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2.縁談話

Auteur: 伊桜らな
last update Date de publication: 2025-04-15 17:24:03

 私には、『鳳翠』として指導をしているので毎日ではないが稽古日がある。一週間の中で月曜水曜木曜がキッズ教室で、初心者向け教室は火曜金曜土曜とあり門下生は週何回とかは決まっていないが大体が金曜土曜日曜だ。だからほとんどが休みがないように見えるが、キッズも初心者も夕方からなので午前中は休むことができる。

 稽古室があるのは千曲流日本舞踊会館の中に三つ棟があってその中の一つで行われる。師範室から移動して稽古室の一つの部屋に向かった。

 「――では、お辞儀から始めましょう」

 今日は、初心者向け教室の日。初心者教室はいくつかクラスがあり私が担当しているのは趣味としてやっている方々で十人ほどのクラスだ。着物の着付けもあるし礼儀作法も学べるため、人気がある教室で教室が始まってすぐは基本のお辞儀の復習からだ。

 日本舞踊の稽古は“礼にはじまり礼に終わる”。基本中の基本であり、踊り中でもお辞儀をすることがあるため大切になる。

 扇子を膝の前に置き、背筋を伸ばし肩甲骨をつけ肩を下ろし力を入れず顎を引く。ゆっくりと前に手をつき、一旦止めて挨拶をしながら頭を下げる。その時は肘をなるべくつけて、肘を張りすぎず膝を囲うような形でお辞儀をした。そして、ゆっくりと頭を上げ肘を伸ばした形で止まり一呼吸ついてからゆっくり手を伸ばして最初の形に戻るとお辞儀が終わる。

 このお扇子をおくという行為は、“自分と師匠の間に一線を引く”“謙虚な姿勢で踊りを習う”という心の表れと意味がある。たかがお辞儀一回二回と言われるがこのお辞儀が難しいし、今後ステップアップをしていく中で踊りをするときにつまづいてしまうこともあるから私は力を入れている。

 お辞儀がある程度できるようになると、次にお扇子の扱い方を学ぶ。扇子は紙と骨と要、なまりで出来ているため上に投げてもなまりが入っているため要から降りてくるようになっている。

 扇子は、胸の高さで持ち親骨を一つ開き平らに奥へと広げていく。握り込みで持った扇子を右膝につけ、左手を手前に立てて手のひらで前に閉める――それが扇子の開き方だ。

 それからすり足と呼ばれる基本の足の運びを説明をしながら実践してもらう。

「姿勢を正しくして腰を入れてから正面へ足を滑らすように足の裏が地面から離れないようにして重心がぶれないように気をつけてね」 

 すり足が上手くできるようになったら、夏の練習成果発表会の時に踊る課題曲で箏曲の『さくらさくら』のお稽古を始めるために私が一度踊る。

 どんな踊りかを見てもらい自分で踊るイメージを想像してもらうために必要なことなので丁寧に踊った。

 一時間の稽古が終わり、お辞儀をして終わった。皆が出ていくのを見送りをして戸締りをすると稽古室から休憩室に向かった。 

「お疲れ様です」

 休憩室に入ると珍しく兄が一人コーヒーを飲んで寛いでいた。それになぜかスーツ姿だ。 

「お、鳳翠先生。お疲れ、今終わり?」 

「はい、今日は終わりなので」   

 会館の中だし誰もが来る休憩室だからか私を珍しく鳳翠と呼んで「コーヒー飲む? あ、煎茶の方がよかったっけ、水出しがあるよ?」と聞いて来る。

「私は煎茶にします」

 そう言えば兄はグラスに淹れてくれてコースターの上にのせた。

「そういえば、今日母さんたちが早く帰ってきてって言ってたよ。百合はもう終わり?」

「えぇ。今日は終わりだよ、明日はみっちりと一日だけどね」

「あ、教室か。キッズと若葉ね、シフト見た」

 兄の言う若葉は若葉マークを指している初心者教室のことだ。今日とは違う人たちだがやることは同じだし、キッズの場合は楽しく踊ることが主なのでとても楽だ。私も楽しみなクラスだったりする。

「そうだ、門下生そっちに増やせる? 師範変えてくれーって言われてさ」

「私はいいけど」

「よかった、百合にご指名だったから安心した」

「それって元から断れないやつじゃない。まぁいいや、プロフィールシート送っておいて」

「百合ならいいって言ってくれるでしょ、その子も鳳翠先生は優しくて教えるの上手だったーって言ってたし人気者だな」

 そう言ってコーヒーを飲み干した。兄は自分のマグカップを洗うと仕事が残ってるらしくて事務室へと戻っていった。

 私は師範室に戻り帰り支度をして更衣室で荷物を取って退勤した。

  ***

 会館から家までは歩いて十分ほどで到着する。

 私の家は明治時代に建てられた日本家屋で庭師が管理する立派な庭がある。千曲家は旧大名家の血筋でこの家も登録有名文化財になっているすごい建物らしい。

「ただいま帰りました」

 草履を脱いで玄関に上がり両親がいるだろう居間には行かないで和室に向かった。和室に行くと、まだ生けていないお花と花器が放置されていた。

「これは生けてってことだよね、荷物おいてきたらやろうかな」 

 荷物は二階にある自室に置いて下に降りると自分の花鋏を持ってきて和室に入った。花材は、コバンモチ、スカシユリ、モンステラで涼しそうなガラスの花瓶だ。葉物が綺麗で、スカシユリは立派な花を咲かせている。これは玄関用かなと思いながら、生けていく。

 私は、日本舞踊家だが小さな頃月森流の先代家元の下で稽古をしていたので普通一級を持っているので生花は出来るし好きだ。水の中に茎を入れて斜めに切る。こうすることで花が水をよく吸水してくれて長持ちするのだ。

「百合ちゃん、おかえり」

「ただいま……え、郁斗さん! どうしてここに」

 機嫌よく生けていれば声をかけられた。その人はここにいるはずがない郁斗さんだ。

「家元に話があってね、綺麗だな」

「はい、オレンジ色のスカシユリ大きくて立派で」

「スカシユリも綺麗だけど、百合ちゃんの生ける花が綺麗だなと思って」

「郁斗さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです」

 家元である郁斗さんに言ってもらえるのはとても嬉しいし光栄なことだ。

「本当のことだよ。そうだ、天野屋のお菓子を持ってきたからみんなで食べて」

 天野屋のお菓子とは、老舗和菓子屋である『御菓子司・天野屋』という人気の和菓子屋で雑誌にも特集で組まれるようなお店。一度、テレビで取材されてからいつ行ってもすごい行列だと聞いたことがある……門下生からの情報だけど。

「ありがとうございます、郁斗さん。天野屋って結構並ぶって聞きましたけど」

「うん、並んだよ。俺の友人が天野屋店主と知り合いでね、少しばかり融通してもらったんだ。餡子が絶品らしくて喜んでもらえるといいけど」

「そうなんですね! 餡子好きだから楽しみです。あとでいただきます」

 郁斗さんは、片付けも一緒にしてくれて玄関に飾る予定だったので玄関先まで運んでくれて飾ると帰って行った。

 居間に行くと、母が夕食を並べていて父もお手伝いをしていた。

「百合乃お疲れ様」

「うん。お花もやっておいたよ。玄関に飾っておいた」

「ありがとう、でも重かったでしょ?」

「郁斗さんが運んでくれたから大丈夫だったよ」

 私も手を洗ってきて配膳を手伝おうとするが、両親に座ってなさいといわれてしまい座って待つことにした。

 座って両親を見るといつもながら仲良しでいいなぁと思う。

 家元一族に生まれた父と宗派で生まれた母、許婚だったらしいが許婚とは知らずお互い一目惚れしたらしく珍しく恋愛結婚の二人。今も変わらぬ愛妻家っぷりは両親だけど羨ましいと感じる。素敵だ。

 配膳されるのを待っていると兄が帰ってきた。

「蒼央もおかえり」

 蒼央というのは、兄の本名だ。

「ただいま、母さん。今日も美味しそう」

「着替えて、手を洗ってきなさい」

「うん、行ってくる」

 兄が出ていくと美味しそうなチキン南蛮とサラダに卵焼きにお味噌汁が並ぶ。美味しそう。

「今日は、八丁味噌よ〜」

 全て配膳が終わったところで兄とお祖母様がやってきた。

「……じゃあ、頂こうか。いただきます」

 箸を持ちサラダを食べてからチキン南蛮をパクッと食べる。肉汁がジュワッと出て肉汁と甘酢タレの相性バッチリでタルタルソースはまろやかでうちはヨーグルトを入れるから少し爽やかな味だ。

「この卵は……お父さんが作ったの?」

「そうよ。この人ね、ゆで卵作る前に二個卵割っちゃって急遽だし巻き卵追加になったの」

「へぇ、形は歪だけどとても美味しいよ」

 ご飯を食べて家族団欒が終わるとすぐ兄は部屋に行ってしまった。お皿を洗って拭いて食器棚にしまい、私は自室へ戻ろうとしたが父に話しかけられた。

「百合乃、話があるんだ。座りなさい」

「え……? あ、うん。はい」

 何かあったかなと思いながら座ると、お母さんが三人分のお茶を持ってきた。

「話って何?」

「あぁ、……百合乃は今付き合っている人いるのかい?」

「え? いないよ、忙しいし好きな人もいないし……それがどうしたの?」

 お父さんはお茶を一口飲むと「うん」と言い、一呼吸おく。

「……百合乃に縁談が来た」

「え? 縁談?」

「そう。縁談だ。もう百合乃も二十八歳だし、そろそろ考えないとだよ。俺たちは二十五歳で結婚したから遅いくらいだよ。それに百合乃を望んでいるし、日本舞踊も続けてもいいと言っている」

 ってことはこれは強制的で拒否権は私にはない。それに千曲家にも利がある縁談だろうと感じる。

 由緒正しい名家で日本舞踊の名門の家だからいつかは政略結婚するだろうと思っていたし今までそういうう話がなかったのも不思議なくらいだし。

「わかりました。その縁談お受けいたします」

「そ、そうか。よかった! じゃあ先方に連絡しよう、また詳細が決まったら教えるから」

 それだけ言ってお父さんは冷めてしまったお茶を飲み、片付けるとお母さんを連れて居間から出て行った。    

「縁談、かぁ……」

 呟いてお茶を一気に飲むと居間から自分の部屋に移動した。

 部屋に入ると、ベッドにダイブをして「うー」と言いながら唸ってバタバタさせていれば兄がお風呂が空いたと呼びにきたのでお風呂に入った。

  ***

 縁談を受けたはいいが、そのお見合い当日に何を着ていくのかわからないままだった。

「時間がないだろうし私の振袖を着ればいいわよ。手直しをしてもらいましょう」

 数日経ち、お母さんの一声で呉服商がその日のうちにやってきた。

 お母さんの振袖は、千曲家直系女子が受け継いでいる着物だった。お母さんもお祖母様から受け継いだ振袖らしい。

 尾形光琳が手掛けた着物で白綾の絹地に菊や萩、桔梗、|芒《すすき》などの秋の草花を藍で描き、黄色や淡い紅色でぼかしを入れた華やかだが落ち着いている振袖だった。だけどこのまま着るとなると時代遅れになるからと呉服商には帯に帯締めや帯揚げ、重ね襟を持ってきてくれた。

 金の菊と華紋で西陣織の袋帯に帯締めはヒワ色のグリーン系で帯揚げは藤色、重ね襟は今時っぽく白レースにオフホワイトのパールがついた物を選んだ。

「とてもお似合いです! あとは髪飾りも持ってきたのでいくつかご覧になりますか?」

「見ます、ありがとうございます」

「いえ、小ぶりな物をご用意しいました。お着物の色が黄色がメインだと聞いていたので同系色で揃えています」

 呉服商は、十個ほどテーブルに並べ一つ一つ見せてくれた。髪型はシニヨンをする予定なのでつまみ飾りとドライフラワーのを選んだ。黄色のお花が可愛らしくて一目惚れだ。

「ありがとうございます。では、奥様のお着物は後日お届けいたしますので」

 そう言って呉服商は帰って行った。お母さんもお父さんにおねだりしていて本当に仲がいいなと感心しながら準備はなんとか整い、美容師さんとも打ち合わせをしてあとはお見合い当日になるだけになった。

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