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第3話

Author: 金子大介
詩織は手をきつく握りしめ、しばらく息を整えてから、ようやく洵也に電話をかけた。

呼び出し音が一度鳴っただけで、電話は繋がった。彼の声は、相変わらず優しく、愛情に満ちている。

「詩織?」

「今、どこ?」

詩織が見ている前で、洵也は詩穂を軽く叩いて静かにするよう合図し、それからようやく彼女に答えた。

「息子を連れて、学校の行事に来てるんだ」

「どうして私に言ってくれなかったの?他の子たちは、パパとママが一緒なんでしょう。怜央に寂しい思いをさせたくないわ。今からそっちへ行こうか?」

洵也が答える前に、携帯は怜央に奪い取られていた。

「ママ!僕だよ!」

子供の、無邪気で楽しそうな声だ。

「僕は寂しくないよ。ママは体が弱いんだから、来なくたって大丈夫」

「本当に、大丈夫なの?」

詩織は必死で呼吸を整え、自分の異変が相手に伝わらないようにした。

「ママは今からでも行けるのよ」

「来ちゃダメ!」

怜央はやはり子供だ。慌てると、すぐにボロが出る。

「あ、じゃなくて、ママ。僕が言いたいのは……」

彼がどう言い訳しようか悩んでいると、大きな手が携帯を取り上げた。

「詩織、運動会はもうすぐ終わる。ここは子供が多すぎて、誰かが君にぶつかったりしたら大変だ」

洵也はそう話しながら、隣にいる詩穂と怜央の手を左右それぞれで握り、校門の外へと歩き出した。「息子には俺がついている。安心して」

「ええ、もちろん安心してるわ」

「息子は午後、俺が会社に連れて行く。君はゆっくり休んで」

新しい恋人がすぐそばにいるというのに、洵也はそれでも飽きもせず、薬を飲むように、水をたくさん飲むように、裏庭は風が強いからあまり長居しないようにと、彼女に言い聞かせる。

詩織は一つ一つに頷き、電話が切れそうになる、その間際に、そっと彼の名を呼んだ。

「洵也」

「どうした?」

男の声には苛立ちのかけらもなく、顔には笑みさえ浮かんでいた。

「今日、小説を読んだの。その中の主人公が病気になって、最後には、愛する人が目の前を通っても、気づけなくなるの。私たちも、いつかあなたが私に気づけなくなる日が来ると思う?」

「まさか。詩織、俺がこの世界のすべてを忘れても、すべての人を忘れても、君のことだけは、絶対に見間違ったりしないさ」

詩織は黙って携帯を耳に当てたまま、道端に立ち尽くしていた。洵也が、どんな時でも自分を一目で見分けられると天に誓いながら、詩穂に腕を組まれて、自分の目の前を通り過ぎていくのを、ただ見つめていた。

彼女は口の端を引きつらせ、笑みを浮かべた。「ええ、信じてるわ」

そして電話を切り、近すぎず遠すぎない距離を保って、三人の後を追った。

怜央は、詩織が想像していた以上に詩穂に懐いていた。まるで尻尾を振る子犬のように、詩穂の周りをぐるぐると回り続けている。

詩穂のバッグを持とうとしたり、自分のチョコレートを分けてあげようとしたり。

彼女の前で見せる姿よりも、詩穂の前でこそ、怜央は子供らしく見えた。

洵也でさえ、詩穂の前で甘え放題の怜央の様子を見て、思わず笑いを漏らしている。

「一人前の男だ、なんて言ってなかったか?まだそんなにべったりなのか?」

怜央はそれを恥ずかしがるでもなく、堂々と答えた。

「だって、僕、詩穂お姉さんのことが一番好きなんだもん!」

洵也はそれを否定もせず、ただ息子の頭を撫でて釘を刺した。

「その言葉は、ママに聞かせちゃだめだぞ。分かったな?

そんなにお姉さんのことが好きなら、午後はパパと会社に行くのはやめるか。新作のアニメ映画でも観に連れて行ってもらったらどう?」

「本当?」怜央が父親に確認するように見つめる。男は頷き、肯定の意を返した。

「自分で選んで」

「じゃあ、映画がいい!」

しかし詩穂は、ふと彼をからかう気になったようだ。彼女はしゃがみ込み、怜央の頬を優しくつねった。

「それなら、ママに映画に連れて行ってもらったら?お姉さん、こんな風に人目につくのは、ちょっとまずいの」

「ママは嫌だ!」

その言葉を聞いた途端、怜央は詩穂の手にしがみついた。

「ママ、いっつもあれこれ口うるさいんだもん!何もさせてくれない!」

どうやら怜央は、とうの昔から詩織に対して多くの不満を溜め込んでいたらしい。

「それに、ママのあの体。いつも元気なさそうで、僕と何して遊べるっていうんだよ」

満足のいく答えを聞き出すと、詩穂は表情を変えないまま、さらに彼を誘導した。

「怜央、そんなこと言っちゃだめよ。あなたのママなのよ」

子供は案の定、反発し、声を張り上げた。「僕、あんなママなんていらない!」

その言葉が出た途端、それまで穏やかだった洵也が眉をひそめた。その漆黒の瞳に、嵐が巻き起こる。

「怜央!言っていいことと悪いことがあるのは、お前も分かってるはずだ!」

洵也は目を細め、隣でいい子ぶっている詩穂を一瞥した。

「御影夫人の座は、他の女が望んでいいものじゃない」

詩穂はもちろん、その言葉の裏の意味を理解した。彼女は傷ついたように言った。

「洵也、私、そんなつもりじゃ……」

怜央も慌てて彼女を庇った。「パパ、詩穂お姉さんを怒らないで。僕が悪いんだ」

幸い、洵也もそれ以上追及する気はないようだった。「行くぞ。お姉さんに映画に連れて行ってもらおう」

そう言って、この話を軽く終わらせた。

三人はまた並んで歩き出し、詩織だけがその場に取り残された。

心の準備はできていたはずなのに、怜央の言葉を直に聞いてしまうと、詩織は涙が溢れるのを止められなかった。

すべての愛が、報われるわけではないのだ。

怜央に対して、詩織はすべての心血を注いできた。彼女の体が日に日に衰弱していったのも、すべてはこの息子のゆえだ。

この子を身ごもっていた時、詩織は尋常ではない苦しみを味わった。

吐き気、嘔吐、眩暈、浮腫、呼吸困難……そのすべてを経験し、ようやく出産という日を迎えたのに、今度は難産だった。

医師も首を傾げるほどだった。検診では何の問題もなかったのに、どうしても生まれてこないのだ。

病院から四度も危篤通知が出され、洵也が真っ赤に充血させた目で「詩織が死んだら俺も死ぬ」とまで言い放った時、怜央はようやく、細い産声を上げてこの世に生を受けた。

彼は生まれてすぐに保育器に入れられた。詩織がベッドから起き上がれるようになっても、彼はまだ泣く力さえほとんどなかった。

「洵也がこの世界の『運命の子』であることは間違いありませんが、彼は本来、子宝に恵まれない運命でした。宿主様の出現が、その変化をもたらしたのです。しかし、世界の摂理は収束しようとします。あなた様の息子は、長くは生きられない運命です」

保育器の中で、小さく、か弱く、孤独に横たわる怜央を見て、詩織の心は引き裂かれそうだった。

「助けて。方法があるんでしょう?」

人目につかない隅で、彼女は何度も懇願した。

「どんな代償を払ってでも、構わないから」

「あなた様の息子を生かすことは可能です。ですが、それには、あなた様の健康と引き換えになります」

「喜んで」

その日からだった。詩織の体が日増しに弱っていくのと反比例するように、怜央は年々、健やかに成長していった。

詩織は口には出さなかったが、今こうして生きていること自体、システムが手心を加えてくれた結果だと分かっていた。

この何年も、病に苦しめられてはきたが、それでも生きてはいた。耐え難いほどの苦痛に襲われた時は、家族三人の未来を想像し、歯を食いしばって耐えてきた。

だが、どんなに想像を巡らせても、まさか家族がこんな結末を迎えることになるとは、思いもしなかった。

詩織は木陰に隠れ、自分の息子があの女の胸に飛び込み、親しげにその首に抱きつくのを見ていた。

その後、詩穂が彼に何かを囁くと、怜央は歓声を上げ、自ら女の頬にキスをした。よほど興奮したのだろう、その小さな顔は真っ赤に染まっている。

怜央が五歳になってから、自分にキスをしてくれたことなど、一度もなかったのに。理由は、もう大きくなったから、女の子にむやみにキスはできない、と。

「ママにも、ダメなの?」

「ママでも、ダメ」

「どうして?」

「だって、ママは、パパがキスするためにいるんでしょう」

「じゃあ、あなたは将来、誰にキスするの?」

「僕が将来キスするのは、僕が好きな人だよ」

あの日のやり取りは、今も鮮明に思い出せるのに。

すべては、彼女が知らないうちに、変わり果ててしまっていた。

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