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第2話

Author: 金子大介
昨日の感情の起伏が激しすぎたせいか、詩織は昼過ぎまで昏々と眠ってしまった。目を開けた途端、堪えきれない咳が込み上げてくる。

とっくにドアの外で控えていた昌代が、その物音を聞きつけるとすぐにノックして入ってきて、一杯の温かい水を差し出した。

「奥様、御影社長が、昼食は待たなくてよいと仰っていました」

「洵也と怜央は何をしに行ったの?」

詩織は習慣でそう尋ねたが、口に出した後で、ふと黙り込んだ。

「本日は坊ちゃまの学校で親子運動会がございまして。旦那様は、そちらに付き添われているかと」

「そんなこと、私は何も聞いていないけど?」

笑い話にもならない。自分は怜央の生みの母親だというのに、その親子運動会の知らせさえ、他人から聞かされるなんて。

昌代は深く考えもせずに答えた。

「きっと、坊ちゃまと旦那様が奥様のお体を気遣われたのですよ。この何年もの間、私たち傍の者が見ても、あのお二人は奥様に本当に尽くしていらっしゃいましたから」

「そうかしら?」

詩織は微笑むと、昌代に上着を持ってこさせた。

「この何年も、私は怜央の学校に行ったことすらなかった。ましてや、行事に参加するなんて。今日は少し、見に行ってみようかしら」

詩織はマフラーと帽子を身につけ、ついでにマスクも手に取り、顔が分からないよう、しっかりと身を包んだ。

「洵也たちには内緒にして。怜央を驚かせたいから」

怜央が通っているのは、帝都でトップワンの名門私立小学校だ。この数年、洵也のそばで贅沢は見慣れていた詩織だったが、それでもこの学校の絢爛豪華さには息をのんだ。

「詩織、俺はすべてを懸けて、俺たちの息子を育て上げる」

――それはかつて、洵也が彼女の病床で誓った、もう一つの約束だった。

今となっては、この約束だけは、彼は破っていなかったようだ。

学校は、確かに親子運動会の真っ最中だ。校門の前には、ありとあらゆる高級車が隙間なく停められている。

一目見ただけで、詩織は御影家のものだと分かる、あのカスタム仕様のフェラーリを見つけた。ひときわ目を引く、鮮やかな赤色だ。

洵也は、あんな派手なものは好まない。むしろ、怜央の方が、誰に似たのか、幼い頃からきらびやかなものを好んだ。

今日、あの車で来ているということは、彼が強くねだったに違いない。

秋の風が冷たい。あれほど厚着をしてきたのに、詩織は寒さに耐えきれず、軽く咳き込んだ。

「ごほっ……すみません、親子運動会に参加しに来た者です」

校門に立つ警備員が、事務的に告げる。

「認証エリアにお立ちください。身元が確認できましたら、お入りいただけます」

詩織は言われた通り、スキャナーの前に立ち、マスクを外した。

三十秒後、スピーカーから甲高いアラームが鳴り響いた。

認証失敗だ。

警備員がすぐに申し訳なさそうな顔で駆け寄ってきた。

「大変申し訳ありません、奥様。この機械、時々反応が鈍いもので。恐れ入りますが、もう一度お試しいただけますか」

しかし、結果は同じだった。何度やっても認証は失敗し、彼女の情報は見つからない。

警備員も呆然としている。彼はしがないサラリーマンだが、この貴族学校に長く勤めているうちに、人を見る目も養われていた。

目の前の女性は、その佇まいからして一般人ではない。身につけている服も、明らかに高価なものだ。詐欺師などであるはずがない。

「あの、少々お待ちいただけますか。すぐに隊長に確認してまいります」

この学校は、両親が揃っていない家庭の子供は受け入れない。もし登録されているのが彼女ではないのなら、「怜央の母親」として認証されているのは、一体誰だというのだろう。

答えは、分かりきっていた。詩織は警備員を困らせたくなかったし、今ここで事を荒立てるつもりもなかった。

彼女は少し考え、こう言った。

「でしたら、夫と息子に電話をします。彼らにここまで来てもらえば、入れますよね?」

警備員はもちろん、喜んで同意した。

詩織は少し離れた場所に移動し、携帯を取り出した。その時、ふと、楽しそうな笑い声に気づき、注意を引かれた。

母親というものは、我が子のこととなると、不思議と感覚が鋭くなるものだ。

大勢の子供たちのはしゃぎ声の中から、詩織は一瞬で、怜央の声を聴き分けた。

詩織が目を上げると、そこはサッカー場だ。

小さな子供たちと、その父親たちがフィールドを駆け回っている。その中で、一際楽しそうに走り、栗色の癖っ毛を揺らしているのが、彼女の息子だ。

見事なシュートが決まったところで、親子サッカーの前半戦が終了した。洵也は怜央の手を引きながらフィールドを出て、息子の服についた草を払ってやっている。

そして、休憩エリアでは、ベージュのトレンチコートに大きなサングラスをかけた女が、待機していた。

詩織の視線があまりに露骨だったのだろう。隣にいた保護者らしき女性がそれに気づき、彼女に話しかけてきた。

「あの方、例の御影社長と、その奥様ですよ」

「奥様?」

「ええ。社長の奥様はあまり表には出られないそうですけど、学校には何度かいらしてますよ。この間の保護者会も、あの方が」

この女性は、御影社長夫妻のロマンスをどこかで聞きかじっていたのだろう。一度口火を切ると、もう止まらなくなった。

「御影社長って、ハンサムでお金持ちで、その上奥様一筋なんですって。奥様も稀に見る美人だし、あんなに仲睦まじいなんて、本当に羨ましいですわ」

詩織は女性の視線の先を、再び追った。ちょうど、詩穂が怜央に炭酸飲料のペットボトルを手渡すところだった。

それは、普段家では決して息子に飲ませないようにしていたものだ。

続いて、洵也がごく自然に頭を下げ、詩穂に汗を拭かせているのが見えた。その眼差しには、隠しようもないほどの愛が溢れている。

なんて、睦まじい光景だろう。詩織でさえ、思わずその幸せな瞬間を記録してやりたくなった。

だが、シャッターボタンを押した、その瞬間。詩織は、まるで心臓を見えない手で鷲掴みにされたかのような激痛に襲われ、目の前が暗くなり、息もできなくなった。

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