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第1029話

作者: 夜月 アヤメ
夜がゆっくりと更けていった。

若子の点滴も、とうとう空になった。

彼女は、トイレに行きたくなった。

ベッドから降りようとしたそのとき、修がさっと近づいてきて、支えようとした。

若子はすぐに腕を振りほどき、そっけなく言った。

「自分でできるから」

彼女は慎重に足を運び、洗面所へ向かうと、ドアを閉めて鍵をかけた。

修は苦笑いしながら、口元を引きつらせた。

しばらくして、若子は洗面所から出てきた。

顔も整え、すっきりした様子でベッドに戻り、横になった。

「もう寝るわ。あなたも帰って」

だけど、修は何も言わず、そのままソファに座り込んだ。

「寝ろよ」

雑誌を手に取り、パラパラとめくりはじめる。

若子はその様子を見て、何を言っても無駄だと悟った。背を向け、黙って目を閉じる。

修は雑誌を膝の上に置き、そっと彼女を見た。

そして、音を立てないようにそっと立ち上がると、若子の掛け布団を優しく引き上げて整えてやり、また静かにソファへ戻った。

深夜になって、若子のスマホが震えた。

ビデオ通話だった。画面には「西也」の名前が表示されている。

若子はふと自分が着ている病院のパジャマに目を落とし、それから周囲の様子を見渡した。

西也なら、すぐにここが病院だって気づいてしまうだろう。そんな心配をかけたくない。

慌ててベッドを降りようとしたそのとき、修が目の前に現れた。手には彼女の私物の上着を持っている。

無表情のまま、それを差し出してきた。

若子は一瞬戸惑ったけど、何も言わずに上着を受け取ると、修は何事もなかったかのようにまたソファに戻った。

若子はそれ以上深く考える暇もなく、素早く上着を羽織り、ベッドの端に座った。

そして、そっとビデオ通話のボタンを押す。

画面に映るのは、真っ白な壁。

できるだけ他のものが映らないように工夫している。

そして、通話がつながった瞬間―

スマホの向こうには、ふわふわとした可愛らしい赤ちゃんの顔が映し出された。

「暁、見てごらん。こっちがママだよ、ママって呼んでごらん」

画面の中の暁は、くりくりした黒い瞳をぱちぱちさせながら、好奇心いっぱいにこちらを見つめていた。

だけど、まだ小さすぎて言葉は話せない。

「ママ」って声を聞けるのは、き
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コメント (1)
goodnovel comment avatar
hayelow488
修と若子のシーンなら、トイレに行くようなどうでもよいシーンでも嬉しい。
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