LOGIN「よし、今度は少し大人っぽい雰囲気でいきましょう。2人で手を繋いで、ゆっくり歩いてきて」 カメラマンの指示を受け、伊織がスッと右手を差し出した。 茉莉がその手を取り、チュールスカートの裾を左手で上品につまみ上げる。 双子はカメラのフラッシュを浴びながら、堂々とした足取りでホリゾントの中央へと進み出た。「いいね、その凛とした表情! 伊織くん、茉莉ちゃんをエスコートするみたいに少しだけリードして!」「はーい!」 伊織が茉莉の手をそっと引き、カメラに向かって優雅に微笑む。 茉莉は伊織の肩に少しだけ顔を寄せて、はにかむような笑顔を見せた。 もはや指示を出す必要がないほど、2人はカメラの前で完全に自分たちの世界を作り上げていた。 その時だ。 カメラのすぐ横、ディレクターの後ろから、急に奇妙な動きをする人物が現れた。「ほーら! 伊織、茉莉! こっち見ろ! パパの顔、面白いだろ! びよ〜ん!」 なんと天下のトップアイドルであるレンくんが、両手で頬を引っ張り、目をひんむいて全力の変顔を披露していたのだ。 子供たちの緊張を少しでもほぐしてやろうという、彼なりの親心なのだろう。 普段のクールな姿からは想像もつかない、あまりにも全力すぎる変顔に、周囲のスタッフたちが必死に笑いをこらえて肩を揺らしている。 だが、当の双子たちは全く笑わなかった。 それどころか、伊織はスッと冷めた目をレンくんに向けてはっきりと言い放った。「……パパ、今お仕事中だから邪魔しないでね」「そうだよ。パパ、お顔が変だよ。ちゃんとかっこいいお顔して?」 茉莉も呆れたように首を横に振る。 5歳児から放たれた容赦のないダメ出しである。 レンくんの顔がピシリと固まり、変顔のまま完全にフリーズした。「……えっ?」「ぶっ……! あははははっ!! レンくん、自分の子供にマジ説教されてる!! ダッサ!」 こらえきれなくなったハルくんが大爆笑し、スタジオ中が堰を切ったように温かい笑い
先ほどまで無邪気にはしゃいでいた5歳児の顔が消え、被写体としての『プロ』の顔が引き出される。 伊織は昨晩のリビングでのレッスンで掴んだコツを活かし、サロペットのポケットに軽く両手を突っ込んだ。 あごを少し引き、キャップのつばの下から、大人顔負けのクールな流し目をレンズへ向ける。 だが、ただ気取っているだけではない。 小道具として渡されたアンティーク調の望遠鏡をパッと構えると、レンズ越しに私とレンくんの方を見て「あ、パパ見つけた!」と無邪気な笑顔を弾けさせた。 計算されたクールさと、作り物ではない子供らしい好奇心。 その2つが見事なバランスで融合している。「素晴らしい! その表情、すごくいいよ! 目線をもう少し右に流してみて!」 カメラマンの要求に、伊織は言葉を持たずに顔の角度で応えてみせた。「完璧だ! 茉莉ちゃん、次は満面の笑みでお願いできるかな!」 ディレクターの指示に、茉莉は小首を右に傾け、カメラに向かってパチンとウインクを飛ばした。 両手を広げてクルクルとその場で回り出す。イエローのキュロットスカートが花びらのようにふわりと舞い上がった。「茉莉、お花畑を飛んでるの! パパ、見てる?」 心から楽しそうに笑い声を上げ、カメラの枠の中で軽やかにステップを踏む。 その笑顔は太陽のように明るく、周囲のスタッフたちの顔まで自然とほころばせていく。「すごい……本当に5歳児か!? 指示に対するレスポンスが早すぎる!」「照明さん、もう少しサイドの光を弱めて! 彼女たちの自然な肌の質感を活かしたい!」 現場の熱気が一気に高まっていく。 モニターに映し出される写真の数々に、ディレクターは興奮を隠しきれない様子で拳を握りしめていた。「まさに私が求めていた逸材だ! 完璧なポージングの中に、決して失われない天真爛漫な子供らしさがある。このギャップがたまらない!」 リテイクが皆無の状態である。 一着目の撮影は、なんと予定の半分の時間で終了してしまった。「お疲れ様!
慣れない環境での緊張をほぐし、脳に糖分を補給させるために用意してきたのだ。もちろん、私の手作りである。「わあ! ママのゼリーだ!」「食べる! あーんして!」 2人が鳥のヒナのように口を大きく開ける。 私は小さなフォークでゼリーを刺し、順番に口へと運んであげた。「ん〜っ! つめたくて美味しい!」「お口のなかでちゅるんって溶けちゃった!」 幸せそうに頬を抑える2人の笑顔に、メイクスタッフたちからも「可愛い!」と黄色い声が上がる。 うんうん、うちの子たちは可愛いでしょう!「やっほー、伊織、茉莉! ハルお兄ちゃんが応援に来たよー!」 突然、メイクルームのドアが勢いよく開いた。 何事かと振り返ると、オレンジ髪の遊馬ハルくんが満面の笑みで飛び込んできたところだった。 その後ろからは、葛城セナさんが静かな足取りで部屋に入ってくる。 2人は自分たちの仕事の合間を縫って、わざわざ駆けつけてくれたのだ。 スタッフたちから「嘘、Noixの葛城セナと遊馬ハル?」「わざわざ応援に来たの?」と声が上がる。 ……レンくんが仕事を休んで付き添っただけでも大変だったのに、まさかセナさんとハルくんまで来るとは。 彼らの双子溺愛っぷりは本物である。「ハルお兄ちゃん! セナお兄ちゃん!」「まったく、ハルは声が大きすぎます。子供たちが驚くでしょう」 セナさんは呆れたようにため息をつきつつ、伊織の頭を優しく撫でた。「あなたたちなら何の問題もありませんよ。いつものように、楽しんできなさい」「昨日のレッスンの成果、しっかり見せてやれよ! カメラに向かってバーンって決めるんだぞ!」 ハルくんが拳を突き出してウインクをする。 双子も「うん! バーンってやる!」と元気に拳を突き返した。「さあ、お着替えが完了しましたよ。スタジオへ行きましょう」 綺麗に仕上げてもらった伊織と茉莉は、もう天使としか思えないほど可愛ら
「伊織くん、茉莉ちゃん。今日はこちらのAスタジオになります。どうぞ」 分厚い防音扉が押し開けられる。 スタッフの声に導かれて、私たちはフォトスタジオの中へ足を踏み入れた。 このスタジオは都内でも有数の規模を誇る大型なもので、中はとても広い。 天井を見上げれば、見慣れない巨大な照明機材が格子状のレールにいくつもぶら下がっている。 床には無数の黒いケーブルが這い回り、大きなレフ板や送風機があちこちに配置されていた。「わぁ……! ここ、おっきいね!」「パパがいつもお仕事してる場所みたい!」 伊織と茉莉は、大勢の大人たちが行き交う慌ただしい空間を前にしても、泣き出すどころか目を輝かせて歓声を上げた。 私と手を繋いだまま、スタジオの隅々まで興味津々といった様子で見回している。 本来ならば、5歳の子供にとってこれほど非日常的で物々しい環境は、怖がってしまってもおかしくない。 事実、私自身も張り詰めた現場の空気に少しだけ肩をこわばらせていた。「おい、そこのケーブル。しっかりテープで床に固定しておけ。子供たちが足を引っ掛けたらどうするつもりだ」 私の隣を歩くレンくんが、眉間に深いシワを寄せてスタッフに指示を飛ばしている。 今日は彼も「Noix(ノア)の綺更津レン」としてではなく、双子の保護者として同行していた。 セナさんが事前に手配してくれた通り、スタジオの出入り口から楽屋の廊下に至るまで、Noixの現場でよく顔を合わせる信頼のおける警備員やスタッフが立っている。 外部のマスコミや不審な人間が入り込む隙は一切ない、鉄壁のセキュリティ体制が敷かれていた。「レンくん、そんなに怖い顔をしないでね。スタッフの皆さんも細心の注意を払ってくださっているんだから」「分かってる。だが、万が一ということもある。あいつらに怪我でもさせたら……」「大丈夫ですよ。ほら、伊織も茉莉もこんなに楽しそう」 私が2人の姿を目で示すと、レンくんは少しだけ目元を緩めた。
食後のお茶を飲みながら、話題は明日の撮影のことになった。 セナさんがタブレットを取り出し、画面をタップする。「明日のスケジュールを最終確認しておきましょう。香盤表によれば、スタジオ入りは午前9時。我々Noixのスタッフを3名、警備として配置済みです。クライアントへの挨拶からスタッフの動線の確保まで、全て手配完了しています」「さすがセナお兄ちゃん! 抜かりないね」 ハルくんが感心したように声を上げた。「伊織、茉莉。今日のレッスン通りにやれば、絶対に大丈夫だからね。明日はカメラの前で、一番かっこいい顔と一番可愛い顔を見せてやるんだよ!」 ハルくんが2人の前にしゃがみ込み、拳を握ってみせた。「うん! 伊織、かっこよくできるよ!」「茉莉も、可愛いお姫様になる!」 双子は不安を見せるどころか、自信に満ちた声で力強く返事をした。「俺もカメラの裏から見守ってる。だから、いつも通りでいいんだ。お前たちの笑顔が、一番の武器なんだからな」 パパの言葉に、伊織と茉莉は安心しきったように笑い合った。「俺が初めての撮影の時は、緊張しすぎて顔が引きつってたからな。あいつら、俺より度胸があるかもしれない」 レンくんが自嘲気味に呟くと、ハルくんがすかさず突っ込んだ。「レンくん、あの時ロボットみたいにガチガチだったもんね。今でも動画残ってるよ!」「うるさい、オレンジ頭。あれはもう消去しろって言っただろ」「あはは、やだね! このネタは一生擦ってやる」 微笑ましいやり取りを見つめながら、私は深く息を吸い込んだ。 もう、迷いも恐怖もない。 伊織と茉莉の無限の可能性を信じる。 この小さな星たちが明日どんな輝きを放つのか、一番近くで見届けよう。 レンくんが立ち上がり、伊織と茉莉の頭を大きな手で優しく撫でた。「明日はいよいよ本番だ。今日はもう、しっかりお風呂に入って早く寝るぞ。肌のコンディションを整えるのも、モデルの立派な仕事だからな」「はーい!」
不安がないと言えば嘘になる。 だが、あれほど楽しそうに自分たちの才能の羽を広げている子供たちを見ていると、私の迷いなどちっぽけなものに思えてきた。 私がすべきことは、親の不安を押し付けることではない。 彼らがどんなに高く飛んでも、疲れた時に必ず帰ってこられる温かい場所を作ることだ。 私は目の前の食材に意識を戻した。 今日の夕食は、初めての撮影を明日に控えた彼らのための特別なメニューだ。「よし。お肉の下ごしらえは完了」 塩コショウで下味をつけた鶏もも肉に、薄く小麦粉をまぶす。 熱したフライパンにオリーブオイルをひき、鶏肉を皮目から並べ入れた。 ジューッという激しい音と共に、香ばしい匂いが立ち上る。 皮がパリッと黄金色に焼けたら裏返し、中までじっくりと火を通していく。 そこにスライスした新鮮なレモンと、フレッシュなローズマリーの枝を投入した。 柑橘の爽やかな酸味とハーブの清涼感のある香りが、フライパンの中で鶏肉の脂と混ざり合う。 疲労回復に効果的なクエン酸をたっぷり含んだ「鶏肉のレモンハーブソテー」だ。 鶏肉に火を通している間に、手早く付け合わせを仕上げていく。 鮮やかな赤と黄色のパプリカを細切りにし、さっと塩ゆでしたスナップエンドウと一緒にボウルへ。 オリーブオイル、レモン汁、少量の蜂蜜と粒マスタードを混ぜ合わせた自家製ドレッシングで和えれば、彩り豊かなマリネの完成だ。 視覚からも食欲を刺激し、ビタミンもたっぷりと補給できる。 さらに、胃腸を温めるために温かいスープを用意する。 玉ねぎ、人参、セロリを細かく刻んでじっくりと炒め、透き通るような琥珀色のコンソメスープに仕上げた。 野菜の甘みが溶け込んだ優しい味わいだ。 野菜嫌いで偏食気味なセナさんでも、これなら文句を言わずに食べてくれるはず。 大きなお皿の真ん中に、こんがりと焼けた鶏肉を乗せ、レモンの輪切りを飾る。その横に彩り豊かなマリネを添えた。 土鍋の蓋を開けると、ふっくらと炊き上がった白米がツ
無数のカメラのレンズが、記者テーブルの前にずらりと並んでいた。 都内ホテルの記者会見用大会場は、詰めかけた数百人の報道陣が発する熱気と殺気で、室温が数度上がっているような錯覚を覚える。 Noixの3人は既にテーブルに着席しており、緊張した面持ちで前を見ていた。 最前列の席には、Noix(ノア)所属事務所の社長が腕を組んで座っていた。 その目は、壇上の3人の若者を睨みつけている。「台本通りにやれ。さもなくば、終わらせてやる」 無言の圧力が威圧するように漂っていた。。 バシャバシャバシャ
女性は大きなサングラスをかけている。つばの広い帽子を目深にかぶり、高級ブランドのトレンチコートをまとっていた。 彼女は私を見ると、サングラスを少しだけずらした。「……酷い顔ね。見られたもんじゃないわ」「さ、西条さん……?」 そこにいたのは、国民的トップ女優・西条リカだった。(なぜ彼女がここに? マスコミの包囲網をどうやって突破したの?)「ちょっと。いつまでメソメソしてるつもり?」 彼女は土足のまま上がり込む勢いで、私に歩み寄
彼は膝を抱えている。私の置いていったベージュのエプロンを、命綱のように強く握りしめていた。「レン、くん……?」 名前を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げた。 虚ろなアイスブルーの瞳が私を映す。 確かに私を見たのに、瞳に光は戻らなかった。「……また、夢か」 乾いた唇からかすれた声がこぼれた。「幻覚だ……。紬が、帰ってくるはずない……。あいつは俺に愛想をつかして、出ていった&hel
私は裏口から実家を出て、リカさんの高級車に乗り込んだ。 革張りのシートが私の背中を包み込んでいる。車内には高級な革の匂いと、リカさんがつけている香水――バラのように華やかで少しトゲのある香り――が漂っていた。 運転手もリカさんも一言も喋らず、車はすぐに出発した。 窓の外を流れる夜の景色は、飛ぶような速さで後ろへと消えていく。 私は膝の上で固く拳を握りしめて、隣に座る「女王」の横顔を盗み見た。サングラスを外した彼女の瞳は、前だけを見据えている。「……あの、西条さん」 沈







