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last update Tanggal publikasi: 2025-12-17 11:38:30

 俺は一歩踏み出す。紬が後ずさる。膝がソファに当たり、紬はその場に座り込んだ。逃がさない。俺は両手をソファの背もたれにつき、紬を腕の中に閉じ込めた。

「……誰だ、そいつ」

 至近距離で睨みつけた。紬の瞳が、恐怖と困惑で揺れている。

「会社の、先輩です……既婚者でお子さんもいて、ただの上司で……」

「男か」

「はい、男性ですけど……」

 男だ。それだけで十分だ。俺の知らない場所で、俺の知らない紬の時間を共有している男。俺がテレビの中で作り笑いをしている間、こいつの隣で仕事をして、雑談をして、あんな声を向けられている男。

 ムカつく。理不尽なのは分かっている。俺たちは恋人でもなければ、家族でもない。俺に紬を束縛する権利なんてない。

 でも、感情が理屈を追い越していく。

「俺がいるのに、他の男の声なんか聞くな」

 口から出た言葉は、自分で

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  • 塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい   207

     それから数日後の午後のこと。  ペントハウスの広大なリビングには温かい日差しが差し込んで、平穏な時間が流れていた。  私はキッチンで夕食の仕込みをしながら、リビングのソファでスマートフォンを耳に当てているセナさんの様子をうかがっていた。「……ええ、はい。承知いたしました。……ええ、誠に光栄なことです。スケジュールにつきましては、追って担当の者から調整のご連絡をさせていただきます。……はい、本日はわざわざのお電話、ありがとうございました。失礼いたします」 セナさんが丁寧な口調で通話を終えて、スマートフォンをテーブルに置いた。 彼は中指で眼鏡のブリッジをスッと押し上げる。  キッチンにいる私、床でブロック遊びをしている伊織と茉莉、さらには向かいのソファで寝転がっているハルくんと、台本を読んでいるレンくんの全員を見渡した。「今の電話は、白石監督ご本人からです」 セナさんのその言葉に、リビングの空気がピンと張り詰める。「先日行われた次期大型ドラマの子役オーディションの結果が出ました。……伊織、茉莉」 セナさんが静かな声で双子の名前を呼ぶ。  双子はブロックの手を止めて、不思議そうに首を傾げた。  そんな彼らに向かって、セナさんは滅多に見せない温かさを帯びた笑みを浮かべた。「おめでとうございます。白石監督直々の熱烈な指名により、あなたたち2人が今回のドラマのメイン子役の座を見事に勝ち取りました」 数秒の沈黙の後。「うおおおおおっ! やったああああっ! すっげえええええっ!」 真っ先に叫び声を上げて飛び起きたのは、ハルくんだった。  彼はソファから飛び降りると、伊織と茉莉の元へ駆け寄って両腕でガバッと抱き上げた。「お前ら最高だよ! あの超気難しいって有名な白石監督に指名されるなんて、天才すぎだろ!」「きゃははっ! ハルお兄ちゃん、ぐるぐるしてー!」「やったー! お仕事きまったの?」 訳も分からず喜ぶ双子を抱えたまま、ハルくんがリビングをぐるぐると回り始める。

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     6歳の男の子とは思えない、生真面目で理屈っぽい言葉だった。  母親から日頃から刷り込まれている言葉を、そのままなぞっているかのようだった。「うん……そうだよね。ごめんなさい、お兄ちゃん」 美桜ちゃんはしょんぼりと肩を落とす。  膝の上に置いた自分の小さな手をギュッと握りしめた。  そうして再び感情を押し殺したような、完璧な「子役の顔」へと戻っていった。 私はそのやり取りを見て、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。 あの子たちは5歳や6歳にして、どれほどのプレッシャーと我慢を強いられているのだろう。  大人の期待に応えるために、子供らしい欲求や無邪気さを全て押し殺して、あの完璧な仮面を被っている。 それは本当にあの子たちの望みなのだろうか?  美咲さんは親のエゴを押し付けているだけではないのか?  そんな疑問が湧いた。 やがてスタッフが名前を呼ぶ。  彼らはオーディション会場の方へ消えた。 一方で私の目の前では。「ママ! このクッキー、もう一個食べてもいい?」「だめよ、茉莉。お腹いっぱいになっちゃったら、オーディションでお返事できなくなるでしょう」「えー! じゃあ、終わったらお家でクッキー焼いてくれる? クマさんとウサギさんの!」 今度は伊織が声を上げる。「ふふっ、ええ、もちろん。ご褒美にたくさん焼こうね」「やったー! 伊織、がんばろうね!」「うん! がんばる!」「パパといっしょに、ドラマ出るんだもんね!」 伊織と茉莉は、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。 どんなにアウェイな環境でも、どんなに悪意を向けられても、決して自分たちのペースを崩さない。  彼らの心臓には毛が生えているどころか、分厚い鋼鉄の鎧でもまとっているのではないかと思うほどの度胸だ。(頼もしいなぁ……) 私はありのままの「子供らしさ」を失わない2人の姿に、深い安堵と誇らしさを感じていた。  大

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     普通の子なら、大人の発するピリピリとした怒気や、この異様な空間のプレッシャーに萎縮してしまうはずだ。  美咲さんもこの場の空気に乗じて、私と双子を威圧するつもりだったのだと思う。明らかに悪意が感じられたから。 けれど伊織と茉莉は、美咲さんの嫌味を完全にスルーした。  ただ純粋に「美味しいおやつ」の存在に心を奪われていたのである。「いただきまーす!」 2人はケータリングコーナーのそばで、サクッ、サクッと音を立ててクッキーを頬張り始めた。「んー! バターの味がして美味しいね、伊織!」「うん! クマさん、お耳から食べちゃった!」「あはは! 伊織、お口の周りに粉がついてるよ!」 伊織はえへへと笑って口の周りを指で拭った。  かじりかけのクマさんクッキーを見て、首を傾げる。「美味しいけど、ママのクッキーのほうが美味しいな?」「そうだよねー! 今度、ウサギさんの作ってもらお!」 双子はキャッキャと無邪気な笑い声を上げる。  ごく自然体で天真爛漫な姿だった。  周囲に満ちる異様な空気など、ちっとも気にしていない。 張り詰めていた糸がプツンと切れたかのように、周囲にいた他の親子たちも、呆気にとられた顔で双子を見つめている。「な……なんなのよ、あの子たち……っ!」 完全にペースを乱されて、渾身の嫌味を無視された美咲さんは、顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。  怒りの矛先をどこへ向けていいか分からず、ヒステリックに私を睨みつけた。「ど、どういうしつけをしてるの! オーディションの前にケータリングを漁るなんて、非常識にもほどがあるわ。なんて卑しいの! やっぱり親の七光りだけの素人ね!」 捨て台詞を吐き捨てて、美咲さんは乱れた呼吸を整えながら、カツカツと足音を荒立てて自分の席へと戻っていった。 私はほっと胸を撫で下ろし、クッキーを食べている2人の元へ歩み寄った。「伊織、茉莉。こぼさないように食べてね。お口の周り、ハンカチで拭くからね」

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  • 塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい   198:子役オーディション

     テレビ局の広大な建物の奥深く。 厚い防音扉に仕切られたその区画は、少々異質な空気に包まれていた。 磨き上げられたリノリウムの床を歩く私の足音さえ、周囲の張り詰めた空気に吸い込まれて消えてしまいそうだ。 私は緊張を覚えながら、それでも笑顔を作って双子に話しかけた。「伊織、茉莉。ここが今日のオーディション会場の控室よ。中に入ったら、静かに待っていましょうね」「うん、わかった!」「茉莉、おとなしくできるよ!」 伊織と茉莉は、私の両手をそれぞれしっかりと握っている。普段と変わらない元気な声で頷いた。 今日は子役オーディションの日。 双子はさらなる飛躍として、ドラマのオーディションを受けることにしたのだ。 ドアノブに手をかけて、控室の扉を押し開ける。 その瞬間、むわっとした熱気と、肌を刺すような緊張感が押し寄せてきた。「……!」 広い控室には、厳しい書類選考を勝ち抜いた数十人の子役たちと、それに付き添う親たちがひしめき合っていた。 ただの待合室ではない。 ここは子供たちの人生と、親たちのプライドが交錯する戦場だ。 壁際では台本を握りしめた母親が、引きつった顔で子供に早口でセリフを叩き込んでいる。「違うでしょ! ここはもっと悲しそうな顔をしてって言ったじゃない! もう一回最初から!」「うぇぇん、ママ、もうやりたくないよぉ……」「泣かないの! ここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってるの! ほら、涙を拭いて!」 発声練習の声と厳しい叱責、プレッシャーに負けて泣き出す子供たちの声があちこちから聞こえてくる。 異様なほどピリピリとした空気が、部屋全体を支配していた。 私は圧倒されそうになる心を奮い立たせて、部屋の隅にある空いた長椅子へ双子を誘導した。(大丈夫。私たちは私たちのペースでいこう) 数日前のペントハウスでの出来事を思い出す。 密着ドキュメ

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