部は滞りなく終了して、お昼休憩のアナウンスが流れた。控え室に戻ればドアの前には郁斗さんがいた。

「お待たせしちゃってすみません、廊下で待たせちゃうなんて」

「いや、早く来ちゃっただけだし。気にしないで」

 私は彼を中に招き入れると、椅子を用意した。

「飲み物は、お茶でいいですか? コーヒーもありますけど」

「お茶にしようかな」

「了解です。今日は、玉露があるので美味しいですよ」

 そんな話をしながら、急須に茶葉を入れて湯呑みに入れていたお湯を入れて蒸す。三分蒸し終わると、湯呑みに淹れた。

「どうぞ、郁斗さん」

「ありがとう、綺麗な緑色だしいい香りだ。いただきます」

 郁斗さんはお弁当の包み紙をとってお弁当を広げた。

「それって限定販売の高いやつじゃないですか? 予約がすぐに埋まったって聞きました」

「うん、打ち合わせの時に家元に教えてもらったからついでに頼んでもらったんだ」

「え、私には何も言ってくれなかったのに」

「そうなの? じゃあ、なんか食べる?」

 そう言って郁斗さんは私に差し出した。なんだか申し訳ないと思ったけど限定品だし、次の機会はないだろうからと考えてだし巻き卵を一切れ頂いた。

 私も自分のお茶をテーブルの隅に置いてから、さっきスタッフにもらったお弁当を広げる。

「私のもどうぞ。普通のお弁当ですけど、よかったら」

「いいの? じゃあ、このとり天を貰おうかな」

 お弁当のおかずを交換したりして二人で食べる。食べ終われば、午後の部が始まるまで談笑をした。

「じゃあ、百合ちゃん。頑張ってね」

「ありがとうございます」 

 午後の部が始まるアナウンスが放送されると郁斗さんはホールの方へと帰って行った。

 午後の部は午前の初心者の方たちなどの発表とは違い、名取以上の雅名がある人の発表になる。名取とは大学でいえば大学院生や助手のようなイメージで師範は大学教授や准教授みたいなイメージになる。一番最後は家元である父で、その前に次期家元である兄、その前が私だ。

「失礼致します。もうすぐ時間が来るので衣装の準備をお願いします」

 最初はメイクさんにメイクを施され、藤娘で使うかつらに赤角櫛をつけると衣装の着付けをしてもらった。衣装は、黒地に藤の縫模様振袖にとき色地に藤の縫模様の振り帯をつけパパッと完成する。

 小道具の塗りの妻折傘を目深に被って藤の枝を肩にして舞台のある場所へと向かう。舞台では大道具さんが舞台の藤の大房をつけたりして準備をしてくださっていた。

 完成するとアナウンスで私の紹介され、私は藤の枝を肩に乗せ舞台に上がる。準備が整ったところで舞台の照明が消えて真っ暗になり閉じていた幕が上がった。

 長唄が始まり一節が切れたところで照明の光がついて明るくなる。明かりがついた瞬間、大きな松の木に絡んだ大きな藤の花が咲き誇り私が立っているという図となる。

 傘を被ったまま一度舞い、松の影に姿を隠して今度は傘を手に持って藤の花をかき分けて姿を現す。

 そしてまた松に隠れて今度は傘は持たず衣装を変えてから登場し藤音頭を披露する。音頭が終わり一旦松の影に隠れると両袖を脱いだ状態で踊り地を見せれば、やがて鐘の音が鳴り日が暮れが訪れて再び藤の枝を肩に乗せて惜しみながらも美しい立ち姿で終わり幕が閉じた。  

 二十分という長い時間だが踊っているとあっという間で終わり舞台から降りた。

 降りてまっすぐ控え室に戻る。いつもそうだが脱力感が半端なくてこんなんじゃダメだよなと思いながら、衣装を脱ぎメイクも落としかつらも取った。

 いつもの着物へと変えてダラダラと過ごしていると、時間は結構経っていて兄が迎えにきた。

「お疲れさん、百合乃。いつもの如くダラけてる」

「はぁ……兄様はとてもお元気ね。相変わらず体力バカ」  

「はは、まぁな。車を呼んだから準備して、寝るのは後だよ」

 車もう来てるのか……早いなぁと思いながら帰り支度をしてお兄様と待機しているという車に向かって乗ると揺れが心地よくて眠ってしまった。 

 次に目が覚めた時には家に到着していて、なぜか自室にいて外はもうすでに真っ暗だった。   

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  • 国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。   12.撮影とおかえり

    クランクインからひと月が経った。私は現在、撮影場所で日本舞踊監修としてのお仕事をしているが、今は見学中だ。準備期間は長かったのに撮影はもう半分は終わってる。 「なんとも贅沢だなぁ」 目の前で、俳優さんが演技をしている。普段の指導している時の彼らとは別人のようで、すごい。 本当は、日本舞踊のシーンがない時は来なくていいんだけど見たくて来てしまっている。迷惑にならないように隅っこだけれども。 「お疲れ様です! 鳳翠先生」 「茉縁さんもお疲れ様です。とっても良かったです」 「ありがとうございます。でも撮り直しですね、多分」 茉縁さんはそう言うと、監督がいる方を見た。 「納得してない顔してるから――」 「おーい里谷さん! ちょっとこっち来てー」 彼女の言う通り、監督が彼女を呼ぶ声が聞こえてそちらに行ってしまった。 それからも昼まで見学しているとスマホがブーブーと震えた。スマホの画面を見れば郁斗さんからメッセージ通知が出ていた。それをタップすると、LINEのトークページが開く。 【今、帰って来ました。テレビ局の近くにいるんだけど時間が合えば迎えに行くよ】 え!帰るの三日後って聞いていたけど早く終わったのかな。 【帰ってくるの三日後って言ってませんでした?】 【仕事は昨日のパフォーマンスで終わりだったんだ。他の仕事は急いで終わらせてきたんだ】 そうなのか。せっかくだし、迎えに来てもらおうかな…… 【じゃあ、お迎えをお願いできますか?一緒に帰りたいです】 そうメッセージを送ると、話し合いが終わった本郷くんに近づき声を掛ける。 「本郷くん、私帰りますね」 「月森さん。あ、わかりました。……じゃあ、下まで送りますよ」 「えっ、でも私勝手に見学に来た人ですし……本郷くん、さっきまで演出家の方とお話をしていましたよね?」 さっきまで監督の隣にいる演出の人と話し合いをしていたし、忙しいのではないだろうか。ただ声をかけただけなんだけどなぁ 「もう終わったから。それに早めの昼にしようと思って一階のカフェに行くから」 「それならいいんですけど……」 了承すると、本郷くんは荷物を持ってくるからと控え室に行ってしまったので私はスマホを見ると【良かった。近くに来たら連絡する】とメッセージが来ていた。 なので【了解です

  • 国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。   2.縁談話

     私には、『鳳翠』として指導をしているので毎日ではないが稽古日がある。一週間の中で月曜水曜木曜がキッズ教室で、初心者向け教室は火曜金曜土曜とあり門下生は週何回とかは決まっていないが大体が金曜土曜日曜だ。だからほとんどが休みがないように見えるが、キッズも初心者も夕方からなので午前中は休むことができる。 稽古室があるのは千曲流日本舞踊会館の中に三つ棟があってその中の一つで行われる。師範室から移動して稽古室の一つの部屋に向かった。 「――では、お辞儀から始めましょう」 今日は、初心者向け教室の日。初心者教室はいくつかクラスがあり私が担当しているのは趣味としてやっている方々で十人ほどのクラスだ

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    すやすやと寝息を立てて眠っている彼女はいつもの綺麗で凛々しい表情ではなく、可愛らしい寝顔をしている。思わず髪に触れて撫でてみると、くすぐったかったのか体を歪ませた。その姿が小動物のようで可愛らしい。 ――やっとだ。やっと、彼女が俺の手の中に出来た。 彼女と出会ったのは、俺が高校生で彼女は中学生の頃。 場所は、月森(うち)の家元が使うことが許される稽古室だった。俺は、いつもの日課のように当時の家元である祖母と稽古をしていた。 「郁斗、今日はね千曲家のお嬢様方が来るわよ」 「……千曲家? お祖母様のお友達の?」 「そうよ。妃菜ちゃんと百合ちゃんって言ってね、ずっと頼(らい)

  • 国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。   10.偶然の再会

    ドラマ監修の仕事を受けると決めてから一週間。今日は、テレビ局のドラマ制作部の方々と打ち合わせだ。 「郁斗さん、ごめんね。送ってもらっちゃって」 「俺も仕事が同じ方面だし、ついでだよ。可愛い奥さんを送るためなら車くらい何回でも出すよ……百合ちゃんはいいんだよ。なんで、蒼央はちゃっかり寛いでるかな。もっと乗せてもらうんだからなんかあるでしょ」 「いいじゃん。俺らの仲でしょ、義弟(おとうと)よ」 郁斗さんが近くにある出版社で取材があるらしく、一緒に行こうってなった。本当は私一人でもいいんだけど、兄がテレビ局行きたい〜と言ったためなぜか同行している。 それなのにこんな態度取って……

  • 国宝級イケメンの華道家は、最愛妻への情愛が抑えられない。   8.決意と挨拶

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