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第17話

Author: 春日山奈
「やめて!助けて!」

詩緒は絶叫しながら海青のズボンに手を伸ばそうとしたが、すべては無駄だった。

海青がその場を去ると、昨夜彼女を犯した男が再び書斎に現れた。

今度は、手に鋭いナイフを持って。

詩緒は胸元ばかりを十七回刺された。

四肢をねじ曲げたまま床に倒れ、目を閉じることなく息絶えた。

海青は彼女の遺体を見つめ、喜びも悲しみもなく命じた。

「下水道にでも捨てておけ」

遺体はすぐに引きずられて運び出され、現場も徹底的に清掃されたが、血の匂いはなおも残っていた。

詩緒の始末が済んで間もなく、秘書が犯人が捕まったという知らせを持ってきた。

海青はすぐに帰国した。

犯人は凶悪な顔つきの男かと思われたが、実際は見た目もおとなしく、まるで悪事とは無縁そうな男だった。

地面に押さえつけられたその男は、何が起こったのかわからない様子で震えていた。

恐怖に顔を引きつらせながら。

その瞬間、海青の脳裏には、あの夜に秋帆が味わった地獄のような記憶が蘇った。

胸を鋭い薔薇の茎に貫かれたような、言葉にならない苦痛がこみ上げた。

彼は深く息を吸い込み、あらかじめ用意していた骨抜き用の鋭利なナイフを手に取り、一歩一歩男に近づいていった。

ザクリ。

ナイフが男の心臓に深く突き刺さった。

口を塞がれていた男は、苦痛の呻き声しか出せず、額の血管が浮き出し、目玉が飛び出しそうなほど見開かれていた。

だが、海青の表情は一切変わらない。

冷静沈着に、無慈悲に、そして正確に、何度も何度もナイフを突き立てた。

血に塗れようとも、まるで日常の作業のように淡々と。

合計百七十回刺したころには、周囲の肉はぐちゃぐちゃに崩れ、悪臭すら漂いはじめた。

遺体処理のために入ってきた護衛たちでさえ、その惨状を目の当たりにし、表情が一瞬引きつった。

カラン。

ナイフが床に落ちる。

海青は目を閉じ、疲れ切ったように手を振った。

「下水道に捨てろ」

護衛たちが立ち去ると、彼は力なく椅子に腰を下ろし、スマホの中にある秋帆の写真をじっと見つめながら、優しく微笑んだ。

「アキ、すぐに会いに行くよ」

数日後、犯人の遺体が発見された。

ネットでは事件が完全に炎上し、庄司グループの株価も大きく揺れ動いた。

その一方で、警察は死因などから海青を容疑者として特定。

すぐに一隊の警
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