Masuk突然の双子の映り込みに、レンくんが目を見開いて言葉を失って固まっている。 ハルくんも口を半開きにしたまま、完全にフリーズしていた。 コメント欄の流れる速度が、先ほどとは違う異様な速さになった。『今の子だれ!?』『えっ、子供!?』『嘘でしょ!?』『まさかレンくんの子供!?』 騒然となるコメント欄。 5年間、必死の努力で隠し通してきた秘密が、たった数秒の出来事で白日の下に晒されてしまった。「ど、どうしよう……!」 私は血の気を失い、パニックに陥った。 止めなきゃ。今すぐ2人を画面から引き離さなきゃ。「伊織、茉莉!」 キッチンから飛び出そうとした私の前に、スッと長い腕が伸びてきた。「待ちなさい」 カメラの死角にいたセナさんが、私の肩をガシッと掴んで制止した。 彼の表情は驚くほど冷静で、研ぎ澄まされた刃のような光を放っていた。「セナさん、でも……!」「ここから先は、我々に任せなさい」 セナさんは私をキッチンに押し留めると、自分はカメラの前に歩み出た。 慌てる素振りなど少しも見せず、まるで予定通りの演出であるかのように、彼はカメラの画角を操作して広げた。 伊織と茉莉の姿が、完全にフレームの中心へと収まる。「皆さん、驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、ちょうど良い機会ですのでご紹介しましょう」 セナさんは涼しい顔で、何事もなかったかのように切り出した。 その堂々とした態度に、荒れ狂っていたコメント欄が一瞬だけ戸惑いの色を見せる。「パパ! セナお兄ちゃん、ハルお兄ちゃん!」 空気を読まない茉莉が、無邪気な声でレンくんの膝に飛びついた。 伊織はおもちゃの剣を背中に隠し、カメラに向かってペコリと丁寧なお辞儀をする。「こんにちは。いおりです」 その礼儀正しくも愛らしい姿に、レンくんの表情か
3人のトークは楽しく続けられている。「お前のおかげでテイクが3回も増えたんだぞ。次やったらマイクスタンドを投げつけるからな」「こわっ! セナくん、レンくんが暴力振るおうとするー!」「自業自得です。私もあの時は、ハルの顔に台本を叩きつけようかと思いましたから」 3人のわちゃわちゃとしたやり取りに、コメント欄は『仲良しすぎるw』『ハルくん怒られてるww』と大盛り上がりを見せる。 私はキッチンの奥で、その様子を微笑ましく見つめていた。 ステージ上の完璧なパフォーマンスも素敵だけれど、こうして気心の知れたメンバー同士で素顔を見せ合っている姿も、彼らの大きな魅力だ。「次のコメントです。『皆さんはお休みの日は何をしているんですか?』」 セナさんが新しい質問を読み上げた。「私ですか。私はもっぱら読書か、ハルが散らかしたゲームの片付けですね。彼には片付けという概念が備わっていないようなので」「えー! 俺だってたまには片付けてるよ。休日はだいたいゲームしてるか、寝てるかかなぁ」 ハルくんがサンドイッチをモグモグしながら答える。「レンはどうです?」 セナさんに話を振られ、レンくんは少しだけ口元を緩めた。「俺は最近、少しだけ料理を手伝ってる。野菜の皮むきとか、簡単なことだけどな」 その発言に、コメント欄の動きが一瞬止まった。直後に凄まじい勢いで流れ始める。『えっ!? レンくんが料理!?』『レンくんが料理男子に!?』『包丁持ってる姿とか想像しただけで倒れそう』『誰に作ってあげてるの!?』 レンくんと私が結婚していることは、ファンの間でも公然の秘密として知られている。 あえて「誰」とは言わない絶妙な匂わせ発言に、ファンたちは好意的な反応を示しているようだった。「包丁の使い方はまだ危なっかしいですけどね。たまに指を切りそうになって、こちらがヒヤヒヤしますよ」 セナさんがすかさずフォローを入れ、話を上手くまとめている。
私は双子にお気に入りのおもちゃを渡した。 電池で光る剣と、星の飾りがついた魔法のステッキだ。 剣は伊織、ステッキは茉莉のお気に入り――と言いたいところだが、この子たちはどちらも好きに使って遊んでいる。 この前は伊織がステッキの魔法少女、茉莉が剣のヒーローごっこをやっていて笑ってしまった。案外似合っていたので。 おもちゃを手にした双子は、プレイルームに駆け込んでいく。 私はプレイルームのドアをしっかりと閉めた。 それからキッチンの奥、カメラには絶対に映らない死角にパイプ椅子を置く。 ノートパソコンを開いて配信画面をモニタリングする準備を整えた。「それでは、配信をスタートします。3、2、1……」 セナさんの合図と共に画面の『OFFAIR』の文字が消えて、3人の姿が映し出された。「みんな、こんにちは! Noixの遊馬ハルです!」 ハルくんが元気に手を振る。 セナさんは優雅に一礼した。「葛城セナです」「綺更津レンだ」 レンくんはクールに挨拶をする。 3人がカメラに向かって手を振ると、画面の右端を流れるコメント欄が爆発的な速度で流れ始めた。 まるでテキストの滝である。 同時接続者数のカウンターが、数万、十数万、数十万とみるみるうちに跳ね上がっていく。『ミリオン達成おめでとう!!!』『部屋着姿が尊すぎる!』『3人ともリラックスしてて可愛いー!』『レンくんの鎖骨ヤバい』 祝福と歓喜のコメントが、画面を埋め尽くしていく。「みんな、ミリオン達成、本当にありがとう。これもずっと応援してくれているファンのみんなのおかげだ」 レンくんが画面越しに深く頭を下げると、コメント欄にはさらに大量のハートマークが飛び交った。「今日は『休日のオフ感』をテーマに、ここでゆっくりみんなと話そうと思ってさ」 ハルくんがサンドイッチを一つ手に取り、カメラに向かって見せびらかす。
ライ麦パンの焼ける香ばしい匂いが、ペントハウスのキッチンにふわりと広がっていく。 トースターから取り出したパンの表面はカリッとキツネ色に焼き上がった。 触れるとサクッとした心地よい音が鳴っていた。 今日は本来であれば、休日。 けれど1つ特殊な仕事が入っている。 Noixの新曲ミリオンヒットを記念した、ファンクラブ向けの公式ライブ配信の日だ。 コンセプトは『休日のNoixのオフの姿』。 セナさんの提案により、外部のスタジオではなく、セキュリティが万全なこのペントハウスのリビングの一角に撮影セットが組まれることになった。「紬ちゃん、お腹空いたー! 配信始まる前になんか食べたい!」 リビングのソファから、ゆるいオーバーサイズのニットを着たハルくんが身を乗り出してくる。「今作ってますから、少し待ってくださいね。配信中もつまめるように、サンドイッチにしますから」「サンドイッチ? いいね!」 私はボウルにたっぷりのアボカドを入れ、フォークの背で滑らかになるまで潰していく。 そこに、あらかじめオリーブオイルとガーリックで香ばしく炒めておいたプリプリのむきエビを投入した。 味の決め手は、レモン汁とコクのあるマヨネーズ、少量の黒胡椒だ。 爽やかな酸味がエビの甘みを引き立て、アボカドの濃厚さと見事に調和する。 具材をたっぷりとライ麦パンに挟み込み、一口サイズにカットしていく。 サクッ、サクッという包丁の音がリズムを刻んだ。「できましたよ。『アボカドとエビのタルタルサンドイッチ』です。はちみつレモネードも用意しましたから、喉が渇いたら飲んでくださいね」 木製トレイにサンドイッチの山と、輪切りのレモンが浮かぶガラスのピッチャー、人数分のグラスを載せてリビングのローテーブルへと運ぶ。「うっわ、美味そう! エビがはみ出てる!」 ハルくんが早速手を伸ばして、パクリと一口で頬張った。「んんっ! パンがサクサクで、アボカドとろとろ。これ最高!」「こら、ハル。配信
モニターに次々と映し出される、堂々とした我が子の姿を見つめる。 カメラのストロボの光を浴びるたび、双子の表情はより輝きを増していく。 彼らは誰に教えられるでもなく、自らの意志で生まれ持ったアイドルの才能を爆発させていた。「はい、オッケー! 素晴らしい! 文句なしのオールアップです!」 カメラマンの明るい声がスタジオに響き渡る。 要求されたコンセプトのカットをすべて完璧に、しかも一発OKでこなすことができた。 そのため撮影は予定時刻より2時間も早く終了してしまった。「お疲れ様でした!」「伊織くん、茉莉ちゃん、最高だったよ!」 スタッフたちから大きな拍手が送られる。 ディレクターが小走りで私たちの元へ駆け寄って、深く頭を下げた。「綺更津さん、奥様。本当にありがとうございました。最高の写真が撮れました。私のディレクター人生の中でも、これほどスムーズで感動的な撮影は初めてです。公開時の反響が今から楽しみでなりません」「いえ、こちらこそお世話になりました。子供たちがご迷惑をおかけしなかったか、ヒヤヒヤしていましたが……」「迷惑だなんてとんでもない! 彼らは本物の天才ですよ!」 ディレクターの絶賛の言葉に、私は深くお辞儀を返した。 着替えを終えた伊織と茉莉が、「ありがとうございました!」とスタッフ全員に元気よく手を振る。 その愛らしい姿に、最後まで現場は温かい空気に包まれていた。◇ フォトスタジオからの帰り道。 用意されたワンボックスカーの広い後部座席で、私は疲れ果てた双子がすぐに眠ってしまうだろうと思っていた。 しかし、実際は違った。「パパ、次のお仕事はいつ? 明日?」「茉莉、お写真もっといっぱい撮りたかったなぁ。次も可愛いドレス着たい!」「楽しかったよね。茉莉のドレス、かわいかったよ!」「伊織の服もかっこよかったー!」
「よし、今度は少し大人っぽい雰囲気でいきましょう。2人で手を繋いで、ゆっくり歩いてきて」 カメラマンの指示を受け、伊織がスッと右手を差し出した。 茉莉がその手を取り、チュールスカートの裾を左手で上品につまみ上げる。 双子はカメラのフラッシュを浴びながら、堂々とした足取りでホリゾントの中央へと進み出た。「いいね、その凛とした表情! 伊織くん、茉莉ちゃんをエスコートするみたいに少しだけリードして!」「はーい!」 伊織が茉莉の手をそっと引き、カメラに向かって優雅に微笑む。 茉莉は伊織の肩に少しだけ顔を寄せて、はにかむような笑顔を見せた。 もはや指示を出す必要がないほど、2人はカメラの前で完全に自分たちの世界を作り上げていた。 その時だ。 カメラのすぐ横、ディレクターの後ろから、急に奇妙な動きをする人物が現れた。「ほーら! 伊織、茉莉! こっち見ろ! パパの顔、面白いだろ! びよ〜ん!」 なんと天下のトップアイドルであるレンくんが、両手で頬を引っ張り、目をひんむいて全力の変顔を披露していたのだ。 子供たちの緊張を少しでもほぐしてやろうという、彼なりの親心なのだろう。 普段のクールな姿からは想像もつかない、あまりにも全力すぎる変顔に、周囲のスタッフたちが必死に笑いをこらえて肩を揺らしている。 だが、当の双子たちは全く笑わなかった。 それどころか、伊織はスッと冷めた目をレンくんに向けてはっきりと言い放った。「……パパ、今お仕事中だから邪魔しないでね」「そうだよ。パパ、お顔が変だよ。ちゃんとかっこいいお顔して?」 茉莉も呆れたように首を横に振る。 5歳児から放たれた容赦のないダメ出しである。 レンくんの顔がピシリと固まり、変顔のまま完全にフリーズした。「……えっ?」「ぶっ……! あははははっ!! レンくん、自分の子供にマジ説教されてる!! ダッサ!」 こらえきれなくなったハルくんが大爆笑し、スタジオ中が堰を切ったように温かい笑い
ペントハウスでの生活が始まって数日。私はこの「城」の主である葛城セナという男の、完璧な鎧に隠された致命的な欠陥を発見してしまった。 朝食のダイニングテーブルでのことだ。セナさんは優雅な手つきで箸を置き、ナプキンで口元を拭った。「ごちそうさまでした。素晴らしい朝食でした」「……あの、セナさん」 私は彼が下げようとした皿を指差した。そこには非常な精密さで選り分けられた「あるもの」が、幾何学模様のように美しく残されていた。「お野菜、残ってますけど」 極薄に千切りにした人参とピーマンだ。彼は眉ひとつ
翌朝。目覚めた瞬間、私はここが死後の世界かと思った。 横たわっているのは、体が沈み込むほどフカフカのキングサイズのベッド。自動で開いたカーテンの向こうには、視線の高さに東京タワーとスカイツリーが並んで見えている。「……天国?」 いや、違う。ここは葛城セナさんの自宅、都内某所のタワマン最上階、ペントハウスだ。 私は今日から、Noixの「住み込み料理番」として、この天空の城で働くことになったのだ。 とりあえず顔を洗おうとベッドから出たが、広すぎる廊下で迷子になり、近づいただけで勝手に蓋が
「うっわ……! ここ、高級ホテルじゃなかったっけ? 旅館? 実家?」 ハルくんが感動してテーブルに駆け寄る。「……無機質なこの部屋が、一瞬で『家』になりましたか」 セナさんも呆気にとられたように呟いた。レンくんは疲れた顔を一気に緩ませて、私を見た。「ただいま、紬」「お帰りなさい、レンくん。皆さん、冷めないうちにどうぞ」 全員で席に着き、「いただきます」の声が重なる。ハルくんが豚汁を一口すすり、「んん~~っ!」と天を仰いだ。「豚汁染みる~! 生き返る~! 大根味シミシミじゃん!」
30分後。私たちはマンションから少し離れた、庶民派のスーパーに来ていた。「どう? これならオーラ消えてるだろ?」 レンくんが得意げに胸を張る。黒縁の瓶底メガネに、ボサボサの黒髪ウィッグ。さらにどこで調達したのか分からない絶妙にダサいチェックのシャツを一番上のボタンまで留めている。「……素材が良すぎて、逆に『隠しきれないイケメン』になってますけど、まあマシですね」「よし、行こう」 レンくんは嬉々としてカートを押し始めた。「これ、やってみたかったんだ。カート押して、『晩飯なににする?』って聞くや







