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第1068話

Author: 夜月 アヤメ
―もしかして、自分が拒めないから。

無理に受け入れざるを得なかったから......つらいのか?

その考えがよぎって、成之はふっと息を吐いた。

「......もし嫌なら、はっきり言ってください。無理する必要なんてない。僕は、そんなふうに女に執着する男じゃありません」

光莉は首を横に振った。

「そうじゃないんです......嫌じゃありません。ただ......今の私には、どうしようもない厄介な問題があって......私と関わると、きっと村崎さんにも迷惑がかかると思うんです」

「迷惑?」

やっぱり―彼女の心の奥には、何か重たいものがあると感じていた。だが、それを無理に聞き出すわけにもいかなかった。

光莉はまっすぐ成之を見つめた。

「村崎さん、私のこと、全部話します。もしそれを聞いて『面倒だ』と思うなら......その時は、私を家に送ってください。もう、それきりで構いません。二度と、会わないって決めます」

少し間を置き、彼女は続けた。

「......でも、もし、それでも私を必要としてくれるなら......私は夫と別れます。これから先は、村崎さんとだけ一緒にいます。どんな関係でも構いません。誰にも何も言いません」

成之は黙ったまま、彼女の目を見つめた。

その瞳の奥には、たしかに「覚悟」があった。

何か―本当に、彼女には言えないほどの事情がある。

静かに身体を起こし、成之は言った。

「......話してください。何があったんですか?もし本当に困ってるなら、僕が力になります」

光莉は涙をぬぐいながら、そっと身を起こした。

そして―短く、三つの文字を口にした。

「......遠藤高峯」

その名を聞いた瞬間、成之の表情がぐっと険しくなった。

......やはり、そういうことか。

そして光莉は、自分に起きたことを淡々と語り出した。

高峯からの執拗な干渉。

強要されていること。

彼に振り回される日々―

ただし、成之には一つだけ話さなかった。

それは西也のこと。

今、成之は西也の叔父でもある。

もし、西也が遠藤家の血を引いていないと知ったら、村崎家が西也をどう扱うか分からない。

だから、そのことだけは―彼女の胸の内に、そっとしまっておいた。

話を聞き終えた成之の顔は、完全に冷えきっていた。

その眼差しは、静かに―けれど確実に、怒
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