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第8話

Author: 天月
真希は、美琴の言葉がわざと自分を刺激しようとしているのだとわかっていた。だが、顔にはほとんど感情の色は浮かばなかった。「もう全部、手放すつもり。あなたと何を争うつもりもないわ」

美琴はあざ笑うように口を開いた。「やめておきなさいよ。本当に去りたいなら、とっくに出て行ってるわ。図々しく居座ってるのは、結局お金のためでしょ?あ、そういえば、前に泰明さんにバラの花を贈ってもらったでしょう?香り、最高だったんじゃない?」

その言葉に、真希の表情が一変し、複雑な感情が浮かんだ。

美琴でさえ、自分の花粉症を知っているのに、泰明はまったく気づかなかった。本当に愚か者だ。

やはり、彼の心の中に自分の居場所など最初からなかったのだ。

間もなく、泰明が娘を連れて戻ってきた。沈んだ顔で、真希に言った。「まだ子どもだから、分からないこともある。もうちゃんと叱った。一緒に夜のクルーズ、行こう」

その言葉を聞いた瞬間、美琴が慌ててカバンからチケットを取り出した。「泰明さん、これ見て!私たちが大学時代から好きだったバンド、今日が最後のライブなの。解散前のファイナルステージよ」

泰明は一瞬、迷った。

以前の彼なら、迷うことなく美琴の誘いを選んでいたはずだ。

けれど今日、彼は真希の様子に、なにか違和感を覚えていた。だからこそ、自分からクルーズに誘ったのだ。

もし今また美琴を選べば、真希は本当に耐えられない。

たとえ彼女が自分を深く愛し、離れないと確信していても、不安は消えず、彼は決断した。

「ごめん。そのバンド、もう好きじゃなくなった。それに、先に真希に約束してたんだ」

そう言って、彼は背を向け、着替えのために部屋へと入っていった。

その展開は、美琴にとって完全な予想外だった。これまで彼女の頼みはすべて通ってきた。それなのに、今日は、あのブスのために、自分を拒否したのだ。

彼女の顔が歪む。「ブス、いったいどんな手を使ったのよ」

真希は返す言葉もなかった。言い返す価値すら感じなかった。

しかし、その沈黙が逆に、美琴の怒りに油を注ぐ。

怒り狂った美琴は、テーブルの上にあったバラの花束をつかむと、それを真希の頭に向かって力いっぱい叩きつけた。

花粉が一気に舞い上がり、真希は大量に吸い込んでしまった。顔が真っ赤に腫れ、息がどんどん苦しくなっていく。

そんな彼女を見ながら、美琴は勝ち誇ったように笑った。「さあ、泰明さんがどっちを選ぶか、楽しみね」

そう言って、彼女は突然床に倒れ込み、お腹を押さえてうめき始めた。

泰明が部屋から出てきたとき、目に入ったのは呼吸困難で顔を赤くし、今にも倒れそうな妻と、腹を抱えてうずくまり、苦しむ初恋の人。

その場に立ち尽くし、動けなかった。

真希は、自分の身体の異変をはっきりと感じていた。このままじゃ、本当に死ぬ。

もはや他のことは考えられない。生き延びることが最優先だ。「泰明、お願い、早く病院に……私、限界……」

その声を聞いて、泰明はようやく我に返り、真希のもとへ駆け寄ろうとしたが、美琴が彼の足をつかんで叫んだ。「泰明さん、助けて。お腹が誰かにナイフで刺されてるみたいに痛いの」

そこへ一花が駆け寄り、美琴のそばにしゃがみ込むと、真希を指さして叫んだ。「全部このブスが悪いんだよ。わざと秋葉おばさんを怒らせて、病気にさせたの。パパを試すために演技してるだけ、秋葉おばさんを早く病院に連れて行って」

泰明の顔色がみるみる険しくなった。「お前、どこまで下劣なんだ。人間のクズだな、真希」

そう言い放つと、彼は真希を完全に無視して美琴を抱え、家を出て行った。

残された真希の心は、完全に打ち砕かれた。まだ、どこかで彼に期待してた自分がいたなんて。滑稽すぎる。

彼女は震える手を伸ばし、ソファにあった電話をなんとか取り上げる。理子の番号を押した瞬間、意識が遠のいていった。

次に目を覚ました時、彼女は病院のベッドの上にいた。

理子が険しい顔で見下ろしていた。「死ぬ気だったの!もう少し遅かったら、今ごろあんたが死んだよ」

真希は、ただ黙っていた。何も言わなかった。

今回の入院は長引かなかった。離婚協議書の効力が発効するその日に、退院手続きを済ませた。

以前と同じ、泰明は、最初から最後まで、彼女の命すら気にかけなかった。

家に戻った真希は、床に散らばった乾ききったバラの花びらを見下ろした。まるで、自分の壊れた結婚生活そのものだった。終わりを迎えていた。

荷物をまとめ、彼女は離婚協議書をテーブルの一番目立つ場所に置いた。

荷物は多くない。振り返ることなく、真希はその家を後にした。

長年過ごしたその場所は、もはや家ではなかった。ただの檻だった。

ここを出て、彼女はようやく自由になれる。

真希は前もって予約していた航空券を手に、空港へと向かった。

搭乗を待つ間、携帯が鳴った。泰明からだった。

彼女は画面を見つめ、一切の迷いもなく通話を切り、そのまま電源を落とした。

これから先、どこにいようと、泰明との縁は、ここで終わりだ。
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